第15話 “ワールドチャンピオンシップス”

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 半月前。
 ホウエン地方、ある森の奥地……。

「そっちの成果はどうだ?」無精ヒゲの男が言った。
「もう入れ食いだよ」もうひとり、黒い帽子の男がせせら笑って答えた。「ただでさえ珍しいアブソルが大量発生、おかげで俺たちは大金持ちだ」

 黒いモンスターボールをどっさりと積んだ箱を、トラックの荷台に乗せていく。通常、モンスターボールにはポケモンを強制的に拘束する機能はないが、ポケモンハンターは違法に改造したボールで捕まえる。一度捕まったら最後、内側からボールが開くことは絶対にない。国家指定の最重要機密のひとつ、マスターボールの設計図が流出して以来、ハンターたちの仕事が楽になってしまった。
 さて、最後の箱を積み終えて、男たちがトラックに乗り込もうとしたときのこと。
 帽子の男の目に、あるものが留まった。

「なんだ、あいつ?」

 小さなアブソルが茂みから出てきて、その赤い瞳でこちらをジッと見つめている。
 奪われた仲間たちを取り戻しに現れた、訳でもなさそうだ。むしろ気になって仕方ないように見える。黒い尻尾が右へ左へ盛んに振れていた。

「……何かの罠かな」帽子の男が呟くと。
「あんなガキが?」無精ヒゲの男は笑って首を振った。「ないない。ただ見慣れない俺たちを見て気になってるんだろ」
「でもアブソルって厄災に敏感な生き物だろ? 俺たちがこの辺の縄張りを荒らし回るのは、厄災のうちに入らないって? 気に入らないな」
「それか、単に鈍くさいだけかも」

 無精ヒゲの男はそう言って、ゆっくりとアブソルのもとに歩いていった。目の前で腰を落として、同じ目線で手を差し伸べる。さあ、おいで。優しい素振りで囁いて。アブソルが前足をあげて返すと、その腰に手を回して抱き上げた。
 まるで赤ん坊をあやすように抱えて背中をさすりながら、無精ヒゲの男は勝ち誇ったような顔で言った。

「ほら、一丁上がり」
「そんな子供も捕まえるのか?」
「アブソルは愛玩動物としても人気が高いんだ、人懐こくて小さい奴ほど高く売れる。こいつは今回の仕事で一番の成果かもな!」

 男たちの下卑た高笑いを漏らしながら、トラックは道なき道を走っていった。

 *

 現在。
 ヤマブキシティ、ポケモンセンター。

「お預かりしたポケモンはみんな元気になりましたよ!」

 常駐する女医ことジョーイさんのお決まりの文句と一緒に、ツタージャが戻ってきた。ルーナメアが「感謝するのじゃ!」とお礼を言いながら相棒を抱きかかえようとすると、冷たく尻尾で払われ、ツタージャはスタスタと歩いていった。

「タジャ」俺に触るな、と素っ気なく言い放って。
「どうした相棒、何をそんなに怒っておるのじゃ?」少女を象る夢幻ポケモンは困った顔で追いかけた。
(怒るに決まってるだろ!)ツタージャは振り向くことなくタジャタジャと喚いた。(俺たちはミュウに勝った。そうだろ? 俺たちは、ミュウに勝った! なのに普通のポケモンバトルで連戦連敗! なんで!?)
「ナツキさんとフーディンは強かったのう、わしとてあれほどのサイコパワーは操れぬ。さすがは伝説のジムリーダー・ナツメのお孫さんじゃな」
(敵のこと称えてんじゃねえよ、元はと言えばお前が頓珍漢な指示ばっか送ってよこすからだろうが)
「じゃからサイコキネシスの解き方を何度も練習したじゃろ! あれさえ凌げれば勝てたんじゃ!」

 待合室のテーブルについて、ルーナメアは不機嫌そうに図鑑端末を置いた。ホログラムのマップを広げ、ヤマブキシティの上に、指先で新たに×を書き込んだ。これで×印は6つめだ。
 ルーナメアたちはポケモン図鑑という身分証を得て、ポケモンリーグのエントリー資格を手に入れたものの、ジムリーダーに誰ひとりとして勝てずにいた。
 ×が増えるたび、ルーナメアとツタージャのため息も増える。一方で図鑑ロトムはここぞとばかりに飛び跳ねた。

