第八十四話 最終決戦! VSディアルガ 前編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ──あれは、未来世界に向かう少し前のことであっただろうか。シオンは街に出かけており、部屋には道具を点検する自分とのんびり本を読むエルドしかいない。そんなとき、ふとした疑問が口をついた。

『世界で一番強いポケモンって誰だ、ですって?』

『ああ』

 ポケモンとして駆け抜けてしばらく経つが、世界にどんなポケモンがいるのかは今ひとつ把握できていない。つまり、自分がどれだけ強いのか把握できていないのだ。探検隊としてはまずまずのブロンズランクであるが、さすがに自分もシオンもその程度ではないだろう。どれだけ、自分たちの実力はあるのか。そして、世界最強という天井はどこにあるのか。
 しかし、エルドはふっと鼻で笑った。

『頭が悪い質問ですね』

 エルドは本を読みながら、片手間でバッサリと切り捨てる。蹴飛ばしてやろうか、という苛立ちをライは必死で抑える。この質問が馬鹿みたいだということの自覚くらいはあるのだ。手を出したらこっちの負けだろう。
 そんなライの様子に気がついているのか気がついていないのか、エルドはよっこらせと体を起こすと本を閉じた。

『当たり前の話ですが状況によって変わりますよ。時の運もあるので、誰が常に強いとは言えません』

『それくらいはわかる。』

 不機嫌な声でライは返した。タイプ相性や戦う場所によって差が生じることは絶対であり、単純に比較することはできない。エルドはため息をつくと、記憶の糸を辿るかのように天井を見上げた。

『挙げられるのは、ギルドマスターに“王国薔薇騎士団”、そして“空の貴族”に“剣仙”と“水月”。あとは”護国の死神”……、と。まあ、数えたらキリがありませんね』

 エルドは指折り数えていたが、無駄だという風に打ち切った。そのうちほとんどはライも知らない称号である。しかし、その中で聞き覚えも戦ったこともあるポケモンがいた。

『“剣仙”、ヨハン=ガヴェイン』

 ライがこれまで戦った中で、最強にして最大の味方。“剣仙”とも称されたその実力に違わぬ剣の冴えには戦慄するものがあった。しかし、エルドはゆるゆると首を振った。

『“剣仙”は老いによる衰えがあります。先ほど挙げたポケモンと比べて純粋な力量は劣るでしょうね』

『……あれで、か』

『全盛期ならば最強だったでしょうね。なにせ、由緒正しき“剣聖”の家系ですから』

 古より語り継がれる英雄の系譜にて、剣の極みに立つポケモン。それが“剣仙”ヨハン=ガヴェインである。あの剣が、もし本気の殺意で彩られたら恐ろしいことになるだろう。

『とは言え、それはポケモンという枠に収まってしまうものにすぎません。もっと圧倒的な存在に比べれば矮小なものです』

『矮小な、もの』

 ライはゆっくりとエルドの言ったことを反復する。ええ、とエルドは相槌を打つように小さく頷いた。

『神と呼ばれるポケモン。それを前にすれば、ほとんどのポケモンが無力でしょうね。さっき言ったポケモンが徒党を組んで、ようやく征伐できるか否かでしょう』

 地を統べる神、グラードン。海を統べる神、カイオーガ。天空を統べる神、レックウザ……。この世界には神話が刻まれている。それは当たり前の話である。彼らはポケモンというよりも、世界に対する理不尽や恵みそのものとして君臨している。神に触れるべからず──この世界では、畏敬を持ってして彼らは迎えられている。

『ただし、過去に一度だけ神が討伐されたことがあります』

『──“救国の英雄”』

 静かな声でライは、その名前を言う。エルドは驚いたように肩をすくめた。

『知っているのですか』

『ああ。ユクシーに聞いたことがある』

 かつてユクシーが教えてくれた「伝説の救助隊」。彼らは現代に連なる探検隊の原点である救助隊として活躍し、世界を救ってきたと謳われている。彼ら、彼女らが活躍していた頃からかなりの年月が過ぎようとしている。しかし、その英雄譚は今なお色褪せない。

