Box.57 カザアナタウンにおける兆域調査報告

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 水面に戻ったリクとホムラを、サザンドラが出迎えた。ぐったりと体を預けたトドグラーを落とさないよう、慎重に陸地へと連れて行く。サザンドラの腕にはずぶ濡れのリュックサックも抱えられていた。気絶したリクを彼は見やり、もはや主は入っていない事を理解した。目に陰りが覗いたが――死んではいない。瞬きのような時間しかそばにいられなかったが、ヒナタはサザンドラに灯を戻していった。
 着地したサザンドラが、鼻先を兆域の一点へと向けた。「ききっ!」エイパムが真っ先に駆け寄り、トドグラーをモンスターボールに戻した。サザンドラはずぶ濡れのリュックサックとギルガルドをエイパムに押しつけ、さっさと退けとばかりにホムラを離した。サザンドラの手元には、気絶したリクが残った。少しだけ迷い、エイパムへと更に押しつける。エイパムはリュックサックとリクの重みで、ぶぎゅ、と潰れそうになった。「きーっ!」文句を叫ぶが、サザンドラは自身のモンスターボールへさっさと戻ってしまった。長らく動かず、食べずにいたところに、いきなり技を放って立ち回りをして疲れたのだ。

「きーっ!」

 ホムラは躊躇いがちに手を貸しかけたが、別の手がリクを抱えあげた。遅れて駆けつけたソラだ。

「生きてはいるみたい、だな」

 ソラが胸元に耳を当て、拍動を確認する。一緒に来たコダチもほっと胸をなで下ろしていた。「ホムラ君は大丈夫?」「気にしないで」ソラが揺れる兆域の天井を見上げた。「コダチちゃん、リクを背負うからちょっと手伝って」「うん!」お互いに訊きたいことはあったが、その前に脱出しなくては危険だ。細かな欠片に混じり、大きな岩も落下し始めている。ぴく、とコダチがある方向へ顔を向けた。先ほど、サザンドラが気にしていた場所と同じだ。
 
「コダチちゃん?」
「……リーダーだ」

 パッと顔が輝き、手を大きく振って叫んだ。

「――カイトリーダーだ!」

 一瞬の出来事だった。轟音が耳をつんざき、土煙が風とともに吹き抜ける。眼前に現れた岩の巨躯がくねり動き、レンジャー服の男が二人ほど飛び降りた。片方はがっしりした体つきに岩のような顔の男。もう片方は藍色の髪を高く結い上げた男だ。コダチが跳ねるように駆け寄っていく。「リーダーリーダー! カイトリーダー! コヤマせんぱーい!」コヤマと呼ばれた岩のような顔の男が片手をあげ、もう一人のカイトと呼ばれた男が油断なく視線を巡らせる。

「ホムラとリクは何処だ?」
「はい! リクちゃんはあっちでぐったりしてて、ホムラ君は一緒にいる子です! もう一人のあの子はソラ君でむこうはリマルカ君とキプカさんで――」
「分かった」
「コダチちゃん、乗ってくれ。みんな乗せて脱出するから。リマルカさんにキプカさんもこちらへ!」

 コダチは了解し、振り返って手をぶんぶん振った。「みんなー! 乗ろー!」
 カイトが足早にホムラ達へ近づいた。

「君がホムラか?」

 頷く。抵抗したところで、バシャーモもいない状況では逃げられない。リクの事もホムラは気にかかった。先ほど聞こえた会話――(「ホムラとリクは何処だ?」)自分だけではなく、彼はリクの事も問いかけた。ざわざわ来るような嫌な予感を覚えた。
 ホムラに抵抗の意志がない事を認めると、カイトは捕縛はせずに言った。「私はサイカタウンジムリーダー兼レンジャーのカイトだ。これ以後、同行してもらう」次にソラの方を向いた。「そちらがリクか? 渡してくれ」ソラの藍色の瞳が丸まり、カイトを見つめた。言葉もなく、背負ったリクを差し出す。カイトはリクを軽々と担ぎ上げ、ホムラへ向けたのとまったく同じように淡々と述べた。

「安全な場所まで連れて行く。着いてこい」

 カイトの腰元にはリーシャンの入ったモンスターボールがあった。ポケモンセンターで回復していたポケモンはリーシャンだけだ。最初にあちらに立ち寄り、その後こちらへ向かったのだろう。エイパムはそちらをチラチラとしつつ、ソラ達と一緒にイワークに乗った。見捨てていくのも気がひけたので、一応ギルガルドも一緒だ。
 コヤマは残りの二人を連れて戻ったが、キプカだけはイワークに乗り込まずに立ち止まった。なんのつもりだ、とカイトが咎めるように睨んだ。

「……野暮用がある」
「ぴきゅー!」

 エイパムの背後からロトムが顔を出し、エイパムの肩が大きく跳ねた。その隙にリュックサックに侵入し、がざごそと動き回る。大きな尻尾が後を追うと、嘲笑うようにすり抜け逃げ出した。サニーゴのモンスターボールがくっついている。「きゅりらりら!」キプカへ飛んでいこうとするロトムを、カイトが目にも止まらぬ速さで掴んだ。

