第41話:試練の再会――その2
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
頬に受ける風が乾き、すこし空気が硬くなる。「そろそろだよ」――メルのその声で、セナたちは真剣な眼差しを前に向けた。エンテイとライコウは荒れ果てた大地を踏みしめて駆ける。体毛が風になびき、時々パチパチと音を鳴らした。静電気だ。
雷鳴がとどろく大地、ゴツゴツとした岩山。彼らはとうとう“雷鳴の山”に到着した。ふもとに着くと、エンテイとライコウは速度を落とす。そして、セナたちを振り落とさないようにゆっくりと止まった。
「よぉいしょっと」
緊張していない風を装って間抜けな声を出しながら、セナはエンテイから降りた。続いて皆がエンテイとライコウから降り、長旅の疲れをほぐすようにうんと伸びをする。
一度、セナは山頂をキッと睨みつける。エンテイとライコウに礼を言うと、行動を共にする仲間たちに向き合った。
「さて、久々にヴァイスと話してくるよ。ポプリ、スザク、ウォータ。それからソプラにアルルにブレロにブルル。みんなはここで待っていてくれないか」
「えっ。何言っているんだよ、セナ。今のヴァイスとネロさんはめちゃくちゃ強いって言っただろ? 戦力は少しでも多い方がいいじゃんか!」
待機をお願いされたポケモンを代表してソプラが訴える。ここまで戦う気満々でついてきた彼女は拍子抜けのようだ。
「でも、大人数でボロボロにやられたんだろ? 多けりゃいいってもんじゃない。それに……ヴァイスとはせっかくの再会だしじっくりと話し合いたい。なるべく少人数で行きたいんだ」
「そっか。……そうだよな」
ソプラは少々悔しそうにしゅんと長い耳を垂らすが、セナの言葉に納得したようだ。アルルがそっとソプラの背中を撫でると、垂れ下がった両耳がしゃんと伸びた。
「分かった。あたし、セナくんたちを信じてるよ。無事に戻ってきてくれるって信じてるから……ここで待ってるね」
ポプリが力強く言葉を届けると、ウォータやブレロ、ブルルも頷いた。スザクはツンと澄ました顔で「最初からそうするつもりよ」と示す。
「しゃーねーな。アタシもおとなしくここで待っていてやるよ。アルルと一緒にずっと応援していてやるからな! 応援ポケモンの実力をなめるなよ!」
「えへへ。救助隊キズナ、頑張って!」
ソプラとアルルは両手に電気を集め、パチパチと音を立てて踊る。可愛らしい応援団に、セナとホノオとシアンは背中を押された。
「へへ、ありがとう。オイラたち、きっとうまくやってくるよ」
「その“オイラたち”には、アタイも含まれているのかい?」
待機メンバーとして名前を呼ばれなかったメルは、セナを小突いて苦笑い。
「あ、バレちゃったか。えへへ……久々に会ったんだもん。ちょっとくらい甘えてもいいかな? 可愛い弟のお願いだぞ」
セナは上目遣いでメルを見つめ、しっぽをふりふりして甘える。ホノオもセナに便乗して、くいくいとメルの手を引いてみる。8割以上がおふざけの、身に馴染まない甘えた仕草がおかしくなって、セナとホノオはクスクスと笑った。
「やれやれ。そう可愛くお願いされちゃ、仕方ないねっ」
「わわっ!」
メルはがしがしと豪快にセナとホノオの頭を撫でる。その手は力強くも、とても温かく優しかった。
こうして、一行は2つに分かれた。
セナ、ホノオ、シアン、メル、エンテイは、洗脳されたヴァイスとネロを助けるために先に進む。
残されたメンバーにはライコウが見張りとしてつき、山のふもとの安全地帯で待機することに。