『ですが、現代に残っている情報のほとんどは眉唾物ですね』

『らしいな。ほとんどの記録は不自然なくらい消えているとか』

 ライは肩をすくめる。今残っている記録は、言い伝えを元に再現した童話である。しかも、その童話も解釈が多重に分岐しており、どれが正しいとはわからない。中にはグラードンやサンダー。ファイヤー、フリーザーを撃破したと言われている。流石に話が盛りすぎであろう。だが、確かな記録として残っている伝説がある。

『“隕石衝突事件”。かつてこの星に訪れた災厄を防ぐべく、二匹の救助隊がレックウザというポケモンを討伐した。そして、その片割れは“元ニンゲン”であった』

『……』

 元ニンゲン、それを聞いてライは思わず黙り込む。それを知ってか知らずかエルドはぱんぱんと本の背表紙を叩いた。

『伝説は尾びれがつくものですよ。かなり強いポケモンが二匹いたとしても、レックウザに勝てるわけありません。結局は後世の作り話でしょう』

 エルドはあっさりと記録を両断した。確かにエルドの言う通りであると思う。どれだけの力があったところで、わずか二匹で神に勝てるとはとても思えない。そもそも、普通のポケモンに負けるようなものが神として崇め奉られるとは思わない。故に、神なのだ。

『もし、神と戦うことがあったらどうなるんだろうな』

『普通に考えれば、絶対に勝てないでしょう。もしもそんな事態が起こったら世界中から強いポケモンを選りすぐって討伐に向かうことになりますが、とんでもない犠牲者が出るでしょうね』

 歴史に残っている中で、神と戦ったという記録は残っていない。そも、そんな愚かな行いをしたところで意味がないと誰もが知っていたのだろう。一応、災害時には最終手段として神の討伐部隊が編成されるという仕組みはあるが、果たしてそれがどれだけ機能するのだろうか。

『神と戦うなんて、考えない方がいいですよ』

『……そう、だな』

 ライはどこか冴えない声で返した。いつか神と戦うことがあるのではないか。正体も知れぬ不安をどこかに抱えて。







 

 それからしばらくの時がたった今、神と向き合っている。相手をすることそのものが過ちであると言われる神と。
 正直、立っているだけで精一杯であった。ディアルガが吠え猛るだけで、まるでダメージを受けたかのような痛みがビリビリと皮膚を走り抜けていく。だが、そんな中でライは何かを掴むように空へと手を伸ばした。

「俺は」

 息を吸う、吐く。そして、絞り出すように言葉を吐く。

「伽藍の、守護者っ!」

 青き雷光を迸らせて自らを定義する。刹那、刺すような痛みが体とほおに走る。ヨノワールとの戦いで使った力がまだ回復しきっていないのか、体の内側から拒絶するような熱を発する。

 ──構うものか。

 痛みに顔をしかめながらも、ライはしかと前を向いた。どうせ長くない命なのだ。今更、出し惜しみなんてしない。できやしない。

「正義の執行者にて、その末路。来たれ、星を穿つ力よ 憧れ続けたその理想を、踏み越えろ!」

 絞り出すようにして言葉を叩きつける。体はますます痛み、内側から悲鳴をあげる。だが、その一方で力も確かに湧いてきた。ヨノワールとの激闘に力を使いすぎた代償であろう。それでも、この一瞬を戦い抜く力くらいはあるはずだ。

「私は、茜色の救済者」

 シオンの静かな声とともに、白い粒子が湧き上がっていく。だが、その色もはっきりとしない。中“詠唱”を使ってなお、シオンの表情も芳しくない。きっと、自分と同じように体にかなりの負荷がかかっているのだろう。

『神と戦うなんて、考えないほうがいいですよ』

 いつか言われた言葉が、耳元にまた蘇ってくる。エルド=アルタイムはライが知っている中で最も現実主義なポケモンである。ただ冷静に、客観的にあり得ることだけ言ってくる。ディアルガと戦うと決めたときこそ何も言わなかったが、意見は変わっていないはずだ。あらゆるポケモンの頂点、それに立つのが神たる伝説のポケモンであるのだ。それと戦うなんて、考えない方が正しいに決まっている。

