*16*観覧車

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読了時間目安:64分
切り取られた世界で語らう、彼の理想。

*主人公の設定(生い立ちや容姿や立場)はゲームのものですが、それ以外の性格や個性などは完全にこちらで創作したオリジナルです。
*N主♀、チェレベル等のNLが含まれる傾向があります。
*手持ちのポケモンにはニックネームを付けていきます。
本来ニックネームは5文字までですが、5文字以上の名前をつける場合がありますので、ご了承ください。
*この長編で謳っている「ゲーム沿い」は、原作のストーリーの流れに沿って話を書くという意味ですので、その他の設定すべてがゲーム基準というわけではありません。
大体の世界観や細かい設定などは、ゲームとアニメを都合の良いように解釈して織り交ぜたオリジナルです。

※上記の事に同意できる方のみ閲覧お願いします。


 
「いけシママ、ニトロチャージだ!」

「よけて、シフォン。にらみつける!」


4番道路をもう少しで抜けるというところで、ポケモン勝負を挑まれた。

相変わらずの悪天候。
砂嵐が絶え間なく襲い掛かる中、戦況としてはあまりよろしくない。
なかなかどうして苦戦を強いられ、もどかしさに手に汗が滲む。

けれど、それは決して天候だけの問題じゃない。
相手のトレーナーが強すぎるという意味での苦戦でもなく、原因は。


「ゾロッ、ロアッ。」


昨晩、育て屋でもらったタマゴから生まれたばかりのゾロア――「シフォン」とニックネームをつけた――が最大の原因。

このコが全然、私の指示を聞いてくれないのだ。

シフォンは、私のにらみつけるの指示をまったく聞かず、勝手にシママの攻撃を避けて辺りを駆け回ってはシママを翻弄している。
ここで重要なのは、決して生まれたばかりだという子供特有の"無邪気さ"からくる行動ではないということ。


「ひっかく攻撃っ。」

「アンッ!」


ああ、ほら、また……。
シフォンは指示を出す私へと顔を向けた直後、ぷいっとそっぽを向き、もう一度チラリとこちらを見やったかと思えば、キシシッとあくどい笑い顔。
明らかに私の指示を理解して、そのうえで無視を決め込んでいる。
つまり、"無邪気さ"じゃなく"悪意"によって私の言うことを聞かないコだった。

そこにジムバッジを有しているトレーナーのレベルは関係なく、シフォンの個性として行っている質の悪いイタズラ。


「もう一度ニトロチャージ!」

「シマーーっ!」

「あっ、シフォンよけて!」


言うことを聞いてくれないシフォンをどうしようかと思考するスキを突かれて、ニトロチャージで迫られる。
とっさに回避を指示するけれど、シフォンは逃げる素振りを見せず、向かってくるシママに向き直った。

危ない……っ。
そう思った瞬間、シフォンの身体に黒いオーラが纏わりつき、シフォンの鳴き声の後にそれは波打ちながらシママに襲い掛かった。


「シマーー!?」

「ああ、シママ!」


「あくのはどう」という名前の技を直撃したシママは、戦闘不能に陥って目を回す。
そんなシママを嘲笑するようにシフォンは意地悪な笑みを浮かべて、楽しそうに尻尾を振った。

すぐにシフォンを抱き上げて、相手トレーナーに今の態度やバトルでの失礼を謝れば、相手はいいよと手を振って苦笑を返し、シママの入ったボールを片手に去っていく。
その背中に向かって舌を出すシフォンの行為を止めさせようと声を掛けるも、シフォンはまたふいッと顔を背けて知らんぷり。

私の指示ではなく、シフォンが自分で勝手に動いた結果、たしかにバトルには勝てたわ。
……けれど、この勝利はトレーナーとして決して喜ばしい勝利ではなかった。
バトルの最中だって、相手に失礼な態度ばかり。


「シフォン、どうして私の言うことを聞いてくれないの?」


ダメじゃない、と軽く叱りつけるもシフォンは「シシシッ。」と笑うばかりでまるで聞いていないし、聞く気もないっぽい。
ああ、もう……。
「シフォン。」と少し強めに名前を呼ぶとシフォンは私の手からするりと器用に抜け出し、バッグの中に頭を突っ込むと、自分のモンスターボールを見つけて勝手に中に戻ってしまった。


……ハア。



「困ったコ……。」










砂嵐が吹き荒れる4番道路をようやく抜けて、ライモンシティへと続くゲートへ入るとアララギ博士とすでについていたチェレンが待っていた。
私に気付いたアララギ博士が「ハーイ!トウカ!!」と手を上げて、おなじみのアイサツをしてくれる。


「アララギ博士、お久しぶりです。」

「こっちに来なよ。」


チェレンに促されて彼の隣へ並ぶ。
アララギ博士は上げていた手を下ろすのと同時に白衣のポケットに入れて、グロスが艶めく唇を開くと私たちをここへ呼んだきっかけを話し始める。


「カミツレに呼ばれて、でんきタイプのポケモンのこといろいろきかれているときに、きみたちのこと思い出して……。」


カミツレ……?

誰のことだろうと首を傾げると、横からチェレンが耳打ちで「ライモンシティのジムリーダーだよ」と教えてくれた。
そこで、ああ、と合点がいく。
イッシュ地方が誇るトップモデルとジムリーダーの名前が合致しなかったけれど……そうね、このまま進めば私たち、あのカミツレさんとバトルをすることになるのね。
博士の話しぶりと合わせると、でんきタイプを使う人みたいだった。

前置きを手短に済ませたアララギ博士は、本題へ入るべく、あるモノを私たちの前に差し出す。
普通のモンスターボールとは配色が異なる、模様入りのボール。
通常の赤い色の部分が黒色で、Hの文字を黄色で描いたそれはどことなく高性能な雰囲気を湛えて見える。


「はい、チェレン!トウカも。」


チェレンと10個ずつもらったそれは『ハイパーボール』という、モンスターボールの中でも特に優れたゲット機能がついているボールだった。
スーパーボールよりもポケモンがゲットしやすくなる優れモノだって。


「一緒にいたいポケモンと出会ったら、惜しむことなくいいボールを使いなさいな。
そのポケモンとの出会いは、それが最初で最後かもしれないんだから。」

「そうだね、特にトウカには必需品かもね。」

「言い返さないけれど、ムッときたわチェレン。」


ゲットが下手なの、自分でもよくわかっているけれど、小馬鹿にしてるチェレンのからかい言葉にじとりとした視線を送る。
悪かったよ、なんて肩をすくめてクールにチェレンは私の視線を受け流してしまう。

アララギ博士もベルかチェレンのどちらかに私がゲット下手なのを聞いているらしく、「はいはい、ケンカしないの!」と仲裁に入り、両手を腰に当てて私たちの顔を覗き込むように、


「……それと、ポケモン図鑑の完成をお願いしたわたしが、こんなことをいうのもちょっとおかしいけど――――旅を楽しみなさいね!」

「博士……。」


綺麗に整えられた眉をわずかに下げて、どことなく切なげな笑みでそう言うアララギ博士の言葉を私とチェレンは得も言われぬ思いで受け止める。

ふいにヒウンシティと4番道路を繋ぐゲートでバトルをしたベルのことを思い出した。

自分のやりたいこととできることを探しているベルの言葉に私も自分が何をやりたいのか、何ができるのかを考えさせられたこと。
考えても、答えは出なかったのだけれど。

ポケモン図鑑の完成は、私たちの旅の目的の一つ。
そこに各地のジムを回ってバッジを集めるという目的が――よく考えれば、これはチェレンに触発されて抱いたもので、私が行う目的はどれも自分の意思やで行っていることとは違うのね。
ポケモンだって、全然ゲットできていないし……。


じゃあ、やっぱり……私って、どんな夢を持てばいいのかしら。


「……あっ!ポケモン図鑑のこと、なにもしなくていいって意味じゃないのはわかってるよね。」


私たちの顔を交互に見やり、確認してくる博士にチェレンと頷く。
アララギ博士も「うん!」と満足げに頷き返して、今この場にはいないベルにも用をすませるために4番道路へと行ってしまった。


