20.砂上のパライソ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 作戦勝ちという事もあり、揃って勝利を収めた“怪盗レイス”と呼ばれる二人。彼らが勝ち逃げをした後に、バトルタワー内に一人残った青年がいた。

 青年、レスターはシルクハットを手にして、諦めの着いた薄い笑顔を咲かせていた。隣には、先ほどまで激闘に参加していた、あのゴチルゼル。スマホロトムを呼び出し、繋げた先は所長のラッセル。
「負けてしまいました。完全に私の一手、二手先を行っていた。これは、認めざるを得ないでしょう」
『潔いなあ、お前さん。つか、俺も啖呵切って、嬢ちゃんに普通に負けちまったんだが』
 「情けねー」と嘆くレスターの恩師、ラッセル。結局、彼がどうして、自分の幼なじみを連れて怪盗をしているのか。それは分からずじまいであったが、レスターには彼女が惹かれる理由が、何となく分かる気がしていた。
「何も、私は諦めた訳ではありません。でも、イーラが幸せならそれでいいと……そうも思ってますから」
 彼は、数年前に突然社会から消された幼なじみを探すために、わざわざ私立探偵へと志願した。最近になって、彼女の兄が『妹は怪盗の助手になってしまった』という証言をしたという。幼なじみが蒸発した時期と、“怪盗レイス”と呼ばれる犯行グループの活動時期は一致していた。
 よく分からない男に、幼なじみはついて行ってしまった。調べると、彼はカロス王家の末裔であり、謎は深まるばかり。しかし、『禁書』を手に入れる際に映った彼女は、レスターが知る姿より、ずっと幸せそうで。何より、彼のために命を張ったという事実が、決定打だった。三千年近い宿命など関係なく、彼らはコンビだったのだ。そう彼は結論付けた。
 彼の肩をそっと触れる、助手のゴチルゼル。労いを込めた優しい手だった。悲観的でも、嘆いてもいない。彼は現実的に、そう判断を下した。ゴチルゼルは、それを応援しているのだろう。

『そうかい……あ、俺さ、所長辞めようと思うんだが』
「ええっ!? と、唐突過ぎやしませんか!?」
 普段喋りの様相で、また中々重要な話にレスターは驚く。何でも、ラッセルは今回の件にて、自分の衰えを感じたという。戦闘以外にも、自分の嗅覚に落胆したという旨を、レスターへと伝える。
『だからさあ、お前が看板背負ってくんない? どうせ、カロスを巻き込んでの代理戦争だったんで、注目はされるってもんだ』
「私が、ですか? 若いですし、負けてしまいましたが……」
『でも、健闘はした。怪盗コンビの正体も国際警察へ渡せた。それだけでも、功労でしかない。後は国際警察の無能ってことにすりゃ……ああいや、レミーに悪ぃな。ガラルの国際警察のせいにしとけ!』
「ええ……?」
 中々の豪胆な発言に、苦く言葉を発する青年。この男は、元よりこのような性格ではあったが。未だに、唐突に繰り出される発言には面食らうばかり。
『それにしても。これから、どうなるんだか……俺はレミーには悪いが、あんまり国際警察も信用ならんからな』
 ラッセルがそう零す言葉には、中々の重みがあった。経験者故のレスターとは、隔たりを感じる吐息である。
「『見聞録』を狙うなら、次は国際警察になる。従来通り、カロスやガラル、一地方の規模には収まらないでしょう」
 レスターが指すのは、ジガルデに関するカロスの神話学書。『ヨルムンガンドの見聞録』。現在は、国際警察にて厳重に管理されているという。キースの目的に如何によっては、国際警察との全面戦争は避けられない。
 通話相手のラッセルは、その事に関してはあまり興味がなさげである。「それよりも」と、最も自分が疑問に思っていた点を論う。
「……あの“ロザリオ”ってコードネームの捜査官。あそこまで、何も知らねーことあるか? 俺は上が何か隠してんじゃねーかと……疑ってならねーんだ」





