鎧の孤島

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「ただいまー!」
 大きく声をあげ、玄関を開け放つと、マスターは私の手を引っ張って、家の中へと入った。
 キッチンに立っていた女性が振り返る。
 マスターと同じ髪色、瞳の色。何よりも雰囲気がよく似ていた。
「おかえり」
 そう言って女性は優しく微笑み、後ろにいる私に気づいた。
「あら、きれいな色のサーナイト……」
「おかあさん、紹介するね。サナたんって言うんだ!」
「サナ?」
「うん。おねえちゃんにもらったんだよ」
「あらまあ。あの子は今、どこにいるの?」
遠隔交換システムG  T  Sでしかやり取りしてなくて、直接話してないから、今はどこにいるかわかんないや」 
「最後に居たのはアローラだったかしら。元気にしてるといいけど」
 どこか懐かしむような目線を私に送り、マスターの母上は軽く挨拶した。
「サナちゃん。ゆっくりしていってね。何もない町だけど、何もないのがまたいいんだよ」
 
 そして、マスターは私の手を引き、リビングを後にする。そんなに慌てなくてもいいのにと思っているうちに連れて行かれたのは、女の子らしく可愛い部屋だった。
 
「じゃじゃーん! あたしの部屋なのだ!」
 テレビがあり、ベッドがあり、クローゼットがある。
 しばらく留守にしていた主をあたたかく迎え入れる空間。きっと、母が掃除し、きれいにしてくれているのだろう。
 しかし、生活感は全く感じなかった。
「実は引越して荷物そんなに整理しないまま、なし崩し的にホップに誘われて出てったから……納屋に荷物ごとダンボールいれたまんまなんだ」
 そう言ってマスターは、布団にバフっと横になった。それっきり動かなくなる。
『マスター?』
 返事がない。ただ寝ているようだ。
 部屋の中にはそれでも、最低限必要なものは出されていた。デスクもある。
 まだ飾られずにデスクに積まれたままの写真を見ると、今よりまだずっと幼いマスターが笑顔で、いろいろなポケモンに囲まれ座っていた。
 私と出会う前のマスターをもっと見たくて、次々と写真をめくっていく。このガラルでの写真はあまり無く、あるのは、ホウエン地方で撮ったものだろう。私の見覚えのある街並みなども写っていた。
 その中の一枚に手が止まる。見たことのある少女が、マスターと共に映っていた。
『アローラ……』
 思わず、そんな言葉が口を割って出る。あの島では何かある度に聞いていた言葉だ。
 そこに映っていたのは、アローラ地方を共に旅したかつてのマスターだった。
 気づくと同時に、頭に鋭い痛みが走る。同時に妙な酩酊感が身体を駆け巡る。この感覚は覚えがある。巨大タマタマとレイドバトルをした時に感じた、どこか歪で、世界の理が歪むような、言葉では言い表せられない妙な感覚だった。
 脳裏にサカキの顔と共にフラッシュバックのように、場面が過ぎる。
 サカキが誰かに、頭を垂れている。相手は見えない。サカキの眼前にバッジのようなものが投げられた。それは、カラフルな色合いの『R』の文字をしている。
 何者かはサカキに言う。世界の外側から、世界を変えていこう、世界の理をねじ伏せようと。
 サカキはほくそ笑み、カラフルなバッジを胸につけた。それは、見慣れたレインボーロケット団のバッジであった。

 突然、電子音が鳴り響き、私は我に返った。白昼夢のような感覚は一瞬で消え去る。
 マスターも慌てて身を起こすと、スマホロトムを起動させた。
 文明の利器らしくフルカラーの液晶にはソニアの顔写真が鮮明に表示されている。
 
「はい、もしもし……何、ソニア?」
【大変なのよ! ブラッシータウンから突然、鉄道がのびたの! ブラッシータウンからは西まわりの線路しか無かったでしょ? 今まで工事している気配も無かったのに!】
「え、え? どういうこと?」

 ただならぬ雰囲気にマスターは一気に目が覚めたようだった。
 私も瞬時に事の重大さを理解した。東には、マグノリア博士の住居と湖を隔てて、マスターが孤児院として開いている『HOME』がある。
 
【おばあさまの家は無事だった。湖のあたりは何も起きていないみたい……でも向こうの岸の、孤児院の様子はまだわからないわ!】
 
「わかった、今すぐいく――サナたん!」
 私が頷くよりも早く、マスターは部屋を走り出ると、「おかあさん、用事ができた!!」と、一目散に外に向かう。
 母上は何事か心配そうにしていたが、あえて言葉に出さなかった。それは、冒険の旅立ちを見守り、影から支えてきた今までのマスターの母親たちと同じだった。
 会釈し、私も後を追いかける。
 
「おねがい、アーマーガア!」
 鋼の羽毛に身を包んだ灰色の鳥を呼び出す。
 色違い特有の菱形の輝きを発しながら、アーマーガアは姿を表した。ポケモンの背中に飛び乗ると、私の手を引き、後ろに乗せた。
「無免許運転だから揺れるけど我慢してね、サナたん」
 そらをとぶ――指示を出すと、アーマーガアは甲高い鳴き声をあげ、翼をはためかせる。重力に抗い、地を離れていく。みるみるうちに小さくなるハロンタウンを目下に、私達は北上する風に乗り空を飛んだ。

