38.十字架が背負う記憶

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 呆然とした視界にいる人間。一人は異形である妹を心から愛していて、もう一人は、強かに世界と贖罪の為に生きている。
 現状、どうしようもないはずなのに。二人に何故だか、あたしは眺望を覚えていた。妬ましい。この世に心底愛せる人がいるだなんて。羨ましい。自分を犠牲に出来るほどの気高さで、生きていれるだなんて。
 私達は生まれながらにして、十字架を背負っていたのに。もし、運命の神様がいるなら。あたしは、20口径を頭にぶち込むくらいじゃ、多分抑えられない。

 灰色の記憶は、今更ながらに、あたし自身に流れ込んでくる。これは――諦観にも執念にも振り切れなかった、そんなあらゆる意味で“半端者”の話。





「呪いって、解けたんでしょ? 」
 昔、世話役の老婆があたしによく話を聞かせてくれた。『商人と不死鳥』という昔話。私の一族がどうして繁栄したか、そして世界の嫌われ者になったかの話。
「いいえ。もうじきカロス王AZの弟の末裔は、世界に絶望し、不死鳥を求めるでしょう。その時に私たちは、フレースヴェルグを完全に殺さねばいけませんのですよ。“エスお嬢様”」
 イベルタルというポケモンと契約を結んだ、私達の一族は『愛する人を失う』とかいう、幻想めいた呪いは、実際に何百年も前になくなったらしい。でも、そもそもが一族のほとんどは、不必要な因習をそのまま引き継いで、感情の大部分を失くしたままだった。おそらく、この家業にはこの方が都合がいいから。
 私の世話役だった老婆は、その中では血が薄い。だから比較的優しく見えて、当時はあの人でないと、寝れない日が続いていた記憶がある。
「呪いが、残っているの?」
 少しだけ苦しい笑顔で、彼女は話してくれた。「この話は内緒ですよ」って付け足して、あたしと彼女は指切りげんまんをしていた。
「このイーストン家は、もう限界なのです。今の当主様も、その前からも。私達は……生まれながらにして、暗やみにしか生きられない。私が言いたいのは、その“呪い”ですよ」
 当時はただ聞き流していた言葉。でも、今ならはっきりと分かる。おばあちゃんは、正しかったんだ。間違ってるのはこの世界でも、フラダリでもなくて。私の実家と先祖達だったんだから。言ってしまえば、私の見ていた世界のほとんどは、魚眼レンズを通していたのだ。

 その事に、いの一番に気がついていたのは、あたしが12歳だかで初めて会った、小さな妹だった。顔は不気味なくらいによく似ていて。でも他の兄姉と明確に違っていたのは、人間やポケモンへの接し方。
 不思議とあの子だけは、何故だかポケモンや人間を、自分達と同等に扱っていた。いや正確には、彼女だけが大多数の指す“まともな優しさ”を持っていた。
 だけれど、それを理由に、一族の中では落ちこぼれと呼ばれてた。中には、被検体のメタモンを隠してしまった、なんて事件もあったみたい。

 『良心は徹底的に壊しなさい。放っておくと我々を噛みに来るから。笑顔と疑心を常に携えなさい。人間は、最も我々に凶暴で親切な、隣人であるから』

 これが家訓というか、私達新世代に共通する教えで、如何に妹が異端であるかが、よく分かる。
 長兄のハイド兄さんに、初めて会った時。この家には、本当はあたしと兄さん達3人だけでなく、7人の兄妹だったって話をしてくれた。
「俺の一つ下は、未成熟児のまま死別したらしい。もう一人いたお前にとっては姉か。そいつは確か、ストレスで異食症を発症してな。ある時、実験的なウルトラホールを開いていた研究室に、飛び込んだきり、そのままなんだそうだ」
 ゾッとした。隔離されて育てられたとはいえ、いつかあたしも同じ道を辿るんじゃないかって。そんな予感がしていた。それを平然と語るコイツも、他人事ではない筈なのに。
 当時のハイドは、18歳だった気がする。一応まだ思春期に、ここまで無味乾燥に死別を語る人間に育っていた。おそらく、父親からすれば完璧な後継者。それはある意味、他の兄妹からすれば、非常に有難い話ではある。
 必要な写真撮影だかで、たった一度きり集まった繋がりのない兄妹。顔が整った石膏像じみた長男に、何もかもに唾を吐きそうな、スラリとした長髪の兄。長髪とは同い年で、やたら笑顔が怖い兄がもう一人。そして、その誰にも怯えた態度を見せた末妹。
 そんな狂った家族にうんざりしていた。絶望もしたけれど、私は特に症状が酷いからと、薬をもらって悪感情を抑える日々。せめて作業はしていようと、勉強に没頭して誤魔化していた。