 時系列は、サーナイトにより勝利の『テレポート』をした怪盗達に戻る。
「色々とあったが……『禁書』の時よりも格段に楽だったな。不自然なくらいに」
 彼がそう呟くのも無理ない。あれほどメディアは“怪盗レイス”とガラルの探偵による、代理戦争じみた対決に湧いていたはずである。だが、それにしては閑散とし過ぎている。特に、ガラル警察や国際警察。自国を守る警察部隊が、まるで見当たらない。
 敵襲を警戒するも、彼を取り巻くのは夜の帳。ただ、それだけである。疑心を抱きつつも、連絡機にて助手の様子を尋ねてみる。
『お疲れ様です……私とロトムは、探偵事務所の所長と交戦しましたが、勝利しました。現在は“合流地点E”におります』
「そうか、いやにスムーズだったね。僕とサーナイトも無事、目的を達成した。合流した後にカロスへ帰ろう」
『承知いたしました』
 音声が途切れる。聞こえたのは、いつも通りの冷静な助手の声だ。何も違わず、自分を信頼し続けている。
 何も、おかしくはない。レスターが言った事は、嘘だったのだろうか。しかし、あそこまで清廉潔白な青年が、わざわざ底意地の悪い嘘を吐くだろうか。そもそも、何故幼なじみであることを、黙っていたのだろうか。
「……まあいい。君の愛するトレーナーに、会いに行くとするかね」
 そう告げると、サーナイトは真面目な補助役の顔から、無邪気なポケモン本来の顔に戻る。
 思考の坩堝は、それでも煮え立つばかり。キリがないので、マスク姿の優美な青年は、サーナイトと共に迎えに行く事にした。


「無事かい? 可愛い僕の助手よ」
 厳重に丁壮された古代の本を抱え、ウインクを飛ばす“怪盗レイス”こと、キース。隣には、彼が助手から借りていたサーナイト。トレーナーの元に帰り、抱きつく勢いで腕にしがみつく姿が可愛らしい。
「いつにも増してキザですね。油断大敵というものです。まだ、逃げ仰せた訳ではありませんから」
 そうバッサリと切り捨てる彼女の肩には、怪盗のドンカラス。傷ついた身体と羽根を、懸命に毛繕いしている。以前よりも、助手とは距離が近いように、怪盗には見えた。しかし、やはり彼の肩の方が好みのようだった。

 カロスへと帰る移動役には、ボーマンダ。相変わらず、雑用的な扱いには不満そうだが、トレーナーを叩き落とすほど無情ではなかった。ガラルの煌煌とした街並みをバックに、ヘリの警戒をしながら夜の闇を駆け抜ける。
「あのさ、いくつか聞きたい事があるんだけど」
 福音書を持つ、彼が尋ねる。琥珀の瞳は、冬の銀月に似た冷たさを湛えるばかり。真剣に何かを聞きたいのだと、隣に座る助手は感じ取った。
「……何でしょうか」
「レスター・レヴィングストンが、君の幼なじみだと。そう言っていた」
 静寂。取り巻くものは、涼やかな夜の風。それから、朧な月影。
「……そうですね。彼は、6歳くらいの私と、よく遊んでくれました」
 俯いたまま、助手であるイーラは語る。必要最低限の、呟きに近い供述だった。
「どうして教えてくれなかった? 僕に話したくないことでも、あったって云うのか」
 彼女は目を臥せったまま。長いサイドヘアーのみが、風に揺れていく。キースは、ふつふつと湧くわだかまりを募らせるばかりで、拳を握っては必死に押し殺す。
「じゃあ、それは……いい。過去のことだ。それより、君は……」
 ぐっと、力を込めた右腕。抱き寄せられるかのように引き寄せられた助手は、間近にて整った顔立ちの琥珀の目に射抜かれる。

「僕の父親について、知っていたのか?」

 無言。いや、さめざめとした沈黙。彼女は何も発さない。否定もしない。ただ、悄悄としたダークグリーンの瞳を瞬かせている。
 絢爛なガラル地方からは遠のく一方で、彼らの中に張った空気は、キリキリと痛む。ピアノ線で締め付けるかの如く、不快な痛みを伴っていく。

「……ごめんなさい」

 謝罪だった。彼の絶望と怒りを助長する、虚しい言葉でしか、なかったのだ。

「知って、いたのか」
「はい」
 昂る怪盗の男。そこには、あの微笑みの仮面などない。ただひたすらに、彼女の胸ぐらを掴み、怒りをぶつけかねん自分を牽制していた。

「……ほ、本当に? 君たちが、僕の父を……僕を利用していたんだって! 認めるのか!!! 」
「答えろよ、イーラ」

 皮肉にも、彼が初めて彼女の真名を呼んだ瞬間だった。疲れたように目を伏せる彼女は、今にも消えてしまいそうな声で話す。

「……申し訳ありません」

 打たれた、決定打であった。
 途端に、力が抜けてへたり込む男。何度も震えて、取り乱し。そして首を振る。嘘だ、と心の中で唱え続ける。自分の持つ『福音書』と助手だった彼女を交互に見つめては、叫びそうになった。

