25.薄明は未だ白く

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あらゆる者を眩ませ、焦がす極彩色の光線。ネクロズマの装填した『プリズムレーザー』は、その時――上官・レミントンとバシャーモを突き飛ばした、シークを貫いた。
 閃光が薄闇を引き連れ、徐々に皆の視界が、元の色彩を明滅しながらも取り戻した、その時。コードネーム:レミントンは、自身の無事と共に、後輩捜査官の有様に驚愕する。
「し、シークッ! お前、身体が……」
 コードネーム:シークを持つ、彼の身体は、風穴が空いていた。
 しかし、異常な見た目はそれだけでない。普通の人間ならば即死の傷にも関わらず、出血する様子もない。代わりに、空いた部分を埋め合わせようと、紫色の細胞が塊となって、頻りに落ちていた。
「す、すみません、司令官殿。バシャーモさん。ご無事でしたか?」
 そう、彼は人間ではない。彼は――拾い主である国際警察から、“シーク”という名前をもらった、メタモンであった。
 シークが、レミントンに事情を打ち明けようとした――あのアローラ行きの便の中。彼が上司に見せたのは、自分の手のひらと指だった。よく見なければ分からないが、彼の指には人差し指以外に、指紋がなかった。また、複雑で千差万別である手相は、驚くほどに簡素であった。
 メタモンという種族は、全種族内でも、特に変身能力に長けている。しかし、そのメタモンであっても、関節や筋肉が複雑に絡み合う、そのような人体を模倣し続けるのは、至難の技であった。『へんしん』を維持し続け、また人間の言語まで操るには、通常のメタモンの脳容量では足りない。
 要は、彼は別のバッテリーを所持し、普段から大量の食事を摂取することで、ようやく“コードネーム:シーク”で居られたのだ。

 ロザリオであった、エスター・イーストンは、その姿に納得を見せる。重要機密事項とされた理由はわかり易く、国際警察の訓練中の切り札だったのだろう。
「だから感情云々って言ってたのね。そりゃそうだわ。ポケモンには、ポケモンの言語があるもの。出自にはウチも絡んで、そうだけ、ど、うっ……」
 途中までは、冷静にシークの考察をしていた彼女の様子が、突然おかしくなった。激痛に呻き、文字通り頭を抱えている。
 くずおれる主人に対し、テッカグヤとネクロズマ両名は、まるで視界に入れない。無関心としか言い様のない様子。妹のイーラは、兄が使役するポリゴンZすら、彼女を助ける素振りのない現状に、震撼しつつも。姉の症状には心当たりがあった。
「まさか、“薬”を頻繁に摂取なさったのですか? あれを大量に飲んだ、兄姉の顛末など、よくご存知でしょう……!? 」
 イーラの指す薬とは、正式には衝動性鎮静剤という。名前だけ見ればそれらしいが、実態としては限りなく毒物だ。UB:PARASITEと呼ばれるポケモンの神経毒を使用し、彼らのテレパシー細胞の制御及び、一時的な感情受容を抑える。しかし、薬とは必ず副作用が存在するもの。使用者は摂取を重ねる度に神経毒の効能である、自分の欲求に正直になる。つまりは、自分で自分の感情に逆らえなくなるのだ。
 エスターの持ち歩いていた薬瓶には、常時その薬剤が入っていた。これがあったからこそ、彼女は“ロザリオ”で居られた。だが、これがあったからこそ、彼女は自分自身の激昂に、今は苦しんでいるのだ。
「う、うっさい……テッカグヤ!」
 息も絶え絶えに呼ばれた、竹筒の見た目をしたキャノン砲。左右のユニットは自在に動き、天を穿つ『メテオビーム』を吸収し始める。次こそは仕留める、そんな気概を感じた。
「やばい、動けシーク! バシャーモ、『フレアドライブ』、 『メテオビーム』の発射には時間が掛かる!」
 今まで呆気に取られていた、メガバシャーモだが。主人の命令から行動には、数秒も要さない。テッカグヤの脳天へ『フレアドライブ』を叩き込むと、飛び上がった衝撃をそのまま『とびひざげり』へと応用させる。
 地下施設には、激しい重量を伴う砂埃が舞う。だが、彼女が先ほど繰り出したのは、テッカグヤ一体ではない。指示すらなしに、ネクロズマは彼らの背後に迫る。
「コイツ……! ファイアロー!!」
「いや、ダメです! 僕のことはいいから、早く、ここから」
 『へんしん』を攻撃ではなく、模倣に使い切ったメタモンに、戦闘能力など皆無だった。立ち上がる為の再生すらままならないシークに、無慈悲な黒い影は襲い掛かる。闇を手繰り、光を放つ攻撃。『フォトンゲイザー』は『ブレイブバード』で強襲を掛けるファイアローすら、呑み込もうとしていた。

