【第105話】そこに在るための意味、そこに在るだけの価値

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


「……なんとか間に合ってよかったです。お嬢様。」
「グアアアッ!」
「じゃ……ジャック……!?」
レイスポスに襲われる直前……お嬢を救ったのは、ジャックとアーマーガアであった。
しかしお嬢は、助けてもらった喜びよりも先に……驚き、そして困惑してしまった。



だって『ジャック』は、今ここで倒れているレイスポスの方なのだから。
否……確かにそこにいるスーツ姿の彼も、間違いなくジャックだ。
だが、ここは『ジャックの精神世界』ではない。
故に、2人も存在しているのはおかしいのだ。



「……すみませんお嬢様、心配おかけしました。」
ジャックは軽く頭を下げた後、座り込んで動けないお嬢の元へと歩み寄る。
「そんな……どうして……!?」
「……ある親切な方が助けてくれたのです。」







ーーーーーー遡ること数十分前。
一行がマホイップの群れに押し流された時刻。



丁度その時、スモック博士と一部の暴力団員は要塞の奥部に流れ着いていた。
目の前に立ち塞がっているのは、古びた鉄製のドアに外付けの電子式ロックがかけられたものであった。
急遽用意したセキュリティ……といった感じだろう。
最も、ここは元々ただの廃坑なのだから仕方ないと言えばそうなのだが。



ただならぬ何かがある……と確信したスモック博士は、隣のスキンヘッドの団員に訪ねた。
「………ここはどこだい?」
「知らねぇッス。ここはテイラーの奴から立ち入りを禁じられていた部屋ッスから。」
「……なるほど。よし、ちょっとまっててくれ。」
そう言ってスモック博士は、ドアの前に立つ。



「オイオイ……このドア、確かパスワードが16桁もあるんだぜ?一体どうやって……」
「まぁ見ててくれよ。」
博士は白衣のポケットからボールを取り出し、ポケモンを呼び出した。
「ぐるも!」
「お……オーロンゲ……!」
オーロンゲ……自らの体毛を随意的に動かせる、力が自慢のポケモンだ。



「まさか、コイツの力技でこじ開けようって話かよ?無理だ、コイツはダイオウドウがぶつかっても壊れねぇくらい強固に改造してるんだ。」
「いやいや、そんな力技じゃないさ。ま、当たらずとも遠からずだけどさ。」
「?」
博士は意味深なことを言うが、団員たちはまるで何を言っているのかわからない……という様子であった。



するとオーロンゲはドアの前に立ち、おもむろに姿勢を低くして身体を伏せる。
そして腕の体毛をするすると解くと、それをドアの下の小さな隙間に通していく。
針金のように細い1本の毛を、繊細に忍び込ませたのだ。
「ぐる……るるるっ」
「え……まさかそれって……」
「そう、ドアの内側から明けてやろうって寸法さ。ちょっと荒々しいピッキングだけどね。」



そうしてオーロンゲが唸りながら隙間の向こうを探ること1分。
内側からロックが解除され、ドアがゆっくりと開かれる。



するとそこに居たのは……弱々しく倒れている白いポケモンであった。
全身をバンドで拘束され、床のスペースに貼り付けられている。
「これは……ブリザポス!?どうしてこんな場所に……!?」
博士は駆け寄り、ブリザポスの様子を見る。
バイザー越しの虚ろな瞳と、博士の視線が交わった。
「……そうか、アナタでしたか。」



博士はそう呟くと、ブリザポスを縛り付けるバンドを取り外していく。
「お、おい!大丈夫なのかよソイツ。やべぇオーラ出まくってるぜ……?」
「何、彼に敵意はないよ。」
そう……博士はこのポケモンを知っている。
このポケモンが誰かを、知っているのだ。



まもなくバンドが全て外され、ブリザポスは開放される。
「……大丈夫ですか?意識はありますか?」
そう言いつつ、博士はブリザポスの頬を軽く叩く。
すると彼はゆっくりと体を起こし、その場に立ち上がった。



