35.世界が表情を変える時

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 再び、機械兵器として解放された機巧。彼の想いに答えて戦いに臨むか、それとも一ポケモンとしての自由を謳歌するか。従者である、ニダンギルとギルガルド達は、主人の選択を静かに見守る。

 マギアナは、暫し沈黙に目を伏せってみる。それから、ゆっくりと彼の手を取ろうと手を伸ばした。それに応えて手を差し出す、微笑みの似合う青年。
「僕について来ると。それで本当に、構わないか」
 徐に頭を動かしてみるマギアナ。機巧の耳が喜びを現すかのように、ぴこぴこと動いていた。怪盗の男に、彼らのやり取りを見守っていた、コードネーム:レミントンは告げる。
「ちょっと待ちな。使うなら、コイツがいい」
 彼女が粗雑に投げて渡したのは、モンスターボール。しかし、黒と赤のデザインは見た事のない、クラシックさ。そういえば、彼女の腰元にも、一つだけ同じデザインがあったと、彼は思い出していた。
「これは?」
「プレシャスボール。国際警察や一部特別職のみが持つ、特注品ってやつ。コイツはボールハッキングやAIホログラムジャマーに強い最新製で、マギアナのような希少性の高いポケモンに、優先して使用される」
 あのレミントンがそれ程の貴重品を、わざわざ寄越したのだ。マギアナとキースにも、イベルタルとの決戦が近いと、不穏な警鐘が響く。
「よろしくな、マギアナ。大丈夫、僕らと居れば退屈はまずしないさ」
 恥ずかしがるように震える、赤と黒のボール。その様子を、しみじみと見ていたギルガルドに、彼は出来るだけ笑いかけてやっていた。
「にしてもお前、よく見たらボールホルダー溢れてんじゃねーの」
 今しがた、プレシャスボールに入ったマギアナを含め、ゲッコウガに借りてきたギルガルド。「手持ち多すぎんだろ」という、レミントンの指摘は正しい。
『ボクは戦う気ないから安心してロ! ふしちょーなんて、無理無理!』
「ロトム、久しぶりに喋ったと思ったら、それかよ。まあ期待してないけど……それより、君にもやるよ。さっきの礼だ」
 『ずっと空気を読んでたケテ』と、久しぶりの会話に挟まるお喋りスマホ。マイペースで戦闘意欲の気まぐれさは、彼が知るに変わらない。
 キースがスマホ入りロトムを弄ろうとする、そんなレミントンに渡したのは、彼女が期待したようなタバコのカートンではない。“とくせいパッチ”に“とくせいカプセル”。どちらも、ポケモンの特性を変更できる貴重品。
「んだよ、私のポケモンには要らねーって、言いたいとこだけど。ま、ありがたく貰っとくわ。この先、連戦になる可能性は、高いからな」
 レミントンとキースが、ポケモン達に回復とわざをいじっている最中。コードネーム:レミントンの持つデバイスに、とある着信が届いた。
『レミントン君! 無事か? イッシュ班と合流した私だが』
「おおっ、ハンサムのとっつぁーん! 緊急性高そうだが、どうした?」
 渋い声には、まだまだ現役の勢いがある。元はアローラにいたが、イッシュ地方にて“P2ラボ”の調査を委託された元上司。声の主は、コードネーム:ハンサムであった。
『遂に、ホシの尻尾を掴んだ。コードネーム:シークの云う通り、P2ラボの消された出資者、及び共同開発者には。彼らの名前があった。そればかりか、エーテル財団の空間化学技術にも、関与を認める財団職員が現れてね』
 顔を見合わせる、協力関係の二人。遂に、彼らの追いかけてきた死神達は、世界の敵として認識されようとしていたのだ。
『バイモ・コーポレーションの現代表と、その父にあたる名誉会長らに。たった今、国際警察連盟より逮捕礼状が出た』