「……ぼくたちを旅立たせるため、ポケモンと図鑑をくれた……そういうことらしいね。かあさんが教えてくれたよ。」


沈黙を破ったチェレンに顔を向ける。


「ぼくたちに世界をみせたいからって、きみのママとベルのママ、3人でアララギ博士に頼んでね。」

「……そう。……ふふ、素敵。ママたちにも感謝しなくちゃね。」


だって、大変だけれどポケモンといつも一緒にいられる素敵な旅ができているんだもの。

私は、そっとミルフィーユの入ったボールを取り出し、中にいるパートナーに向けて「ね?」と小首を傾げる。
掌の上の縮小サイズのボールは、イエスを示すようにもぞもぞと身じろぎして応えてくれた。

チェレンも同じようにチャオブーが入っているのだろうモンスターボールを取り出すと、私のように何か言葉を掛けたりはせず、じっと見つめるだけだった。
それでも、中にいるチャオブーにはちゃんと気持ちが通じているようで、チェレンの掌の上でぴょんぴょんと跳ねるように動いていて、チェレンは思わずという風に目を細める。

そうして、ボールをバッグの中にしまうとこちらに顔を向けて、これからどうしようかと尋ねてきた。


「私は……このまま、まっすぐライモンシティに行くわ。チェレンは?」

「そうだな……4番道路でまだ捕まえていないポケモンを捕まえることで、感謝の気持ちとさせてもらうかな。」


「そう」と頷いて、ここでチェレンとは別れることとなった。

チェレンって、本当にマジメね。
「きみの分まで、しっかり役目を果たしてくるよ」っていう言葉は余計なのだけれど、それにも「そう」と頷き返しておいた。
……じっとりとした視線を送りながら。

そんな私の視線をどこ吹く風と受け流しながら4番道路に戻っていくチェレンを見送り、私は彼とは反対側――ライモンシティへ通じる出入り口に向けて歩き出した。





ライモンシティに入ってすぐにゲート付近で騒ぎが起きている場面に出くわし、何事かと様子を伺えば――そこにいたのは、老人に寄ってたかる二人組のプラズマ団の姿。
この人たち、こんなところにもいるのね……。


「じいさん!あんたが育て屋ってのは知っているんだ!なんたって、オレたちプラズマ団だからさ!」

「オレたち、人のポケモン奪ってんだよ。
育て屋といったらいろんなポケモン預かってんだろ。」


それをオレらによこせよ!


……いまだかつてない程に表情がいきいきとして得意気。
老人が相手だということから、これ以上ないくらい優位に立って優越感に浸っているのだろう。
それに対し、おじいさんは「なんというムチャを!」とプラズマ団には屈しない態度を見せながら助けを求めて辺りを見回す。


「!」

「……?」


こちらを向いた老人と目が合う。
途端に表情を明るくさせたおじいさんが存外フットワークが軽い足取りで私の傍までやってくると私の手を両手で掴み、自分の胸元までそれを引き寄せた。


「おお!強そうなトレーナーさん、助けておくれ!」

「え、ええ。」


こくんと頷き返すと私の存在に気付いたプラズマ団の二人がモンスターボールを構え、今度は私に詰め寄ってきた。


「ジャマだてするならオマエのポケモンを奪うぜ!いけえっ、ミルホッグ!」


二人同時に来るかと思ったけれど、ボールを投げ込んできたのは一人だけ。
繰り出されたミルホッグの前に私も自分のモンスターボールを取り出して、それを投げる前に開いた片腕を伸ばし、おじいさんを背中に隠した。


「おじいさん、さがって。――――ムース、おねがいっ。」

「ジョフー!」


相手は、シッポウジムでバトルした以来のノーマルタイプのミルホッグ。
けれど、アロエさんのミルホッグの方が佇まいから雰囲気まで洗練された強さが滲んでいて、相性の良いコジョフーのムースが相手なら苦戦することもないと思えた。
事実、ミルホッグの攻撃を易々と掻い潜って食らわせたドレインパンチは、ミルホッグの顔面にのめり込み、相手の一発KOを決めてみせた。

綺麗なほどにクリーンヒットしたムースの拳に大の字になって倒れたミルホッグを慌てて戻し、プラズマ団は二番手となるポケモンの入ったモンスターボールを放り投げる。


「くそう、ならこいつだ!ヤブクロン!」

「ヤブー!」

「もどってムース。……シャルロット。」

「ヤ~~プ。」


プラズマ団が繰り出したヤブクロンは、図鑑曰くどくタイプのポケモン。
接近戦型のムースでバトルをすると毒ガスにやられてしまいかねなくて、遠距離攻撃の出来るヒヤップのシャルロットに交代した。


「おうふくビンタだ!」

「ねっとう。」


短い足でドテドテ走ってくるヤブクロン目掛けてねっとうが放たれ、それは回避も防御もされることなく顔面に直撃した。
煮え立つ水の熱さとダメージに両手で顔を覆うヤブクロンが、その場をゴロゴロと転げ回る。


「なにしてるー!アシッドボムで反撃するのだ!」

「ヤブ……ヤーーブっ!」


熱さをぐっと我慢して立ち上がるヤブクロンは、口の中に瞬時に溜め込んだ緑色の液体を勢いよくシャルロットに飛ばしてきた。
後ろに跳んでかわしたけれど、続け様に放たれたアシッドボムが頭の房に覆い被さる。
粘着質な液体は、いやいやと首を振って取ろうともがくシャルロットの動きによってポタポタと頭に足れ落ち、ジュウッ……と音を立てて皮膚を焼いた。


「よおし、ヘドロこうげき!」

「ヤブヤーーブゥ!」

「シャルロット、来るわ。ねっとう!」

「ヒヤ……!プゥーー!」


飛んできたヘドロを打ち消し、そのまま勢いを強めることでヤブクロンの元にまで向かったねっとうをまたしても回避や防御が出来ないまま、ヤブクロンは目を回して倒れてしまった。


「プラーズマー!うひゃあ!!」

「シャルロットっ。」

「ヒヤァ……っ。」


頭を抱えて相変わらず変な鳴き声を上げるプラズマ団を放って、先程のアシッドボムのせいでやけどにも似た痕がついてしまったシャルロットに手を伸ばす。
「ヤ~~プゥ……。」と若干の涙声でトテトテ駆け寄って私の腕におさまるシャルロットの後頭部をよしよしと撫でていると、プラズマ団が二人とも驚愕した表情で後ずさる姿を捉えた。


「なんだコイツ!ひとまず逃げるとするか!遊園地でやり過ごそう!」


お互いに顔を見合わせて頷くと脱兎のごとく駆け出して、あっという間に曲がり角の彼方に消えていく。
……いつも逃げ足だけは、やけに速いのね。
追いかけなければいけないのだけれど、ご丁寧に彼らは逃げる先を叫んでくれたから今はシャルロットやおじいさんが優先ね。

シャルロットをいったんボールに戻して、助けることが出来たおじいさんへと振り返ると、満足そうな笑顔でお礼を述べられた。


「ありがとうよ!こいつは気持ちじゃ、遠慮せずにもらってくれ!」

「……?え、ええ。これって、おじいさん……。」


おじいさんからぜひと言わんばかりに手渡されたのは、自転車。
折りたたみ式の、しかも新品の。
お礼にしては大袈裟なくらいのお礼に戸惑ってしまう。

困惑を乗せた視線を送ると、おじいさんはやれやれと首を振りながら疲労の混ざった困り声で。


「新品のじてんしゃでライモンシティを観光する予定だったが……結局乗らずじまいでな。」

「そんな、だからって私、別にこんな……。」


お返ししようとしたけれど、いやいやと首を横へ振られてしまい、少しの押し問答を繰り返した後、結局 根負けをしたのは私の方。
なんだか悪い気もするけれど……せっかくだからと言ってくれるおじいさんの好意に素直に甘えることにした。
私が旅をしていることを見抜いて、自転車があれば何かと便利だからという言葉も大きかった。


「わしは3番道路で育て屋をやっておるんじゃ!育ててほしいポケモンがいれば、遠慮せずに預けておくれ!」

「!アナタが育て屋の……。……なら、お手伝いのトウヤくんによろしく言っておいてください。」

「おお、お前さんはトウヤくんの知り合いかね。道理で強くて優しいトレーナーなわけじゃ。
わかったよ、育て屋に帰ったらちゃんと伝えておくぞ。」


おじいさんは朗らかに笑うと、元気にグチを一つ。


「……ふう。観光に来てエライめにあったもんじゃ!」


ライモンシティを出るおじいさんの背中を見送っていると、ちょうどおじいさんとすれ違いにゲートからベルが走ってくるのが見えた。

ベルも私を見つけるなり「ねえねえ!トウカ!」と手を振ってくる。
ベルに手を振り返しながら彼女が来るのを待つと、転んでしまわないよう気を付けて隣までやってきたベルは切らしてしまった息を整えようと深呼吸を始めた。


