第42話:覚悟と決戦――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 時は少し戻り、セナがホノオ、シアン、メル、ヴァイス、ネロを“心の世界”へと誘った直後のこと。
 彼らの肉体は眠り、現実世界での激闘が唐突に静まり返っていた。その変化に気が付けないほどに、救助隊FLBは余裕をなくしていた。本気のエンテイが、あまりにも強かったのだ。
 フーディン、リザードン、バンギラス。劣勢の3人の心にテレパシーが届いた。

(厄介なことになりましたね……)

 丁寧だが粘着質にも感じられる声色に、FLBの背筋がしゃんと伸びる。表情を引き締めて、同じくテレパシーで応じた。

(“マスター”)
(セナは戦場を夢の世界に移し、自分に有利な世界で戦っています。入念に戦闘力を高めたニセモノのヴァイスとネロも、セナの戦場では一瞬で倒されてしまうでしょう。彼らには、希望も愛も勇気も自由もない。“心”が、ないですから)
(心……。まさか、セナは“例の力”を――!?)
(フーディン、察しが良くて助かります。そう。このままでは、“心の力”で覚醒したセナが、本物のヴァイスとネロを解放して現実世界に戻ってきます。敵の戦力がけた違いに増えてしまっては、いくらFLBでも太刀打ちできないでしょう)

 FLBは“マスター”と呼んだテレパシーの主と通信し、エンテイとの戦闘に注意力が散漫になっている。そこに目を付けたエンテイが一気にたたみかけようとするが。

「“だいもんじ”!」
「――! “破壊光線”!」

 力自慢のバンギラスがとっさに全力で応じ、エンテイの攻撃をどうにか打ち消す。

(俺とリザードンが全力でエンテイの相手をする。その間、フーディン、お前は“マスター”とのやり取りに集中してくれ!)

 バンギラスは頭脳労働と肉体労働で役割分担を提案する。が、その作戦は不要に終わる。

「大丈夫。ここは私に任せてください」

 テレパシーではない、低い声が荒れる空気をかき分けて聞こえる。直後、その気配を察したフーディンが不敵に微笑んだ。冷たい北風がエンテイの熱気を包み込む。

「なっ……スイクン!? いや、“今”は違うか……!」

 エンテイは現れた水色のポケモンの慣れ親しんだ容姿に、つい嬉しそうな声をあげてしまう。が、すぐに我に返った。今のスイクンは、敵の手に堕ち操られているのだ。スイクンの身体に乗り移った何者かが、スイクンを支配しているのだ。
 その一瞬の気の緩みを、スイクンの身体を支配した何者かが見逃さなかった。水色の身体はエンテイの頭上に高く飛び跳ねると、鋭利な無数の水晶を隕石のように降らせる。エンテイはとっさに全身から炎を噴出して抵抗するが、火力は水晶の融点には遠く及ばず――。
 エンテイの意識は途絶えた。赤く色づく水晶に埋まり、押しつぶされ、ぐったりと目をつむっている。「弱者が」と軽蔑の眼差しを向けると、スイクン、もといスイクンの身体を支配して操っている“マスター”は、救助隊FLBに向き合った。

「“マスター”、ありがとうございます」
「この程度、例には及びませんよ。話の続きをしましょう。あなたたちに、重要な任務をお願いしたいのです」

 苦戦を強いられていたエンテイを軽々と薙ぎ払った“マスター”へリザードンが心からの礼を言うが、それをさらりと受け止めると“マスター”は話題を進めた。

「“実験”に付き合ってくれませんか。これからあなたたちも、セナの作った“心の世界”に送り込みます。いくらセナの作りだした世界とはいえ、マスターランクの救助隊FLBが相手では、苦戦を強いられて当然。セナは“心の力”を惜しみなく使うことを余儀なくされます」
「なるほど。“心の力”を使うことで、セナの記憶が蘇り精神が不安定になることが確認されています。力を解放してしまった以上、とことん使わせてみれば――奴を破滅へと追い込める可能性が開ける、と」
「その通り。危険な任務ですが、やり遂げてくれますか?」
「承知いたしました。ぜひ検証させてください」

