4-3 彼が容疑者になった理由

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




 少しだけ広めの第2会議室と書かれた部屋に通されると、そこには屈みながら投影機を準備している、スーツを着た青いセミショートヘアを持つ若い男性がいた。

「ヨアケ・アサヒさんを連れてまいりましたよ、アキラ氏」

 レインに「アキラ」と呼ばれたその男は、ゆっくりと立ち上がり、振り向く。
 整った顔立ちをした男は、銀縁メガネの奥の黒い瞳をわずかに細める。
 一瞬俺と視線があったが、彼は俺のことを気にも留めず、ヨアケの方へと顔を向ける。
 穏やかな、でもどこか疲れた声で、彼はヨアケに声をかけた。

「やあ、アサヒ。久しぶりだね」
「久しぶり、アキラ君。なんか疲れてそうだけど、大丈夫?」
「僕は大丈夫さ。気持ちはありがたいけど今は君自身の心配をしなよ」
「そういうわけにもいかないよ」
「……僕が心配だからそうしてほしいんだ」
「大丈夫なのに」

 強情なヨアケに重いため息を一つつくアキラ君。少しだけこの二人の関係がわかった気がする。
 要するにヨアケにかなわないところがあるんだな、コイツ。ヨアケ、頑固なところは頑固だもんな。
 心の中で納得していたらヨアケはアキラ君に俺のことを聞かれていた。

「それより、そちらの少年は誰だい?」
「少年じゃねーよ」

 俺は反射的にそう答えてしまう。ヨアケが場の空気を和らげるために俺の紹介をアキラ君にする。

「彼はビー君、じゃなかったビドー君。私をここまで送ってきてくれたんだ、サイドカー付きバイクで!」
「そう」

 ヨアケの言葉は明らかに彼に何か注いでしまったように見えた。受け答えする声のトーンが低い。心底俺に興味なさそうだ。
 それから口元を歪ませた彼は、俺にガンを飛ばしながら、つまりは(身長差的に)見下しながらこう言った。

「君でも免許取れるものなんだね」

 おい、「でも」とはなんだ「でも」とは。コイツ気に食わねえ……!
 ヨアケはヨアケで「あちゃー……」と言いながら苦笑い浮かべている。まるで、奴の毒舌がよくあることみたいに。
 奥歯を噛みしめアキラ君を睨み返そうとすると、手を叩く音がそれを止めさせる。
 音の出どころはレイン。レインが、朗らかに笑いながらヒートアップしていた俺らに水を差していた。

「はい三人とも、積もる話もおしゃべりも後に回していただけますでしょうか? あとアキラ氏はビドーさんを挑発しないでください」
「レイン所長……失礼しました。ビドーも」

 素直に謝るアキラ君。なんだかさっきからこの男、どこか余裕がなさそうだ。切羽詰まっているというか。
 そういやアキラ君はヨアケにいち早く何かを知らせたがっていた。もしかしたらそれは、タイムリミットか何かがあったのか?
 少なくとも、こういう形でヨアケと再会することを彼は望んでいないのかもしれない。
 レインが用意したこの場、何かあるのか?
 そんなことを考えていると、すねていると勘違いされたのかヨアケからも謝られた。

「私からもゴメンね、ビー君」
「いや、悪いぼうっとしていた。別に気にしちゃいない」
「そっか、良かった」

 本当は気にしているけれども彼女を安心させるために、振る舞う。
 実際細かいこと気にしていられる場合でもなさそうだしな。
 ヨアケが軽くレインに頭を下げる。

「それでは、所長さん、お願いします」
「はい、始めましょうか」


*********************


 灯りを消し、窓のカーテンを調節して、会議室は薄暗くなる。投影機が、ノートパソコンの画面を白い幕へ映し出していく。
 レインが“闇隠し事件に対する<スバル>の見解”というノートパソコン内のフォルダを開く。いくつかの画像ファイルと動画ファイルがフォルダ内には入っていた。

「まず、“闇隠し事件”についておさらいしましょう」

 ファイルの列から、一つの動画ファイルを選択され、再生される。
 幕へと映し出されるのは、遠くから見た王都【ソウキュウシティ】の姿。画面の右端には【トバリ山】も見える。

「これは、ヒンメル地方から西方に位置する国、【エアデ】の国境付近にお住まいの方が撮影した“闇隠し事件”の様子です」

 しばらく風景だけが映し出されていた。だが、次の瞬間黒いドーム状の半球体が発生し、画面の大半を埋めた。

「全国ネットにも上げられたこの映像はニュースなどで見たことがおありだと思います。そう、我々の王都【ソウキュウシティ】を中心として地方をドーム状の黒い球体が覆っているのです。その範囲は【トバリ山】をも巻き込むほどであり、覆われたのはほぼ地方全域と言ってもいいでしょう」

