第14話 “ポケモン図鑑”

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「ボクをこんな目に遭わせると大変なことになるロトよ!」

 日が落ちかける頃、オーキド記念館に戻ってきたルーナメアたちは、早速アダムにドローンロトムを引き渡した。
 兵器や装備をむしり取られて鉄くず寸前になったドローンロトムだが、反省するどころか口だけは一丁前に達者なままだ。アダムがスキャン端末を近づけると、まるで怒ったグラエナみたいに噛みつきそうな勢いまである。この厄介者を前にして、アダムは大儀そうに頬を掻いた。

「見たところ脱走ロトムみたいだな」
「だっそう?」ルーナメアが首を傾げると。
「たまにいるんだよ。トレーナーの端末に宿ったものの、どっぷりとSNS漬けにされて陰謀論に走ったり、ネトゲ中毒になったりする奴が。こいつも同じクチだろうな、リハビリセンターに送る手配をしておこう」
「嫌ロトー!!」ドローンロトムは動けない身体でギャアギャア喚き立てた。「あそこに送られたロトムは洗脳改造されて、量産型人格を埋め込まれるロト! ボクを生きたロボットに変えて、人間にとって都合のいいように操るつもりロトね!?」
「そうなのか!?」ルーナメアが驚くと。
「そんな訳ないだろう」アダムは深くため息を吐いた。「今のロトムは、状態異常にたとえるなら、いわば『毒』状態みたいなものだ。ネットから離れて現実の暮らしをすれば、必ず元に戻れる」

 なら安心じゃの、とルーナメアは胸を撫で下ろした。しかしロトムには悪いが、それよりずっと気になっていることがある。その話がいつ出てくるのか、ルーナメアはチラチラとアダムの顔を伺っていた。
 アダムはドローンにコードを繋いで、システムの検査を続けていた。じれったい。まだか。いっそこちらから言ってしまおうか。むしろ本当にくれるのだろうか。苛立ちと焦りがますます募ってくる。
 そんな心境とはつゆ知らず、アダムは検査しながら尋ねた。

「他には何をした?」
「えっ」ルーナメアはドキッとした。
「ドローンロトムを倒したことまでは聞いた。他に何かしたんじゃないか?」
「そ、それは……」

 くりっとしたおめめが左右に揺れている。言えない理由がある。ミュウとの約束だ。
 世界の始まりの樹で、ドローンロトムを制圧した後、帰る前にルーナメアはミュウと遊んでいた。樹の血管を巡り、底に溜まった湖で水遊びをし、鉄面皮のレジスチルを笑わせようとイタズラを仕掛けたりもした。
 別れる間際、ミュウは言った。今日ここで自分と戦ったことは内緒だ、と。後で人間たちがぞろぞろとやってきて、健康診断だ治療だと言い張られるのが嫌だったのだろう。気持ちを察して、ルーナメアは誰にも言わぬと約束した。ツタージャはミュウに勝ったことを自慢したいようだったが、そこは何とか言い聞かせられた、と思う。
 そこでルーナメアは、ミュウとのバトルだけを省いて言った。

「ドローンを倒した後は、樹でたくさん遊んできたのじゃ!」
「嘘つけロト」ドローンロトムが余計な口を挟んできた。「ボクを八つ裂きにする前に、ミュウをボコボコに……」
「ぽこぽこバトルごっこをして遊んでいたのじゃ!」
「ボクが樹の免疫システムを利用して……」
「樹も一緒に遊びたそうにしておってな!」
「樹の心臓部で大暴れ」
「きれいな景色を見せてもらったのじゃ!」

 幸いにも、アダムは「ふーん」と生返事をするだけだった。ルーナメアは安堵していて気づかなかったが、アダムの口角がニヤッと上がっていた。
 さて、それからも検査は長く続いた。いよいよ我慢できずに爆発寸前までくると、それを見透かしたように、アダムはおもむろにデスクの引き出しから『ポケモン図鑑』を出した。

