第五節 グルーミング・ファーコーティング

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「コンテストから逃げるんじゃないですよ狂犬四天王!」
「てめえこそ尻尾巻いて逃げんじゃねえぞチンチクリンもやし警官!」

 アタシとちびっ子警官は二人合わせてフン、と顔を背けると、全く正反対の出入り口からその場を後にする。

「いやーすいませんフキさんが。喧嘩しないでって言われてたんですけど」
「いえいえ滅相もない。私こそ上手く手綱を握れなくて。いや本当に申し訳ない」

 背中からはオレアとペコペコ刑事の、互いに哀愁漂う会話が聞こえてきたが努めて無視。
 そのまま競技場地下の選手入場ゲートを突き当たりまで歩き、後ろでオレアが米粒くらいに見えたところで一気にダッシュ。
 迷わずの全力疾走でリーグを抜けると、日が陰り空が茜色に染まった街中で、迷わずウユリ姉さんとリリーのいるマンションへ向かう。守衛なんぞ私の顔を見ただけで迷わず通した。
 そのまま真っ直ぐにちびっ子委員長の階の一つ下、これまたワンフロア一室の豪華な部屋のインターフォンを押す。
 すると中からこれまた当たり前のように召使いたちが現れ、アタシを見るなりすぐに中へと招き入れた。
 姉さんが体躯に見合わず可愛い素振りでこてり、と小首を傾げるなか、アタシは勢いよく頭を下げる。

「こんなことは言えた義理じゃねえが姉さん、アタシに服と、コンテストでの戦い方を教えてくれ」
「あら、あらあらあら?」

 目を少しまん丸に見開いた姉さんは、態度には出さないが空気感でアタシにどうしてか理由を問うてきている、そんな気がした。
 なんだか見定められているような、アタシの内側を探るようなそんな視線。
 だが生憎、アタシはそんなものに上手く騙しながら答えるなんて器用な真似はできないので、本音の一本勝負しかない。

「仔細は省くが、アタシが先に『コンテストに出てテメエに土つけてやる』ってあのチビ警官に喧嘩売っちまったんです。手前から持ちかけた以上、半端な出来じゃあメンツが立たねえ」
「それで?」
「そんでもってコンテストをよく知ってて一番“頼りになる”のは姉さんしか居ないんだ。頼む、この通り!」

 アタシの“頼りになる”の言葉で姉さんはピクリと眉を持ち上げる。
 多少の打算はもちろんあった。だが同時に、これがアタシの偽らざる本音でもある。
 暫しの沈黙のあと姉さんは呆れたような、それでもどこか嬉しそうなため息がアタシの上から聞こえてきた。

「いいわ、フキちゃんのために繕ってあげるし、コンテストの戦い方も教えてあげる。ただし、交換条件よ」

 姉さんはうっすらと目を細めて笑うと、アタシの方をちろりと舐めるように見る。
 思わずごくり、と唾を飲んだアタシに次いで言葉がかけられた。

「それをやるのは私のお屋敷よ。一緒に添い寝しましょうね、フキちゃん」


◆◇◆◇◆◇◆


 そこからはとんとん拍子で話が進んでいった。
 アタシとあのチビ警官が相見えることになったのは、三週間後のウラヌシティコンテスト。
 1stステージは大会規約に反しない限り自由なアピールステージ、ここで残った者のみが2ndステージに進みコンテストバトル――つまりはポケモンの美しさを最大限発揮したバトルが行われる。
 アタシは四天王ってことでハンデを大会側から言い渡されたが、そりゃそうだわな、という感想だ。そりゃ強い奴がすぐに相手のポケモンを倒して行ったら白けるだろう。
 それじゃあアタシの調子はどうかと聞かれたら、それは残念なことにあまり芳しくない。
 その証拠に、姉さんとの練習試合だって散々だ。

「ほらフキちゃん、また指先の意識が薄れてるわよ。それにキュウコンちゃんとの呼吸もずれてるわ。一旦休憩にしましょう」
「――ぶはっ、やっと休憩か。体の隅まで気を張り続けるってのも疲れるもんだな」

「まだまだ姿勢の矯正段階よ? 技の見栄えだってよくしていかなきゃだし、課題はいっぱいあるわ」

 姉さんの屋敷裏手、別館として建てられた小さめの屋内バトルコート。とはいえ様々な観葉植物が植えられており、小さな植物園のようでもある。
 ようやく休憩を言い渡されたアタシはどっと息を吐いた。
 それでもどっと尻餅をつけば姉さんからやんわり怒られるため、なかなかどうして気が抜けない。
 どうにも疲労が抜けきれないアタシに奥からトトト、と駆けてきたオレアがスポーツドリンクを手渡してきた。

「おう、ありがとうな」
「ウユリさんてなんだか優しい感じで教えてくれるのかなって思いましたけど……」
「姉さん基本的にスパルタ教育で妥協はしない人だからな。そこら辺はシビアなんだぜ?」