 だけど――その“薬”が引き金になって、一応は、兄だった人が、二人居なくなってしまった。





「私達って、何のためにいると思う?」
 いつだったか、誰かに尋ねてしまっていた。これは所謂禁句で、口にすればたちまち、向精神薬が処方されてしまう魔法の言葉。
 誰だったか忘れてしまったけれど――背の高い人が、何も言わずに撫でてくれた。何となくだけど、“彼”だった気がする。
「ねえ……あたし。戦争の為なんかに生きていたくないの。常に誰かの傀儡で、捨てられるのが決まってるのに。一丁前に感情だけはあるの……」
 もうこの時は本当に不安定で、立って居るのがやっとだった。国際警察かリーグ四天王になる為の選択が迫っており、普通の人間として生きていく為の勉強を、やたらとさせられていたから。
「こんな事なら、兄さんみたいに。何の感情も欲しくなかったのに」
 ある意味、ハイド兄さんは羨ましい。戦地に赴く事も山ほどあるのに、あの人は平然とランチを食べながらその情景を見ている。それくらいに、強固なサイコパスであったなら。こんな思いはしなくて済んだはず。
 その人は、そのままひたすら涙流すあたしを見て、何も言わずに聞いてくれていた。もう子供じゃないのに、キャンディとかくれたっけ。
「“普通に生きていたい”って願い、そんなに、うぐぇ……わがままなのか、な」
 もう涙が枯れるくらいにしゃくり上げていて、その思い出が、ほとんどを占めてしまっている。今にして思うと恥ずかしい。
「助けて、……さ……」
 堂々と、最後に言ってしまったから。確か、何も言われなかったと思う。最悪だ。色々な記憶は抜け落ちてるはずなのに、こうして人を困らせた記憶だけ、鮮明に覚えてるだなんて。
 自分は自分自身でしか、救えないのに。立派に助けを求めたところで、このしがらみは他人に任せるには頑丈過ぎた。届かない努力や足掻きをするよりも、諦める方が遥かに簡単。
 だから、私も他の兄妹のように、そう受け入れようと思っていた。妹が――とある人間や、ポケモン達と出会って。変わるのを見るまでは。





 妹は、ある日父親から、完全に捨てられそうになっていたようだ。少しならば同情もするが、ほとんど他人に近いから、関心は薄い。
 しかし何を思ったのか、長兄のハイドが、彼女を「怪盗の助手に仕立て上げる為に、使いたい。それなら、構わないだろう」とか言って、丸め込んだようだ。この兄も兄で、未だよく分からない人だと思う。
 ただ、考えてもいなかったことが、一件。妹には怪盗役と共に、禁書以外の神話学書と機巧のマギアナを、あわよくば集めてもらうつもりだった。だけど、怪盗なんて今のご時世、普通にやったら即捕まるに違いない。
 要はその監視役兼、国際警察への抑止に私が選ばれてしまったのだ。

 それからのあたしは、国際警察のコードネーム:ロザリオとして、過ごしていた。ポケモンの育成なんてのも、ほぼ初めてやらされた。手持ちにハピナスが居たものだから、“ロザリオ”なんて、世界一似合わないコードネームを、安直にも貰ったのである。
 月に何度か、兄や実家の人間とは連絡のやり取りをした。しかし、それ以外は……ごく普通の人間だったと思う。
 上司は、あたしを初めて「お嬢様」や実験ID:esから取った「エス」ではなく、“ロゼ”と呼んでいた。不思議と、不愉快じゃなかった。ううん、正直嬉しかった。初めて、人間みたいな名前で、あたしはそこに存在していたのである。
 ハピナスやドヒドイデ。自分が育てたポケモンと過ごすのも、嫌いじゃなかった。多分、あたしはそこまで優しかったり、気が利くトレーナーじゃなかった。それでも、実家にいた人間よりも遥かに。あの子達はあたしを理解していたと思う。
 普通の人間のように暮らし、初めて好きな物や、趣味なんて呼べるものが出来た。中でも、不思議とパンクロックは、自然と集めてしまっていた。特に、ガラルのロックバンド。“哀愁のネズ”の唄う歌が、忘れられなくて。孤独を抱えながらも、決して自分を曲げない。そして、いつか歌で、社会をひっくり返してやろうと、そんな気概をひたひたと感じる。何だかあの歌詞は、世界の敵として生まれた、あたしのことを唄ってるんじゃないかと。馬鹿みたいな思い違いすらしていた。
 結果的に言えば、あたしは多分。“普通の人間”にかなり感化されてしまっていた。きっと、今だってそう。