 ──わかっているさ。

 だから、ライは青き電磁波を何度も放つ。この戦いにおいて、ディアルガを倒すというのは論外である。せめて、一瞬だけでも麻痺をさせた隙に“時の歯車”をねじこめばいい。エルドはああ言っていたが、ライは全くディアルガに対抗ができないとは思っていない。そもそも、神というのは定義不可能な理不尽そのものであるのだ。ポケモンという肉体を持っているのならば、それは神でなく神の代替物であろう。ならば、隙はどこかにあるはずだ。そう自分自身を奮い立たせると、飛んでくる岩を避けながら雷を飛ばした。ディアルガはそれを避けることなく、ただ無防備に受け止める。放ったのは電磁波ながらも、かなり気合を込めた攻撃であった。しかし、それはまるで効いていない。ディアルガは一つ夜空に向かって雄叫びをあげた。それは、技ですらない雄叫びに過ぎない。なのに、それだけで石柱が崩落し、飛んでくる。

「神秘の帳」

 白い防壁がライの周辺に展開され、飛んできた岩を受け止める。石柱は防壁にぶつかって跳ね返り、ディアルガの足元で粉々に砕け散った。かなりの速度で飛んできたのだろう。そうでなければ、あれほどに粉々に砕けない。もしもあれを真正面から受けたら、とぞっとするものが背筋を走った。しかし、すぐに頭を振って気を取り直すと、ディアルガの足元まで走り抜ける。ディアルガはなぜか動いていない。ただそこに立っているだけ。それだけでも、思わず足がすくんでしまうようなプレッシャーを放っているのだが。
 だが、ライはそのプレッシャーを深呼吸してやり過ごして足に向けて渾身の蹴りを放つ。青い電撃を纏った一撃はディアルガの足に確かに命中したのに全く効いている様子はない。むしろ、蹴ったこちら側が痛いくらいだ。
 ディアルガはまるで足元に不快なものがついたかのように嘶くと、大きく足を払った。ライはすれすれでその挙動をかわした。単純にディアルガとの体格差がありすぎて、急所を狙った攻撃ができない。それはシオンもそうだ。吹き飛んでくる石柱をかわしながらシャドーボールを放っているが、どれもはるか届かない。ならば、とライは飛んでくる石柱をただかわすだけでなく、えいやっと飛び乗る。そのまま石柱を足場に飛び跳ね、ディアルガの顔面まで肉薄すると雷パンチ。青い雷光が迸り、ディアルガの顔面を確かに捉える。だが、ディアルガが大きく一鳴きすれば、その圧力にライは耐えきれず、地面へと戻った。ただの一鳴きであるのに、ハイパーボイスと疑ってしまうような圧力があった。だが、しかし。

「理性と狂気が混濁している。明らかに、本調子じゃない」

 先ほどまでは話せていたのにも関わらず、今はまるでそんな様子を見せない。おそらく、ディアルガの狂気が理性を上回ったのだろう。故に、決して本調子とは言えない自分の攻撃も当たる。

「でも、倒れない。このまま手をこまねいていると完全に狂気に呑まれるよ……!」

 シオンが焦ったように地面を叩く。ディアルガは半狂乱になってあちこちを破壊しながら歩いている。その姿は祈りの対象である神でなく、まるで獣のような姿である。理性と狂気が混濁している今はまだいい。しかし、完全に獣になった時はどうする。頭によぎるのは、未来世界でみた絶望の化身である。あれを前に、できることなどない。

「十万ボルト!」

 青い雷撃が数発、ディアルガに向けて放たれる。しかし、その閃光はディアルガに当たったところで、まるで吸収されるかのように消えていき──。
 遠吠えが響き渡る。飛んでくる電撃をものともしなかったはずのディアルガが、ぐるぐると唸りながら屈んだ。そのせいで、十万ボルトはディアルガの頭部に当たった。しかし、まるでそれを全く気にしていないかのようにディアルガは吠えた。

(もしかして)

 微かな違和感を覚えて、ライは次々に電撃を放つ。そのほとんどが、無防備なディアルガにぶつかって消えていく。だが、ディアルガの胴体に向けて放たれた雷光。それだけは、ディアルガに到達する前に弾き飛ばされる。
 疑心を確信に変えるべく、舞う土埃の中に飛び込んでいく。ディアルガはこちらに敵意こそ見せないが、本能的に何かから身を守っている。だが、それはどこに。土煙の中で必死に目をこらしながら、次々に十万ボルトを放つ。だが、さすがに神の不興を買ったか、ディアルガの尾が振り回される。ライもそれを咄嗟に避けようとしたが、間に合わずに叩きつけられて。

