悪夢ふたたび

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「怪盗より、一車両目の動力部分および二車両目の客車を奪還したと報告を受けた。かなりの苦戦を強いられたようだが、作戦は成功だ」

 サオリが報告を受けたことには、カイトが向かった2車両目では、乗客が全員眠りこけており、カイト自身も敵トレーナーの手持ちポケモンにより夢の世界に囚われかけたが、何とか現実世界に戻ることに成功し、見事、犯人の一人を討ち倒すことに成功したのだという。
 倒される間際に犯人が「良い夢を見てたでしょ」と言ったことに対し、「人の心の中に土足で踏み入るな、俺はお前を許さない」とかっこ良く返したとか何とか。結構壮大なストーリーがありそうだったが、本筋に関係なさそうなので、サオリも端折ったし、私たちも特に気にしなかった。

「加えてだ、大佐。ここ4両目の客車より後続の車輌は私が全て制圧した。人質も無事だ。残る人質はこの隣の3両目のみとなる」

 サオリは現状を簡潔明瞭に報告していく。そして、鼻血を出して倒れているヤマダに水筒の水をぶっ掛け、更にはだらしなく開いたままの口腔内に水筒の水を強引に流し込む。
 ヤマダは途端にむせ込み、目を覚ました。すかさず、その胸ぐらを掴み、サオリは低い声音で問い掛けた。

「死にたくなければ答えろ。何処の所属だ? CIAかCBPか、BNDか、それとも北か?」
「ゴフッ……な、なんの話でござるか……む?」
「しらばっくれるか。男に生まれたことを後悔させてやろうか?」

 サバイバルナイフを取り出し、ヤマダの股間にそっと当てる。特殊部隊仕込の尋問は、横から見ている私でも恐怖を覚えるほど迫力があった。
 ――が、ヤマダは違っていた。
 なぜか恍惚とした表情を見せ、「もっとして……」などと言っている。

「ふざけるな。自分の立場を理解しているのか」
「はひぃ、な、なんでも話します! なんでも話すから……やめないで……あの、元AKB48のサオリさんですよね……?」
「私も有名になったものだな……」

 嘆息する。 
 ヤマダはとんでもない変態であると同時に、どうやらサオリのアイドル時代のファンであったらしい。ヤマダは嬉しそうにサオリの足にしがみつくと、あーだこーだ、サオリ推しであることを語り始めた。

 話を要約すると、サオリは特殊部隊を抜けた後、カントーに渡り、そこでAKB48というアイドルグループに入ることになり、その後アイドルをやめ、ここガラルに辿り着いたのだという。数奇な経歴の持ち主だった。
 何より意味不明なのは、そのアイドルグループは、全員が過去に何らかの特殊訓練を受けており、殺しのプロもいるという異色のグループだということだ。AKBとは、“All Kill Burning(すべて殺し燃やし尽くせ)”の略だというのに驚いた。全くもって、どの層に需要があるのか理解できない。

「サオリ様……お靴をお舐めします」
「やめろ、この汚らわしい豚め。べらべら喋るな。お前は聞かれたことだけに答えれば良い!」

 顔面を蹴られる度に、嬉しそうな声をあげるヤマダ。
 その顔は幸せそうで、なるほどこの層に需要があるのだと理解した。

「まず、貴様らは何だ?」
「サオリ様の親衛隊です!」
「黙れ豚野郎。真面目に答えなければ、貴様でなく、あちらで倒れている豚に訊いてもいいんだぞ」
「す、スズキなどより私めの方がサオリ様のお役に立てます!」
「ならば早く答えろ」

 サオリは尋問の訓練も受けているのだが、相手のペースに調子を崩していた。しかし、何とかヤマダから情報を聞き出すことに成功した。

「私とスズキはワイルドエリアで悪事を働き……ガラル警察に突き出されました。そして、刑務所に入れられることになりました。しかし、数日後に、別の男が入所して来たのです……」

 悪事と口にした際、ばつが悪そうにヤマダは私の顔色を窺った。一応は反省しているような雰囲気である。

「成るほど。貴様らは何処かの組織というわけではなく、脱獄囚の寄せ集めというわけだな。頭は誰だ。目的は?」

「頭……というべきかはわかりません。あの男は、他の囚人たちと一線を画していました。ある種のカリスマと言うか……そのようなものがあり、全囚人の心を掌握し、脱獄させ、全員を一つの目的へと導いたのです……」

「……おいっ、きみたちっ、待ちくたびれたから、おじさんの方からやって来たよ」

 瞬間、背後の2車両目の扉が開かれ、ひとりの男が姿を現した。

「……待ちかねたかい? きんのたまおじさんだよ。きみたちに、きんのたまをあげよう。おじさんのきんのたまをね」
「あなたは……グラ? シュートシティで捕まったばかりなのに……」

 そこに居たのは、シュートシティのブティックで逮捕された“きんのたまおじさん”のグラである。
 マスターはまためんどくさいことになったと言わんばかりの表情である。やれやれである、私も同感だった。

「ふふ……きみの心情はおおよそ読めたよ。それなら、手っ取り早いポケモンバトルをしようよ」
「でも……刑務所ではボールは没収されるんじゃ……?」
「お嬢さんに良いことを教えてあげよう。人間の身体はね、色々なところに色々なモノを入れられるようにできているんだよ」

 そして、股間部分に手を突っ込み、おもむろにボールを取り出した。マスターの表情をそっと覗うと、船酔いし、胃の中のものをすべて吐き出す寸前のような壮絶な顔をしていた。

「そういうわけでね、いいかい? おじさんとバトルだよ。もし、おじさんに勝てば、おとなしくお縄にかかり、しかも、きんのたまをあげよう。もし、おじさんが勝てば、おじさんの同志になってもらおう、あと、きんのたまをあげよう」

 どうだい、とグラは怪しく微笑む。どちらに転んでも、きんのたまはもれなく景品としてついてくるらしかった。

「おじさんは一足先に待ってるね」

 そして、列車の外への扉を蹴破り、車外へ走り去っていく。
 逃げられることは無いとは思うが、マスターはそれを急いで追いかけ、私もその後を追う。
 サオリを見ると、
 
「離せ!」
「サオリ様、行かないで、もっと我らを足蹴にしてください!」
「ヤマダ殿だけではなく、我も! 我も踏みにじってくだされ!!」
「こ、この豚共め……!」
 
 ヤマダだけではなく、目を覚ましたスズキにもすがられ、サオリは身動きが取れなくなっており、ここは申し訳ないが置いていくことにする。
 私とマスターは停車中の列車を飛び出し、線路へ降り立った。

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【補足】「人の心の中に土足で踏み入るな」
 カイトが思わず言い放ったセリフ。好きなアニメ『鬼滅の刃』の名台詞である。カイトは特にこのセリフが気に入っており、調子に乗ってやたら多用していたのだが、サオリから「靴を脱げば踏み込んでもいいのか」と脅されて以降はあまり言わなくなっていた。
 しかし、今回の列車強奪事件で、人を眠らせるムウマを扱う敵が居たことで、そのシチュエーションが劇場版「鬼滅の刃」無限列車編に酷似していたことからテンションが上がって思わず出たという経緯がある。
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