第一話:凡人

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読了時間目安:5分
ジリリリリリ! と目覚まし時計の音が鳴る。
男は目を覚まし、目覚まし時計のスイッチを押した。
流れるような動きで台所へ行き、簡単な朝食を済ませる。
食器を洗い、パジャマを脱ぎ捨て、スーツに着替える。
出勤用のカバンを持ち、いつものようにロコンに留守番を頼んで部屋を出る。

15分ほどで電車に乗ると会社に着く。
数時間ほど仕事をした後、近くのカフェで昼食を取る。
昼休みが終わったらデスクに戻り、1時間ほど退社をした後帰宅する。
夕食を食べ終わった後、入浴し、就寝する。
かれこれ三年ほど続けている変わらぬ日常だ。

彼の名前はヒサミツ。
趣味は読書と映画鑑賞。 ポケモン数匹と共にここ「サカエシティ」で暮らしている。

「ロコン、留守番ご苦労様。」

彼はロコンを撫でてやった。
ロコンは甲高い声で鳴きながら、嬉しそうに尻尾を振った。

ロコンを撫でながら彼は考えた。 はたして自分はこのままでいいのかと。
幸いなことに、彼には多少なりとも行動力があった。
パソコンを開き、何かの予約サイトと睨めっこ。
12時丁度、サイトが更新されたその瞬間に『予約』と書かれたボタンをクリックした。
程なくして予約が完了したが、すぐにサーバーエラーによりサイトが落ちてしまった。
しかし、彼は満足そうに床につく。

翌朝、いつものように出勤するかと思いきや、会社へ行く前にコンビニに寄った。
昨日予約したチケットを発券し、いつもなら買わないガムを一個だけ買って店を出る。
そして出勤。 自分のデスクに座ったと思えば、チケットを取り出し一列向こうの席へ向かう。

「リエルさん、おはようございます。」

「あ、ヒサミツさんおはようございます。」

このリエルという会社員は、彼の一つ下の後輩である。
実は彼女、中々社内で人気があり、これまで散った男性社員の数は計り知れない。

「あの、実はコレを渡したくて。」

チケットを手渡した。

「え! これカミツレさんのバトルショーのチケットじゃないですか!」

「前から行きたがってたよね、でよければ」

よければ一緒に観に行きませんか?
そう言おうとした時、背後から巨大な何かを感じた。

「ヒサミツ君、突然で申し訳ないんだけど明日残業してくれないか?」

「え、明日ですか……。」

明日は例のバトルショーの日である。

「どうした? 何かできない理由があるのかね?」

「わ、わかりました課長。 明日ですね、了解しました……」

「助かるよ、ヒサミツ君。」

課長は去っていったが、妙に嬉しそうだった。

「ヒサミツさん?」

「え、あ、ああ! コレ、君にあげるよ。」

「え! いいんですか?」

「ああ、2枚あるから友達でも誘って観に行くといいよ。」

心にもないことを言ってしまった。

「はい! ありがとうございます!」

ここから先は覚えていない。
思い出したくもないのだろう。

その日は飲んだ。
飲めば忘れられると思ったから。
しかし、血中にアルコールが沸るたびに何故か虚しくなってくる。

「カー、カー。」

ヤミカラスの鳴き声がする。
ふと時計を見ると、ああそうか、もうこんな時間だ。

「お客さん、もう終電なくなっちゃったよ」

「ふぃ〜 そうレスね……」

「心配だな……うちのクロバットに送らせましょうか?」

「ぃやーいいんレす! 歩いて帰りマスカラ!」

そう言うとすぐに立ち上がり、お客さんはフラフラ走っていった。
よくもまああんなに酔っているのに速く走れるもんだ。




   
幸いなことに、家からこの飲み屋は近かった。
もうすぐ着くだろうと思っていたその時、道端に妙な壺が落ちているのに気づいた。
拾い上げると、汚く、ボロボロで、壺の癖に大したものが入りそうにない。
こんなものいらないので、そっと元の場所に戻す……



……はずだった。
いつもの自分ならそうしていた。
が、何故かその壺を離せない。 捨てれない。 無視できない。
子供の時初めて甘味を食べた時のような衝撃が僕を襲う。
理由はいらない。「この壺は持って帰らねばならない。」 脳の奥底の本能とはまた違う何かが壺を持つ手にさらに力を込める………。

「なんだ……これ………。」

今までにない不思議な感覚。
この壺から感じる溢れんばかりの力。
それと同時に感じる儚さはどこからくるんだろうか。
壺、あるいは壺の形をしたこの奇妙な概念はまるで虚数のように存在している。
満たされることに満たされていないのか、あるいは、満たされないことに満たされているのか。
矛盾、表があれば裏があるが、表が裏ではないとは言い切れない。
表の裏は表であるが、同時にやはり裏なのだ。


気づけば壺を握りしめ家に帰っていた。
あの時何をしていたのか、全く覚えていない。
いや、覚えてはいるのだが………こう……何かがおかしいような…………。

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