もしもセナたちが危険に晒され、どうしても戦力が必要となったときは、エンテイとライコウで連絡を取り合い、待機しているソプラたちが応援に駆け付ける取り決めとした。
セナたちは覚悟を決めて山を登り始める。緊張しているのを嫌というほど自覚してしまうセナは、硬い表情ながらも仲間に雑談を振った。
「シアン。旅の途中、ヴァイスは元気だったか?」
「ウン、元気だったヨ~」
「優しい子だから悩みは絶えなかったけどね。辛抱強く頑張っていたよ」
シアンの答えの不足をメルが補うと、ホノオはクスっと笑う。わざと嫌味たらしい声質でシアンに話しかけた。
「相変わらずで何よりだな。ヴァイスも、シアンも」
「ムッ、なーんか引っかかる言い方だヨ」
「おお、昔より自意識過剰になったな。ちょっとは大人になったじゃん」
「ホノオのデリカシーのなさは変わっていないネ」
「うん、知ってる」
ホノオとシアンの掛け合いが小気味よく、セナはふふっと笑う。
「シアン、姉貴、色々とありがとうな。色々と問題を片づけたら、またゆっくり話そうな」
セナが雑談を切り上げたちょうどその時だった。エンテイの体毛が逆立つ。気配を察知する。
「来るぞ!」
直後、オレンジ色と緑色の光線がセナたちに向かって放たれた。とっさにエンテイは炎を放つ。相殺。熱風が暴れた。
「やあ、来てくれたんだね。探す手間が省けたよ」
立ち込める煙の向こうから、変に優しい嫌味な声が聞こえた。煙が晴れるのを待たず、彼らは接近してくる。
「救助隊FLB……!」
いつか昇格試験で倒れたキズナを助けてくれた。最高のマスターランクの救助隊としてポケモンたちの模範となっていた。そんな素晴らしい救助隊の面々は、驚くほどに邪悪な笑みが似合っていた。――本性を現したな。セナとホノオはキッと睨みつける。
「話は聞いているぞ。お前たち、ヴァイスを操っているんだろう? ヴァイスを返してもらうぞ!」
「ガイアを壊す人間の分際で、正義のヒーロー気取りか。愚かな」
フーディンが鼻で笑うと、片手を前に突き出して攻撃を命じる。号令に突き動かされるように、ヒトカゲとジュプトルがセナたちに襲いかかってきた。想定以上に唐突な戦闘開始に、セナたちは身動きがとれなかった。ヒトカゲ――ヴァイスはセナとホノオを、ジュプトル――ネロはシアンとメルを狙い、4人は分断されてしまう。
「わあっ!」
ヴァイスの“火炎放射”がセナとホノオに迫る。とっさの回避が間に合わず、セナは身を焦がされた。
「大丈夫か?」
すかさずエンテイは身体を優しく光らせて、治癒能力でセナを癒す。あまり痛手とならない炎タイプのダメージは、すぐにセナの身体から綺麗さっぱりと消え去った。
「ヴァイス、久しぶり。会いたかったよ。セナ、だよ……」
セナはヴァイスに優しく呼びかけようとするが、威圧的な無表情がゆっくりと迫るさまに気圧され、声が震えてしまう。――ヴァイスの身体で、そんなに怖い顔をしないで欲しい。
「もう、ヴァイスはお前の友達ではない。顔を見ればわかるであろう。ヴァイスは、わしらの仲間なのだから」
フーディンの言葉に呼応するように、ヴァイスはセナに急接近。荒々しく腕を振り上げ、鋭い爪でセナの頬を切り裂いた。
「うわ!」
優しかったヴァイスの敵意を肌で感じると、セナは怯んでしまう。攻撃を避ける余裕を失い、手痛いダメージを受けてしまった。そんな弱みに付け込むように、バランスを崩したセナにヴァイスの“火炎放射”が迫る。
「セナ!」
とっさにホノオが駆け付け、炎の進路を断つ。同じく“火炎放射”をぶつける。が、ヴァイスの炎がホノオのそれを一瞬で切り裂き、ホノオは高熱に飲み込まれてしまった。