 確かにソニアの言ったとおり、小さく下に見える景色には変化があった。以前アーマーガアタクシーに乗った時には見えなかった線路が増えている。ブラッシータウンから二手に分かれて線路が延びており、その新たに出現した線路はマスターの孤児院ホームを終点に終わっている。
 アーマーガアは森の中にある洋館―― 孤児院ホームの前に着陸すると、役目を終え、ボールの中へと戻っていった。
 扉を開け、慌てて中に駆け込むと、孤児院のみんながこちらを見る。
「おかえりなさい」
 そう言って優しく微笑むのは、伝説の傭兵、優しき格闘系メイドのサオリだった。ひとまずは無事を確認できて安心する。
「……みんな、よかった……」
 思わす涙ぐんだマスターは、サオリの胸に飛び込んでいった。
 逞しい胸板に抱かれ、マスターはただただ肩を震わせていた。

「……よかった! みんな無事だったんだね!」
 玄関から少し遅れて駆け込んできたのは、ソニアだ。
 マグノリア博士の家からこちらへ、湖を何らかの方法で突っ切ってきたのだろう。相当急いでいたのか体が濡れている。
「ソニアちゃん! 博士のあなたならわかる? どうなっているの、これは?」
 サオリは緊急事の対応には慣れており、安全確保の後、現状把握に努めようとしている。
 ソニアが少し考え込んでいると、
「お前ら、無事か……!」
 聞き覚えのある声とともに、玄関の扉を蹴破りかねない勢いで開け放つと、赤いハーフパンツに白Tシャツ、白のニット帽を着込んだ男が入ってくる。
 後ろには手持ちポケモンのザシアン――青犬ベーコンがいる。
「あなたは……魔蹴のマッシュ……!」
 サオリが少し複雑な顔をする。
 それもそのはずだ。マッシュはその昔、アバランチという反マクロコスモス派に所属しており、“ブラックナイト”の時に故意ではないとは言え、マクロコスモスの研究所を爆破させてしまった。
 その結果、働いていた研究者たちも亡くなり……その孤児はここにも住んでいる。その真実を知っているのは大人だけであるらしく、サオリの後ろで様子を窺っていた子どもたちは、「エースバーンだ!」、「リベロして、リベロ!」などとマッシュの周りに駆け寄ってくる。
 たじろぐマッシュだが、とどめの一言は、ニットの、「いい年して恥ずかしくないの?」であり、言葉のナイフは深く胸に突き刺さっていた。
「う、うるせ! おまえら、にどげりすんぞ!!」
「わー! 怒った!!」
 声を荒げると、子どもたちは可愛らしい悲鳴をあげて嬉しそうに逃げていき、その後ろをマッシュは追いかけていった。
 
 軽快なメロディが響く。ルリナのスマホロトムだ。
「……ルリナからだ」
 スマホロトムのアプリがメッセージを受信し、ソニアはそれを見た。
 そして、少し考え込むような表情を見せる。
「……バウタウンのはるか東の海域に、今まで無かった“島”ができてるんだって……これは、座標軸の移動……」
 そして、窓の外から線路と、そこに付随する駅のようなものを見て言う。
 駅はこの建物に密着するよう隣接している。どうやら無人駅らしい。前はこんなものは無かった。
「どういうこと?」
 マスターは首を傾げる。
「この線路も、その島も……どこか遠くからやって来たんだろうね。そういえば、ルリナから聞いてたけど、あなたたち、幽霊船に遭遇したんだって? それもだし、列車強奪の件も、不可思議だわ。囚人たちがいきなり現れるなんて、普通はありえない」
 ありえないが、実際にこうして目に見える形で、事象は存在している。
 あのアクア号は別世界のものだった。しかし囚人たちはこの世界の存在だ。では、この線路とルリナのいう島は?

「調べてみるしかねぇな」
 マッシュの言うとおりだった。
 
 ※ ※ ※ ※
 
 それから、東の海をよく知るバウタウンのトレーナーたちが調査隊を組み、海域と周囲を調査した。
 突然現れた島のせいで、海流が異常なほど強くなっており、よほどの船乗りでないとたどり着けず、“伝説の航海士”だったらしいノエルの操縦により、ルリナを始めとした調査隊が上陸に成功した。普通ならば、海からのアプローチは不可能だったろう。
 かつては偉大なる航路グランドラインを目指し旅をしたノエル。私に海の知識は無いが、何やら凄そうである。
 ルリナの調査レポートによると、現地の島には人間もおり、意思疎通も問題ないらしいが、彼らは自分たちの住んでいる島の周囲が変わっていることには気づいていない様子だという。
 雰囲気はワイルドエリアに酷似しており、野生のポケモンのそれもガラルでは見られない種が多くいるということだった。やはり他の地方から島ごと転移してきたのかもしれなかった。
 調査の結果、島は空から行くのが安全であり、少人数だと探索に時間もかかるので、数を増やすため有志を募るべきだという結論でレポートは締め括られていた。
 誰でも良いわけではない。ある一定の実力を有するトレーナーに絞るべきだと、ルリナは言っていた。
 