『………こ、ここは?』
目前のポケモンは……彼らの見知ったジャックの声で喋りだす。
『……スモック博士ですか?』
「あぁ、よかった……気づいていただけたのですね。大丈夫ですか??」
『……私は、一体何を?』
ブリザポスはうつろな目で虚空を眺めながら、今までの記憶を思い起こす。
十数秒のブランクの後、彼はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。



『……そうだ。私は「抜け殻」として捨てられたのです。』
「抜け殻……?」
『……何を企んでいるかは知りませんが、奴らは「元のジャック」を欲していました。アイツらはスエットの精神世界で起こったことを再現……そう、「元のジャック」をレイスポスの形に具現化しました。』
「………レイスポス……元のジャック……なるほど、つまりアナタは……」
二重人格の件を初めて知ったスモック博士の言葉に、ブリザポスは軽く頷いた。



『そして恐らく、その際に私の人格が邪魔になったのでしょう。つまり私は、ここに捨てられた廃棄物なのです。』
「……なるほど。よく思い出してくれました、ジャックさん。……いや、ブリザポスさんと呼んだほうが良いでしょうか?」
その言葉に、ブリザポスはほんの少しだけ固まる。
が、すぐに首を横に振った。



『……まさか。私はジャックですよ。ちゃんと、最初から。』
「………」
『それで?スモック博士たちはどうしてここに?』
「あ……あぁ。実を言うとですね……」
博士はこれまでの経緯を説明した。
この電脳要塞へ多くの人々が駆けつけたことを。
バベル教団の異常を感じたジムリーダー達、金で雇われて寝返ったダフ率いる暴力団員達、そして……



『なっ……お嬢様が!?』
「えぇ。アナタを救わんと、乗り込んできたのですよ。」
ブリザポスのただでさえ白い顔から、色が抜け落ちていく。
その表情は明らかに歪んでいた。



するとその直後……ブリザポスの周囲の気温が大幅に下がっていき、周囲を凄まじい量の靄が覆う。
靄のあまりの濃度に目を覆ったスモック博士が目を開くと、そこに在ったのはポケモンの姿ではなかった。



スーツを身に纏った、銀髪の成人男性……そう、博士らのよく知るジャックである。
「なっ……」
ブリザポスが人間の姿になるなど、前代未聞であった。
博士はあまりの出来事に、口を開けたまま言葉を失う。



「お嬢様を……探しに行かないと……」
「む……無茶ですよ!アナタの肉体は殆ど切り取られ、レイスポスの方に持っていかれている状態だ!」
スモック博士はジャックを止めるが、彼は一向に話を聞こうとしない。
すぐに周囲を探し回り、そこらへんに捨てられていたボールホルダーを拾い上げる。



「アナタは本来、現実世界には存在しない……ジャックさんの身体に居着いているだけの精神寄生体だ!それが単独で……ましてや慣れない人の姿になどなったら……どうなるか分かってるのですか!?」
「………。」
スモック博士の言葉を聞き、ブリザポス……否、ジャックは僅かに睨みを効かせた。
「……いやいや。まさかあんな怪物の姿でお嬢様の元に向かうわけにも行かないでしょう?」
彼はそう言うと、立ちはだかるスモック博士や暴力団員たちを軽く腕で押しのける。



「お、オーロンゲ……ジャックさんを止めろ!」
「ぐるも……もっ!?」
オーロンゲは博士の指示の通り、腕の体毛を伸ばしてジャックを拘束しようとする。
……が、それは叶わない。
気づいたときには、オーロンゲの腕は氷漬けになっていたのだから。



「……お気遣い感謝します。ですが私は行かなくてはいけない。これが『生きる理由』なのですから。」
最期に一言、彼はそう言い残した。
そして駆け足で……そのまま廊下の奥へと消えてしまったのであった。
「ま……待って!ジャックさんッ!」
博士の言葉は、最早届かない。





ーーーーーーそして時間は現在に戻る。
こうしてジャックとアーマーガアは奇跡的に、お嬢らの居場所を特定したのである。
そして丁度、彼らの窮地に駆けつけた……というわけだ。