 ミアレシティの夜景を映した、ガラス張りの廊下にて。ハイド・イーストンは、実に冷淡な口調で、突拍子もないことを、妹へと突きつけていた。

「世界平和、ですか」
 黒髪に白い肌、兄と全く同じ色の瞳は、震え上がる。あまりに乖離した計画と思想にも関わらず、「そうだ」と説明の必要もなさげに、長兄ハイドは告げ足していた。
 隣のウツロイドは海月のように揺れていて、名前の通りに虚ろな佇まいを見せる。
「理解に苦しいか。ならば、お前に問おう。戦争はどうすれば終わると思う」
 問われた末妹イーラは、言葉に詰まる。カロス地方は、特に戦火の歴史に困らない国であるばかりか、戦争そのものの終結に至れた功績など、知る限りない。宗教、文化、人種、思想、資源。全ての事物が、戦争には繋がると言えるほどに。その原因など咎めようがなかった。
「人間もポケモンも共存する限りは、私は現実的には不可能なのかと。そう、思いますが……」
「それは、間違ってはいない。だが歴史的に見れば、カロスに限っても全ての戦争が収束したことが、二度ほどある」
 彼が語るのは、戦争に事欠かなかったカロスについて。しかし、彼女にはそれでも兄が語る思想との結び付きが、不明である。
「一つは13世紀、感染性ポケルスが世界的に流布した5年間。もう一つは、旧カロス王国滅亡とブラックナイトの厄災が、立て続けに起こった年。どちらも世界そのものが疲弊し、自国の諍いどころではなくなった」
「では、それ程の厄災を、今度はイベルタルを使って。起こそうというのですね」
 ハイドは短く頷くが、こめかみは寄せたまま。厳しいニュアンスを含み、続きを語る。
「だが、それだけには留まらない。それでは唯の薄っぺらな恐怖政治であり、時代遅れの独裁でしかない。俺が目指すのは、混沌のその先にある」
 わざわざ帝国政治を引き合いに、男は話を続ける。イーラには、彼が目指す“世界平和”とやらが、自分の理解からは、遠のいていくのを感じていた。
「人間は、怒りに喜び以上の快楽を感じる。何かを否定することで、自分を認めることができる。何とも愚かなことにな。俺達が常に“必要悪”で居続けることで、人類はやむなく、意識的にも結託することになるだろう」
 必要悪。それはギャングや暴力団と呼ばれる人々が、治安維持の為に一役買っていた、という話から生まれた言葉。時に悪は、半端者を社会から掬いあげる。そして、凡人との境を保つ役目を背負う。
 話を聞いた妹は、信じられないという様子で、彼の思想を代弁していた。
「そんな、お兄様が、世界から憎まれ続ける……というのですか。その、“世界平和”の為に」
 彼は静かに頷く。その通りだと言いたそうに。話について行けない妹と、浮遊するガラス質のポケモンを、ひたすら眼に収めるばかり。
「これはお前の思うような、自己犠牲の精神ではない。俺が適していたからに過ぎん。人間も、ポケモンも。くだらない争いは“無駄”だと思う。それだけだ」
 彼はあまりにも淡白に、妹の同情すら断ち切ってしまう。無駄だと思うことはしない、父親よりも合理化に特化してしまった思想は、全ての人類の仇敵として君臨し、平和をもたらそうとしていた。
 それは言うまでもなく、無謀を孕んだ理想であり。人心を把握するが故の賢さが産んだ、理性で固められた狂人であった。
「それと。何かと人類は忘れがちだが、戦争が産む功績というのは大きい。トレンチコートは塹壕戦に使用された軍服の名残であり、かのインターネットは、軍事用コンピュータから誕生した。ゲノセクトやゴルーグは……言うまでもないな」
「全ての戦争の種が一つに向けられ、それで人々は団結をするなら。その憎しみによって、より良いテクノロジーが発達するならば。俺は素晴らしいことだと思う」
 話し終わった彼に、妹であるイーラは何も言えなかった。確かに戦争とは、資金と叡智が集合し、流した血の数に応じて発展する。しかし、父親の派閥は、間違いなくこの計画など露知らず。今に、国際指名手配犯となれば、代表の彼を吊し上げるだろう。
 理想と現実は違う。本当に彼が思うような事態になれば、一族の一派でしかないハイド達は、均衡すら保てない。世界平和を齎したとして、僅かな時間に違いないのだ。あまつさえ、彼は世界平和の為に、不死鳥を目覚めさせようとしている。
 だからこそ、イーラは彼の僅かな心情を掬いあげて、俯きがちに話していた。
「もう、疲れたのですよね。3000年と続く因縁。呪われたこの血筋に」
 鉄仮面の兄は、にわかに不快感を顔に出す。思ってもないことを言われ、他人に限りなく近い妹に、自分を理解されようとしていたからだ。
 だが、とあるデンジュモクの対応に慣れた彼は、思っていた。真実こそが、最も人間には厳しい。理想を追うには、真実は避けられない。そんな人間的衝動を省みてか、静かに彼は呟いていた。
「……俺には分からない。だが、限りなく人間である、お前にそう見えるなら。そうかもしれないな」





 見慣れた閑雅なカロス地方は、その一報により、急速にその姿を変貌させていった。赤い巻き髪のニュースキャスターは、繰り返し丁寧に読み上げる。
『国際警察連盟は、ハイド・イーストン氏並びに、バイモ・コーポレーション所属開発者を多数、“武器等製造法違反”、“ヘルシンキ宣言やポケモンコモン・ルール”の国際条例違反にて、複数の違法兵造に関わっていると発表しました』
 これまで歴史の裏に君臨してきた、見えざる死神達。それが、あらゆる人間の憎悪を買い、蓄積させつつも、ようやく裁かれる時が来たのだ。あの冷淡なニュースキャスターですら、サングラス越しに薄らと笑う様子を見せる。
 カロスのみならず、世界は祭り騒ぎであった。これまで抑圧されてきた鬱憤を晴らすべく、SNSには彼らへの行き過ぎた正義が跋扈する。極刑では生温いという声ですら、多数派に見えそうな勢いだ。
『旧フレア団基地には、違法兵造されたゲノセクトのデータが保留されており、イッシュ地方にて活動していた国家解放テロ組織“プラズマ団”との繋がりが残っていました。我が国のフレア団との関係性は、現在調査中であり――』
 しかし、彼らは何も準備せずに、この時を迎えた訳ではない。そうであれば彼らイーストンの一族は、ここまで死の商人として、のし上がっては来れなかっただろう。
 ミアレシティ全域の電光掲示板に映った、女性キャスターを遮ったのは、カロス人ならば震撼する形状をしていた。フルール・ド・リスと呼ばれる、カロス王家の花紋にそっくりな形状。
 その中心には、動力に繋がれた黒い結晶体。赤黒く呼吸をする様は――まさに“破壊の繭”であった。





