ブラッシータウン

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 駅に降り立つと、とおくに牧場の香りと、町の人たちの歓声が私たちを取り囲んだ。
 かつて、前チャンピオンが駅前で群衆に囲まれていたのをマスターは見たことがあるらしいが、まさか自分も同じように取り囲まれるとは思っていなかったのかもしれない。少し面食らった様子である。普段のマスターならこの場で調子づくところだが、あいにく今日の私たちはグラのせいでタマゴ臭い。
 それに想定していた以上の長旅になり、体力的にも精神的にもくたくただった。

「列車強奪を阻止したチャンピオンの凱旋だ!」
「現チャンプは前チャンプと違った魅力があるよな!」
「若いのにすごいわねえ……うちの子もあんな風になれるかしら?」
「あ、サナたんだ! ナマで見れて感動!」

 なぜか私も少し有名になっている。嬉しいやら恥ずかしいやらで、ちょっとした凱旋だったがタマゴの匂いを何とかして誤魔化せないか考えるのに必死だった。
 タマタマ戦の残した代償はあまりに大きく、そして臭い。

「やあ、チャンピオン! 今日もご機嫌ボルか〜?」
 その声にマスターが思わず固まる。私も心臓が止まるかと思った。赤のポロシャツに、赤のモンスターボールを模した頭部の非公式マスコットキャラクター、ボールガイである。
 また脱走してきたのか、という考えが頭に浮かぶが、すぐにその考えを振り払った。そんなはずはない。ボールガイの非常勤アルバイトをしていたグラは今や再び塀の中だ。強化された警備体制の中を出て来ることはまずもって困難だろう。
 このボールガイの中身はまた別のスタッフだ。彼に会釈し、マスターと私はそそくさと群衆をすり抜けた。チャンピオンは忙しいものなのだと勝手に納得する観衆はすぐに道を開けてくれた。
 ……本当はこのタマゴの匂いを一刻も早く何とかしたいだけだったが。
 
 マスターが車内で教えてくれたように、ブラッシータウンは小さな町だ。見渡す範囲に全てがある。
 しかし、そんな町にもブティックや、木の実ショップがあるなど、ガラル鉄道の終点に相応しく、観光客向けの顔もみられる。
 駅前の小道を抜けるといくつかある民家があり、その一つが、ソニアの研究所だとマスターは言っていた。
 
「いい町でしょ?」
 視界に入るだけの町並みを見て、マスターは背伸びをした。長旅の疲れが身体に染み込んでいる。
 赤い屋根が特徴的で、一階建の建物が何軒か並んでいる。一番高い建物といえば、ガラル鉄道のステーションでそれにしても、時計台部分が少し高いくらいで、概ねこじんまりとした建物が多かった。
 遠くには牧場が見え、ウールーたちの鳴き声がのどかに響く。夕暮れ時が迫っていた。
 とりあえず今日は、ゆっくりしたい。
「まずはシャワーだね。今日はソニアのところに泊めてもらおう」

 他の民家よりも少し立派な構えの建物の前で足を止め、マスターは玄関のベルを押した。
 予め来訪の旨を伝えていたので、ひとりの女性がすぐに顔を覗かせる。彼女がソニアだろう。
 亜麻色の髪を一つに括っているが、ふわっとした柔らかな髪は自己主張を怠らない。そこにさらにハート型の髪飾りをつけているものだから、彼女という存在をPRするには十分だった。
 “博士”と呼ばれているくらいだから、勝手に年配者を想像していたが、まだ二十代の前半だろう美しい女性は白衣の下に、丈の短いエメラルドグリーンのニットを着ており、あえて、ヘソ出しという攻めたファッションをしている。
「お、いらっしゃーい。……って、すごい有様だね? ニュースで見たよ、大変だったね。とにかく、まずはシャワー浴びて! ほらほら!」
 そして、ソニアはマスターと私の手を引っ張る。 
 確か、バウタウンで出会ったルリナとは親友のはずだ。そんな話を聞いた。モデルもしているルリナの友人だから、やはり同じようにオシャレ好きなのだろうと感じた。
 私の手を引くその爪先のネイルまで気を抜いていない。

「おじゃましまーす」
 マスターはあまり遠慮することなく屋内に入っていく。私もその後について、美しき博士の研究所にお邪魔する。
 そのままろくに会話もせず、私たちは研究所のシャワー室に駆け込んだ。マスターは一気に素っ裸になり、浴室へ向かう。ポケモンである私には衣類は関係ないので、そのままその後を追いかけた。
「サナたん、リボンつけたままなの?」
『はい、外す必要ないですから』
 不思議なもので、このリボンは火や水、その他あらゆる環境下においても変化しないようにできている。また、たくさんのリボンを所持していても、メインでつけているものの他は小型化しており、私たちポケモンは、使わないリボンは小さくして身体の何処かに仕舞い込んでいる。原理としては、私たちポケモンがボールに収納されるのと同じなのかもしれない。