だが、そんなことはどうでもいい……と言わんばかりに、ジャックは黙ってお嬢の足首を掴む。
「……!」
「うん、ひどい怪我だ……さぞ痛かったでしょう。すぐに応急処置をします。」
そう言うと彼はお嬢の鞄から湿布を取り出し、自らのネクタイでそれを固定した。
「………。」
自らに懸命に処置を施すジャックの顔を、お嬢は眺めている。
それはもう、目と鼻の先の距離で。



だからだろう……お嬢は彼の違和感に気づいた。
伝わる体温がまるで氷河の如く冷たく、特徴的だった紫色のメッシュが完全に消えて純銀の髪になっている。
……彼がいつものジャックでないことを、お嬢は感じていたのだ。



『ゥ……ウウ……ウ……!』
突如、うめき声が聞こえる。
「!?」
音のする方角を向くと、そこには今まさに立ち上がろうとするレイスポスがいた。
全身の痙攣が酷く、既に目線が定まっていない。
明らかに動ける状態ではない……が、それでも。
余る僅かな力の矛先を、完全に見誤っているのだ。



「そんな……無茶よ!お願い!大人しくしてて、ジャ……っぐ!?」
お嬢の叫び声を、ジャックの腕が遮った。
あまりの冷たさに、お嬢は藻掻くことすらも忘れて固まった。



「……お嬢様に手を出す気ですか?全く……アナタはどこまで行ってもどうしようもない。」
その声は、いつもの優しいジャックのものではなかった。
殺意と怒り……その他の醜い感情を多分に含んだ、重苦しい声であった。
『ウッ……オ゛ェエ……』
そのジャックに呼応して、レイスポスも憎しみの表情を向けてくる。
完全に狂いきった、亡者の面持ちで。



「既に返事をすることも出来ないか。……良いでしょう。今こそ、アナタを断罪するときのようだ。……アーマーガア、やりなさい。」
「グアッ!?」
ジャックはアーマーガアに指示を出すが、彼女は困惑する。
当然だ、あのレイスポスは嘗ての自分のトレーナー……攻撃などできるわけがない。



「……やれと言っているのです。何を迷う?」
「グア……」
「アナタのトレーナーは私だ。その私の言うことが聞けないのですか?」
「グアッ……グアアッ……!」
アーマーガアは首を横に振り、ジャックの指示を聞こうとしない。
普段の従順な彼女であれば、絶対にありえないことであった。



「おいジャック!いくらなんでもやりすぎだ!あのレイスポスを攻撃する必要なんて……」
「黙りなさいッ!アナタには関係ないことです、レイン様!」
「ッ……!」
レインの言葉を、ジャックは凄まじい剣幕で遮る。
これではどちらが狂っているのか……分かったもんじゃない。



『ハァ゛ッ……ウ゛ェ………ェエ゛……』
「グア……グアアッ………!」
アーマーガアは、レイスポスと互いに睨み合ったまま硬直する。
そして彼女は目線で訴えていた。



頼むから逃げてくれ、と。
自らの手でアナタを……大切な仲間であるアナタを傷つけたくはない。
だから事が起こる前に逃げてくれ。
立ち上がるのも辛いだろう……だからこそ、そんなアナタを手に掛けたくない。



アーマーガアは凄まじい殺気と形相と共にレイスポスを睨みつけ、撤退を祈る。
「さぁアーマーガア!早く奴を仕留めなさいッ!お嬢様がどうなっても良いのですかッ!?」
「グアッ……アアアッ………!」
あまりにも鬼気迫るジャックの言葉に、アーマーガアはわずかながら翼を広げる。
ゆっくりと……攻撃の構えに移行しているのだ。
逃げろ……早く逃げてくれ……そう心のなかで何度も反復しながら、翼を硬化させる。
しかしその羽先は、迷いからか小刻みに震えていた。



「お願いッ!もうやめてッ!それ以上やったらジャックが死んじゃうッ!」
「グアッ………!」
ジャックの手を振りほどき、お嬢が悲痛な声を上げる。
「そうだアーマーガア!お前の主人は正気じゃない!そんな命令を聞くなッ!」
「グアアッ……………!」
レインもまた、アーマーガアを必死に止めようと声を上げた。
しかしその声たちが、彼女の迷いを更に増幅させる。



