仁義なき闘い

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「さて……あたしたちも行こうか」

 サオリと分かれ、マスターも潜入準備に取り掛かる。どこから取り出したのか、ダンボール箱を頭から被り、BGM(メタルギアソリッドのメインテーマ)を鼻歌を奏で始める。
 色々間違っている気がしたが、呆気に取られているうちに、マスターはそのまま客車へ突入していく。
 慌てて追いかけると、時既に遅く、囚人服の姿の男たちに取り囲まれていた。しかしマスターはダンボールの中から周囲があまり見えていないらしく、相変わらずあのBGMを鼻歌で奏でている。

 このままではまずい。
 即座に判断した私は地を蹴り、マスターを取り囲む手前の男の首元に手刀を叩き込む。それが崩れ落ちるよりも前に、右脚で左へと蹴り飛ばした。勢いに飲まれ、左に立っていた別の男が倒れ、巻き込まれるようにして隣の一人が引っくり返る。そこに軽くサイコキネシスをお見舞いしつつ、マスターに手を掛けようとしていた男の顎下に掌底を喰らわせ、黙らせた。
 イメージどおりに無事、事は済んだ。私は額に巻いたきあいのタスキムゲンバンダナが風になびくのを感じ、この車輌を奪還したことを確信した。

「サナたん?」
 マスターは今更になり違和感を察知したのか、恐る恐るダンボール箱を取り外し、辺りを観察する。
 転がる四人の男、そして、それを見下ろすように立つ私。
「カンフー・サナたん……?」
 よくわからない感想を述べる。

『マスター。ダンボールはバレバレだったので、やめといたほうが……』
「うん。あたしもそう思った」

 しかし、ダンボールの効果なのかは分らないが、マスターのインカムからは、後部車輌を無双しながら進むサオリの雄叫びや、何か物騒な物音、悲鳴などが聴こえており、ダンボールを着たまま突き進んでいるようだった。あれは別格だということで、折り合いをつける。
 マスターのカバンの中から取り出したロープで、男たちを次々縛り付ける。サオリが仕込んだ技術なのか、これは完璧だった。動きを完全に封じてから周囲を確認するが、この車輌に乗客の姿は無かった。

『多分、残りの車輌に集められている気がします』
「人質かあ……犯人たちの目撃もわからないし、列車は走りっぱなしだし、状況は厳しいね」

 マスターのインカムに、サオリとは別の音声が入る 

【操縦室はこの怪盗カイトが確保したよ。運転手たちも無事だ。間もなく停車するよ】
「カイト無事だったんだね!」

【敵を欺くにはまずは味方から。僕の天才的な頭脳を持ってすれば……《カイトはただ捕まってただけにゃん。ニャーが居たから何とかなったにゃん》……ちょっとシャケ余計なこと言うなよ! 《ニャーは敵に見つかってもネコのフリすればいいにゃん。余裕だったにゃん》】

 インカムの向こう側で、あーだこーだ言い争う声が聞こえる。カイトの相棒ニャースのシャケも駆けつけてくれていたのだ。
 とにかく問題なさそうで何よりである。やがて、やや急なブレーキではあるが、車輪が甲高い音を立て、列車は海とワイルドエリアの見える位置で停車した。

【僕たちはここを死守する。可能なら敵がこちらに来ないように、派手にそっちに引きつけてくれたら助かる】

 了解、とマスターは不敵に笑う。
 もはや潜入作戦は終わり、今からは敵に気づかれることを不安に思う必要もなく、ただ制圧に専念すれば良かった。 

「サオリさんにも伝えたほうが良いかな」

 チャンネルを後部車両に向かったサオリへと切り替えるが、怒号というかバクオングの叫び声というのが正しいのかよくわからない雄叫びと、何かの壊れる音、骨の折れる音などが聴こえており、もはや潜入では無くなっていそうなので、そっとしておくことにした。

 私たちは前へ進むのみである。
 意を決したその時、目前の扉が突然開き、ふたりの男が姿を表した。

「デュフフwwwどこかで見た顔であるな、ヤマダ殿wwwwww」
「スズキ殿、我らの崇高な作戦を邪魔する御仁らでござるよwww今までのことは水に流すべきではあるマイカwwwwww」

 そこに居たのは、あの日ワイルドエリアで出会ったあの男たちであった。

「あなた達は……よくワイルドエリアに居た二人組?」

 マスターは、かろうじて記憶を辿る。マスターの中で今ひとつ覚えていないあたり、私とムゲンダイナの一件は伏せられているのだろうと理解した。
 それは、私への思いやりであったかもしれないし、マスターの今後の選択肢を不安で狭めさせないようにという、ワイルドエリアの“管理人”の異名を持つ、エースバーンのコスプレをしたあの男マッシュの配慮であったかもしれない。