 受け取ったペットボトルをぐいと一気にあおり、そのまま壁にもたれかかる。
 次いで渡されたタオルで汗を拭っていると、対照的に汗一つかいてない姉さんが近くまでよてきていた。

「姉さん、アタシの首尾はどんな感じだ?」
「悪くはない……悪くはないのだけど、どこかぎこちないわね。キュウコンちゃんがしたい動きと、フキちゃんがしたい動きが噛み合ってないわ」
「くぉん!」

 ウユリ姉さんの言葉に応えるように、キュウコンは短く鳴いてフンとそっぽを向く。
 どうやらアタシの指示がお気に召さないようで、リーグ戦ではないのを良いことに彼女のしたい動きをしていた。
 特に『アイアンテール』を使うのに結構な抵抗があるみたいで、頑として一度も使ってくれることはない。

「キュウコーン、頼むよ、『アイアンテール』だって良い技だろ? な?」

 アタシは努めて猫撫で声で、グルーミング用の毛繕いブラシを片手にキュウコンへ近づく。尻尾こそタラリと降ろして毛繕いしやすくしてくれたが、全然目を合わせてくれなかった。
 さっきの戦いでボサボサになった尻尾を整えてやると、謝礼とばかりに尻尾でふわりと軽く頭を撫でられた。

「さ、それじゃあもう一セット手を合わせてみましょうか」
「うっし了解!」

 自分の頬をぱしんと叩くと気合を入れ直し、もう一度バトルコートに立つ。
 今日何度目の挑戦になるかわからないが、できる限り背筋をピンと伸ばすと、姉さんが軽く頷いた。

「ハハコモリちゃん、連戦になるけど頑張ってね」
「はぁーは!」
「キュウコンっ、次こそは一本もらうぞ!」
「くぉんっ!」

 もう何度目になるかも分からない、ハハコモリ対キュウコンの対戦カード。
 やはりというか、先手を取ったのはアタシとキュウコン。糸の結界に絡め取られる前に『マジカルシャイン』を前方に飛ばして活路を開き、真正面から切り抜ける。
 だが、もうその程度で動じなくなったハハコモリは、クスリと笑う。だが取った行動は不可解なもので、何もない地面に向かって『くさむすび』を沢山生やした。
 誰もいない地面に植物を生やして輪っかが作られるが、キュウコンからは遥かに遠い。
 姉さんのことだから何か策があるのだろう、それでも考えるのはアタシの性に合わないため真正面から打ち破るのみだ。
 キュウコンだって距離を取られてはいけない、それは分かっているのだろう。まだアタシの指示を聞いてくれている。

「ふふ、今回はどうしようかしら。キュウコンちゃんを絡め取るのも毎回同じじゃつまらないし」
「チッ、相変わらず余裕そうな顔しやがって。キュウコン! 牽制で『ふぶき』だ」

 直後、部屋の気温が何度か下り、氷の礫が波濤となって荒れ狂う。
 ここはリーグではないため、看板を引っ張っての盾などは不可能。となれば、キュウコンの気温さえ即座に変えるほど大質量な吹雪を防ぐことはできない。
 姉さんの手の内を知った上で弱みを突くようで申し訳ないが、これも戦術の一つである。

「ふふ。フキちゃん、口角上がってるわね? でも手の内を知り尽くしてるのは、わたしもなのよ。それじゃあ始めましょうか、『にほんばれ』」
「嘘だろっ!?」
 思わず声を荒げてしまうほどの、アタシの想定の埒外から放たれた特殊技、『にほんばれ』 。
 ハハコモリが自身の胸を抱きしめ、そして重ねた両手を前に向けると、そこから放たれるのは局所の太陽。
 光を放つ眩い光球がふよふよと、それでも真っ直ぐ前に放たれ吹雪に衝突。小さな球に蓄えられた莫大な熱量が氷とぶつかる。
 ジュウ、と水が沸騰する轟音が鳴り響く。直後、莫大な水蒸気が吐き出された。
 肌がヒリヒリするような白い煙があたり一体に立ち込めて、視界が一瞬奪われる。一瞬目を閉じ次に開いた瞬間には、二体のポケモンは目と鼻の先の距離まで肉薄していた。
 勝負は一瞬、互いの相棒に素早く技の指示を出す。

「キュウコンっ! 『アイアンテール』!」
「……くんっ!」

 しかし、キュウコンはアタシの話をとんと聞く素振りを見せず拒否。尻尾を震わせて再び『ふぶき』を放つ体勢に移っていた。
 大量の氷雪を放つ十八番の技だがその性質上、一瞬の溜めが入る。その隙を見逃す姐さんではなかった。