更にはジャックの表情が酷く歪む。
歪んだまま、彼は叫ぶ。
「構うなアーマーガアッ!殺れッ!」
「グアアアアアアアアアアッ!」
最後の怒鳴り声で、アーマーガアは完全に錯乱した。
そして『はがねのつばさ』を、満身創痍のレイスポスに投げ飛ばしてしまったのである。



『ウォ……ウオオオオオオッ……!』
しかし……だ。
その攻撃がレイスポスに届くことはなく、羽は地面スレスレを突き刺した。
レイスポスが避けたのか、アーマーガアが敢えて外したのかはわからない。
……だが、それでも。
そこに一瞬の隙が出来たのは確実な事実であった。



『はがねのつばさ』が外れた直後、レイスポスは踵を返して走り出す。
そしてそのまま、電脳世界の奥の暗闇へと走って消えていったのであった。
彼の走った後には、断続的に紫色の雫が続いていた。





「……ふぅ。ひとまず怪異は去りました。さぁお嬢様、帰りましょう。此処は危険だ。」
そう言ってジャックは、お嬢を抱きかかえる。
「い……嫌……アタシ、まだ……」
お嬢の言葉を聞かず、ジャックは歩み始める。
「マネネですか?大丈夫です、あとで私が助けに行きます。お嬢様は早く安全な所へ。」
「ちが……」
お嬢が紡ごうとする言葉を、ジャックはやや焦り気味に遮る。
「スエットですか?まぁ彼女なら無事でしょう。この電脳世界の動力源を、彼らがむざむざ捨てるとも思えない。」
「そうじゃ……ないッ!」



お嬢は遂に語気を荒げた。
そして抱きかかえられたまま、ジャックの胸をどんと突き飛ばす。
「ッ……!」
バランスを崩したジャックは思わず手を離し、お嬢を取りこぼしてしまった。
彼女はバランスを取り、着地を決める。
ギフテッドである彼女の捻挫は……既に治っていた。



「だって、ジャックが居ないじゃない!」
お嬢はそう叫び、レイスポスの走っていった方角へと駆け出す。
その腕を既のところで、ジャックは掴み取った。



彼は震えた声で問う。
「な……何言ってるんですか?『私』ならここに居るじゃないですか?」
「違う……違うわよッ!」
お嬢は大声を上げて、大の大人の腕を振り払った。



「行かなきゃ……ジャックを助けに行かなきゃ……!」
そう言って彼女もまた、電脳世界の暗闇に消えていく。
「お、おい!待てよトレンチッ!」
レインもまた、彼女の背中を追って駆けていく。



だがその刹那……レインは立ち止まって振り返った。
違和感を感じたのだ。
背後のジャックが一切動かない……その違和感を。
彼の眼に映ったのは……



「なっ……お前………」
あまりの光景に、レインは言葉を失う。
「グアッ……!」
咄嗟にアーマーガアが翼でジャックの姿を隠す……が、既に手遅れであった。



ジャックは翼越しに、レインへ語りかけた。
『………やれやれ。見なかったコトにしていただけませんかね。』
「いやお前……その身体……!」
『……私なら大丈夫です。それよりお嬢様の方に行ってあげて下さい。アナタが居ないと何をするかわからない。』
ジャックはそれ以降、レインに何も語らなかった。



「ッ……クソッ……助けられなくて……ごめんッ!」
レインはそれだけ言い残すと、そのままお嬢の背中を追って消えていった。







『………ハハッ、そうか。私は……『ジャック』じゃない。最初から知っていたことじゃあないか。お゛ぇえ゛……』
その場に取り残されたジャック……否、ブリザポスの姿へと戻った『彼』は、倒れ伏しながら呟く。
彼の口元からは、白い血反吐が垂れ流しになっていた。
不安定な存在を維持し続けることに、無理があったのだろう。
そうでなければ、お嬢に腕を振りほどかれることなどありえない。



『……あの方にとって、ジャックとは「憧れ」だ。あの方の目標となる、何よりも強い存在だ。……ここで無様に這いつくばっている怪物のことでは……ゲフッ……断じて無い。』
「グアッ……グアアアッ!」
アーマーガアはブリザポスに駆け寄り、翼でその身体を揺らす。
生ぬるい身体は既に汗でびしょ濡れになっており、まるで解けかけの氷塊のようであった。