「新たに現れた島が消えるってことは多分ないと思う。座標軸の移動が行われた形跡のあるものを過去の資料を元に分析してみたの。過去、とある地方に山だけが忽然と姿を現したケースがあるけど、それは今もそこにあり続けてる。幽霊船のケースは、取り憑いていたロトムが成仏したか何か、そんな要因で消えたんじゃないかな」
 
「有志を募る場合、実力をどう図るかって話だが……ワイルドエリアに似てるってんなら、少なくともワイルドエリアを経験してる必要があるな。あとは……実力だけじゃなく、そいつの“本気”ってのも必要なんじゃねえか」
 
 ソニアは島がまた消える危険性を排除し、マッシュは島にわたる人選を意見した。
 本気、と言うとき、マッシュはジェスチャーでお金を示してみせた。
 
「ここは一石二鳥でいこうぜ。調査資金も貯めるんだ。ガラルチャンピオンの名と権限を使えばどうとでもなる。島にわたるパスポートを作るんだ。んでもって、それを売る。出発点は、ここだ」
 
 そして、孤児院ホームの隣に出現し、今は急ぎで配置されたガラル鉄道の職員のいる駅を指す。
 
「孤児院の“HOME”が駅のホームになるっつーわけだ。島に渡るための、アーマーガアタクシーは、常時この駅に配置してもらうよう既に手を回した。島へ渡るパスも既に量産体制に入ってる。ICチップで入島管理を行う優れもんだ。これを売り、その収益は孤児院ホームと隣の駅の維持管理をするのに使用する。余ったら内部留保だ。金の管理は俺の組織でやってやる。なんせ、“管理人”だからな」
 
「この男が妙な真似をしたら直ちにその首をへし折ります」
 サオリが目を細める。それは、命を刈り取る形をしており、私はどうやら彼女は本気であると判断した。
「おー、こわいねえ」
 マッシュは気づいておらず笑っていたが、そのうち殺されても仕方がない。
 
「あたしは島へ渡るよ。新しい世界を見てみたい」
「わかったぜ、“聖母”。俺も行こう。ビジネスのためには現地を把握しておきてえな。“管理人”としてな」
 マスターとマッシュの目的は別だったが、ある意味で一致していた。
「島の名前は、“ヨロイ島”っつーらしい。現地に住んでいる変なじいさんからルリナが仕入れてきた情報だ」
 
 準備は整った。
 鎧鳥《アーマーガア》でしか亘れぬ孤島。
「鎧の孤島ってわけね……」
 マスターはガラルを制覇した。ジムもリーグも、ありとあらゆる場所を。
 そんなマスターにとって未知なる世界が広がっているのだ。
「パス渡しとくぜ。まあ、“聖母”は顔パスみたいなもんだけどよ。ほら、これが、“ヨロイパス”だ」
 どうかと思うような安直なネーミングのパスカードを渡す。
 裏返すと、『エキスパンションパス第一弾“鎧の孤島”、6月17日配信開始』と書かれている。第二弾はあるのかわからないが、商法の一つだろう。そこにはマッシュの商魂を感じた。
 
 ガラルの西に浮かぶ未開の地。
 突如として出現した巨大な孤島。
 きっと、そこには見たことのない世界があり、見たことのないポケモンがいる。
 鎧の羽毛を持つアーマーガアは客車を足で力強く掴む。タクシーは、マスター、マッシュ、そして私を乗せて飛び立つ。
「何かあったら連絡するのよー! こちらも座標軸転移の件、調査しとくからねー!」
 大きく手を振るソニアがだんだん小さくなり、孤児院と駅が見えた。不思議なくらい隣接しており、同じ建物のようになっていた。空からは、メロンパンと名付けられたキリンが小さく見える。
 そして視界に広がるのはワイルドエリアだ。それを背に、私たちは海へと飛ぶ。広がる海の先に、島が見えてくる。
 あれが、ヨロイ島。
 多くのトレーナーたちは、マッシュの商法に乗せられ、新ポケモンや未知なる冒険のためにそこに集うだろう。
 しかし、そこに先立って足を踏み入れる私たちの目的は別にある。
 きっと、私にとっても意味があるのだ。
 私がこのガラルに来て、見聞きした全て、不可思議な事象は何らかの共通項で繋がっている。
 それを調べるため、私たちは、鎧の孤島へと向かった。

――――――――――
【補足】エキスパンションパスとは?

 2020年6月17日、エキスパンションパスの[鎧の孤島]が配信され、本話の初稿はその日に書かれたという経緯がある。ゲームソフト内でもブラッシータウンから線路が延びたことを、本作に強引に取り込みながら、物語は続く。続くったら続く。
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【Season5】月につながれた心――完。

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