「守る!」

 白い壁がふわりと転げ落ちるライをふわりと包み込み、激突の衝撃を和らげた。だが、受けた衝撃は殺しきれずに血を吐く。
 そんな技ができるようになっていたんだな、と喉元まで上がってきた言葉を飲み込む。ディアルガもこの時に及んでようやく自らに仇なす存在に気が付いたのか、ライたちを見た。その瞬間、空気が一変する。

「来る」

 それは、全てを無に還す叫び。神なる者の攻撃意思にて、怒りの一撃。ライはこれを知らないはずだ。だが、不思議とその技名が口を突いて出た。

「時の、咆哮」

 世界の骨子たる時。それを嘲笑い、打ち砕くエネルギーの波が放たれる。目の前が赤く明滅していった。おそらく、空気中の光すら捻じ曲げて赤く光っているのだろう。それは、世界の終わりに似た滅びの赤色である。
 それを、ライは正面から向き合う。睨むでもなく、怯えるでもなく、ただ透き通った目で見つめる。刹那、ふわっと白い光があたりを包み込んだ。

「神秘の、防壁!」

 このタイミングで最高の、そして最大の防壁が編み出される。敵対する存在を否定し、その空間に絶対的な安寧をもたらす。
 だが、その防壁は一撃で大きく揺れた。ヨノワールのシャドーボールなどとは比較にならないほどの強烈な一撃。ずしんと腹に響く低音のような衝撃がやってくる。

「……っ!」

 思わず舌を噛んでしまいそうな衝撃波。壁がそれを押し殺しているはずなのに、きしんでいく。何もできず、ライはその場で迫り来る波動を睨みつける。今、自分が電撃を放とうものなら均衡を崩してしまう。もどかしいが、この猛攻から逃れた一瞬──そこに全てを賭けるしかない。
 白い防壁に、神の怒りが叩きつけられる。みし、と軋む音が聞こえた。それでも、必死に祈りをこめる。血塗られた力でも、奇跡という名の災厄でもかまわない。だから、この一瞬を耐えてさえくれたら……。
 その時だ。突如として壁に叩きつけられていた閃光は消え去り、亀裂が入っていたこの空間に調和がもたらされる。ディアルガの“時の咆哮”。それが止んだ合図でもあった。一気にライは足に力を込めて跳躍する。神なる存在──その弱点を狙って。
 だが、ディアルガは飛び出してきたライの存在をしかと認めた。そして、口元にまたエネルギーを集めていく。バカな、と思った。ありえない、そう否定したかった。だが、それは事実であった。
 先ほど、ディアルガが放ったあの光線。それは、時の咆哮ではない。ただの、竜の息吹である。故に、連発が可能である。
 二度はない。残った微かな壁は、完璧に砕け散る。視界を覆い尽くす死の閃光から、避けるなんて選択肢は取れない。放った雷撃。それは、ディアルガの息吹に飲まれていく。

「……そんな」

 絶望の声が聞こえる。ただ一度の雄叫び、神の見せた気まぐれ。それによって、シオンが生み出した最強にして絶対の壁は、もろくも崩れ去っていく。作戦も、覚醒も、何ら意味がない。ただただ無意味に消え去っていく。次の瞬間、自分たちはディアルガの放った破壊の咆哮に飲み込まれた。
 自分たちは、何を侮っていたのだろうか。ヨノワールを倒して、自惚れていたのではないのだろうか。この存在を前にして、あらゆるポケモンは無意味である。神格を前にして、一介のポケモンが与えられた選択肢はただ一つである。できるだけ安らかな死が来ることを祈るのみ。そのほかにやるべきことは存在しない。
 精神の力などで、神の前に御坐すことが赦されるわけがないだろう。たかがポケモンと考えてしまった罪は大きく、償いようもない。例え神がポケモンという器に入ってしまったところで、その絶対なる力を失ってしまうのだろうか。
 否である。そもそも神は勝敗という卑小な場に立つような存在ではない。それを認識した瞬間、時が戻ったかのように二匹は破壊の衝撃に巻き込まれていく。
 薄れゆく意識の中、ディアルガが天へ向けて咆哮する。理性なき獣のような神は、二匹の存在もまるで気にすることなかった。





 ──あらゆる存在の頂点に立つ、世界の鍵にして原点。それこそが、神である。

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