『アーマーガア、行きなさい。アナタならお嬢様の助けになるでしょう。』
ブリザポスは僅かに前脚を持ち上げ、傍に転がっているボールホルダーを手繰り寄せる。
『これを持ってて下さい。アナタの判断で、パルスワンやイエッサンの力を呼ぶといいでしょう。』
「グアッ……グアアッ!」
アーマーガアは首を振り、彼を置いていけないと訴える。



しかしブリザポスはそれに構わず、言葉を続ける。
もう意識が長く続かないのだろう。
『アナタには今まで迷惑をかけた。主人を傷つけたことを……どうか許してほしい。』
「グアッ……」
『……アナタは賢い子だ。偽物と知りつつ、私と共に来てくれたことを……感謝します。』



それが最後の言葉だった。
ブリザポスは倒れたまま、動かなくなる。



「グアッ………!」
アーマーガアはボールホルダーを掴んだまま、その場から飛び立っていく。
本当は、その場に留まりたい気持ちでいっぱいだった。
だが、それは誰のためにもならない行為だ。
そう知っていたからこそ、後ろ髪を引かれつつもお嬢の後を追ったのだ。











「………くっ、何やねん。どいつもこいつも……ッ」
取り残されたその場所で、ゆっくりと身体を起こす者が一人。
「……あぁムカつくわ。レイスポスは勝手に暴れだすし、捨てた筈のブリザポスは何故か動き出すし……ホンマにイライラするわ。」
そして彼女は、廊下に倒れ伏して動かないブリザポスを見つめる。
「……せや。丁度いい……このストレス、アンタにぶつけたるわ。」







ーーーーーさて、レイスポスを追って走ってきたお嬢。
途中で上下が何度か逆転した……が、彼の血反吐の跡があまりに明白だったため、見失うことはなかった。
そしてたどり着いたのは、プラスチック製のドアがある場所である。
先刻ここに来たであろうレイスポスにドアは蹴破られており、『管制室』と書かれていたであろう赤文字は潰れて読めなくなっていた。



「……ジャックが居るのはこの先ね。」
「おーい!トレンチ!」
真上から、レインの叫び声が聞こえる。
空間の歪みによって、別の場所からショートカットで流れ着いたのだろう。



ドアの様子を見たレインは、一瞬……酷く顔を歪めた。
レインはお嬢よりも視力が良い。
……故に、そのドアの向こうにあるものが見えてしまったのだろう。



「……いいかトレンチ。此処から先にあるものを絶対に目にするな。」
「な、何よ!?どうして!?」
「僕が手を引いて走る!だから……絶対に目を開けるんじゃない!」
そう言うとレインは、左手で強引にお嬢の手を掴む。
「ッ……わ、わかったわよ。その代わり、絶対離すんじゃないわよ。」
彼のあまりの勢いに押されたお嬢は、やむなく目を閉じる。
そしてレインの体温を感じながら、盲目の中で歩く。



だが、きっとその選択肢は正しかったのだろう。
だってそこにいたのは、無数の配線で繋がれたこの電脳世界の中核であるスエット。
そしてその脇で、追加デバイスとして置かれたステビアの姿だったのだから。
こんな惨い姿を見れば、きっとお嬢は動揺するに違いない。
彼女はここから先、更にやらねばならないことがある。
まだ心を擦り減らすには早すぎる。
そんなことを思ったレインなりの、ささやかな気遣いであった。



やがて管制室を通り抜け、2人は大きな金属製ドアの前へとやってくる。
明らかに今までとサイズが違う。
どうやらこのドアを開けた向こうに、例の『扉』あるようだ。



「……よし、行くぞトレンチ。覚悟を決めろよ。」
「……わかったわ。」
そして2人は、ドアの取っ手に手をかける。
すると中から声が聞こえてきた。





「来るなッ……レイン……トレンチッ!」
この声にはふたりとも聞き覚えがあった。
その主は…………













「なっ……エンビ!?」





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