「さてハハコモリ、さっきの『ねばねばネット』、そろそろ完成した頃合いよね?」
「はーりぃ!」

 楽しげにそう鳴いたハハコモリは、腕を下に向けてちょんちょん、と地面の方を指した。
 そしてアタシとキュコンが下を向くと、そこには巨大な白いものが敷かれていた。それはいつの間にか作られたいた、半径二mはあろうかと思われる巨大な白いレースコースター。
 コースターの所々には緑で彩られた所があり、短時間でよくぞここまでと思わせる出来だった。

「それじゃあゲームセットよ。お疲れ様」

 アタシのキュウコンが『ふぶき』を放つ直前に、ハハコモリが軽く腕を下げる。それだけの動作でレースコースターは捕物の網として持ち上がり、キュウコンは見事に捕まってしまった。

「ったくまた負けか……姉さん、そのコースターってアタシが最初に切るよう指示した奴か」
「あら、もう気付いちゃったの? もう何回かは気づかれないかなぁって思っていたのだけれど」

 どうやらアタシの推測通り、さっきのレースコースターは最初に刻んだ糸を再利用したものらしい。
 となればさっきの『くさむすび』だって合点がいく。アレはきっとバラバラになった糸を草で結び直したり、糸と糸をくっつけたりするために放ったものなのだろう。
 それでも言うは易いが行うにはあまりにも難し。綺麗で幾何学的な模様をアタシと戦いながら作り出す技術力は簡単せざるを得ない。

「はぁ、これでなんで姉さんがコンテストに出ないんだか。アタシよりよっぽど綺麗だし観客映えするじゃねえか」
「わたしは自分で演じるよりも、みんなが頑張ってる姿を見る方が好きなのよ。その助けになって、服を着てる人がキラキラ笑ってくれる方が好きなのよ」

 なんであんなに綺麗な闘い方をするのに、姉さんがコンテストに出ないのか不思議に思っていた。けれども返ってきた理由はなんとも彼女らしかった。
 そんな話をしながらキュウコンを姉さんのネバネバネットから助け出すと、憮然とした表情のお姫様の視線がアタシに突き刺さる。
 どうやらさっきのバトルがご不満のようだが、どうして『アイアンテール』の指示を聞いてくれないのかが分からない。
 膝立ちでキュウコンの目線に顔を合わせるが、残念ながらキュウコンが喋り出すはずもなく、どうした物かと頭を悩ませる。
 と、そこでモニモニと頭の上を蠢く柔らかい生物の感触。どうやらユキハミ様はどこかに行きたいみたいだ。

「ったくこんな時にどこ行きたいんだ? ほら、降ろしてやるかって待て待て髪の毛を引っ張るんじゃねえ! どこか行きたいんじゃねえのか!?」
「はみみっ!はみーっ!」

 髪の毛を口で挟んで引っ張られた痛みで頭を下げる。ちょうどアタシとキュコンの頭の高さが同じになったところで、彼女の方にユキハミはゆっくりと頭の上を移動していた。
 そのままキュウコンのふかふかな体毛の上を伝って真っ直ぐ目的地――ハハコモリの元へと向かっていく。
 しかし高貴なお姫様の腰元あたりまで進むと、キュウコンは毛繕いの要領でユキハミを摘んでアタシの頭の上に戻した。
 それでもユキハミはまたキュウコンの頭の上に乗って前へ進んでいき、その度にアタシの頭の上へと返ってくる。
 これを何度か繰り返したところで先にアタシの方が面倒になってしまった。ユキハミが再び戻されてきたところで、頭ではなく両手を使ってユキハミをハハコモリの近くまで運んでやる。

「ったく、キュウコンだって何度も引っぺがさなくても良いだろ。あっち行ったら一回で終わるんだしよ」
「くんっ!」

 もち、もちもち、もちもちもち、と牛歩の歩みの方がまだ幾分かマシと思える速度で、健気にもハハコモリの元まで向かっていく。
 その姿をのんびり眺めている最中、不意にさっきのユキハミがどうして決まって腰元で戻されていたのか、それがどこか指にできたささくれの様に気になった。
 あれは腰元で戻されたのではなく、尻尾を触られるのが嫌・・・・・・・・・・だったのではないだろうか?
 いや、それならアタシのグルーミングだって嫌がるはずだ。
 頭の中で、パズルのピースが一度気づいたら一気に組み上がっていくかの如く、点と点が線でつながっていく。

「なあキュウコン、もしかしてお前、尻尾の毛並みが荒れるのが嫌なのか?」

 その言葉にようやくフワリとこちらへ振り向いたキュウコンは、呆れた様子でこちらを見てきた。
 目は口ほどに物を言う、たとえ喋れなくともその表情は「ようやく分かったか」と示していた。

「はは……マジかよ」

 思わず苦笑いがもれ、どっと倒れそうになる。キュウコンを手持ちに加えて早五年、衝撃の真実だった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。