 改めてみるとやはりシュールな超常現象としか言いようのない闇のドーム。もし地図があるとしたら真っ黒なインクを零したように、ヒンメル地方を蝕むその闇。俺達ヒンメルの民は確かにそこに、闇の中にいた。
 客観的に見て5分ほどだっただろうか。短いようで長く、重々しい時を経て、闇がシャボンのように弾けて霧散する。
 それからまた先程と同じ風景が映し出される、正確に言えば違うのだが、建造物や山には異常は見られなかった。

「次に、これは“闇隠し事件”の渦中、闇のドームの中にいた人々の証言です」

 動画ファイルが閉じられ、次に文書が映し出される。文書には、名は伏せられているが老若男女さまざまな人の体験が、綴られていた。

「少々長いのでまとめると、視界が闇に覆われて、いや光の一切ない闇の中に放り出され自身の体も平衡感覚もわからなくなったとあります」
「これは、俺も体験しました」

 思わず俺は口をはさんでしまったが、レインはむしろ歓迎といった様子で続ける。

「音は、聞こえたのですよね。そして神隠しにあった方々の声も」
「ああ、それから天上から泡がはじけるように光が入ってきた」
「そして、多くの人やポケモンは姿をくらませた」

 あの日の見えない右手とラルトスの声、そして暴力的に降り注ぐ光を思い出し、冷や汗が垂れそうになる。
 隣でヨアケが息をのむ音が聞こえた。レインはヨアケを横目に見て、それから本題に戻る。

「しかし疑問なのが建造物に関しては一切破壊された痕跡はなく、人々やポケモン達だけがいなくなっている点なのですよね」

 先程の映像にもある通り、建物などには異常が見られなかった。だからこそ、生き物だけいなくなった神隠しと恐れられ、“闇隠し”という異名をつけられたのだ。
 けれどもレインは一度、その神隠しという言葉を否定した。

「この集団失踪について、我々<スバル>はまず神隠しという先入観を捨て、『テレポート』という技を使った集団誘拐の線を探しました」
「『テレポート』っつーと、あの戦闘離脱や一度行ったことのある場所とかにワープ出来るっていう、あの技か……」
「はい……ですが、この説には問題が。待てども一向に身代金などの要求が来ないのです。仮定の話ですが、もしヒンメルの土地を狙うことで有名な【エアデ】が犯人だとしたら、他の連合諸国がヒンメルを保護下に置く前に揺さぶりをかけてもおかしくありません。あと、【エアデ】に限った話ではないのですが、あれだけの人とポケモンを収容できる施設と食糧費などの余裕はないと思います」
「た、確かに」
「それに、『テレポート』では規模が大きすぎます。普通なら王族などをピンポイントで狙えばいいでしょう? 確かに女王陛下含めた重要人物は神隠しにあっています。ですが、他にも巻き込まれた人々の数が、多すぎる」

 それまで黙していたヨアケが口を開く。

「いくら建国記念日のお祭りが開かれていたと言っても、いやむしろ建国記念日だからこそ他国の人間達が大量にいたら目立つってことですね」
「その通り」
「じゃあ、さらわれたっていう可能性が少ないならいったいどこに消えちまったっていうんだよ……」

 レインの肯定に意気消沈する俺の発言を、アキラ君は訂正する。

「誰もさらわれた可能性は捨ててはないさ」
「アキラ氏の言う通りですビドーさん。『テレポート』以外にも誘拐する方法はあります。例えば光輪の超魔人という異名を持つフーパというポケモンによる召喚、異空間転送の線なんかも探っていました」
「そうか、何もワープさせる方法は『テレポート』だけじゃないのか……」
「しかし、フーパは手持ちの六つの輪を通してでしか召喚できませんし周囲の物も巻き込んでしまいます。一度に召喚できる範囲と数が限られていますので『テレポート』と同じくフーパでは“闇隠し”規模の事件を起こせないでしょう」

 唸る俺にレインは「ここからが本題です、お待たせしました」と言った。結構長かったな。と思ったのがバレていたのか、レインに「前置きはクッションですよ」と微笑まれた。

「引っ掛かってくるのは、携帯端末のGPSも消失している点なのですよね。GPSなら、別大陸に居ても探すことが可能です。よほど電波が通ってないところにいるか、もしくは何か不幸な目に合っていなければ、の話ですが……つまり、現状私達<スバル>はこの世界ではないどこかに隠された、と考えています」
「この世界以外って何処だ? パラレルワールドとか言い出すんじゃないよな?」
「ある意味では並行世界なのでしょうか、この世界には、裏側となる世界が存在するのですよ――――それは、【破れた世界】」
「【破れた世界】……?」