 でも……それから少しして、妹と再会する事になる。禁書を渡し、福音書に繋げる為に。向こうは私の事情も監視も知らない。
 あたしと対峙していた妹は、あたし以上に変化を見せていた。自ら意志を見せ、戦う気概を持っていた。「私はお嬢様ではなく、怪盗の『助手』なんです」と、力強く言い切ってしまっていた。一瞬、あまりの意志の固さに、あたしは記憶処置を疑ってしまう。
 その時、妹から受信した感情に。また、去り際に現れた怪盗の男に。煮え立つような何かを覚えながらも、でも。その正体に、完全に納得する回答を得ていた。

 嗚呼、そっか。彼は、妹が大事でならないんだ。本気で自分の生命すら懸けても、あの子を救いたいんだ。
 周りのポケモンもそうだ。特にサザンドラは。あの子の為に、命を張って叱り倒した。それ程の深い愛情を――私と同じ境遇のはずの妹は、一身に受けていたのだから。彼のその感情は、以前よりも深くなっていたから、本当に驚いていたけれど。

 それは、さっきのタッグバトルでも。嫌というくらいにテレパシーとして、浴びていた。何だか痛くて、虚しくて。堪らなかった。

 湧き上がるのは、爛れたような不満。悔しい。憎たらしい。いや、嫉妬でしかなかった。

 何故、不肖だったあの子には、あれほどまでに、自分を救おうとする人が現れたの。だったら、あたしは? あたしは強いから、全部とりあえずは、自分で出来るから。だから、神様。貴方は救いをくれないの?
 とは言っても、冷静に考えれば分かる。妹は人一倍優しいから。それに、あの男の方が、だいぶ普通じゃないってことも含めてね。
 それでも、比べるのはやめられなかった。妙に近しい人間と、人は比べてしまうらしい。
 一度減らしていた薬が戻ってきたのは、あの頃から。嘔吐や頭痛とは付き合えていたけれど。遂には副作用で、あたしは憧れてた上司を、殺そうとしたらしい。先輩と呼んだあの人を、あたしは……。
 コードネーム:シークに、実情が漏れなかったのが、唯一の薬効かもしれない。それも、今にして思えば無駄に終わってしまった。

 結局、あたしは皮肉にも“エス”という名前が、お似合いになってしまった。衝動は一人歩きし、何もかも中途半端で、何かに染まることが出来ない。
 何で、誰も彼もが他人の為に動けるの。自分の為に行動して、自分の為に生きてはいけないのか。そんなことない。美しき自己犠牲の重ね合いなんて、苦しいだけなのに。それほど人間は、高潔さだけが求められる訳ではない。そう、そうだと誰か頷いて欲しかった。
 いいえ、分かってる。だからこそ、誰かの為に動ける人間は、あまりに眩しすぎるから。あたしみたいな存在は……簡単に、霞んでしまう。

 もし赦されるなら。何かをして、私が赦された気に、少しでもさせてもらえるなら。私は、私は。あの子を止めなきゃいけない。

 もうこれ以上――誰かの慟哭や悲鳴で。あたしの心が引きちぎれそうになるのは、耐えられないから。あたしはあたしでいる。その為に、ここから動かないと。
 醜い、極刑を迎えるだろう最期まで。足掻いて、もがいて。“自分の為に行動する”んだと、決めたのである。





 あの苛烈極めたタッグバトルの末、勝利したのは、キースとレミントン。逆境下でも、諦めないことを選んだ彼らの方であった。
「さて、どうしたものか」
 ハイドには、他にもポリゴンZを含む手持ちが、存在はしていた。しかし、彼らの知略と泥臭い活劇にて、持ちうる最強のカードはどちらも敗れてしまった。彼には、残った有象無象の手持ちでは、勝ち目がないと踏む。
「約束通り、お前の妹を僕は助けに行く。彼女は、イーラはどこにいる」
 彼の口は早るが、そんなことを、聞いてる場合なのだろうか。レミントンは率直にはそう考えていたが、この奇跡的な勝利は、彼なしには絶対にありえなかった。その栄誉に免じて、今は黙っておくことにする。
「アイツか。あの末妹なら既に――」
「待って」
 兄を遮る、随分と憔悴した様子のエス。キースからすれば、自分の目的である、助手だった彼女が気になって仕方ない。
「待ってよ! 兄さん、アンタやっぱりイカれてる。あたし達、ここまでやって負けたんだから、もういいでしょ……!?」
「そうもいかない。このままでは、父親諸共ぶっ殺す事すら。ままならんからな」
 妙に切羽詰まった、彼女の姉の姿に。彼もどこか焦燥に駆られる。その先を、キースは聞きたいというより、耳を塞ぎたい気持ちが早る。しかし、警鐘は煩く鳴り響いて、兄の口は止まらない。


「妹は、もう居ない。イベルタル復活の人柱を進んで選んだのは、他ならぬアイツ自身だ」

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