【第137話】甚大な喪失、平然と回る世界
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
夏の朝日が照らす、フウジの街。
CCが討伐された今、彼によって消えたビル群や並木道も元の場所へと戻っていた。
加えて中央の交差点には、彼によって喰われていた多くの人間が困惑の表情と共に佇んでいたのである。
……そう、何もかもが終わったのだ。
CCの体内から吐き出されたレイスポス、マネネ、そして遅れて出てきたお嬢の3名は、フウジビルの玄関口に立っていた。
久方ぶりに吸う外の空気を、彼らは全身で実感する。
……あまりにも大きかった犠牲を、思い出しながら。
しばらくして、遠くから黒い影が飛んで迫ってくる。
ジャックのアーマーガアと、それに騎乗したテイラーだ。
「おーい!大丈夫かジャック!!お嬢ちゃん!!」
「グアアアッ!!」
彼女らは高度を下げると、そのまま飛び降りるほどの勢いでお嬢らの方へと駆け寄ってきた。
『て、テイラー……。』
「すまんな……色々あって出迎えはウチだけや。」
『色々?』
「……詳しくは後で話すわ。ってかアレ?白い方のジャックはどないし………」
テイラーはレイスポスから、お嬢の方に視線を移す。
しかしそんな彼女の方へ、レイスポスが短く嘶いて注意を促した。
「おい……まさか……。」
「………。」
無言で俯くレイスポスとマネネ。
そして何も返事をしないお嬢。
「そうか……アイツ……。」
「グア……」
テイラーもアーマーガアも、全てを察してしまったのだ。
しかし悲しむ素振りは見せなかった。
否、見せられるわけがなかった。
きっと誰よりも傷ついているであろうお嬢の前で、ブリザポスの事を口にできるわけがなかったのだ。
そこへ、駆け寄ってくる足音と羽音が聞こえてくる。
「みしゃっ!みしゃり!」
「にばばば!」
「ふりゅーー!」
音のする方を振り向くと、そこに居たのはサダイジャとエースバーンとアップリュー。
ダイマックスをして戦っていた、お嬢のポケモン達であった。
彼らも皆、無事に帰ってきたのだ。
お嬢の安否を案じていた彼らは、皆飛びつくようにして彼女の元に駆け寄ってくる。
『ちょっ、今は……!』
「まね……!」
止めに入ろうとしたレイスポスとマネネ。
しかしそれをも遮って、お嬢は彼らを抱きとめたのだ。
そして彼らに、言葉を投げかける。
「……ただいま。みんな。」
お嬢は浮かべていたのは、とても優しい笑顔であった。
そして優しい声だった。
生涯最大のパートナーを亡くしたばかりだとは、とても思えないほどに。
『お嬢様……』
それ以上、レイスポスたちは何も言わなかった。
彼女の笑顔が崩れるのが怖かったのだ。
ーーーーーその後、彼らは大学の中庭に一旦招集された。
しかしそこで出迎えた面々は、皆が腑に落ちないような表情をしていたのである。
『た……ただいま……』
「えっと……レイスポス……?」
疑問符を浮かべながら首を傾げてきたのは、パーカーであった。
「すまんな、ジャック。コイツらな、CCに関する記憶が抜け落ちているんや。」
『!?』
テイラーの
口から告げられたのは、意外な事実だった。
あれだけの大規模な災害が起こったにも関わらず、それに関する情報の殆どを忘れているというのだ。
しかし、CCの大部分が世界の外に消えた事を考えれば辻褄は合う。
CCは『この世に存在していた』という認識さえも消し去られたのだから。
恐らく、バベル教団やVCOなどの強烈に関わった者を除けば、忘れてしまっていてもおかしくはないのだ。
「いや、すまねぇ……うっすらとしか覚えてねぇっす。まるで夢でも見ていたかのようで……」
「私はさっぱりです。なんでこんな場所にいるのかさえ、覚えてません。」
ミチユキはCCのことを少ししか覚えておらず、パーカーに至っては一切記憶が無いようであった。
「……おかえり、トレンチちゃん。……大体の事情はテイラーから聞いたよ。」
「まァ……残念だったなァ……」
VCOのスモック博士とバベル教団関係者のダフは………流石に記憶があるようだ。
「………。」
博士の返答に、お嬢は何も答えない。
ただ微笑むだけであった。
「とにかく……後の始末は僕とテイラーで進めておくよ。この世界にどれだけの影響が及んだか、わからないからね。出来る範囲の調査をするつもりだ。」