「あー、シャワーが気持ちいい。ようやっと洗えたー」
 全力で同意したい。
 民家として建てられたこの建物は、この地方には珍しく、バス・トイレ分離型であった。
 敷地も広く、衣食住にも事欠かない。ソニアはマグノリア博士の助手だった時代から、ここに住み込んで働いていたらしい。祖母と孫の関係だから、自然の成り行きであったかもしれない。

 シャワーの音が浴室内に響く。マスターの鼻唄もいい感じに響いていた。
 ボディーソープの泡で、私は自分の身体の固まったタマゴを洗い流す。マスターは髪を念入りに洗い、その後、私と同じように身体を泡でがしがしと洗っていた。
 まだ子どものような、その体のラインを見るに、これから成長期なのだろうと思う。胸の膨らみもまだまだルリナやソニアには到底及ばない。
 言うなれば、砂場の山とシロガネ山くらいの差がそこにはある。モンスターボール級とマスターボール級の力の差というべきかもしれない。

「ん、どした? サナたん」
 私はあえてその話題には触れないでおこう、と思い、曖昧に首を横に振った。そして、適当に話を逸らす。
『災難だったね……タマゴ』
「カイトとシャケも同じ目にあってるから、今頃大変だろうなあ」
 カイトたちも今頃はこうして身綺麗にしているかもしれない。しかし、今や脱獄犯の身である彼らはどう旅していくのだろうか。
 彼らの行き先はわからなかったが、二人で仲良く旅をしていることだろうと思う。その幸先が良いものであればいいなと願う。

「サナたん、頭洗ってあげるよ」
 マスターはそう言うと、私の頭をわしゃわしゃと手指の腹で優しくシャンプーしてくれる。控えめに言っても気持ちがいい。
「ごめんね、あたしが列車に乗ろうって言ったばかりに。たまに普段と違うことするとこれだよ」
 マスターのせいではない。たまたまだ。うう、タマタマ……言葉から連想し、少しげんなりする。
 シャワーで泡を一気に洗い流し、脱衣所に出た。話しながら、互いに体の水滴を拭き取る。
 用意されていた赤のジャージをマスターは着込み、自分の髪はそのままに、先に私に向けてドライヤーをかけ始めた。
 しばらくその轟音で会話は途絶えた。ポケモンである私は衣類の類は着ない。しかし、ドライヤーでこうして身だしなみを整えられるのは悪いことではなかった。
 私のあとは、マスターは自分の頭を一気に乾かす。ショートにしており、思いのほか時間はかからなかった。私に対するそれよりは乱雑で、自分のこととなると、あまり気を遣わないようである。

 一息つく頃、私は先の会話の続きを始めた。
『マスターは悪くないです。ただ、不思議だなあと』
「不思議?」
『いくつかあります。マスターとはぐれている間にワイルドエリアで出会ったトレーナーが“不自然な”色違いムゲンダイナを使用していました。マッシュは最近、そういったことがよくあるのだと』
 トレーナーの名前は伏せておく。ヤマダはもうマッシュから散々制裁を受けた上に、今はガラル収容所に逆戻りしているので、これからそちらで罪を償うことだろう。
 
『それから、悪夢を見せた色違いダークライ』
 この正体もよくわからない。シンオウ地方の神話から当たるよりかは、全く別の観点からアプローチした方が良さそうだ。
『突然現れ、そして消えた、別世界のアクア号』
 ルリナと解決した件である。
『突然現れた、脱出不能なはずのガラル収容所の囚人たち』
 先の一件だ。
 私は疑問点をいくつか並べたが、すべてが点となっており、これらすべてが結ばれ、線になるかというと怪しいところではある。
 ただ、もしかしたら。
 そこにはまだ見えていない共通項があるのかもしれなかった。

「おーい、裸のふたり」
 様子を見に来たソニアが扉を開けるとそう言った。
「後はご飯でも食べながらどう?」
 嬉しいお誘いだった。
 タマゴまみれの間は、食欲なんて消え失せていたが、エンジンシティで食べたスイーツから何も食べていない。
 窓の外を見ると既に夜になっていることに気づく。めまぐるしい一日だった。
「ホップもおばあさまも呼んどいたから。みんなで食べようね! じゃあ先にリビング行ってるからね」
 そう声をかけ、脱衣所を後にした。
 マスターはタオルやドライヤーを片付け、床に落ちた髪をまとめ、ゴミ箱に捨てる。こういうところはしっかりしているなあと感心する。
 シャワーを浴びて熱る体に、夜の空気が気持ち良かった。

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