「ボーマンダ。もうじきカロスに差し掛かるが、僕らを降ろしてくれ」
 背中の上で起きていた不穏を、ボーマンダは重々察していた。だからこそ、人目につかない場所にて、彼女ら二人を降ろすと、キースの傍にて、助手だった彼女を睨む。
「君は……ずっと、僕の相棒だと思ってた。気が許せる、ただ一人の人間だって……だから、ずっと君を笑わせたいって! なのに」
 彼の語る言葉は、震えていた。怒りとそれ以上の哀しみを背負っていた。助手としてずっと傍にいた、イーラが伏せ目がちにその矢を受け止める。
「どうしてだよ……イーラ!!」
 何も、答えない。風に靡かれるまま、悲哀を込めた目で彼を見ていた。殴られてもいい、そのような決意すら感じる潔さだった。

「……わかった。わかったよ、僕らはもう、元には戻れない。“怪盗レイス”って呼ばれた僕たちは」

 ネクタイをキツく握りしめるキース。この言葉を言っていいのか。数年間積み上げてきた信頼を、投げ捨てていいのだろうか。そんな葛藤が、彼の間には行き来していた。泣きそうな声で、逃げ出したい気持ちで。
 仮面を取ったキースは静かに告げた。

「今日で、解散だ」

 夜が、二人を遮っていった。哀しい目をした女と、怒りと絶望の所在を失くした男。二人はキッパリと、その距離感を感じていく。隔たりを作っていく。
「私……本当に、貴方の傍に居たかった。ごめんなさい。キースさん」
 「それが、貴方の為だから」と小声で彼女は付け足した。睨むような眼差しを受けても、彼女は感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた彼を見ている。
「何が本当に、だよ……結局、ずっと、ずっと! 僕を騙していたんじゃないか!」
「そんな、嘘では」
「黙れ、何も聞きたくなんかない!」
 思わず、投げつけられた石。彼自身も自分の過剰さに気がついた頃には、もう遅かった。しかし、イーラに危害が及ぶ事はなかったのだ。
 ボールから自分の意思で出た、サーナイトが守ったのである。そして、ボーマンダと共にトレーナーへ散々の暴言を吐いた彼を。はっきりと睨んでいた。敵と認識したのだ。サーナイトはトレーナーを庇ったまま、『ムーンフォース』を構え、矢のように発射しようとする。
「ま、待って、サーナイト! やめてください!」
 必死に止めるも虚しく。完全にポケモン同士の闘志に火がついてしまった。見る者を怯ませるボーマンダの目付きが、サーナイトを見ている。完全に臨戦態勢となったボーマンダに、『ムーンフォース』が襲いかかるが――。
「え……?」
 サーナイトの攻撃は、完全に弾かれてしまう。それも、鋼の盾によって。安堵した二人だが、そのポケモンには面食らう。
 そう、イーラのボールから同じく出てきた、ギルガルドの『キングシールド』だった。これには、流石に指示もしていないイーラすら驚く。
「ギルガルド……どうして?」
 そして、彼は。仲裁に入ったのではなかった。イーラの方を向くと、複雑な顔をしてから一礼。その意味は『自分はキースの側に付く』という、意思表示の切っ先を、彼女へと向けていたのだ。
 動揺したイーラは、膝から崩れ落ちてしまい、そのままギルガルドの入っていたボールが、自然に転がる。苦悶を抱いた、怪盗だった男が告げる。
「……彼は、僕と同じ目的を持っている。協力者であり、君の家族の敵だ。もう、わかっただろう。君と僕はもう怪盗じゃない。君とは一緒に居られない」
 逡巡した後に、ギルガルドのボールを拾う。彼を引き連れたまま、男は歩いていく。彼女を一瞥したギルガルドは、未だに慕う心を持っていそうな淋しさであった。
「君はイーラで、僕はキースなんだ。じゃあな、せめて」
 サーナイトがイーラを支えようとするが、彼女は座ったまま、過ぎ行く彼らを目に留めるばかり。遠ざかっていく人影が、歪んでいた。溢れ出た後悔の証で湾曲していく。
「……元気でな」
 月を背中にした男は、伝わらないほどか細い言葉を、最後に紡いで。初めて、理由も分からない涙を流す自分に、気がついていた。


――彼らは“怪盗”でも、“助手”でもなくなってしまった。然しながら、偽りのエデンが無くなった事はまだ終わりの始まりに過ぎない。生命神と不死鳥。残るは一神。全てが揃った時、彼らは何を見るのか。そして、何を選ぶのだろうか。
 どちらにせよ、見届ける事しか出来やしない。

 既にカロスの守護神・ヨルムンガンドは。幾千もの瞳を輝かせ、その未来を憂いては、見据えているのだろうから。

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