「どうしたの、ベル?」


ベルの息が整ったころを見計らって問いかけると、ふうっとすっきりした息を吐き出したベルが改めて私に向き合い、エメラルドの瞳を輝かせて、


「博士に教えてもらったけど、ライモンシティって見所いっぱいなんでしょ!」

「そうみたいね。」


私はまだついたばかりだし、よくわからないけれど、ライモンシティはその名の通り煌びやかな街。
ヒウンシティとはまた違った人の多さと賑わいを見せるここは、イッシュ地方一娯楽施設であふれ返っていた。
よくテレビでも、新しい施設が出来上がっては即日で大勢押し寄せている場面を取り上げれらていたのを思い出す。

ベルは指折りに見所の一つ一つを挙げていった。


「遊園地でしょ、ビックスタジアムにリトルコート、それにバトルサブウェイ!」

「素敵ね。」


実際に来るのはハジメテだから、改めてそんなにいっぱい見所があったのだと感心する。

街を見渡すように視線を動かせば、遊園地らしきところが一番に目に入った。
私の視線の先を辿ったベルが、私が遊園地に行きたいと思ったらしく(プラズマ団が潜伏しているからあながち間違いじゃない)、トウカは遊園地に行くんだね!と笑顔を向けられる。


「あたしはミュージカルに行くつもりなの!じゃあねえ!!」


うきうき、ルンルンっ。弾む語尾や頭の上に音符を飛ばしてはしゃぐベルは、そのまま急ぎ足にミュージカルがあるのだろう方向へと行ってしまった。

昼間にも関わらず人工的な光で彩られた道の先には、賑やかな看板や色とりどりの建物の数々。
ベルがはしゃぐのも無理はないし、ヒウンシティでの一件以来、落ち込んでしまっていた彼女の心がここで癒されたら素敵だった。

ヒウンシティでは、アイリスちゃんに役目をとられちゃったけれど、プラズマ団の件が終わったら合流して一緒に観光できたらいいな。


私はベルを見送って、視線を遊園地へと向けた。
ベルが教えてくれた見所だって気になるけれど、まずはあそこへ逃げたプラズマ団を探し出してどうにかしないと。


「その前に、ポケモンセンターね。待っていてね、シャルロット。」


ここからすぐ近場にある特徴的な赤い屋根を見つけて、駆け出した。





手持ちの回復を終えて、ポケモンセンターから遊園地まで速歩で移動してきた私は、入り口付近できょろきょろと個性的な格好の彼らを探す。

あの二人組が逃げてから そう時間は経っていないから、まだ遊園地の外に逃げられてはいないはずだけれど……。
見た感じ、この辺りにいる人たちは普通に遊園地を楽しんでいるみたいで、ポケモンの解放を謳う騒ぎは起きていないみたい。
だったら、もう少し先かしら。
そう思い、足を踏み出そうとした瞬間、バッグの中からいきなり白い光が地面に向かって零れ落ち、思わず足を止めてしまう。


「!シフォン……?」

「ロァッ!」


出てきたのは、ゾロアのシフォン。
シフォンは、私を見て「シシっ!」とシニカルな笑い声を立てると、そのまま真っ黒な長い毛を翻して遊園地の奥へと勝手に駆けていく。

……!あのコ……っ。

どうやら、いよいよイタズラ好きの困ったコみたい。
プラズマ団だけじゃなくて、シフォンまで探さないといけないなんて……しかも広いうえ人のたくさんいる遊園地の中を!
そんなことをしていると日が暮れちゃう……っ。

かと言って、シフォンを放ってプラズマ団を優先できるほど私は器用な人間じゃなくて……一も二もなく、今は何よりもあのコを捕まえないといけなくて、走り出す。


「シフォン、待って!」

「ゾロ~~!」


ここまできてみろ、と後ろを向いて舌を出すシフォン。
前方にいる人だかりの足元の間を器用に潜り抜けて行ってしまうシフォンを見失わないよう追いかけるのは、とても大変で……っ。
これが傍から見れば、ポケモンと追いかけっこをしているようにしか思われないのだろうけれど、事実そうなのだけれど、私の方は急ぐ理由が重なっているせいで気が気じゃない。

かくなるうえは、ミルフィーユや走るのが得意なワッフルに手伝ってもらうしかないかと、走りながらバッグの中に手を入れて2匹のボールを探していると、ふと。


「!シフォン……?」


ふいにここからやや遠くでシフォンが立ち止まっているのを見つけて、不思議に思って手を止める。
けれど、今がチャンスなのだと気付いて足まで止まりそうになるのを慌てて動かし、彼の元まで急いだ。


「シフォン、こっちに、……!えっ……。」


ようやく追いついたシフォンを後ろから抱き上げようとしたら、それより早くにシフォンの身体が宙に浮いた。
シフォンが誰かに抱き上げられたのだとわかり、目を丸くしてゆっくりとその人の顔を見てみる。


…………え?


風になびくグリーンの髪の一筋一筋が、太陽光に縁取られて透き通った輝きを生む。
それと対に黒いボウシの下の灰暗い目には、少しも光は宿らなくて。
賑やかで笑い声に彩られた遊園地内に似つかわしくない物静かさを湛えて、その人はシフォンを抱いて立っていた。


――――N……。


「キミは……。……!」


シフォンを見下ろして首を傾げるNが、次いで私の存在に気が付いた。
言われなければわからない程度、ほんのわずかに見開かれた目を私に向けると、少しの沈黙の後に迷いのない足取りでこちらへ近付いてくる。


「このゾロアはキミのポケモンなのかい?」

「……ええ、シフォンっていうの。」

「そうか。」


あいかわらず抑揚のない声。そして速い口調。

シフォン、と名前を呼んで腕を伸ばすけれどシフォンは何故かNに釘付けになっていて、私の方へは向かなかった。
Nの方へ身体を向けているから私からは背中しか見えなくて、シフォンがどんな顔でNを見つめているのかわからない。
いつまでもNの腕の中にシフォンがいることに、これまでの彼とのやり取りを思い出すと不安が過ってしまうのも無理はなかった。


なのに。


「…………。」

「えっ……。」


スッと無言でシフォンを渡されて、目を丸くさせて拍子抜けをしてしまう。

だってこの人……ポケモンの「解放」を信じているから、そのままシフォンを「解放」させられてしまうかと思って……。
もしくは、シフォンを渡さずに連れ去っていってしまうのかと思って……。


「あの、ありがとう……。」


だけれど、存外あっさりと返してくれたことは意外という他になかった。

シフォンを受け取って、もう逃げてしまわないように戻ってきたふさふさの毛並みの彼をしっかり抱きしめるもシフォンは呆けたようにNを見つめるばかりで、すっかり大人しくなっていた。
今なら、と思ってモンスターボールの中にシフォンを戻すと、あっけないくらいあっさりとボールの中に吸い込まれて、もう出てくる気配はない。

Nの前でモンスターボールの中にポケモンを戻すという行為は些か軽率だったかと懸念して、彼の顔をそっと伺うと、存外平然とした顔色がそこにある。
それどころか、彼は何か別の思いがあるようで、抑揚のない声の中に確信を突いた色合いを含ませて言い放つ。


「……プラズマ団を探しているんだろう?」

「!どうしてそれを……。」


私の目的をまるで見透かしたような発言に驚いていると、彼は首を後ろへと動かして奥の方を見やりながら、相変わらずの早口で。


「彼らは遊園地の奥に逃げていったよ。ついてきたまえ。」


言葉の終わりと同時に手を差し出された。
ドキリと胸が高鳴る。
ときめきとは違うと、そう思いたい鼓動の音を確かに胸に秘めて見上げたNは私をじっ……と見下ろしていた。