「これで良いロト! ポケモンリーグ制度は国が若者を徴兵するための準備、いわば軍事訓練ロト! 国家の策謀に乗っちゃダメロト!」
(うるさい)
「ごめんロト」

 蛇のひと睨みで図鑑ロトムは黙らせられても、白星が増えた訳ではない。ルーナメアたちは揃って何度目かのため息を吐いたが、下ばかり向いても仕方ない。顔をあげて、たまたま目についたテレビ画面をぼんやりと眺めた。
 ちょうどどこかの大きなスタジアムで試合が終わったところだった。大歓声の中、司会の女性が興奮気味に声を張っていた。

『いやー素晴らしい試合でしたね! まさに世界最強のポケモントレーナーを決める全国大会、WCS(ワールド・チャンピオンシップス)のエキシビション・マッチに相応しい激闘でした!』

 死んだ目でテレビを見上げるルーナメアとツタージャ。揃って「へぇ」と興味なさげに漏らした。

「そういや、サトシも昔これに出てたとか……ポケモンリーグと何が違うんじゃろうな」
「サトシなんて存在しないロト。あれは国家が子供たちを洗脳するために……」
「もう一度聞くぞ」
「い、いいロト、分かってるロト、ルーナメアってサトシのことになると目が怖いロト……」図鑑ロトムは咳払いをして続けた。「ポケモンリーグは各地のポケモンジムを勝ち抜いたトレーナーだけが参戦できる大会ロト。対して、WCSは全国の参加者と戦い、自分のランクを上げていくロト。ランクに応じてスタートラインのノーマルクラス、上位999位のスーパークラス、上位99位のハイパークラス、上位8位のマスタークラスに分けられるロト。自分の腕前に合った相手とバトルをして、マスタークラスへの昇格を目指すロト」
「……自分の腕前に合った相手か」
(やっぱり、いきなりジムリーダーに勝とうと思ったのが間違いだったか)
「これならわしらでも勝ちの目がありそうじゃの」

 ちょうどタイミング良くテレビの司会も後押ししてくれた。

『WCSへのエントリーは本日夕方まで! お手元のポケモン図鑑から! 集え、最強のポケモントレーナーたちよ! 栄光の勝利をその手に掴み取れ!』
「掴み取れーなんて、純朴な少年少女の闘争本能を煽るおぞましい洗脳ロト! 腐敗した国家権力の横暴を許してはいけない……ロト」

 ふたつの視線が図鑑ロトムに突き刺さる。明らかに常軌を逸している。獲物を狙うような蛇の目だ。ツタージャならともなく、ルーナメアまで。そういえば、彼女もドラゴンだったロト。図鑑ロトムは相槌を打って、納得……ふたりの飢えた獣に襲われた。

「あいたたたた! 割れるロト! 割れるロト! エントリーならボクがやる……いやん、どこ触ってるロト!」
「これは運命なのじゃ! 天がわしらに言っておる、PWCで勝ち進んでポケモンマスターになれと!」
「タジャタジャタジャタジャ!」

 賑やかな一角の周りから、冷たい視線と生暖かい視線が注がれていた。どこのお上りさんが騒いでいるんだか。あらあら、元気なトレーナーさんたちね。
 そんな一幕から少し離れたところを、運搬用の大型トラックが走っていた。なんでも特注の荷を運んでいるらしく、事前に多額の保険が積まれていた。その金額の大きさゆえ、運転手の手が少しばかり強張っているようだった。
 ところが悪いことは重なるもので、ちょうど通りがかった公園でバトルをしていたニョロゾの『水鉄砲』が、柵を越えてトラックのフロントガラスを直撃した。驚いて急にハンドルを切った先に待っていたのは、シルフ・カンパニーの広い敷地を囲う頑丈な外壁。あえなく衝突して、トラックは立ち止まった。
 あらら、また事故か。大きなトラックだなあ。野次馬たちが見守る中、荷台のドアがスッパリと切れて崩れ落ちたではないか。

「……っしゃあ! ぶるる!」

 飛び出してきたのは、あの小さなアブソル。久方ぶりの日差しを全身に浴びて大きく伸びをすると、目を丸める野次馬たちを軽々と飛び越えて、冒険の世界に旅立っていった。

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