「おめでとう、君は見事に合格だ」

 その赤い縁取りを見た瞬間、ルーナメアは思わず息を呑んだ。洗練された薄いフォルムに、特殊なガラスのインターフェース。かつてサトシが使っていたそれから、図鑑はすっかり進化を遂げていた。
 ところが、それを受け取ろうと手を伸ばすと、アダムはヒョイと図鑑を引っ込めた。

「図鑑はトレーナーの身分証だ。全国のポケモンセンターに宿泊することができるし、ポケモンの治療費も無償でやってもらえる。君のお目当て、ポケモンバトルの公式大会の出場資格も、これで手に入ることになる……ただし」
「ただし?」
「今日みたいな任務を、今後も引き受けてくれるならの話だ」

 ドローンロトムの目がキラリと光る。瞬間、ドローンから激しい稲妻が迸って、閃光が部屋中を駆け巡り、ついにはアダムの握るポケモン図鑑に命中した。思わず手放してしまったが、図鑑は床に落ちることなく宙に浮いて、あろうことかインターフェースにはロトムの顔が浮かび上がっていた。

「こんな怪しい話に乗っちゃダメだロト! これはきっとポケモンGメンによるスパイ育成プログラムに違いないロト! 連中は将来有望なトレーナーのタマゴに目をつけて、早いうちから自分たちの思想を植えつけようとしているロト!」
「こいつ!」慌ててアダムは図鑑を掴み取った。「今すぐそこから追い出してやる、覚悟しろ!」
「できるものならやってみるロト! ボクは死ぬまで権力に屈しないロトー!」
「何を訳の分からないことを……」

 ふたりがギャアギャア喚き合っていると。

「よいのじゃ!」ルーナメアの一声で、ロトムとアダムの目がぱちくりと瞬きした。「ポケモン図鑑にロトムは憑き物、かつてサトシの図鑑にも宿っておったと聞く。今日この日にロトムと出会ったのも何かの縁じゃ、わしはこいつを仲間にする!」

 揃ってあんぐりと口を開けていた。ロトムさえそんなことを言われるとは思っていなかっただろう。
 今までずっと浸ってきたSNSには、人間の悪意が溢れていた。終わることのない誹謗中傷、抑制のきかない正義、常に誰かが誰かを傷つけている。ポケモンだって同じだ。可愛い写真に騙されることなかれ、彼らはバトルと称して傷つけ合うことを躊躇しない。
 結局どこへ行っても悪意から逃げることができず、ついにはそれと同じになることで、ロトムは楽になろうとした。
 なのに、こんな……こんな堕落したボクでも受け入れてくれる奴がいるなんて。

「ぼ、ボク……ボクも仲間になりたいロトー!!」

 アダムの手を振り切って、ロトムはルーナメアの手に飛び込んだ。
 危うく落としそうになったが、ルーナメアは図鑑をしっかり掴んだ。手に持ってみて初めて知った、その重さ。感触。ツルツルで傷ひとつなく、タマゴを持つように大事に抱えた。夢にまで見たポケモン図鑑が、今はこの手の中にあった。

「やめておけ。そいつは問題児だぞ、他にもちゃんとしたロトムを用意できるのに」アダムが呆れたように言うと。
「わしはこいつが良いのじゃ。もしも陰謀とやらがあるのなら、ぜひお目にかかってみたいしの。なんだかポケウッドのスパイ映画みたいでワクワクするわ!」
「あれは真実を知った映画監督が世に訴えた実話ロト」などとロトム図鑑はほざいたが。
「な、楽しいじゃろ?」

 にいっと笑うルーナメアを、どうして大人が止められようか。アダムは頭を抱えたが、説得は野暮だと諦めた。もって三日だろう。そう思うことにする。

「任務さえ受けてもらえればいい」
「旅先で今日みたいな冒険ができるなら、願ってもないことじゃ!」

 むしろ今すぐ任務をくれと迫ってくる彼女を、アダムはぐいぐい押し返した。
 少々予定外ではあるが、このラティアスには期待できる。成果は上々、意欲も十分、いずれは優れたエージェントになってくれるだろう。

「ご主人様のためなら、この不祥ロトム、政府の陰謀にも加担してやるロトー!」

 ……本当、こいつさえいなければ。

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