「ドゥフwww故あって今はあの地を離れているでござるよ」
「でも何でこの場所に? 列車を襲った一味の仲間なの?」

「ヤマダ殿……所詮は女子供のことであるよ。話したところで我らの崇高な目的は理解できまい。まあ我らを倒せれば教えてやろう」
 スズキがバンダナを巻き直し、同時にその目線が私の額に止まった。
「ブフォwwwサーナイトがいっちょ前にバンダナwww我ら勇者の証を装備などとは草生えるwwwwww」
 馬鹿にしたように笑い転げるスズキ。謂れのない罵倒であることは理解しているが……この男に言われるとなぜか無性に腹が立つ。

『マスター、サイコキネシスでいいですか?』
「いいよ。ザマゼンタ出すし、遠慮なくやっちゃって」

 そして、マスターはモンスターボールを構える。目と目があえばバトルであるし、売られたバトルは買うのがポケモントレーナーである。
 仮にヤマダとスズキの二人が伝説のポケモンを繰り出したとしても、ザマゼンタがいれば何とかなる気がした。そもそもこの狭い車内ではダイマックスもできない。

「ちょ待てよ……やるのは、ポケモンバトルではないぞよ! ……従って、そこの、ミリタリー萌えなサーナイトは黙って見ていてもらおう」

 焦ったように、スズキが制止し、後ろでヤマダが「そーだそーだ! 早とちり、早漏!」と囃し立てた。何かと鬱陶しいデブ二人組である。

「確かにボールは使おう……。だが我らは、留置場にぶちこまれ、ポケモンは持っておらぬでござる……そうとなれば、我ら自身で闘わねばなるまい……そこで、こいつの出番でこざる」

 そう言って、ヤマダが取り出したのは、ビリリダマほどの球体だ。単なる遊具のボールのように見えるので、留置場の備品をくすねて来たのかもしれなかった。

「ガラルの田舎者は知らないと思うでござるが……日出ずる国に伝わる、おとこが生死をかけた闘いに用いる死亡遊戯デスゲームがあるでござる……」

 ヤマダはボールを左手から右手に、右手から左手にパシパシと投げながら静かに歩み寄る。

「おとこがせいしをかける……エロいな」

 ヤマダのセリフに反応したスズキが呟いたのを見て、マスターはこれまたとんでもない汚物を見るような侮蔑を露わにした表情をしていた。

「――その名を、ドッジボール!」
 声高々に叫ぶヤマダ。

「せぇつめぃしよぉぉう、ドッジボールとはぁぁぁ! 1チーム12名から20名で成り立ち、内野と外野に分かれ2チームがバトルする! 外野の者がボールを投げ、当たった者が外野に出る! そして当てた者が内野に入る! ……だがしかーし!! 今回は人間の数が三人!! ここは無難に“なかあて”といこうジャマイカ!!」

 すかさずスズキが甲高い声でまくし立てるようにルールを説明した。

「人数的に我らが外野だ……そこで、そこの少女は内野に入るである……おっと、ポケモンは参加禁止であるよ。そこの少女がひたすら、我らの球を避けまくる! 当たったら、ジ・エンド!! シンプルイズベストなルールゥゥゥ! さぁ、バトルスタンバイィィィ!」

 スズキはその体型に見合わぬ俊敏さで、私を掴むと列車の奥まで走り、私はそのまま客室車輌の外廊下へと追いやられてしまった。しかし、マスターに不利なルールなように思えた。勝利条件が、マスター側には存在しないのだ。

『マスター!』
「大丈夫だよ。ふたりとも動き鈍そうだし……当たらなければどうってことない、でしょ?」

 ひとり客室内へ残ったマスターはそう言うと、私の方へモンスターボールを投げ、軽くノビをする。バウタウンのジムコスチュームのマスターは身動きしやすそうである。
 そして、ヤマダとスズキの間に立つ。

「いい度胸だ……かわいがってやろう……」

 スズキがマスターの身体を舐め回すように見る。
 その横でヤマダはボールを構えていた。

「拙者……こう見えてもネット界隈ではドッジボーラーとしては名を馳せておるでござる……お主がすぐに負ける未来が見えるでござるよ……ホアチャァァァ!」

 ――高くジャンプしたヤマダが高位置から投球する。投げられたボールは空気を巻き込みながら、マスターぎりぎりの位置を通り抜け、スズキのもとへ向かって来る。
 早すぎる。確かに彼らが自負するだけのことはあった。
 しかも、もう一人のスズキも、そのヤマダの速球を難なくキャッチしてみせたのだ。抜群のチームワークだった。

「今のはわざと外したでござる……じわじわと痛ぶるためにな……」
 ヤマダはメガネをクイッとあげ、不敵な笑みを浮かべる。
「ヤマダ殿ォォォォオオ!」
 スズキがボールを構え、投げ返す。