「熱っ……」
「あっ、ごめん、ホノオ」
「謝るな、オレが勝手にやったことだ。しかしヴァイス……ずいぶんと凶暴になったな」
熱で傷つきにくい身体のはずだが、ホノオの体毛が痛々しく焦げ付いている。ヴァイスの容赦のなさに、セナもホノオも顔を強張らせた。今目の前にいるヴァイスは、洗脳されているか、正気を失っているか――理屈は断定できぬがとにかく、心の仕組みがいつものヴァイスとは異なるのだ。それを解決せずに、このままやられるなどあってはならない。
相手は強いが、負けるわけにはいかないのだ。セナとホノオが決意を抱いたのを確認すると、エンテイは援護を試みた。狂暴なヴァイスを大人しくするために“炎の渦”を放とうと深く息を吸った――が。
「ぐっ……!」
突如、セナとホノオが頭を押さえて苦しみだす。攻撃の軌道が見えないが、フーディンの瞳が怪しく光っている。“サイコキネシス”だ。
「セナとホノオがヴァイスに殺される――せっかく面白い戦いを見られると思ったのだがな。伝説のポケモンが味方に付いているとは興ざめだ」
「エンテイ。お前がセナとホノオに味方をすると言うならば、私たちFLBもこの戦いに加勢しよう。セナとホノオを苦しめる敵が、3人増えてしまうが……それでも、良いかな?」
バンギラスとリザードンが口々に言うと、フーディンの攻撃に加勢する。バンギラスはセナが苦手な“10万ボルト”を、リザードンは水・炎タイプのポケモンにも効果のある“竜の息吹”を、セナとホノオに容赦なくぶつけた。
「わああああっ!!」
セナとホノオは激痛に悶えて苦しそうに叫ぶ。FLBの意向に逆らうことで、セナとホノオの不利になるのならば……。強敵とはいえ一般のポケモンに伝説のポケモンが従うのは屈辱であったが、エンテイはプライドを捨てて最善の選択を求めた。
「分かった! わしはセナとホノオには決して加勢しない。だから、今すぐセナとホノオへの攻撃を止めるのだ」
「それでよい」
フーディンはほくそ笑むと、FLBに指示を出してセナとホノオへの攻めを止めさせた。短い時間とはいえ強い技に翻弄され、セナもホノオも膝を折って息を切らしていた。戦う余力はまだ保たれている様子で、エンテイはひと安心。すぐに気持ちを切り替えて、フーディンを睨みつけた。
「セナとホノオには味方をしない。が……。FLB。貴様らの相手をしてやろう」
「ほう。少しは楽しませて欲しいものだね」
セナとホノオがヴァイスと対峙し、シアンとメルがネロと対峙する。その状況下で、残された者が戦いに発展するのは必然だったのだろう。エンテイはFLBとの戦闘を開始した。
エンテイたちが、セナたちの戦闘に影響を与えないように距離をとった。治癒能力が得られなくなることを惜しみつつも、FLBの監視の目が緩んだことには安堵するセナなのであった。これで、ヴァイスとまたしっかりと向き合える。
「よぉ、ヴァイス。久しぶり。ずいぶん強くなったじゃないか」
ホノオはヴァイスの威圧感を跳ねのけるように、白々しいほどに爽やかな笑顔を向ける。ヴァイスはホノオに向かって駆けだし、鋭い爪で“切り裂く”。ホノオはそれをひらりとかわした。――相手の攻撃が強いなら、当たらないように気を付ければ良いんだ。オレなら、それができる。
「セナ。なるべく頑張って攻撃を避け続けよう。そんで余力があれば、ヴァイスに話しかけ続けよう。オレにはそれしか思いつかないんだけど、他に何かいい方法ある?」
「オイラもそれが一番いいと思う。やってみよう」