 だが、ネクロズマは驚愕する。わざを放つ寸前に、黒い結晶体を叩き落としたのは、『シャドーボール』を右手に持った、笑顔のズガドーンだった。
「ギミー、お前」
「あ、貴方は……上官の、ズガドーン先輩」
 ボールを所持する、レミントンもこれには驚く。彼は道化師のように踊りながら、単身ネクロズマと間合いを詰める。自身の黒い結晶体を操る、ネクロズマに対して。『マジカルフレイム』を魔術師のように繰り出し、隙のない『トリック』にて“でんきだま”をプレゼントした。勇敢でありながら理路整然とした、戦いぶり。
 事前に持たせてない道具すら使い、本来彼は“あちら側”であるはずなのに、ネクロズマを撤退まで追い込んだズガドーン。そうしてギミーは、自分の傍にずっと居たエスターに近寄る。
「な、何よ、ハイドの命令に背く気!? あのクソったれデンジュモクみたいに、アンタまで自由に動いてやろうって言うの……」
 頭を抑える彼女に、膝を着いたズガドーンは、彼女をそっと支え起こすと。一度だけ、憂いたように頭を転がしてから。またいつも通りに笑っていた。そして、一礼をして彼女からは、距離を取る。次には、あの笑顔はなかった。それよりも哀しいかのように、ひたすらエスターを見ていたのだ。
 当人以上に、その様子に反応していたのは、妹のイーラだった。一瞬俯き、苦悩を瞳に閉じ込めると、傷ついた姉とズガドーンを睨む、ネクロズマに告げる。
「先ほどの粗相は、申し訳ありません。しかし、これ以上はお姉様もネクロズマも、ご負担かと思います。一時撤退を、進言申し上げます」
 やおら振り向く、黒髪を荒らげた彼女。苛立ちを見せつつも、妹の言葉は事実である。ネクロズマとテッカグヤを万全に使えない以上、これ以上の交戦はむしろマイナスになる。手札を見せ過ぎるのも、問題になるというもの。
「分かった……兄貴に、ハイドに会いに行かなきゃいけないのは、ムカつくけど。退きなさい、ネクロズマ」
 ウルトラボールへと、ネクロズマをしまい込む彼女。レミントンは、裏切りを働いた彼女を追うべきか、迷いを見せたが。こちらも、後輩とポケモン達の消耗は激しく、深追い出来そうにない。
 闇へと消えゆく、顔のよく似た二人。その後ろ姿は見慣れたはずだが、それ故に歪んで見えていた。