 しかし、直線ではない――あえて天井に当て、バウンドさせ、軌道を変えていた。跳ねたボールはマスターの肩ぎりぎりを通過し、ヤマダのもとへと向かっていく。
 ポケモンの目からしてもわかる。今のは普通の成人男性の動きを遥かに上回るものであった。彼らふたりが自信を持つのもわかる。想定外だった。何より、このままではマスターが危ない。

「ドゥフフフ……今のは当たっても良かったのだぞ? “One Boundワンバン”はセーフである故……」

 スズキがバンダナを縛り直し、下卑た笑みを浮かべる。スズキからボールを受け取ったヤマダは、ボールを喜々として構える。

「喰らうが良い……我が電撃球エナジーボールを!! 今までこれを受けて、その場に立っていた者はいないでござるよ……」

「や、ヤマダ殿……そんな序盤から大技を!? じわじわ痛めつけると言っておきながらの、まさかの1ターンキル! まさに外道! さすがヤマダ殿! 我々にできないことを平然とやってのけるッ! そこに痺れる! 憧れるゥ!」

 スズキが奇声と共に称賛する。

「ホォォォァァア!」

 ヤマダがスピンジャンプしながら、ボールを投げつける。
 そのボールはマスターに一直線に向かい……マスターはそれをあっさりと避けた。

「……あれ?」

 拍子抜けたようにスズキが声を出す。
 その横を一直線にすり抜け、壁にぶつかったボールは、マスターの横にころころと転がる。マスターはそれをスズキに、はい、とパスした。
 スズキが豪速球を投げ、それをマスターが避ける。
 ヤマダがまたそれを投げ返し、マスターが避ける。

「そ、その身のこなし……只者ではないな?」

「あたし、実は日出ずる国の生まれなの。スクールでは避けるのだけは上手かったわ!」
 得意気に胸をはるマスター。

「ふ、ふん……避けるとは卑怯な! 今からは避けるのは禁止のルールだ!」

 一方的にルールを改悪したスズキはボールを胸に抱えると、何やら一人でブツブツつぶやき始める。一種のジンクスや願掛けの呪いの類か。

「……自由の代償は辛いぜ……夢を抱きしめろ……そしてどんな時でもソルジャーの誇りは手放すな……」

 違った……今までの彼らの言動から推測するに、何かのアニメかゲームのセリフだと思う。ヤマダがその様子を見てメガネをクイクイっとあげ、目を細める。

「ほう……スズキ殿……本気でござるな……こうなったスズキ殿はもはや誰も止められんでござる……」

「リミットブレイク!! ナイツオブラウンドォォォォオ!!」

 また、何かの必殺技を叫びながら、スズキがボールを投げつけ、投球後はそのままスピンし、華麗にポーズを決める。もはや勝利を確信していた。
 ――が、その瞬間、天井が抜け落ちる。迷彩服が降り立ち、マスターの寸前でそのボールを片手で止めた。

「――待たせたな」

 不可能を可能にする女、伝説の傭兵――サオリその人であった。
 サオリの手のひらに受け止められてもなお、回転し続けるボール。それを止めて平然とするサオリ。
 サオリはボールを眺め、それからスズキとヤマダを交互に観察し、スズキに向かって華麗な投球フォームで投げつけた。 

「ぶべら!?」 

 腹部にもろに一撃を受け、スズキは吹き飛び、私の隣に転がり落ちた。内臓を損傷したのか、吐血している。
 サオリの番はそれだけでは終わらなかった。スズキに当たって跳ね返ったボールをキャッチし、振り返ると、ヤマダ目がけ、それを投げつける。
 瞬間、ボールがぶれ、三つになったような錯覚を受ける。

「魔球か……ふっ、受け止めてやるでござる! ……な……馬鹿な!?」

 三つ全てを止めようとするヤマダだが、瞬間ボールが消えた。
 空振るヤマダの顔面に、どういう原理かボールがぶつかり、ヤマダは鼻血を撒き散らしながら、スローに吹き飛んでいった。
 
 ヤマダの最期のセリフを私は聞き逃さなかった。
 間違いなく、こう言った。“顔面セーフ“――と。

 地に伏した巨漢ふたりを冷ややかに見下ろすサオリ、そして隣に呆然と立ち尽くすマスター。
 こうして、ドッジボールという名のバトルは幕を閉じたのである。

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【補足】日出ずる国とは?
 カントー地方、ジョウト地方、ホウエン地方、シンオウ地方を総称して彼らが勝手に言っているように思うが、世界共通、大体のニュアンスの伝わる俗語である。
 なお、国旗として、モンスターボールの赤い面を全面に押し出した「日の丸」がある。
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