 リザードンの快い返事に、“マスター”は微笑む。スイクンの瞳を怪しく光らせると、FLBは寝息と共に倒れて夢の世界へ。

「期待していますよ」

 セナたちも、FLBも、エンテイも。現実世界で戦っていたポケモンたちが全員眠りにつき、雷鳴の山はすっかりと静まり返っていた。その名の通り雷鳴が不穏にごろごろと轟いているが、それすらも小さなさえずりのように感じられる。

「ふぅ。この私の治まりのつかない憎悪が、少しでも鎮められると良いのですが。まだ足りませんね。美波瀬那。もっともっと、苦痛に歪んだ心を私に見せなさい」

 スイクンの綺麗な体毛が、ばちばちと静電気の音を立てながらなびいている。“マスター”は興奮を抑えているように落ち着きがなく、しかし暗闇の底にいるような寂しさを瞳に滲ませていた。




 こうして、セナたちがヴァイスとネロを助けた直後、夢の中で救助隊FLBが立ちはだかった現在に至る。

「えっ、FLB……! どうしてここに? お前たちの目的は何だ?」
「ヴァイスとネロさんを操って、こうして夢の中までオイラたちを追いかけてきてさ。ここまで執念深いと、“ただ平和のために、オイラたちを殺したいだけ”の救助隊には見えないんだけど」

 ホノオとセナは、感じた違和感をFLBへぶつける。自分たち人間は、ガイアのポケモンたちに災害の原因だとみなされている。救助隊に命を狙われるだけなら、まだ理解できる。しかし、FLBはその手段があまりにも入念なのだ。マスターランクの救助隊なのだから、単純に戦力だけでセナとホノオをねじ伏せることも容易いはずなのに。
 問い詰められ、何かを隠すことを諦めたようだ。この夢の世界では、マスターランクとして“世間体”を気にする必要もない。FLBは、爽やかな正義が似合わぬ嫌らしい笑みを浮かべた。

「そうだねぇ。君たちをサクッと殺しちゃった方が、確かに合理的だし楽だ。ただ、それでは面白くない。“あのお方”への慰めにもならないしね」
「えっ……? お父さん。どういう意味?」

 リザードンの表情から愛が消えた。操られながらもFLBのリザードンを父と認識していたヴァイスは、震えながらリザードンに問う。

「お父さん、か。そう思ってもらえたのは、便利だったよ。ありがとう」
「お前、やっぱりヴァイスの父さんじゃないんだな? 何者だ?」

 セナが問うと、リザードンが一言。

「私は、ヴァイスの父親でもあるし、そうでないとも言えるね。ごまかしているように聞こえるかもしれないが、これが答えさ」

 その言葉の意味をセナたち――特にヴァイスは必死に考える。FLBのリザードンは、ボクのお父さんでもあるし、お父さんではないとも言える……?
 しかし敵は、その考察を深める隙を与えてくれない。フーディンは方向転換により彼らの思考をへし折る。

「お前たちの低いIQでは、今どれだけ考えたところで答えは出まい。それよりも、わしらの行動の根源にあるものを冥途の土産に明かしてやろう。ヴァイスとネロを操り、こうして夢に侵食する。その行動は全て、“あのお方”の命令なのだよ」

 ――命令。その言葉で、彼らはそれぞれの旅路で出会った異質な救助隊を思い出した。セナとホノオは、救助隊KFCを。ヴァイスとシアンとメルとネロは、救助隊TKGを。救助隊としての正義や使命感よりも、何者かの“命令”を第一に命を狙ってきた救助隊を。

「ねえ。救助隊KFCって知ってる?」
「救助隊TKGも……知っているんだろう? グルなんじゃないのかい?」

 セナとメルが問い詰めると、バンギラスがおかしそうに笑った。

「はっは。知ってる知ってる。俺たちの同志さ」
「ふ。いくら真実を知ったところで、お前たちがそれを現実世界に持ち帰ることはできまい。せっかくの機会だ。もう少し、冥途の土産をくれてやろう」