灰暗い瞳の中に太陽の光は映らないのに、私の顔は――目は、焼き付くようにそこに浮かんでいて。

思えば、おかしかった。
どうして彼が私がプラズマ団を探しにここへやってきたのを知っているのかも、待ち合わせたように遊園地の中にいたのかも。
彼の、Nが信じる理想と合わせて考えれば、答えは簡単に見つかるだろうに……私は、気付かないふりをしたの。

どうしてかなんて、今でもわからない。


「…………。」


プラズマ団を探すため――後から思い返せば、お互いに口実でしかなかった目的を抱いて、差し出された手を……取った。



――――アナタの手がまるで温度がないみたいに冷たくて、その冷たさになぜか泣きそうになったの。




冷たい手に手を引かれて、じっ……と彼の背中を見た。

人としての温度がまったく感じられない、無感動な背中。
揺れる長い緑の髪からは若草の香りがした。

遊園地の中を人ごみを縫うようにしてスルスルとすり抜けていくNは、足取りまで速歩で。
手を引かれなければ、きっとはぐれてしまっていたと思う。

今までは、近くにいても遠く感じられてやまなかったNが、本当に今……私……。
こうしてすぐ目の前に彼の姿が、鮮やかな緑色があるのは、はじめてNが私の手を握ってくれたからだわ。
私は、手を伸ばしても触れられなかったのに……アナタは簡単に出来てしまうのね。

触れられることがこわかったのは、触れようとしなかったのは、私の方だったのかもしれない。


絶叫マシンの豪快な機械音や甲高い叫び声も耳に出来ないくらい、この瞬間を写真で切り取ってしまったみたいに、止まった時間の中を歩いているようで。
……不思議ね。
今だけは、まるでこの世界に私と彼……Nと二人だけでいるような、そんな感覚に陥ってしまうの。

……そんなわけ、ないのにね。


「……不思議な人。」


ふと呟いた言葉は、ちょうど真下へと急降下した絶叫マシンの音と恐怖の入り混じった楽しげな悲鳴によって、かき消された。





――――入り口からずいぶんと離れたところ……遊園地の奥へ奥へと進んでいくNに連れられていくうちに周囲の人の数が少しずつ減っていくのがわかった。
一体どこまで行くのかと、Nの顔を覗き込んで意図探ろうにも迷いのない足取りが未だ止まる気配を感じさせないせいで、上手くいかない。

いつまで経ったってプラズマ団が見つかりそうにもなくて。
それなのに、なぜだか不安はなくて。
N、と呼びかけようとしたら、途端に立ち止まる彼の背中に思いがけずぶつかってしまって、悲鳴にも満たない声を上げてしまう。

私の手を放して、辺りをキョロキョロと窺うNは「……いないね。」と早口に呟く。
ここへきて、今更プラズマ団を探す素振りを見せるNに怪訝な視線を送っていると、ふいに彼は首を伸ばして上を見た。

Nの視線の先にあるのは、大きな観覧車。


「観覧車に乗って探すとしよう。ボクは観覧車が大好きなんだ。」

「!……そう、だったの。」


はじめて、彼のポケモン以外の好きなものを彼の口から聞けて、自然と口調が柔らかくなる。
観覧車が好きだなんて知らなかった、だから今それを知れた。
胸の奥が綻ぶようで、握られた手に感じる温度がほんの少しだけあたたかみを増した気がした。

一度私に視線を寄越したNの目元の柔らかさがなんだかうれしそうに見えて、私も笑顔を返そうとしたら彼は再び観覧車に目を向け、どことなくうっとりした様子で。


「あの円運動……力学……美しい数式の集まり……。」

「…………。」


この人、やっぱり変な人……。

私には理解できそうにない言葉を並べる彼の"観覧車が好き"という意味合いや趣向が、こんなところでも普通とは違うことを思い知らされた。
"好き"な気持ちは、人それぞれだものね。

ため息を吐きたい衝動をぐっとこらえて、Nの顔を見上げれば、彼もちょうど再び私に顔を向けてくれたところだ。


「さあ。」

「…………。」


ここへきて、ようやく彼への警戒心が舞い戻ってきた。
さあ、と握られている手を持ち上げられるけれど、このまま彼についていっていいのか少しの迷いが生じる。


「プラズマ団を探すんだろう?」

「…………。」


私をここまで連れてくるために言ったセリフと同じ誘い文句。
プラズマ団を探すのにわざわざ観覧車に乗る必要が、一体どこにあったというのだろう。
纏まった数式や合理性を求める彼が、そんな非合理な提案をしてくる意味は、もっと別のところにある。

そんな意図に気付くか気付かないか、それも含めて彼のことをまだ全然知らない――彼の口から何も聞けていない私は、心に迷いを抱えながら……それでも、と思った。

だからこそ、と。


「…………。」


戸惑いを秘めた手でNの手を握り返して、私たちは観覧車に乗り込んだ。





観覧車に乗ったのなんてハジメテ。

地上を発ったばかりで、それほど高度がなくても少しずつ景色が変わっていく様は別世界への旅立ちみたいで、空へ空へと移り変わる外の世界に少しだけ高揚する。

周囲の建物がすっかり見下ろせるまでに高い位置まで来たら、ライモンシティに広がる昼間にも関わらない人工的なライトの煌めきが一望できた。
そして、その向こうに広がる4番道路の砂漠地帯、反対側には大きな森。
徐々に広がりを見せる自然な景色と地上にいるより近くに感じられる青空と太陽は、どうしたって素敵だと思わずにはいられない。

目の前を飛び去っていくハトーボーの群れにも感動した。

観覧車は、決まった間隔内での景色しか見えないけれど、とりポケモンたちはどこまでも遠く遠くの景色の果てまで自由に飛んでいけるのね。
もちろん、今はこの景色だけでも十分なくらい視界は華やいでいるのだけれど。


「素敵……。観覧車って、こんなに素敵な景色が見られるのね。」


私がそう言うも、向かいの席に座る彼から言葉が返ってくる様子はない。
最初こそ窓の景色を眺めていたようだけれど、今はもう私に視線を固定して、沈黙しているのだ。

もともと、和やかにお話をするために乗ったわけではないものね。
目的は、プラズマ団の捜索。
けれど、観覧車に乗った今の私たちはもうプラズマ団を探そうとはしない。

何か別の目的があったから私を誘ったN。
そのことを感知しながら、それでも彼の手を握り返して一緒に観覧車に乗った私。


運命なんて信じていないけれど、今ここにいる私たちのことは――必然だと感じられた。


「……最初にいっておくよ。」

「……?」


重く口を開いたNは、早口にそう前置きした。
窓から視線を外して座り直すと彼と向き合って、次の言葉を待つ。

再び口を開いた彼は静かに言った。



「ボクがプラズマ団の王様。」



……彼の言葉に私は「……そう。」と返しただけだった。

もちろん目は丸くしたけれど、それは彼が「王様」という地位についていることに対してで、彼がプラズマ団の一員であること自体には存外驚くことはほとんどなくて。
心のどこかで、やっぱり――と思っている自分がいた。
カラクサタウンで出会ったときから、Nが"そう"であることの証拠の欠片はいくつもあったように思えていたから。


Nの理想とゲーチスの野望とプラズマ団が唱えるポケモンの「解放」――。



「ゲーチスに請われ、一緒にポケモンを救うんだよ。」

「…………。」


Nは窓の外へ視線を向けると景色を眺めるように、しかし、とても遠く遠くを見つめて。


「この世界にどれほどのポケモンがいるのだろうか……。」

「……アナタは。」


この世界にどれほど多くのポケモンがいて、そしてトレーナーがいても、きっと彼のなすべきことはポケモンたちのモンスターボールからの「解放」――。
そして、それは同時にトレーナーとの「別離」となり、彼ら……プラズマ団にとってのポケモンの「救済」となる。

そうすることによって、ポケモンは幸せになるんだって。


……それは、アナタにとっての幸せでもあるの?


「……アナタって、変な人。」


観覧車のゴンドラが頂を迎える。
青空と太陽に今、私たちは最も近い場所にいた。

このまま、もしも時間が止まってしまったら、きっとすごく素敵だと思えた。
どうしてか、わからないけれど……。

……どうしてかなんて、ずっとずっとわからなかったわ。


「ねえ、N……。」


アナタが大好きだと言った観覧車に私を乗せて、私の手を握って。
ポケモンの声をアナタみたいに聞くことができない私のことを誘って。
アナタが嫌いなはずの人間の一人かもしれないのに、なぜだかアナタは私に構ってばかりな気がするわ。


「どうして、私なの?」


星の数ほどいるだろうポケモンと同じだけ人間だって、このイッシュ地方だけでもたくさんいるわ。
その中で、どうして私を選んだように私に接してくるの?