「きゅあ!?」

 すれ違うように影が走り、サニーゴのモンスターボールをバトンタッチでヨマワルがかすめ取る。カイトが盛大に舌打ちした。ヨマワルはキプカに、うやうやしくモンスターボールを差し出した。怒気を孕んだ声がカイトから発せられる。

「返せ。貴様のものではない」
「きゅあー!?」

 みし、と握りつぶされそうなロトムが悲鳴をあげる。キプカはサニーゴを――真っ白に変貌した姿を見て、言った。

「……こいつはゴーストポケモンだ」
「何を言っている?」
「……だったら最後まで連れていってやらんこともない」

 兆域が大きく揺れ動いた。ガクンとイワークの体が折れ、一瞬キプカから視線が外れる。カイトは急いで顔をあげたが、キプカの姿はもう、崩壊する闇の向こうへ消えていた。ロトムをますます強く握りしめ、奥歯を噛みしめた。
 この状況での深追いは避けるべきだ。判断したカイトは険しい顔つきで指示を下した。イワークの巨体が凄まじい速さで動き出す。バランスを崩しかけたソラの腕をコヤマが掴んだ。「大丈夫かい」すみません、と小さくソラが呟いた。視線はカイトに張りついているが、先方は振り返る様子すらない。
 カイトは片腕にリクを抱えながら、すっかりしょぼくれたロトムをポケットに突っ込んだ。リーシャンのモンスターボールを気にしているエイパムにきっぱりと告げる。

「お前はゴートにいたエイパムか。ボールに戻っておけ」
「ききっ」

 エイパムはつんと顔を背けた。互いに一応顔見知りではあったが、それはカイトがヒナタに無理矢理引っ張ってこられたり、ツキネに無理矢理呼び寄せられたりした際に、ちらりと見た程度だ。エイパムは、カイトが信頼に足るかどうか判じかねていた。

「その警戒心は称賛に値する」
「き?」
「今は休んでおけ。この先、こいつにはお前が必要だ」

 強い光のある瞳が、エイパムを射貫いた。ゴートでこの種の瞳を見る事は少ない――自分も他人も、偽ることを嫌う人間の目だ。敵に回ることも時にはあるが、決して寝首をかくような真似はしない。エイパムは荷物とギルガルドを渡し、モンスターボールへ戻った。カイトは落とさないように、荷物とモンスターボールとリクと、ついでにギルガルドも適当に持ち直した。
 イワークに乗り慣れているコダチが、リマルカに近づいた。リマルカの周囲にはゴーストポケモン達がいたが、全員、お通夜のような沈痛な面持ちだった。リマルカは、どんどん遠ざかっていく暗闇を見ていた。

「良かったの?」

 こく、とリマルカが頷く。暗闇を見てはいたが、もう、来ない人を待つ顔ではなかった。コヤマが頭を掻いた。「あの人も、不器用だからな」くねるイワークのトンネルは、通り過ぎた後が崩れていく。「カイトリーダー……」コダチが助けを求めたが、カイトはしっかりと進路を見つめたままだ。

「親子だからと言って、理解を求めるな」
「あうう……」

 しおしおとコダチは引き下がった。はぁ、とリマルカがため息をつき、前を向く。不意に、ソラが視界に入った。
 ――彼は険しい顔で、振り返らないカイトを見つめていた。





 リクが目を覚ますと、ベッドのそこら中にポケモンが転がっていた。大人用のベッド下部を占領しているのはトドグラー。ベッド下のクッションで寝ているのはエイパム。堂々と居座るサザンドラは少しだけ片目を開け、大あくびをしてまた寝た。リーシャンの姿だけない。
 病室に担ぎ込まれたことは数あれど、今回は違う様子だ。整理整頓の行き届いた、誰かの部屋、という雰囲気だ。幅広いジャンルの本がびっしりと並んだ細い本棚の横にクローゼットが立っている。小型冷蔵庫まであった。壁沿いのデスクにはリクの荷物がまとめて置いてある。リクも病衣ではなく、無地のTシャツに短パンを着せられていた。
 ベッドの頭側にカーテンの閉まった窓があった。上半身を伸ばして、リクはカーテンの裾から頭を突っ込む。ぷりっとした尻が窓外にくっついており、リクは瞬きした。尻の上部が180度回転し、振り向いた両眼と目が合う。
 
「わっ!」

 どたっとベッドに尻餅をついた。ドッドッド、と心臓が激しく拍動している。「ウォ?」寝ぼけ眼のトドグラーと目線を交し、窓を再度振り返った。
 ――今のは、なんだ。ポケモン? ポケモンだ。間違いない。そう。
 予想を確認するべく、もう一度カーテンに頭を突っ込んだ。