「クソ、もう何が何やら……レミーちゃんの優しさにつけ込みやがって、あんにゃろー!!」
 整理したい情報も、感情も。彼女には山ほどあった。しかし、今は冷静なトレーナーとしてのレミントンが、それらを上回る。持っていた携帯キズぐすりを、身体に風穴の空いたシークへ噴出し、バシャーモやファイアローの応急手当で、頭がいっぱいである。
「ありがとうございます、レミントンさん。あれ、レミントン先輩……でしたっけ」
 特に深い傷を負った、シークの重症さは、違う部分にも現れていた。人間シークとしての長期記憶を、ネクロズマの強力な一撃により、幾つかの細胞と共に失ってしまっていたのである。
「“上官”だったろ、無茶すんな馬鹿!」
「そうでしたね。俺、やはりこんな役には向かないな……失礼しました上官」
 それでも、やはり彼はメタモンであった。通常の数倍のコストと言えど、傷口を塞いだ途端の再生力には、目を見張るものがある。何度も手を開いては、握り。首から足先まで、自分の身体の動かし方を確認。レミントンから「これ、読めるか」と渡された人間の言語には、辛うじて正解の返答をする。回復と共に、“シーク”である自分を取り戻しつつある。
 彼の無事を喜んでならないのは、レミントン達以上に、駆け寄ってきた彼のパルスワンだった。
 ひとまず、応急手当が落ち着いたところで。レミントンは隣に立つズガドーンと共に、『プリズムレーザー』にて撃ち抜かれた施設内を見渡す。
「うっわぁ……エスターだっけか。派手にやられたなー、ギミー君よお」
 隣のズガドーンは、機械類や施設内を丸ごと破壊した光線の残滓に、「おっかない」と肩を竦める。レミントンが心配していたうちの一つは、このズガドーンの立場だった。ロザリオであった彼女を気遣う様子を見せながら、自分達の側に着いたと見ていいのか。
 ハイドと話していた段階では警戒したものの、それよりもトレーナーとして、このズガドーンを見ていたレミントンは、真摯に尋ねる。
「お前の気持ち、何となく分かるよ。アイツを……どうしようもなくなってる、“ロザリオ”だった彼女を助けたいんだろ?」
 紳士的なズガドーンは、信頼する彼女の言葉に頷く。心底疲れたため息を吐く緋色髪に、苦笑しながらも、お願いするかのように。彼は隣に立つ。その様子に、立ち上がったシークは複雑そうに見ている。
「彼女、焦って“デンジュモク”って言ってましたよね。ギミーさん、貴方はそのよく知るデンジュモクとも、敵対する事になる。それでも、いいんですか?」
 笑う彼は苦しそうで、しかし迷いはなかった。「当然です」とも言いたげな、笑顔と一礼。シークとズガドーンのギミー。二人を見る眼帯の彼女は、何かを言う代わりに煙草を取り出した。

「これから、どうしますか」
 白い燻煙を出す彼女は眉間に、これまでの疲労を覗かせている。得た情報も、渡してしまった情報も際限ない。今の彼女達に必要なのは、休息と情報整理。そして、味方を増やすことだろう。
「立て直す。ガラルでロザリオが接触した探偵は、あいつが何かを握り潰した可能性が高い。P2ラボの調査はイッシュの奴らに渡し、我々はカロスに重きを置いてバイモ・コーポレーションの一斉検挙に動く」
 歩き出した女上司は、いつもと変わらぬ毅然さ。思考は鈍らずに、必要な手順を彼女に教え続ける。長い髪は靡き、アーミージャケットが背中ではためく。
 シークは、自身の感受性の高さ故に、困惑していた。彼女は内心では傷つき、怒りを顕にしつつも。それでも依然として、国際警察で在り続けたからだ。人間を真似て、人間を観察し続けた彼には、判るのだ。普通、ここまで心を打ち砕かれては、再起には時間が掛かる。だからこそ、純粋な疑問を彼はレミントンへと投げかける。
「何故……貴女はもうボロボロなのに、それでもまだ、前を向けるんですか」
 煙草を放した右手を放し、オリーヴイエローの瞳は純然と意志を持つ。口角を上げ、必要もなさげに彼女は答える。
「組織に属するって、そういうモンだぜ。個々の感情とか、要らないんだ。それよりも脚になり、頭脳となる為に、皆ここにいんだからよ」
 投げ捨てた灰殻を踏み潰すと、「なあ」と一言、青年へと投げかける。
「国際警察の目的って、お前は何だと思う」
「……特殊犯罪の捜査? でしょうか」
 「少し違う」と短く切った彼女は、自身のスーツにあるハニカムバッジを、手で引っ張った。ジガルデ。カロスの守護神であり――彼女ら国際警察の掲げるシンボル。
「平和に暮らす人間とポケモンを守る為だ。凶悪犯罪を捜査すれば、次は未然に防げる。それぞれの自国警察へと、情報を渡せる。だから私には、落ち込んでる暇はない」
 硬い靴音は響く。決意を表すかのように。また、それを滲ませない自戒であるように。フレアの眼帯を目にした彼女は、たなびく煙に紛れ、いち早く歩き始めていた。
「カロスの人間とポケモンは、今度こそ私が――平和を保証しなきゃ、申し訳が立たんってモンよ」
 夜はまだ明けない。しかしながら国際警察とは、白夜に生きる人々。特に、レミントンのコードネームを持つ女は、暁を見るまで足掻くのだろうと思わせる背中だった。

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