アナタに会うと疑問ばかりが増えていくの。

アナタのことを何も知らないわ。
アナタのことが、わからない。


「あのとき。」


頂を過ぎたゴンドラが地上に向かって降りていく。
そんな中で、Nは外の景色――砂漠地帯のずっとずっと向こう側、それがちょうど私の故郷の近くに視線が固定されていることにまでは気付かない。


「カラクサタウンでキミを見つけたときから、キミたちの想いを知ったときから、ボクはキミのことが……。」

「N……?」


キミのことが……その後に続く言葉を思わず想像して、それが本当なのか確信がとても抱けなくて。
Nの名前を問いかけるように呼び掛けるその実、続きを急かす視線を投げやった。


「キミは自分のことを他の人間たちと同じだと言う。」


それは違うよ、トウカ。
3番道路で言ったように、ボクはただトモダチの声を聞けない愚かな人間とキミが一緒だとはもう考えていないよ。


「――――キミのことは、嫌いじゃない。」

「もうただの知り合いじゃないわ、私たち。敵対して、対立する関係になったのに……?」

「非科学的かもしれない。だが、ボクはキミに対してそう思っている。」


はっきりと私の目を見て告げられた言葉に胸の奥に重みが生まれた。
3番道路の育て屋の前で今と同じことを言われたとき、うつむいていた彼はボウシのつばに表情を隠して、けれど、声だけは物言いだけはどこか寂しそうだった。

それはどうして?
Nが私のことを嫌いだと思っていたから?
それがショックだったなんて、それこそ驚いてしまうような話だけれど……。

無表情に等しいと思っていたNが真摯な雰囲気を湛えて、私の目に向けて、宣告のように語り掛けてくる。


「ボクに教えたまえ、トウカ。」


王様らしい、高みに立つ者の口調。
けれど、次に問いかけを投げやる口調はどこか物柔らかで、どこか切実だった。


「キミは、今でもポケモンのことが好きかい?彼ら彼女らといつまでも一緒……そう、望むのかい?」

「もちろんよ、N。」


その問いかけに対する答えが、私の今後を一生左右するものだなんて気付かずに。
彼が、私に対する認識を決意にも似て確信するものになることを知らずに。

私は、今のありのまま抱いている気持ちを迷いのない口振りで吐露した。


「永遠なんて信じていないけれど、永遠みたいにずっとずっとミルフィーユたちと一緒にいたいわ。
ミルフィーユたちといつまでも一緒を望むのと同じくらい、この気持ちはこの先何があったって変わらないって、そう信じてるの。」

「……そうか。」


それっきり、彼は口を閉ざしてしまう。
私もこれ以上は言葉や問いかけを紡ぐことはなくて、ゴンドラが地上に戻るまで私たちの間で息衝く沈黙が窓の外の景色と共に流れていくのを感じていた。










「Nさま!」

「ご無事ですか!」


観覧車を降りて外へ出た私たちの元へ、探していたプラズマ団の二人が現れた。
そのタイミングの良さは、明らかに私たちが下りてくるのを待っていたことがわかる。

疑いがあったわけではないけれど、彼らのNへの態度を見ても私より一歩前に踏み出して彼ら側へと歩み寄ったNが"プラズマ団の王様"というのは、もう間違えようもない事実だった。

Nは、早口に「問題ない」と自分が無事であることを二人に伝え、彼らに向かって凛然とした面差しを湛えた。


「ポケモンを救うために集った人々も……ボクが守るよ。ボクが戦うあいだにキミたちはこの場を離れたまえ。」


『王』という風格を携えた背中。
風になびく長い緑髪が音もなくふわりと舞い上がりながら、こちらへゆっくり振り返るNの姿に、プラズマ団を背に隠すようにして立ちはだかるNの姿に太陽光が重なって、視界が眩む。


ああ、なんだか……、かなしい。


「……さて、トウカ。ボクの考え、理解できるかい?」

「…………。」


深い一礼の後、Nの無事を祈る言葉を掛けて逃げ去っていく二人を一瞥してから、Nは改まって私に問いかけてくる。
それは、先程の観覧車での会話だけでなく、これまでNが語ってきた理想に対しての問いかけ。

……ポケモンの「解放」は、すなわちミルフィーユたちとの別れを示す。
私には、その考えを理解こそすれど、それを実行に移す……そんなことはできない。
彼がポケモンの解放のために集う人たちを――プラズマ団を守ろうとするのも、守りたいと思うのと同じだわ。
私が信じる世界を彼が本気で脅かすのだというのなら、守りたいと思う。
私と同じくポケモンと一緒を望む人たちを。
トレーナーに心を寄せてくれるポケモンたちを。
私の大切な……このコたちを。

そっとバッグ越しにミルフィーユたちの入ったモンスターボールに触れて、灰暗いNの瞳と真正面から向き合う。


「……残念だけれど、私にはできないわ。」


首を横に振ってノーの意を唱えると、彼は静かに目を伏せた。


「そうかい……。それは残念。
さて……ボクにみえた未来。ここではキミに勝てないが、逃げるプラズマ団のため――――相手してもらうよ。」

「…………。」


Nがモンスターボールを取り出し構えるのと同時に私もモンスターボールを構えた。


「さあ、はじめようか。いくよ、メグロコ。」

「ロコッ!」

「おねがい、ミルフィーユ。」

「ジャーーノ!」


小さな身体に似つかわしくない大きな口を開けてキバを見せつけてくるメグロコの"いかく"。
ジャノビーのミルフィーユは首を伸ばして顎を持ち上げると、真っ赤な目でメグロコを見下ろして、威圧し返した。

切れ長の赤い目から放たれる鋭い眼光が色合いと相まって燃えているように思えてならず、彼女の本気が滲んでいた。


「いきましょう、ミルフィーユ。……つるのムチ!」

「ジャーーノッ!」

「ロコッ!?」


上半身を前のめりにさせて首元から素早く伸ばしたツルは、メグロコの目に留まることなく、相手の頭を二回打つ。
ビシリ!と乾いた音を立ててしならせたツルを、私の「畳みかけて」の指示の下、別方向から鋭く振り落とした。


「メグロコ、ダメおしだ。」

「ロ……ロコ!」


ダメおしによるパワーを発揮させて、効果バツグンであるミルフィーユのつるのムチを相殺したメグロコは、反撃開始だ!と尻尾を草地に叩き付けて咆哮を上げる。

グラスミキサーを撃ち込んで攻撃を仕掛けるも、すなじごくを使ってまたしても相殺に持ち込まれた。
どころか、ぶつかり合った技の衝撃波を身を固くして受け止めているミルフィーユが顔を上げる瞬間を狙いすまして、どろかけが飛んでくる。
Nがミルフィーユの声と動きを理解して、的確なタイミングをメグロコに指示したのだ。

死角から放たれた泥を顔面に被ったミルフィーユが動けないスキにメグロコのダメおしによるキバが迫る。

そうはさせないわ……!