FLBの一斉攻撃により、体力に余裕がない。これ以上攻撃を受けないように、充分に注意しなくては。
ヴァイスは直接攻撃を諦め、元々精度の良い特殊攻撃に切り替えた。“火炎放射”でセナとホノオを焼き尽くそうとする。攻撃の軌道は正確で、太い火柱は回避も困難で。セナとホノオは力を合わせて攻撃を相殺する。数はこちらが2倍。それなのに、全力を出し切ってようやくヴァイスと張り合える。疲労でじりじりと押されつつも、なんとか“火炎放射”の直撃は免れた。が。
セナもホノオも、ぜえぜえと息を切らす。口から水と炎を全力で吐き出し続けて、酸素が頭に回らずくらくらとした。一方のヴァイスは、深く息を吸い次の攻撃の準備が万端。
「ヴァイス……一旦、落ち着いて。話を、聞いて……」
セナの訴えをかき消すように、“竜の息吹”が迫る。セナとホノオの抵抗は虚しく、水と炎を切り裂いてヴァイスの衝撃波が襲いかかる。
「ぐあっ……!」
小さなゼニガメとヒコザルの身体は散り散りに飛ばされてしまった。硬い岩肌に身体が引きずられて傷つく。ヴァイスは仰向けのセナに飛びかかり、首筋に思い切り噛みつく。そのまま、牙から強力な電撃をセナの身体に流し込んだ。
ヒトカゲが扱えるはずのない“雷の牙”を、ヴァイスはさも当たり前のように振りかざす。セナは全身の筋肉が痙攣し、声も出せず、ヴァイスを振り払うこともできず。ヴァイスは首を激しく左右に振り、牙をどんどん深くセナの身体に沈めてゆく。
ゼロ距離で、ヴァイスの殺意を明確に感じ取る。ヴァイスの心から、かつての愛情深さが微塵も感じられなかった。自分がこのまま果てるまで、ヴァイスは攻撃を止めてくれそうにない――。
「止めろ、ヴァイス! 目を覚ませ!」
ホノオは一発ヴァイスの頬を殴り飛ばし、セナの身体から牙を抜く。そのまま、なるべくヴァイスを傷つけぬように腕力でもってセナの身体から引きはがした。
攻撃から解放されたが、セナは仰向けのまま激しく呼吸を繰り返すのみ。電撃に神経が痛めつけられ、不随意にビクビクと痙攣している。身体の内側から焼き切られたような痛みに、うめき声をあげて顔をしかめていた。セナの命が限界まで脅かされたことは明らかで。――何ということを。ホノオの胸の奥で、ざわざわと悪魔が目覚める。
「ヴァイス。セナはお前の大切な友達……なんだろ? お前は今、友達を殺そうとしたな……?」
「ボクはお父さんの……救助隊FLBの味方なんだ。ガイアを滅ぼす人間、セナとホノオは、ボクの敵。友達なんかじゃないよ」
「オレたち人間には、ガイアを滅ぼす力なんてなかったんだ。伝説のポケモンの、エンテイがそう言ってくれた。だから、なあ。オレたちを殺す必要なんてないんだって」
「ボクは伝説のポケモンなんかよりも、お父さんを信じているよ。お父さんが敵って言うんだから、セナとホノオを殺すんだ」
ぷつり。
ホノオの思考が血に飢えた魔王に塗り替えられてゆく。
――ここでオレたちが、どんなにヴァイスを想って戦っても、正気に戻せる算段などなくて。
でもヴァイスは、オレたちを殺す気満々で。大切な友達だったセナを、あそこまで追い詰めて。
このままオレは、ヴァイスを想いながら戦い続ければ良いのか? その甘さで、セナが殺されてしまっても?
――そんなの、まっぴらごめんだ。
オレにとって何よりも大切なひとつの命を守るためなら。その障害なんて――ヴァイスなんて、どうなっても構わない。
殺してしまえ。
この左手は、既に生身のポケモンの燃えかすで汚れているのだ。
ホーリークリスタが、赤黒く禍々しい輝きを放つ。