博士がそう言うと、そこにテイラーが続ける。
「バベル教団絡みの一連の事件は、全部ウチが現況やからな。」
そして彼女は、深々と頭を下げた。
自らの犯した過ちを、猛省していた。
「……ホンマに、悪いことをした。」
そんな彼女の所に、レイスポスが歩み寄る。
『……頭を上げろ、テイラー。ある意味ではお前だってCCに洗脳された被害者だろ?』
「……。」
『それに……俺だって償わなきゃいけないのは同じだ。もうブリザポスの影に逃げることは出来ない。サンドを殺した罪と、ブリザポスの悲願を……しっかり背負って生きなくちゃいけないんだ。』
そう言って彼は、お嬢の方を見つめる。
きっとブリザポスは、彼女の旅の行く末を最後まで見届けたかったはずだ。
否、それより先も……きっと彼女と歩みたかったに違いない。
しかしそれは叶わなかった。
ならばジャックが……他ならぬジャック本人が、ブリザポスの思いを継がなくてはいけない。
だがレイスポスが目線を向けた先のお嬢は、首をかしげていたのだ。
「ねぇジャック……」
『何だ?』
「『ブリザポス』って…………誰?」
「は………?」
その場に居た一同が、騒然とする。
当然だ。
他でもない彼女が、ブリザポスを忘れるわけがない。
『おい、お嬢様……お前どうしたんだよ!?ブリザポスだよブリザポス!!お前とずっと一緒にいた「ジャック」だよ………!』
「まねね!!」
「……何言ってるの?ジャックは貴方でしょう?」
お嬢はピンと来ていないようだった。
まるで自分が正常であるかのような立ち振舞……決してふざけている様子には見えなかった。
「おい……なんでだよ……何でだよ!!?」
「よせジャック……!これはもう……!!」
差し迫るレイスポスを、テイラーがなだめる。
どちらも、悔恨の念に打ちひしがれていた。
認めがたいが、最も残酷な事実がそこにあった。
ブリザポスは、消えていたのだ。
彼が最も愛していたはずの、彼女の記憶から。
ーーーーーその後、お嬢達は大事を取ってテイラーによる検査を受けることになった。
CCと融合して外見が大きく変わった彼女であったが、目立った異常はなかった。
……否、正常すぎたのである。
具体的には、今までの「異常な再生能力」と「異常な食欲」が彼女の中から消えていた。
全てが年相応の少女並みの基準に戻っていたのである。
加えて、ジャックの体を無理矢理再構築して生み出したレイスポスだが……
彼に関しては、元の身体に戻すために様々な準備が要るようだ。
目算2週間ほど後に、彼はテイラーの手術を受けることで話がついた。
数日かけて一連の検査を終えた彼らは、スモック博士から様々な話を聞かされた。
まず、CC関連の犠牲者の殆どが帰還したという事。
扉を開きかけた時に飲まれた作業員たちも、みな記憶はなくなっていたが無事が確認できた。
地下で生贄に使われた信者たちも、全員の無事が確認できたそうだ。
ただし、一部帰還しなかった者も居たようである。
アンコルシティ・ジムリーダー、ステビア。
スネムリタウン・ジムリーダー、兼バベル教団教皇、スエット。
バベル教団司教、クランガ。
以上の3名は、未だ安否が確認されていない。
それどころか、彼らを覚えている人間も殆ど居ないらしいのである。
リーグの名簿にも名前がないらしく、「そもそも最初から居なかった」という認識になっているとのことだった。
また、地下で重症の状態になったエンビおよびサンダーについて。
両者は緊急治療によって、なんとか一命をとりとめた。
特にエンビはタントシティの外科で、継続的な集中治療を受けることになったそうだ。
搬送をしたレインは、ひとまずはスモック博士の研究所に預けられていた。
今後、テイラーの代理となる保護者を1名つけた上で旅を続けるそうだ。
CCが消えたことで、その被害の大半は修復された。
しかし失われたものもまた、決して小さくはない。
大事なものが、人々の中から確かに消えていたのだ。
それはお嬢とて例外ではない。
彼女はブリザポスを喪っただけに留まらず、彼を喪った事実そのものすらもわからなくなってしまったのだ。
それが彼女にとって、幸せなのか否かはわからない。
しかしそれでも、彼女らの旅は続く。
今まで通り、平然と回る世界で。
お嬢はトレーナーの頂点を目指す。
新たな仲間……
否、彼女にとっては「今まで通り」の仲間……レイスポスを連れて。