「正面よ、ミルフィーユ。つるのムチ!」

「ジャノ!」

「……!」


視界を奪われたミルフィーユの目になるべく、メグロコが来る方向を指示して、確実な反撃に移ってもらう。
後ろに跳んでメグロコのキバをギリギリのところでかわしきったミルフィーユは、すぐさま伸ばしたツルでメグロコを打った。
目が見えていなくても私の指示を信じてくれるミルフィーユが、さらに元々持っている素早さとリーチの差でメグロコに攻撃を当てる光景にNはわずかに目を見開いた。


「ジャノ、ジャノジャーノっ。」

「ええ、素敵。次で決めましょう、ミルフィーユ――――グラスミキサー!」

「ジャァーノ!」


メグロコへの攻撃が成功したことに喜んで振り返るミルフィーユの笑い声に頷いて、とどめとするべく技の指示を言い放つ。
調子の良い戦況に勇んだミルフィーユが軽やかなステップで旋回し、巻き上げた木の葉の渦を解き放った。

再びすなじごくを指示されたメグロコだけれど、ダメージが響いた身体で相殺を狙うには今一歩 威力が足りず、呑み込まれた結果――パタリと尻尾を投げ出して目を回した。


「メグロコ……ごめんよ。ボクの予測ではもう少しキミに善戦してもらうはずだったのに……。」


メグロコの前に片膝を着いたNは、伸びているメグロコの背中を撫でながら「ゆっくりお休み」と労わりの声を掛けてボールの中に戻す。
そうして立ち上がり、私たちの顔をそれぞれ見やると、最終的に視線をミルフィーユに固定した。


「キミのポケモンはなんだかうれしそうだね。」

「ジャノ、ジャノジャノ、ジャーノ!ジャーノ!」

「……!そうか。」

「……?」


ミルフィーユが「うれしそう」だと呟いたNは、彼女が息継ぐ間もなく語尾の強い鳴き方で甲高い声を発する様を見て、一瞬驚き顔を見せた後、どこか穏やかな表情で頷いた。


「『わたしはトウカのことをしんじている。トウカのために まけない。』――。
……キミたちは通じ合っているんだな。」

「……!」


ミルフィーユ、と名前を呟くと彼女は泥を拭い落したミルフィーユが振り返り、にっこり笑って尻尾を振ってくる。
屈託のないその顔に自然と顔が綻んでしまう。
私のためにそんな風に思っていてくれたなんて、素敵。

Nは、ボウシのつばを指でつまんで少し下へと向けると、新たなモンスターボールを取り出した。


「カラクサタウンのときといい、キミたちには驚かされるよ。――――ダルマッカ、頼んだよ。」

「ダルッ!」


ダルマッカもさっきのメグロコも4番道路で野生のポケモンとして出会った覚えのあるポケモンね。
たしかタイプは、ほのおタイプ。
ミルフィーユじゃ相性が悪いから、素直に交代した方がいいわね。


「もどって、ミルフィーユ。シャルロット、おねがい。」

「ヒヤ~~プ。」


間延びした声と共にボールから飛び出したシャルロットは、のんびりと構える動作で戦闘体勢を作る。


「ねっとうよ。」

「ヤ~~プゥーー!」

「臆さないで。キミのポテンシャルなら、ずつきで突破できるよ。」

「ダル……ダルーーっ!」


放たれたねっとうに頭を抱えるようにして丸くなったダルマッカにNの優しくも芯の通った指示の声が降り注ぐ。
その言葉を聞いて、Nを信じて立ち上がったダルマッカが気合いの鳴き声を雄叫びのように上げながら、がむしゃらにねっとうに突っ込んでいく。

技がぶつかる直前、手足を引っ込めるようにして再び丸くなると、その体型を生かして勢い良く転がってきた。
さらに「さわぐ」の技を使うことで、直撃するねっとうの防御壁として音波がダルマッカを包み込み、効果バツグンのダメージを軽減しているのだ。
このままだとダルマッカは本当にねっとうを突っ切っられる。
かわして、と告げて急遽回避に移行するけれど、上に跳んでかわそうとしたシャルロットのお腹に、転がる勢いをつけて跳び上がったダルマッカのずつきがのめり込む。
えずくシャルロットにダルマッカのほのおのパンチが決まった。


「ダル!ダルルッ。」

「さすがだよ、ボクのトモダチ。ボクのことを信じてついてきてくれたキミたちの力をボクは決して無駄にはしないよ。」

「ダール!」


背中から地面に落ちるシャルロットと綺麗に着地をしたダルマッカ。

本当にねっとうを突破して、あまつさえ苦手な相性のシャルロットに一泡吹かせたことを喜び、Nに向かって無邪気にいっぱい手を振るダルマッカをNも嬉しそうに笑い返した。

私は、後頭部をさすりながら上半身を起こすシャルロットに「大丈夫?」と呼び掛ける。
彼は、痛みに困った笑顔を浮かべていたけれど、逆転はしたいみたいで、デフォルトのニッコリ顔をキリリとさせて立ち上り、ダルマッカともう一度向き合った。


「接近して、シャルロット。」

「ヒヤ~!」

「来るよ。ボクの指示をよく聞いて。」

「ダル!」


四足歩行で駆けていくシャルロットの接近技が相手に届く距離まで来たところで、私はみだれひっかきの指示を出した。
両手から爪を出してダルマッカに飛び掛かるシャルロットを、ほのおのパンチで迎えるようNは言い放つ。
小さな手に火炎が宿り、シャルロットが素早く振り下ろす爪に対してスピードは劣るけれど、パワーは上であるパンチで攻防戦を繰り広げた。


「彼の集中力を切らせよう。ダルマッカ、さわぐんだ。」

「シャルロット、いわくだき!」


連続して線を描く爪攻撃を食い止めるべく、ダルマッカがさわぐ攻撃を放とうとしたけれど、素早さの差を利用して攻撃を切り替えたシャルロットの、爪ではなくかたい拳がダルマッカの頬を打つ。

普段はのんびりとぽやぽやしているけれど、ことバトルにおいての身軽さや器用さがシャルロットの最大の武器。

爪よりも重みを乗せた一撃に体勢を崩して後ろに倒れたダルマッカは、簡単には起き上がれそうにないらしく、コロコロと転がっている。
それでも、さわぐ攻撃でシャルロットにダメージを与えに掛かるのは抜かりないNの戦法だ。

……この至近距離なら、さわぐの防御壁も貫通できる!


「ねっとう!」

「ヒヤ~~~っ!」


蒸気が噴き上がるねっとうを浴びたダルマッカは、耐えきることが叶わずに目を回してしまった。


「ヤ~~プ。ヒ~~ヤ~。」


ばんさーい、とポーズを取って のんびり喜ぶシャルロット。
素敵、と言葉を投げるとほっぺたをほんのりピンク色に染めてはにかんだ顔を向けられた。


「すまない、トモダチ……。――――ズルッグ、キミに任せたよ。」

「ズルッ!」


腰辺りの皮はゴムのような伸縮性で、それを首まで持ち上げては手を放してずり落とす仕草を繰り返す様が、どこか可愛らしい。
図鑑曰く、あのズボンのように履いている皮は脱皮した自分の皮なのだそうだ。

あのコも4番道路で見かけたポケモンね。
タイプは、あくと かくとうタイプ。
かくとうタイプが相手なら、と私はシャルロットを戻すとコジョフーのムースをバトルに出した。


「ジョフー!」

「今度はこちらからいかせてもらうよ。ズルッグ、いばる。」


ズルッグは首まで持ち上げていた皮を手放すと両手を腰に当てて、ふんっ!と嘲笑すら浮かべてふんぞり返ってみせる。
ムースはそれを見て腹を立てたようだけれど、それと同時に異変が起きる。


「ジ……ジョ?ジョフーー!?」

「!混乱しているの……?ムース、しっかりしてっ。」


声をかけてみても、その声がしっかりとムースに届いているかは定かじゃない。

「いばる」は、相手の攻撃力をかなり上げる効果と引き換えに混乱状態に陥らせる技だったのだ。
一見すると、こちらにもメリットがあるようにも思える技の実態は、混乱することで訳も分からず自分を攻撃した場合、そのダメージも倍になるということ。

響いてくる笑い声や絶叫マシンの機械音が余計にムースの気性を荒くさせる。
そこにズルッグはいるのにまるで何体もの相手に囲まれている錯覚を起こして、がむしゃらに虚空に向かって蹴りや拳を突き出していた。

落ち着いてと声を掛けているこちらのスキを突いて、Nがズルッグにかわらわりの指示を出す。

ジャンプによるひとっ跳びでムースの背後を取ったズルッグが手を振り上げる。
脳天を目掛けて振り下ろされる手刀に、とっさにみきりを指示した。


おねがい、届いて……っ。


「みきり」と叫んだ声がかろうじて届いたのか、それまで一心不乱にあらぬ場所に狙いを定めていたムースは、ピタリとその動きを止めて目を閉じた。
それでも、クラクラと頭がわずかに揺れていたけれど、ズルッグの手刀が当たる直前、両腕を振り上げて手刀を白刃取ることに成功する。


「!ムース……!――――そのままドレインパンチ!」

「ジョォ……っ!コジョーーー!」


みきりによる完全防御に驚いたのか、Nがかすかに顔を上げた。

ムースは、目を閉じたまま捕らえているズルッグの手を引いて、ドレインパンチでなく膝蹴りをお見舞いした。
とっさに開いた片手で皮を伸ばして防御するズルッグ。
衝撃が吸収され、ダメージになることはなかったけれど、ムースは片手のみでズルッグの手をさらに引き寄せて地面に投げ落とした。

ドレインパンチの指示が通っていないことから混乱はまだ続いているようなのに、的確にズルッグに攻撃を仕掛けているのは捕らえられたから?