 新しく開かれた文書ファイルが、【破れた世界】という言葉が垂れ幕に映し出される。見慣れない単語に俺が戸惑っている隣で、ヨアケは何かを考え込んでいた。
 レインがヨアケにどうしたのか尋ねようとしたら、彼女は短く謝った後レインに続きを促した。レインは一つ咳払いをすると、【破れた世界】解説を始める。
 画面を下へスライドさせると、そこには黄金の兜らしきものを被った、大きな怪獣のようなポケモンの姿が二対映し出されていた。片方は足があり、もう片方は足がなかった。

「こちらはギラティナという伝説のポケモンです。足がある方が私達の世界にいるときのアナザーフォルム、そして足のない方が【破れた世界】に棲むオリジンフォルムのギラティナ。破れた世界というのはオリジンフォルムのギラティナが住処とした様々な法則を無視した世界で、いわゆるこの世界の裏側ともいえる場所。そこにヒンメルの民は引きずり込まれたのではないか、と我々は考えました」
「まてまて、破れた世界ってものがあったにしても、そう簡単に引きずり込まれるものなのか? そもそも人が行ける場所なのか?」

 突っ込む俺にレインは若干喜びながら(?)対応した。

「いい質問ですねビドーさん。シンオウ地方などでは【破れた世界】へと生身で足を踏み入れ、しばらくの間行方不明になった人物は過去にいます」
「まじかよ」
「シンオウ地方にある泉の一つで【おくりの泉】という場所にある【もどりの洞窟】の最奥部など【破れた世界】の入り口が出現したところをシンオウ地方の研究者は調査し続けたそうです。データによると、破れた世界にいるギラティナがこちらの世界に近づくと空間にひずみができ、破れた世界への扉が開かれるそうですよ」
「でも、それってシンオウ地方の話だろ? ヒンメルじゃ……あ……そういや、この地方の伝説って」
「そうです。ヒンメル地方とシンオウ地方は、ところどころ共通点が見られます。代表的なのは【トバリ山】の存在ですが、その他にも時空と破れた世界を司る三神と呼ばれるポケモンから、新月、三日月、蒼海の王子などのポケモンがいたという伝説も残っております。余談ですが波導使いなどは現在も存在します。あの、エレメンツの目隠しをした彼……」
「トウギリさん」
「ありがとうございますアサヒさん。彼なんかも現役波導使いとしてバリバリ働いていますよね。話を戻しましょう。シンオウ地方に縁のある研究者にも来てもらい、あるアイテムを作ろうとしていたのです」
「アイテム、とは?」

 ヨアケの質問に対し、レインは少々言いづらそうにその道具の名を述べた。

「……人工的に作り出した“赤い鎖のレプリカ”です」

 いまいちピンと来ない俺は、レインにたびたび質問を重ねる。レインは笑みを消し、先ほどまでと比べて真面目な口調で答える。

「“赤い鎖のレプリカ”……? それは何に使うんだ?」
「ディアルガとパルキアという時間と空間を司るポケモンを呼び出すために使うのです」
「呼び出すのは、ギラティナじゃないのか」
「ええ。ギラティナそのものを直接呼び出す方法は現状ではディアルガとパルキアを呼び出すしかおびき出す方法を見つけられていません」

 レインの言葉をアキラ君が補足する。

「そもそもシンオウ地方のように【破れた世界】に行く方法自体が、このヒンメルでは確立されていないんだ。ヒンメル地方でも【破れた世界】への扉を探そうと、【もどりの洞窟】のようなギラティナの住まうとされている遺跡で調査を繰り返したが、ダメだった。そこで、シンオウで実際に過去に使用された“赤い鎖”を用いたディアルガ、パルキアによるギラティナを呼び出す方法。それを<スバル>はプロジェクトとして研究を続けているという所さ。それで、“赤い鎖”を生み出すこと自体には成功したけど……」

 プロジェクト自体は順調に進んでいた。だが、言いよどむということは、でもそれを遮る出来事があったのだろう。
 それを察してしまって、どうしようもなく嫌な予感が俺の頭の奥で膨れ上がる。
 彼女の吐くため息の音が、聞こえた。
 彼女も<スバル>の研究を途絶えさせた正体に気づいたのだろう。
 いや。気づくも何も、今ここでしているのは最初からそういう話でしかなかったんだ。
 彼女は、ヨアケ・アサヒはアキラ君に確認を取った。

