【序章.四】遠い背中、自信のない顔

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 グリーンがチャンピオンになっても、人々は思った。あの神に一番近い男のさらに上を行く少年、彼こそが神なのかもしれない、と。
 故に、グリーンはチャンピオンになれても納得が行かなかった。ワタルの首が自分にすげ変わっただけで、何にも変わっていない。自分の強さが、十分に認められていないのだと感じた。

 少し遅れて後を追って来たレッドに負けた時、グリーンは単に悔しかった。ここまで来て負けるのかと、自分の実力の無さを恨んだ。祖父からの言葉もきついものだったが、驕った自分が悪いと素直に受け止めた。
 悔しいだけなら良かった。それはまだ取り返せるからだ。

 バトルの後グリーンが見た世界は、四天王とチャンピオンが聖域から引きずり降ろされた世界そのものだった。幻は消え、皆が現実を見始めた。
 そしてそれを成し遂げたのはレッドであって、自分ではない。強い、弱い、という次元の話ではなく、レッドには世界を変える力があって、自分にはないんだという事実がグリーンには重くのしかかった。決定的に足りない物があるのだと思った。

 実際には、グリーン、レッドという脅威の若手二枚が立て続けに神格化されていた四天王とチャンピオンを倒したという事実が世界を変えたのだが、当の本人はそうは思えない。
 どんな記事を読んでもどんな声を聞いても、それは変わらなかった。

「……そうだとしても、それは俺とお前の二人が勝ち抜いたからだ」
「違うな。逆なら、俺はお前に勝てたか? 後から追ったのが俺だったら、結果は変わっていたのか? そうは思えない。あの時のお前達は、俺の口からこんな事を言うのもなんだが、本当に神がかっていたと言っても良い。あれ以上の強さを今日お前が目の前で見せるんだったら、俺は何か答えを出せるのかもしれない」

 だから、とグリーンは続ける。

「お前を呼んだのは、俺自身のためだ。直接の対戦ではなく、俺が手を加えられないところで、あの時以上を見せてくれ」

 息を飲むレッドがグリーンからは鏡越しに見えた。突然のお願いに、彼がどういう風にそれを受け止めるのか分からず、勝手な事を言っているのは重々分かってはいるものの、言わずにはいられなかった。
 そしてそれは、世界で唯一、彼にしか伝わらない。

 グリーンがチャンピオンに上り詰めた少し後、レッドもまた四天王とチャンピオンを勝ち抜いた。変わり続ける四天王の末席すらいない、カンナ、シバ、キクコと、前チャンピオンワタルの四人に加えて、グリーンだ。
 興奮冷めやらぬカントー・ジョウトの民は、最早その状況を見て、自分達を納得させるのは不可能だった。彼もまた天上人である、というには余りに苦し過ぎる。
 彼等が少年であるというところに神聖さを見た人間もいたが、多くの人間は目を醒ました。
 四天王とチャンピオンは、一トレーナーに過ぎない。セキエイ本部に定められた座に収まり、強さによってその座を守り続けた存在。
 そして聖域に住んでいた、四天王とチャンピオンを越える者が現れた。ただ、それだけの話。

 これからはあの少年二人の時代がやってくるのだろう。彼等はこれからもその強さを高め合い、一般には理解の及ばぬ、達人の粋を越えた何かになって行く。
 それを楽しむのもまた一興。
 牙城は崩れ、新時代は到来する。
 狂気乱舞する程に皆騒ぎ、現役トレーナー達は燃えた。届くはずのなかった世界に、届きうる可能性がある。神ではない、人なのだ。そんな当たり前の事を当たり前に認識する。
 影響を受けたのは現役トレーナー達だけではない。その世界を見ていた子ども達もまた、彼等を見て目覚める。新たな時代の到来に、自分が身を投じるチャンスを逃すまいと旅に出た。現役を過ぎ、歳を重ねた老人達もまた身体を震わせ立ち上がる。
 グリーンとレッドという驚異的な強さを持つ”人間”とそのポケモン達の強さを、皆が目指す。
 聖域という幻から多くの人間が解放され、マグマのように溜まった強さへの執念全てが噴き出す、荒れた時代へと突入した。

 だが、皆当たり前の事だと思っていたものが新時代にはなかった。
 目指すべきものが一番高いところにいる。ワタルの時代から当たり前だったその状況がない。
 レッドはあっけなくチャンピオンの座を降り、グリーンは人員の空いていたトキワシティジムリーダーへ志願する。
 目標とする高みに当の本人達がいないという異常事態。レッドはふらふらと流浪の旅を続け、グリーンはジムリーダーになるための準備へと入った。一旦はチャンピオンの座にワタルが、四天王には元のメンバーが収まる事となる。

 これに怒ったのが協会側だった。
 目の上のたんこぶとなっていた四天王とチャンピオンの牙城を力で崩したところまでは良かったのだが、新チャンピオンがいないのでは格好がつかない。
 面子は丸つぶれ。そんな座に興味はないとばかりに全て捨て去ったレッドに、協会側の人間は不快感を持った。

 カントー・ジョウトにおけるチャンピオンの権威が弱まれば、全体のレベル低下に繋がるのではないか。他地方からも、品のない奴に勝ち抜かれる程度の実力だったと思われかねない。なんとかそれらを回避したい協会側は、レッドをとにかく祭り上げた。各種メディア報道を使っていかに彼が優秀な人間で、伝説的なトレーナーなのか煽りに煽った。グリーンと幼馴染で、彼等は昔からライバルだったという話も、ストーリー的に民衆の心を掴むにはうってつけだった。

 祭り上げられたレッドとグリーンは、チャンピオン経験者にして尾ヒレがつきすぎた有名人となる。どこに行くにも声を駆けられ、何をしても写真を撮られる。
 二人にとってははた迷惑な話だったが、協会側としては格好がつく形となったのだろう。チャンピオンの座を降りるというレッドの奇行も、グリーンとの熱いライバルストーリーがくっつけば、勝手に色々な憶測が飛ぶ。
 彼等はチャンピオンなんて肩書では収まらない。けれどチャンピオンという価値ある椅子を目指した。秀才グリーンと天才レッド。二人の旅路は、人々の都合の良い解釈によって消費される事となった。

「どうなんだ、自信あるのか?」

 オーキドの孫というプレッシャーを背負いながらチャンピオンにまで上り詰めたのに、あと一歩レッドには届かない。悔しい気持ちが、しこりのように残り続ける。
 ジムリーダーという職業についたのは、どちらかと言えば競技者としてバトルを続けて行くよりも、指導者としての道の方が向いていると思ったからだった。
 もちろん、競技者をスッパりとやめた訳ではない。日々ポケモン達と研鑽を積み、研究は欠かさない。トキワシティジムリーダーと競技者という生活に忙殺されていると、不思議と心が落ち着いた。余計な事を考えなくて良い日々を作りたくて、ジムリーダーをやっているとさえ思うようになった。

「出来るのか?」

 グリーンは言葉を重ねる。
 返答を返さないレッドに、少し苛立ち始めていた。

「分かってるよ。こんなの、お前のせいじゃない。俺が自分にケジメをつけたいだけだ。あの時から、俺は一歩も前に進めちゃいないからな」

 グリーンから見たレッドは、何故か怯えたように口をつぐんでいた。こんな奴だったか? と思えるくらい、自信がなさそうに見える。
 何故なのか。何故、見とけよ、くらい言わないのか。
 不自然な間が、二人の間を跋扈する。
 いくら気まずくでも、グリーンはその間を受け入れ待つ事にした。

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