 国際警察の動きに、キースとレミントンがようやくついて行こうとしていた時。地下深い扉からマギアナを連れ出した彼らは、驚愕する。
「ミアレシティに、最終兵器……!?」
 バイモ・コーポレーション本社から解体され、現れたのは、セキタイタウンに沈むはずの古代兵器。よくよく見ると、スケールはオリジナルよりも一回り小さく、その代わりに中央の繭を中心に、改造が複数見られる。元より、彼ら一族が捧げたというのだから、一から作っていても何らおかしくはない。
 特段禍々しい、結晶体の繭には。彼ら二人は、死の不死鳥の存在を、共に感じ取っていた。
「とりあえず、行かないと! マギアナを連れてきた意味がなくなるぞ!」
「わかってる、私はミアレ市の警報の発令をいじってるんだよ、忙しーな!」
 反射的に出されたボーマンダに、飛び乗る二人。レミントンはしきりに連絡機に怒号を飛ばす。それから数秒して、ミアレシティには戦時かと錯覚する警報が、けたたましく鳴り響く。
 最終兵器に似た、イベルタルの復活装置には、主なる三つの鎖が伸びていた。7番道路、14番道路、ハクダンの森。それぞれが、大量発生の生態系異常を起こしていた方角である。
「どうする、あれは破壊なんてできる代物なのか?」
「私が知る限りじゃ無理だ。しかし、AZを思い出せ。オリジナルを模倣したなら、必ず“動力の鍵”が存在する! それを潰すのが、お前と私の役目!」
 音速で、破壊と死の象徴の花へと滑空するボーマンダ。未だ、目標が作動する気配はない。しかしながら、キースは叫ぶほどの声量で、国際警察の彼女へと尋ねた。
「だったら! 防衛はどうするんだ! このままじゃ、また民間人が大量に、それも比じゃないくらいに!」
「それはもう、丸ごと任せてある! ったく、何の為のトレーナーのエリート、チャンピオン様だよって話だ!」
 吹き飛ばされそうな風圧の中、彼はとりあえず納得を見せた。自分と同じ人間に、そこまでの活躍が出来るのかという、ある種の疑念は忍ばせて。
 やがて、ボーマンダは兵器の中継点を見つけた。心臓部の繭にはまだ遠い。トレーナーを下ろす判断はせず、マッハで目標に届こうとするが――刹那、閃光に似た光線が翼を掠めた。成人二人を乗せたことで、普段よりも体制に制限がかかった為である。咄嗟に、トレーナーの青年は指示する。
「下ろしてくれボーマンダ。ここから先は、おそらく戦闘を避けられない」
 ボールを手に、前を見据えた主人に、無言で翼竜は従う。中継点へと、キース達は降り立つ。ボーマンダが憎悪の限り、“いかく”をぶつける相手は、二人と一匹。
「『れいとうビーム』ね……やっぱりおめーだったな、ビーム虫野郎!」
 地下基地にて見慣れた人造ポケモン、ゲノセクト。そしてそれを従える黒髪の女に、新たにボールを構える男。並び立つ姿は、人形のようで。双子と言われても違和感がない。
「よう、ロザリオ。いんや、エスだっけ?」
「……レミントン、先輩」
 片や、眼帯を象徴的に引っ張る赤髪の女。彼女のニヒルな笑顔は珍しく消え、隣に居たはずの潜入捜査官はその姿が見当たらない。
 ゲノセクトに指示していたはずのエスだが、レミントンが知る限りの、過剰なヒステリックは見えない。寧ろ苦い顔をして、彼女の前にようやく立っていた。
「久しく会えて、寧ろ光栄に思うよ。ハイド・イーストン……言いたいことは、山ほどあるんでね」
「奇遇だな。キース・アンドールフィ。何せあの時、完璧には壊せなかったからな」
 一人は変わらぬ鉄面皮に。またもう一人は、怒りをやつした微笑みにて。お互いに言葉を交わす、怪盗の男と死の商人の男。
 腹には逸物どころではない、感情を抱えながら。キースは涼しい風を吹かせ、相手の思惑を探る気を見せる。しかし、散り積もった叙情に、ついに突き動かされた青年は、悠々と切り出す。
「返してもらおうか、僕の、“怪盗レイスの助手”を!」
「やってみろ。お前にアイツが、本当に救えるならな」
 元上司と部下。王族の末裔と死の商人の一族。互いに、決着を付けねばいけない相手が、目の前には構えていた。

 カロス神話を取り巻く、3000年以上の因縁は、それぞれの信念の元に、カロス地方の命運を決定付ける対戦として――今ここに、勃発する。

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