「いない……」

 180度頭部が回転したポケモンは飛び去っていた。リクは窓の留め金を探した。上下に動くタイプの窓で、真ん中の錠を外して、下窓を持ち上げた。
 外はよく晴れていた。吹き込む風にカーテンが緩く揺れる。「ウォ!」トドグラーがリクの背中にくっついた。場所を半分譲り、一緒に外を眺める。草笛が聞こえた。視線を降ろすと、木に腰かけたコノハナが吹いていた。耳に黒い機械をつけている。バトルアイドル大会スタッフがつけていたインカムによく似た形状をしていた。
 眼下は緑が広がっていた。ゴートとは違い、木々の合間に溶け込むように丸い施設が点在している。同じ色の服を着た人々が、ポケモンとあちらこちらに動いているのが見える。南側はのどかな牧草地帯があり、北側には壁のように森が広がっている。威圧感のある森の奥には、濃い闇が鎮座している。
 ナギサ、ルーロー、ゴート、カザアナと4つの街を訪れたが、そのどの場所とも似ていない場所だった。窓から顔を引き戻し、リクは服を着替えた。髪を結んでいると、エイパムが飛び上がるようにクッションから走り出した。窓へ。トドグラーの半身が窓の外へ吸い込まれそうになっていた。落ちかけているトドグラーの尻尾をエイパムが掴んだ。軽い体が吹っ飛びそうになり、慌ててリクもエイパムの尻尾を掴む。窓の外でウォウォとトドグラーの鳴き声が聞こえた。ピンと張ったエイパムの尻尾が千切れそうだ。
 こんなときに限って不要な情報が脳内を走る。トドグラーの体重は87.6㎏。エイパムの体重は11.5㎏。リクの体重は35㎏前後。二人合わせてようやくトドグラーの半分――まずい、と戦慄した刹那、大きな影がリクの背後から覆い被さった。ひょい、とサザンドラが全員を引き上げる。

「さ、さんきゅー」
「き」
「ウォウウォウ!」

 アホらしいとばかりにサザンドラは尻尾を一振りし、デスクの上のモンスターボールに戻った。反省の気配があまりないトドグラーもモンスターボールに戻――そうとしたが、赤い光から嫌そうに逃げるので諦めた。エイパムもモンスターボールを向けられると片手を横に振った。戻りたくないらしい。
 荷物を確認する。「シャン太は?」エイパムがここでくつろいでいる以上、あまり心配はしていない。エイパムが扉の前に駆け寄った。外か。荷物にはあと、サニーゴのモンスターボールが足りない。リクは唇に指を当てた。こちらもあまり心配していない。サザンドラが大人しくしているからだ。
 
「……よし」

 部屋を出ると、別の部屋に繋がっていた。整頓された道具類やファイルの詰まった本棚が立ち並ぶ部屋の奥に背の高い男が立っていた。「やぁ」相手の男は片手をあげ近づいてきた。焦げ茶色のくせ毛が、動きに合せて跳ねる。ひょろ長く育った木のような人物だ。第一印象に違わず、のほほんとした口調で男が名乗る。

「こんにちは、僕はリアン。よく眠れた? リク君」
「……こんにちは」
「お腹空いてない? ずっと寝っぱなしだったからねぇ」

 リアンと名乗った男は、ポケットを探った。緑色の制服はポケットが多く、胸のポケットからクッキーを取り出してリクに差し向けた。〝ポケモンOK!〟と、美味しそうに食べるポケモンのイラストがプリントされたクッキーに、足下のトドグラーが目を輝かせた。
 リクは首を横に振った。「そっか」リアンがポケットにクッキーを仕舞った。トドグラーが悲しそうな目をした。

「他のみんなは?」
「友達はみんな無事だよ。もちろん、人だけでなく、ポケモンの友達もね」

 次の質問を投げかける前に、もう1つの扉から新たな人物がやってきた。藍色の髪を高く結い上げた男――リクは、初めて会った相手の顔に既視感を覚えた――は、リクとリアンを見留めると眉間に皺を寄せた。細められた目が、リアンの耳元に一瞬向けられる。リアンは片耳に黒いインカムを装着していた。入ってきた男に悪びれなく笑う。

「や、先にお邪魔してるよ」
「いえ。リク君、気分はどうだ」
「大丈夫です。――あ、」

 リクは男の肩に目を留めた。先ほど見失った尻がそこにあった。ぐるんと首が180度回転し、黒い双眸がかくんと更に傾く。

「モクローを見るのは初めてか?」
「いや。図鑑でなら」
「そうか。私はカイト。サイカタウンジムリーダー兼レンジャーだ。よろしく頼む」

 カイトは片手を差し出したが、雰囲気はよろしく頼むというものではなさそうだった。
次回更新は10月31日(日)です。
パソコンが壊れました。郵送修理で2週間かかる関係から、更新日が大幅延期となります。
次回更新で表紙も差し替えますので、今後もよろしくお願いいたします。

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