 自分たちが負けるはずもない。混じりけのない自信を表情に浮かべ、フーディンはさらに話を紡ぐ。

「“あのお方”――我らが“マスター”の望みはただ一つ。美波瀬那。お前の不幸と、絶望だ。人間が迫害されるようにガイアのポケモンたちを操作したのも、全てはセナを地獄に突き落として苦しめるため」
「“ホーリークリスタ”を介してセナとホノオの心の痛みを覗き見ている時、“マスター”はかつてないほどに心穏やかで、幸せそうだった」
「しかし、エンテイの介入でお前たちは自らが無実と知り、安堵と喜びに満たされた。もちろん、“マスター”の表情は苦々しく曇った。……だから私たちは、ヴァイスとネロを操って、お前たちの新たな絶望を献上したのさ」

 バンギラスとリザードンも続き、とうとうヴァイスとネロを操った理由が明かされる。相手の言葉が途切れた直後に、セナの怒りがせきを切る。

「だったら! オイラひとりが憎いのなら、オイラだけを絶望に突き落とせばいい! お前たちのせいで、ホノオがどれだけ辛い思いをしたと思っているんだ! ヴァイスやシアンの命も狙われて、ネロさんまで操って……どうしてそんな――」
「まさに、そういうところだよ。自分ひとりが傷つくよりも、大切な仲間が傷つく方が、お前の心は怒りと苦痛で歪むようだからね」
「“お前たちのせい”? 仲間たちまで苦しい目に遭ったのは、“マスター”に恨まれている“君のせい”でもあるのに?」
「――っ!」

 セナは右手から青いつららを出現させ、全身から青色の光をあふれさせる。怒りを、心を、力に変えて威嚇する。

「そうだね。そろそろ無駄な話はやめて、始めようか。お前たちを永遠に心の世界に閉じ込めてあげよう」

 リザードンの言葉と共に、セナは単身FLBへ突っ込む。メルの「落ち着きな!」という制止は耳に届かなかった。氷の槍を、リザードンの翼めがけて突き出す。

「おっと」

 リザードンはひらりと身をかわし、セナに“火炎放射”。セナはくるりと身をひるがえし、冷気で火炎をねじ伏せた。

「おいセナ、落ち着け。オレたちも一緒に――」

 足の速いホノオとネロがいち早くセナに加勢しようと追いつき、ポンと肩を叩く。ハッと、セナは我に返った。そうだ、みんながいる。協力して戦わなくては。そう決意を新たにするが、敵の追撃にもみ消される。

「“破壊光線”!」
「わああああっ!!」

 フーディン、リザードン、バンギラスが、力を重ねて最強の一撃を繰り出した。至近距離にいるセナ、ホノオ、ネロだけでなく、接近途中のヴァイス、シアン、メルも、光線は容易く飲み込み皮膚を噛み千切ってゆく。爆風で、彼らは散り散りに吹き飛ばされた。
 FLBの息の切れ目が光線の終わり。果てしなく長く感じられた苦痛に、皆うつ伏せに倒れている。ネロ、メルがすぐに立ち上がり、セナがよろよろとそれに続く。痛む全身を動かしてホノオ、ヴァイス、シアンを探すと、倒れたままピクリとも動かなかった。マズい、すぐにでも回復しなくては。

「“ヒール”」

 味方全員を青色の光で包み込み、痛々しく焼けただれた皮膚を癒してゆく。爆風で身体を打った内出血も、瞬時に修復した。FLBは“破壊光線”の反動で動けない。その隙に、セナは味方と自分の治療を終える。

「すごい! セナ、ありがとう」

 ヴァイスが駆け寄ってきて、セナの頭を撫でながらしっぽを振る。シアンも、メルも、ネロも、ホノオも、元気にこちらに駆け寄ってくる。――ああ、そうか。“この力”があれば、オイラはみんなの役に立てるんだ。オイラのせいで、みんなをこんな騒動に巻き込んでしまったけれど、その罪滅ぼしが、できるんだ。みんなが必要としてくれるんだ。
 本当は、力を解放した先の自分を待ち受けている運命に、薄々気が付いていた。でも、仲間が頼りにしてくれる。仲間に迷惑をかけずに貢献できる。その温もりがあまりにも心地よくて。不吉な予感を、セナは見て見ぬふりをした。
 それを彼は、覚悟と呼ぶことにした。

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