目が覚めた。
目覚めの良い、気持ちの良い朝ではない。頭がまだはっきりせず、気怠さもある。うっすら見える視界の先は、屋外だった。
徐々に目を開けていくと、光が目に差し込んで来る。その眩しさに、瀬良は思わず手で庇を作った。少しずつだが、目がだんだんと光に慣れて来る。
ぼんやりとした景色が、少しずつ鮮明になっていく。視界に広がる土地に、見覚えはない。草花が広がり、奥には立ち並ぶ木々が見える。瀬良の膝にも届かないであろう草むらと、人が通る道を示すものであろう舗装された土の道標もある。どこかの街道か。
道行く人は、いなかった。
ふと、自然の香りが鼻をついた。風が運んでくる草花の香りで、頭がだんだんとはっきりしてくる。木に寄り掛かるように眠っていたらしい。
身体を起こそうと手を地面につける。力を入れて立ち上がろうとしたところで、ふと目に入った自分の手足を見て違和感を感じた。
立ち上がれば、それは明らかだった。
「ち、小さい」
足だけではない。よく見れば手も小さい。小さいだけではなく、細い。自分の身体が、自分のものではない。驚きよりも困惑が上回った。
瀬良の記憶に間違いがなければ、声だって高いような気もする。一体これはどういう事なのか。
あまりにも分からない事が多いだけに、どうすれば良いのか分からない。動こうにも、ここがどこだか、何時なのかさえ分からない。
そもそも何故こんなところで寝ていたのか。
「えっと、確か実家に帰省していて、暇だったから裏山に行ったんだよな」
目を瞑ってゆっくりと思い返す。
実家の裏山は、小さい頃の遊び場だった。実家に帰ってやることもなく、両親とは諸事情で気まずかったので、久しぶりに散策することにしたのだった。
記憶を辿れば、偶然見つけた、裏山にあった洞窟を携帯のライトを頼りに進み、その奥に怪しげな入口があったところまでは思い出せた。その先はどうだったか。
「そうだ。何もない空間だったけど、壁に不自然な継ぎ目を見つけて、それで」
継ぎ目は扉になっていた。押せば開くその先は階段になっていて、不自然にも電気が通っていた。最近、もしくはその時、誰かがそこにいるのではないかと一瞬考えたものの、余りにもアブノーマルな状況に好奇心を掻き立てられ、怖いもの見たさで足を進めてしまい、階段を下りた。
三、四階分は下りた先にあった扉は、鍵がかかっていなかった。引き返すならここしかなかったが、そこまで来てしまってはもう先へ進む選択肢しか瀬良には残っていなかった。
意を決して扉を開けた先は、真っ直ぐな廊下が続いていた。壁際には備品棚が置いてあり、さらに奥にもう一枚の扉があった。
先程扉を開けるだけでもどれだけ緊張したことか。もう一枚扉を開けなければならない。再度緊張感を高めた瀬良は、一つ深呼吸してから、さらに奥の扉のノブを引いた。
「中は、そうだ。怪しい研究室みたいな空間が広がっていて、えっと、確か」
白い明かりが灯っていた。何かの研究施設であるのは間違いなかった。思っていたよりずっと広い空間で、中央研究室とも言うべきその部屋の四隅にはまた別の扉が四つ。
幸い人はいなかった。怪しい空間を瀬良は足音をなるべく立てないように歩いた。何かを盗む気など毛頭なく、興味本位で来てしまっただけだったのだが、見てはいけないものがあるのではないかと、恐怖心は増していく。
部屋の真ん中には円形の机が置かれ、書類やファイルが散乱していた。部屋の隅には分厚い本が入った本棚が並び、何かを作る上で必要なのか、多くの工具や機械部品が棚にぎっしり詰まっている。上を見回せばホットケーキのように丸い照明がいくつも並んでいて、端には通気口があった。
誰かがここで何かをしていることは明らかだ。
研究室、ではなく怪しい研究室、と瀬良が評価したのは、その部屋の奥にあるものが、どう見ても怪しかったからだ。
随分と太く、人が一人十分に入れそうな、縦に置かれた鉄製(?)の円柱型設備が、一番奥に置かれていた。映画やドラマで見るような、ガラス張りの太い筒の中に、化物を液体に浸けておいて研究するような、そんな光景を瀬良は想像する。
設備の周りからは太く黒いケーブルが何本も伸びていた。傍らにはパソコンが複数台と、上下二枚のモニターが横に二列、計四台のモニターが暗く静かに落ち着いている。
何かが動いている様子はない。音はない。ファンの音すらしないこの空間では、何も行われていないはずだ。一体何をする設備なのだろうか。なんとなく見覚えがあった気がするが、どこでそれを見たのか思い出せなかった。
円柱の設備は、中が空洞になっていて、正面の扉が空いていた。中で何をするものなのか。怖くて仕方がなかったのに、その円柱型の設備の中がどうなっているのか気になった瀬良は、おそるおそる近付いた。
「そうだ、中に入って、その後……」
入ると、中はただの空洞で、特に何も変わった様子はない。結局何がなんだか分からないまま、そこを出ようとした時、電車のドアが締まる時のような、プシュー、という音を立てたかと思えば、一瞬のうちに扉を閉められ、そのまま真っ暗闇。捕らわれた瀬良は、中から叩いて抵抗を見せたが、もう一度プシュー、と鳴った後、何かが円柱型の設備に充満して、そのまま意識を失った。
「それで気付いたら、ここにいたのか」
思い返しても、まったく意味は分からなった。
分かるのは、不用意に怪しい場所へ足を突っ込んだということと、あの円柱型の設備で意識を失った後、この知らない場所で寝かされていたということのみ。
「駄目だ、何が起こったのかまったく分からない」