不思議に思いながら再びドレインパンチを指示するも、やはりムースは私の指示の声が聞こえていないようで、依然として目を閉じたままズルッグに独自に反撃を仕掛けにいった。


「ジョーフ!」

「ずつきを!」

「ルググ!」


一歩踏みしめるたびに若干のぐらつきを見せるムースだけれど、ズルッグのずつきは寸前で腕をクロスさせて重心を据わらせたことで吹っ飛ばされることを防ぎきる。
そして、ズルッグの追撃の前にようやっと振り上げた拳に淡い光を宿して、ズルッグを横殴りに逆に吹っ飛ばしてしまった。

後から考えれば、私の指示に従ってのドレインパンチではなかっただろうにこのときの私は気付かずに、今の一撃でズルッグを完全KOさせたムースの勝ちを純粋に喜んでいた。

混乱状態の中で、あそこまで正確にズルッグを攻撃できたのは目を閉じることで視覚ではなく、気配を読んでいたからなのだと気付いたわ。
それでも、簡単にできることではないのに……ムースの強さやバトルセンスは、やっぱり手持ちの中でも群を抜いている。


「すごいわ、ムース。よくがんばったわね、休んでいて。」

「ジョフ……っ、ジョフ……。……フー。」


体力はそこまで減っていないはずなのに肩で息をしているのは、混乱による気力の減少とそれが引き起こした精神的な疲労が表れているのだろう。
モンスターボールの赤い光に包まれ、吸い込まれる間際にムースがこちらに振り返り、私の顔を見つめてきたけれど、それは一瞬にして終わってしまう。

ボールの中に収まったムースに「お疲れ様」と声を掛けて、Nを見る。
すると、ズルッグを抱き上げた彼は、目を回すズルッグをしばし見つめた後にゆっくりと目をしばたかせて、視線を上げた。

その不思議そうな顔付きと首を傾げる仕草、そして。


「負けるにしてもみえていた未来と違う?キミは?」

「……?」


みえていた未来と、違う……?

どういうことかと思うのは、こちらの方。
一体何なんだとでも言いたげな眼差しに私も首を傾げ返してしまう。

まるで、未来を見通せる力を持っているみたいな言い方をするのね。


「……キミは本当に不思議で、変わっているね。」

「……そう。」


改まって言ってくる彼に、私は短い相槌を打って、Nにはあまり言われたくない「変わっている」発言に言い返す。


「私からしてみればアナタだって変わっているし、不思議な人。言っていることの意味だって時々本当に意味がわからないし、ポケモン至上主義で理想主義者。
アナタの方がよっぽど……変な人。」

「…………。」


次々と言葉を発した私のことをNは無言で見やる。
もの言いたげな視線にしては、灰暗い瞳の中に浮かぶ感情にあたりがつかなくて、何を考えているのかわからない沈黙だった。

やがて彼は、そっと瞳を伏せて視線を外した。
その口元に、うっすらと――本当に言われなければ気付けないほど小さな小さな笑みを湛えて、ズルッグをボールに戻し、頷く。


「……そうかもしれないね。――――彼が最後に残ったボクのトモダチ、シンボラー。」

「ボーラー。」


奇抜な容姿を持った、鳥ポケモン。
……否、正確には鳥とは言い難い、独特の姿。

色とりどりの翼を持ったシルエットこそ、ひこうタイプの鳥ポケモンと違いはないのだけれど、触角のように伸びている一ツ目、満月のように真ん丸な黒い胴体、翼と同じ色を持つ尾羽。
……待って。
胴体と称した個所にある、二つの目。
だとしたら、あれは頭部にあたるのだろうか。
けれど、両側のトライデントのような突起、下には二本の白い角のような突起が、それぞれ見ようによっては手足にも思える。

見たこともないような、不思議なポケモンに思わず図鑑を取り出した。


『シンボラー とりもどきポケモン
古代都市を守っていた記憶を残しているため、いつも同じルートを飛んでいるらしい。』


タイプは、ひこうとエスパー。
だったら、シママのワッフルなら相性がいいわね。

ポケモン図鑑でシンボラーを調べる私をわずかに細めた目で見つめるNの眼差しが睨み付けるものと違わない感じながら、それでも私はモンスターボールからワッフルを顕現させた。


「でんげきは!」

「シマーー!」

「シンボラー、サイケこうせんだ。」


たてがみの先から放出した電気が波打ちながらシンボラーに迫るも、シンボラーは迷彩の光線を撃つことで相殺にあてた。
さらにふわりと高く舞い上がって、


「おいかぜを。」

「ボーーラーー!」


翼をはためかせるシンボラーの一ツ目に不規則に変色する光が宿り、その光は巻き起こった風と一体化してシンボラーの周囲を包み込む順風と化した。


「エアカッター。」

「ボーラ!」

「ワッフル、かわして。」

「シマ!……!シマっ!?」


鋭く振り下ろした翼から放たれる風の牙を颯爽とかわそうとしたワッフルだけれど、思わぬスピードで迫ったそれを回避することはできず、直撃してしまう。

……!速すぎて、見えなかった……っ。

よろめきながら立ち上がったワッフルが頭を振って鼻を鳴らすと、こんどこそ!という風に蹄で地面をかき鳴らす。

素早さ負けをしているなら、ニトロチャージで追いつけばいい。
そう思って指示を出すと、前脚を振り上げていななきを響かせたワッフルは、いてもたってもいられないとばかりに炎で包んだ身体を前へと突き出した。
上空にいるシンボラー目掛けてジャンプで体当たりを仕掛けに行くと、出てきたときから表情を一切変えないシンボラーが片翼をふわりと振り下ろす。

シンボラーを包み込むおいかぜが、サイコパワーによって意思を持ったように威力を増して、ワッフルを叩き落とした。


「ワッフル!」

「シマァ……!!」


すぐさま起き上がったワッフルが意地になって飛び出して、今度は電気を放ちながらシンボラー目掛けて跳び上がる。

Nの静かな声が、凛然とした響きを持ってシンボラーに届けられた。


「ふきとばし。」

「ボオォ!」


ゆったりと動かす翼とは裏腹に、再び一ツ目に宿る光と同じ色を帯びた風が激しく吹き荒れて、ワッフルの身体を抵抗の余地もなく弾き返した。
それだけでなく、ワッフルはそのまま私の元まで飛んでくると驚いて固まる私をよそにバッグから放たれたボールの赤い光に包まれて消えてしまう。
代わりに白い光が飛び出すと、それはあっという間に黒と赤に色付いて、ゾロアのシフォンがシンボラーの前に現れた。

――――ふきとばしは、相手のポケモンを強制的にボールに戻して、代わりのポケモンをバトルに出させる技。

ワッフルに代わって出てきたシフォンは、パチパチと瞬きを繰り返して、私や自分の意思でボールから出たわけではない状況に少々驚いているようだった。
……仕方ないわ。
あくタイプのシフォンなら、エスパータイプを持っているシンボラー相手に有利に動けるし、相手の厄介なエスパー技も無効化できるものね。

……シフォンが、素直に言うことを聞いて動いてくれたらの話だけれど。


「……ロアっ。」


けれど、意外にもシフォンは尻尾をピンっと立たせて身構え、シンボラーに対して勝気な笑みを見せた。
どうしてか、珍しくやる気になってくれているみたい。
性格がきまぐれなコだから、深い理由はないのかもしれないけれど、とにかく今なら少しは指示を聞いてくれるかも……っ。


「シフォン!おねがい、あくのはどう!」

「ゾロ?」


私が指示を出すと、シフォンはこちらへ振り返って少しの間、私をじっと見る。
その視線に思わずぎくりとするも、ちゃんと指示を聞いてくれるように彼の目をしっかりと見返した。

