第42話:覚悟と決戦――その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 セナの力で仲間たちの傷が癒え、救助隊FLBは“破壊光線”の反動から回復した。戦闘は振り出しに戻る。

「セナの力がある限り、こちらの分が悪いのは明白。悪いが、真っ先に潰させてもらうぞ」

 フーディンはカッと目を光らせてセナを睨みつけた。次の瞬間、セナは「わっ!」と悲鳴を上げる。地面から足が離れ、身体を宙に浮かされる。必死に空気をかき分けて抵抗してみても、地面はどんどん遠ざかる。仲間が名を呼ぶ声も、遠く聞こえた。
 FLBが不穏な作戦を企んでいる。地上のホノオたちがそれを悟ったときには、彼らはバンギラスの“破壊光線”に飲み込まれていた。敵よりも、宙に隔離されるセナを注視してしまった。一瞬のよそ見も、敵の作戦に組み込まれていたのだ。

「みんな……っ!」

 爆音と仲間の悲鳴が地上から聞こえるが、背を下に向けて浮かされており、様子を確認することができない。仲間の状態が分からないから、仲間をどう助けたいのかイメージができない。心の力が、使えない。

「これで邪魔はされないね」

 リザードンが不敵に笑うと、フーディンと共に上を向き、身体に力をためて“破壊光線”を放とうとする。この一撃で、セナを仕留めるつもりのようだ。

「うぅ……! セナ、危ない!」

 ヴァイスはセナのピンチに飛び起き、とっさに高く飛び跳ねた。が、セナにはとても届かない。

「任せろヴァイス!」

 ホノオが言うと飛び跳ね、ヴァイスを踏み台にさらに上昇する――が、まだまだセナには高度が足りない。ホノオが悔しげに舌打ちした、その時だった。

「すまんな」

 と、低い声。直後、ホノオの頭を踏みつける緑の足。ネロがホノオを踏み台にし、驚異的な脚力でもって高く飛躍した。
 その直後、フーディンとリザードンの破壊光線が放たれる。ネロはセナの高さに追いつくと、セナと破壊光線の間に割って入った。そして、身体をシールドで覆う。“守る”だ。攻撃を食らう覚悟で目をつむっていたセナだが、ネロの姿を見るとホッとした表情を見せた。

「ナイス、ネロさん!」

 着地姿勢が崩れて背中を打ったホノオだが、結果オーライ。ネロの活躍に歓声を上げた。
 攻撃を防ぎ切った後、ネロはセナの腕を思い切り引っ張って地面に連れ戻した。フーディンが攻撃の反動でエスパーの力を緩めた隙を狙ったのだ。

「助かったよ! ありがとう」

 セナの礼に返事をせずに、ネロはセナの目をじっと見た。そして一言。

「お前がセナか」
「え? う、うん」
「いい眼をしている」
「え? あ、あり、がと……?」

 セナは戸惑いつつも、ふっと微笑むネロにつられて笑って見せた。眼差しを褒められたは良いが、評価基準が全く理解できずにたじたじ。でも――オイラを認めてくれる。やっぱりそれが、心地よくて。もっともっと、みんなに認めて欲しくなって。
 強い敵を圧倒するためには、全力を出さないといけない。セナは「よし」と呟いて気合を入れると、再度身体に青い光をまとった。

「ちょっと、本気を出す。姉貴にネロさん。“守る”でみんなを守ってやって。危なくなるから」
「おい、セナ。ひとりで無茶するなって」
「いいから。大丈夫だって」
「でも――」
「ホノオ、セナを信じてやろう」

 セナはきっと、“心の力”を惜しみなく使う気だ。力を使うと記憶が解放され、セナの心が乱れてしまう。唯一それを知るホノオは、セナを止めようとするが、事情を知らぬメルに諭されてしまう。敵も攻撃の反動から立ち直って動き出した。反論の時間的猶予も与えられず、ホノオは黙りこくってしまった。
 セナは深呼吸すると、目を閉じる。そのまま大きく片手を上げると、地面から大波のごとく力強い水流を出現させた。“波乗り”だ。さらに大技を重ねる。セナを中心に、凍てつく猛“吹雪”が吹き荒れ、太い水流を一瞬で完全に凍らせた。

「え、セナ……?」

 小さな身体に秘められているとは考えられない、桁外れの力。それを目の当たりにして、旅を共にしたホノオや、過激な戦闘に目が慣れているネロでさえも、驚きを隠せなかった。そんな味方を置いてけぼりにして、セナは深い青色に輝く。光は氷の柱を砕き、鋭利に尖らせた。凍てつく風を器用に操り、セナは氷の破片をFLBにぶつける。

「“アイスストーム”!」

 FLBはすぐさま相殺を試みる。バンギラスは“砂嵐”を、リザードンは“熱風”を起こし、風向きを変えようとした。フーディンは自分たちの周りを強力な念力で多い、氷の軌道を逸らそうとした。しかし、かつてホウオウでさえも防ぐことができなかった攻撃だ。彼らの防御も実を結ばず、鋭利な氷が全身を抉ってゆく。

「ぐっ……!」
「リザードン、バンギラス。相殺は無駄だ! わしらの力を1点に合わせて、全力でセナを打ち抜けば、嵐が止むかもしれぬ!」

 ダメージに肉体を削られつつも、フーディンは頭を回転させる。“アイスストーム”自体に抗うことは不可能だが、攻撃の源であるセナを崩すことなら、彼らには容易い。視界はふさがれ、凶器が飛び交う空間で目を開けることはできない。そんな状況でこそ、フーディンのエスパーの力が役に立つようだ。セナの居場所を特定し、テレパシーで味方に指示を出す。

(リザードン、バンギラス。あちらに攻撃だ!)