「そこで、話はユウヅキに繋がるんだね、アキラ君」
「そうだ。ユウヅキが“赤い鎖のレプリカ”を盗んだんだ」

 “<スバルポケモン研究センター>襲撃事件”
 この事件で<スバル>は研究物をヤミナベ・ユウヅキに奪われた。
 そのせいで“闇隠し事件”の手がかりを掴むための研究を中断せざるを得なかったと。
 複雑な感情がこみ上げてくるが、それよりも俺にはまだ、何故ヤミナベ・ユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者、しかも誘拐の容疑をかけられたのかが分からないし気になっていた。
 まだ知らない情報がありそうだ。

「……所長さん。“赤い鎖のレプリカ”を盗んだだけでは、どうにもユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者になるには色々と足りない気がするのですが」

 ヨアケも同じところが引っ掛かっていたのか、レインに問いかける。
 その言葉にレインは目を細め、「おかしいですね」と呟いた。それから、レインは優しく、穏やかに衝撃の事実を述べた。

「ヤミナベ・ユウヅキ氏は過去にギラティナを祭る遺跡に訪れています。アサヒさん、貴方と一緒に。建国記念日の前に少年と少女の旅のトレーナーに遺跡について調べているのでその場所を知りたい、と尋ねられたと証言された方がいました」
「え……?」

 明らかに動揺するヨアケ。俺は自分が驚く前に、その彼女の驚いた表情から目を離せないでいた。
 畳みかけるようにレインは言葉を重ねる。

「貴方はその遺跡について調べる為に、この地方に来たのではありませんか?」
「いや、それは」

 顔を伏せ、言いよどむ彼女に、レインは優しい口調で、こう付け足した。

「慌てて思い出そうとしなくても大丈夫ですよ、アサヒさん」

 その言葉に反応し、ヨアケはレインの顔を凝視する。それから彼女は俺のあずかり知らぬ内容を口にする。アキラ君が彼女の発したその名に反応した。

「……まさか所長さん、貴方がミケさんの依頼主……ですか?」
「! アサヒ、あの男に何かされたのか?」
「えっと、色々質問されただけだよ」
「色々って、はぐらかすなよ」

 アキラ君に問い詰められ、苦い表情を浮かべるヨアケ。話についていけない俺は、割り込む形でヨアケに質問する。

「おい待ってくれ、そもそもミケって誰なんだ?」
「あ、ゴメンビー君は知らなかったよね。ミケさんはね、私とアキラ君の知り合いの探偵さんなんだ。ミケさんは、誰かの依頼で私を調査していたみたい。その依頼主が、もしかしたら所長さんなのかなって思ったの……それで、どうなのでしょうかレインさん」
「私は依頼主ではありません。その依頼主からアサヒさんの情報を伝えられているただの研究所の所長、と言ったところでしょうか。まあ、ばらしてしまうとその探偵の依頼主は、ヤミナベ・ユウヅキ氏を指名手配にできる方々ですね」

 ミケという探偵をヨアケに差し向けたのは、ヤミナベを指名手配にできる人々。ということはどこかの組織の可能性も挙げられる。しかし、ヒンメルに存在する組織に、この地方の外の人間を雇ってまで調査をする余力があるようには思えない。そうなると、残されているのは地方の外の組織で、国をまたいでも平気な奴ら。ということになる。ということは――

「……<国際警察>ですか」
「はい。直々の協力要請が国籍経歴問わずにされているようです。アサヒさんとユウヅキさんに最も近しい探偵、ということで彼が選ばれたとも聞いています。ですが、あまり彼を責めないであげてくださいね」

 辿り着いた答えを口にするヨアケ。レインがミケをフォローしつつ、その答え合わせを言った。
 その答えを聞いて、アキラ君は苦々しい表情を浮かべる。ヨアケも俯いて、言葉に詰まっている。そんな二人に追い打ちとばかりに、レインはヤミナベがかけられている疑いをまとめた。

「建国記念日のお祭りの日に首都ではなく、離れのギラティナの遺跡にわざわざ訪れる方は限られています。まあ、遺跡の警備員の方も神隠しにあってしまっているので確かな証拠ではないのですが……ヤミナベ・ユウヅキ氏はおそらく事件の起こる前後にギラティナの近くにいたと思われます。そして、今回ヤミナベ・ユウヅキ氏によってギラティナを呼び出すための“赤い鎖のレプリカ”が盗まれた……偶然で片づけるには、少々怪しくないですか?」

 “闇隠し事件”がギラティナと繋がっている可能性がある以上、それは少々ではないことを、おそらく二人は感じていたのだろう。


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ゲストキャラ
アサヒの旧友、アキラ君:キャラ親 由衣さん

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