シフォンは、動かない。


「シンボラー、エアカッターを彼に放つんだ。」

「……シフォン!」


おいかぜによってスピードとキレを増した風の刃が、シフォンの背後に迫る。

シフォン、おねがい……!
声に出したくても、危機感で息を呑んでしまうと何も言えなくなり、それでも必死にシフォンから目をそらさずにいたら――、


「……ロォッ。」


シフォンは、ニッと口の端をつり上げるとシンボラーの高速エアカッターを身軽なジャンプで回避し、余裕の表情にシニカルな色を混ぜ込んだ笑みを浮かべて、空中で一回転。


「ゾーーローーッ!」


シンボラーと向き合う形になったところで、全身を包み込んだ黒いオーラを波紋状に解き放つ。
とっさの羽ばたきで逃げきったシンボラーは、Nの指示を受けてエアカッターでの反撃を飛ばしてきた。
おいかぜを纏った風刃にニヤリと口端を持ち上げるシフォンを見て、頭の片隅で漠然と察する。

このコは、このエアカッターも回避できる。

思うや否や、その考えの真偽をさらに思考する間もなく、私は腕を前に突き出して「かわして!」と声を上げた。
言われるまでもないとばかりにシフォンが毛先をざわつかせながら、先程よりも高くジャンプする。
シンボラーのすぐ真下、順風に吹き飛ばされないようにか纏っていた黒いオーラはいつでも放てる準備ができていた。


「シフォン、あくの、」

「ローーオォン!」


あくのはどう、と言いかけた声はシフォンの咆哮に掻き消され、黒い波がシンボラーを呑み込んだ。

着地するシフォン。
少ししてから、シンボラーもそのすぐ後ろに羽ばたく力を失って落ちてきた。

三つの目はどれも開いたまま……けれど、上部の一ツ目だけが光を失って虚ろだった。

それが戦闘不能なのだということは判断し難かったのだけれど、シフォンがシンボラーに向かって意地悪な笑みを向けて尻尾をしきりに左右に振っている様子は、自分の勝ちを確信していた。
事実、Nがシンボラーの元まで歩み寄り、膝を着いてシンボラーの顔に手をやり、「よくがんばってくれたね、トモダチ……。」そう言葉を掛ける姿からもこのバトルは私の勝ちだと確信できた。


「やった、シフォン……!」

「アンッ。」


素敵、と。
かなり怪しかったものの、"比較的"はじめて言うことを聞いてくれたシフォンに駆け寄り、抱き上げようとすると。
キシシッという笑い声の後、伸ばした私の手をすり抜けてバッグに飛びつき、自分のボールを見つけてさっさと中に戻ってしまう。

もう、このコは……。


「結果は、一緒だった……。――――だが、キミは……何者だ?」

「……!N……。」


いつの間にかシンボラーをボールに戻したNが目の前に立っていて、とっさに立ち上がって後ずさる。
Nは、空いた距離をこともなげに速歩で詰めてきて、その速度と何を考えているのか読めない無言がこわい。
あの日、3番道路で追い詰められたときと同じ、ときめきとはひどく異なって心臓が跳ねる音を耳にしながら、逃げ切れない距離を察知してNを突き返そうと腕を前に出す。


「え、ぬ……っ。」


止まって、と上手く出せなかった声で、語尾が吐息交じりになりながらも必死に告げる。
私の両手がNの胸元に触れ、それ以上の進行を――侵入を押し止めようとぎゅっと目を閉じた。

思いのほか、Nはその行為によって素直なくらいにピタリと止まってくれた。

恐る恐る目を開けると、シッポウシティでの鉢合わせほどではないものの若草の香りが鼻腔を抜ける、至近距離。
そっと顔を上げたら、灰暗い瞳で私を見下ろすNが、目が合ったのを皮切りに口を開く。



「ボクは、チャンピオンを超える。」



告げられた言葉は、芯の通った声で紡がれた。

私を見下ろすまっすぐな視線。
ハイライトのない灰暗い瞳は私を見下ろしながら、その奥の奥――ずっとずっと先を見据えるているような、強い意志が息衝いている。


「チャン、ピオンを……?」

「だれにも負けることのない唯一無二の存在となり、すべてのトレーナーにポケモンを解放させる!」

「……!」


私は、ハッと息を呑んだ。
今の言葉にチェレンの面影が浮かぶ。
同時にチェレンとは、ハッキリ違う目的意志も垣間見えた。

チェレンとNでは理想への言葉の重みが、違ったのだ。


「キミが、ポケモンといつまでも一緒……!そう、望むなら。」

「……!N……ッ、」


Nの胸元に両手を置いたままだったけれど、話を聞くうちに、否、言う通りに立ち止まってくれたことですっかり力が抜け落ちていたガードを易々と破って、Nは再び足を踏み出す。
とっさに両手に力を込めるけど、今度は待ってと切羽詰まって言おうとも止まってはくれなかった。

風が草木を揺らし、花壇の花弁を連れていく。
同時に、私の髪とNの髪が音を立てて大きく揺れた。

呼吸さえ出来ているのかも曖昧な感覚。
胸の奥で高鳴って止まない音の意味を把握できる余裕もない。
さっきよりも近い距離で捉えられた視線。
離れようにも、Nの視線が逃げることを許さない強さを持って私を頭から見下ろしてくる。

力強い眼差しの真実こそ、Nが抱く理想への想いに満ちていた。


「各地のジムバッジを集め、ポケモンリーグに向かえ!そこでボクをとめてみせるんだ。」

「!ポケモンリーグ……。」


熱を帯びた頬をそのままにNの言葉を復唱する。

ポケモンリーグ……8つのジムバッジを手に入れた者だけが入ることを許されるチャンピオンロードを抜け、四天王とチャンピオンに挑戦できる場所のこと。
彼は、そこへ行くつもり。
もちろん私だって、バッジを集めている以上いずれは向かうだろう。

言葉にすることは誰にだってできる容易いことだけれど、それを実行し実現するということは、きっと、ずっとつらくて長い道のりになるに違いない。
これまでのジム戦を思い返しても、自分の今の実力を考えても、8つ目のジムに辿り着いた自分の姿を想像するのが難しかった。

どこか愕然としながらNの顔を見上げていると、彼は平然として私の目を見つめ返し、揺るぎない声色で現実を告げるのだ。


「それほどの強い気持ちでなければ、ボクはとめられないよ。」


一歩、私から足を引いてもとの距離に戻るN。

早口にそう言う彼の瞳は、シッポウシティで見たときと同じ、理想に強い期待と希望を抱いた真っ直ぐな瞳。
そして、それを実現してみせるという使命感。
ハイライトのない灰暗い瞳は、たしかにそう彩られていた。

ここが、きっと始まり。

プラズマ団の王様のNが私に向けた宣戦布告と挑戦。
彼を止めるということは、すなわちミルフィーユたちとの「今」を続けられる平和につながる。
彼の前で、何度も口にしてきた「ミルフィーユたちと一緒」の言葉に嘘はないし、不安だって……。

でも、どうしてなのかしら……。
バトルに勝ったのに、圧倒的な力を見せつけられたのはこちらのような気がしてならない。

これからもNとのバトルをしていくの……?
その中で私、本当にプラズマ団の王様に今みたいに勝てるの?
ジムバッジを8つ集めて、チャンピオンロードを抜けて、ジムリーダー以上の実力者が集う四天王と、それを遥かに凌ぐイッシュ一の強さを持ったチャンピオンに……。
そして、そのチャンピオンを下し、強さを越えると言い放ち、そんな未来を本気で信じているNに……本当に、勝てるの?


「…………。」


掌に感じるNのほんの少しの体温が離れていく。
一歩後ろに下がっただけで、Nがまた遠くに感じる。
あれだけ近くに感じて鼓動がうるさかった私の胸は、すっかり鳴りを潜めていた。

クルリと私に背を向けて歩き出したNが、いつの間にか人ごみの中へ消えていってしまった。



「……N。」



名前を呟く声は、彼には届かない。
どうしたらいいのかわからずに立ち尽くす中、そっと頬に手をやると、そこは赤いぬくもりを帯びていた。
 
Nと会うたび、トウカのNへの印象や二人の距離感が一歩進みかけて二歩下がっている気がしますね。

「ボクはキミのことが……。」とNが言っていましたが、答えは「気になっている」です。
もちろん恋情云々は一切なく、トウカのポケモンを通して彼女が「特別」なのでは?という意識からの言葉。


次回は、箸休め回。

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