 フーディンの戦略をいつも信頼している味方は、すぐに指示された方向に攻撃を撃つ。フーディンの“サイコキネシス”、リザードンの“火炎放射”、バンギラスの“10万ボルト”は辛うじて嵐をかき分け、とうとうセナに届いて噛みついた。

「うああっ!!」

 短く、鋭く、悲痛に、セナは叫んだ。嵐は消失し、セナの身体は弾けるように吹き飛ばされる。メルとネロのバリアに衝突し、強く頭を打った。

「セナ!!」

 吹き飛ばされてきたセナを、ヴァイスはそっと抱き起こす。セナはうっすらと目を開けて、ヴァイスの手を握ると安心したように微笑んだ。温かい。心も、身体も。消えかけていた青い光を、またその身に宿す。
 セナはふらりと立ち上がると、水の力で作ったベールで身体を覆う。“アクアリング”で全身の傷が少しずつ治ってゆく。

「はぁ、はぁ……。“アイスストーム”が突破されるなんて……。もっと、もっと、頑張らなくちゃ……」

 セナは独り、自分に言い聞かせるようにつぶやく。これ以上、自分がみんなに迷惑をかけてはならない。心の世界でFLBを倒して、現実世界に戻らないといけない。何もかも、独りで抱え込んでゆく。それは、ホノオには見透かされていた。

「セナ。勘違いするなよ。オレたちはみんな、自分で道を選んで、今ここにいるんだ。辛いこともたくさんあったけど、お前のせいなんかじゃない。いつか誰かを殺した力でも……お前の役に立てるなら、オレは喜んで使う!」

 ホノオはセナに言い聞かせると、明るい赤色の輝きを放つ。“アイスストーム”で手負いのFLBに左手を向け、躊躇いなく“破壊の焔”を放つ。一直線に伸びる業火がFLBをとらえた。

「ぐああっ……!」

 炎の熱には強いリザードンとバンギラスでさえも、炎に触れた皮膚が黒く焦げてパリパリと剥がれ落ちそうになる。FLBは再び自分たちの攻撃を1点集中させ、破壊の焔にぶつけた。どうにかFLBの皮膚と焔が切り離され、2つの勢力が拮抗する。
 しかし、ホノオにはまだ仲間がいた。

「みんないくよっ! “火炎放射”!」
「ウン! “バブル光線”!」
「“ハイドロポンプ”!」
「“エナジーボール”」

 ヴァイス、シアン、メル、ネロの一斉攻撃が、“破壊の焔”に添えられる。とうとう、FLBの攻撃は打ち破られ、再びその身を熱に焦がされた――。

「はあ、はあ、はあ……」

 5人の力を合わせたとは言え、マスターランクの救助隊FLBの攻撃を押し切るために全力を使い果たした。ホノオも、ヴァイスも、シアンも、メルとネロでさえも、息を切らして地面にへたり込んだ。

「みんな、お疲れ様。ありがとう」

 セナは仲間を労うと、最後の覚悟を決める。仲間を苦しめて、殺して、自分を絶望に突き落とすことが敵の目的。その情報と、身に受けた憎悪の質量を加味すると……彼らFLBとここで分かり合うことなど、できそうにない。
 大切な者を守るために。セナは右手に氷の槍をまとう。青く、深く輝く氷を見つめて、“戦闘を終わらせる”覚悟を決めた。
 満身創痍のFLBへ、歩を進める。最後の抵抗がセナを襲う。しかし、強力な念力も、苦手な電気も、氷を溶かす炎さえも、槍をひと振りすると切り裂かれてしまった。

「馬鹿な……」

 もう、セナは止まらない。それを確信すると、FLBはとうとう抵抗を諦めた。“ニヤリと笑って”。
 セナはバンギラスの首筋につららの切っ先を当てる。深く突けば、きっと動脈を射抜ける。――突き刺した。
 続けてフーディンの腹につららの切っ先を当てる。細い腹部は、へし折るのも容易だろう。――突き刺した。
 バンギラスもフーディンも、見るも無残な最後の姿が跡形もなく消滅してしまう。残るは、リザードンのみ。セナはリザードンの長い首の真ん中につららの切っ先を当てる。リザードンは最後の力でセナに視線を向け、ふふっと笑顔を見せつけた。

「何がおかしい」
「……私たちは、知っているよ。君が“心の力”を使えば、記憶が、蘇ることを……。蘇った末に、君を待ち受けている、不吉な運命を……本当は、君自身も気が付いているんだろう?」
「……!」

 ――そうか。敵の狙いは、オイラを絶望に突き落とすこと。そのために、この“心の世界”に――オイラが好き勝手できて、絶対的に有利な空間に、あえて強敵のFLBを送り込んだのだ。心の力を使わせて、記憶を解放するために。
 彼が覚悟と思っていた決意は、現実逃避にしか過ぎなくて。敵の手のひらで転がされていただけで――。

 記憶が押し寄せる。全てが自己嫌悪で塗り替えられてしまった。

 もう、引き返せない。
 血の気が引いた。自分がいつ、リザードンにとどめを刺したのか、セナはよく覚えていない。
 戦闘を終えた仲間の歓声も、どのようにして現実世界へと戻ったのかも、セナはよく覚えていない。

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