72話 邂逅する因縁

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「さて、最初にいた者どもは片付いたでござるが……」

 倒した敵から視線を外して、顔を上げて周囲を一瞥いちべつするアセビ。
アイトとヒビキを先に行かせて、ここで足止めをする役目を買って出たのはいいが、予想通り、DPの数が最初よりも増えており、未だに全ては倒しきれていない状態であった。

「この数を相手に2匹で街を守りながら戦うのは少々、骨が折れるでござるな」
「弱音を吐くな。 そんなこと言ったところで敵は倒れてくれないぞ」

 そう言葉にしながらも向かってくるツチニンに『まわしげり』を放ち、怯んだところをしっかりと『ほのおのパンチ』でとどめを刺したシャドー。

「わかっているでござる。 が、そろそろこの状況も変わるはずでござる」
「何?」

 アセビの言葉に背後に視線を向けると、街の方からスカーフを巻いたポケモン達が数匹駆けつけてくる様子が見えた。
戦闘を走っていた首元に赤いスカーフを巻いたサンドパンが一足先に到着すると、アセビの元に駆け寄り、短くお礼の言葉を述べた。

「おう! お前が団長の言っていたフタチマルのアセビって奴か。 俺の名前はザント。 ここまで街のポケモンを守ってくれてありがとな」
「フッ、礼なら拙者だけでなくあの黒い奴にもしたほうがいいでござろう」
「ん? 黒い? ……なっ!? お前は!!」

 アセビの言葉にシャドーの姿をとらえたザントは咄嗟に距離を取り、臨戦態勢の状態になると、シャドーを睨み付けながら言った。

「どうしてお前がここにいる?」
「……あの時のサンドパンか」
「質問に答えろ! なんで救助隊を襲ったお前がここにいるんだ!!」
「今はそんなくだらない質問に答えている場合ではないと思うが?」
「なんだと!?」
「まあ、ザント殿。 ここはひとまず、落ち着くでござる」

 声を荒げるザントをなだめる様にアセビが2匹の間に割って入った。

「事情は知らぬが、あの者は拙者を援護し、共に街を守るために戦ってくれたポケモンでござる。 少なくとも今は共闘という関係、揉めている場合ではないでござる」
「……クッ、確かにあんたの言う通り、街の危機に私情を挟んでいる場合じゃないな。 おい! シャドー! 今は勘弁してやる。 だが、次に会った時はきっちり追及するからな!」
「……勝手にしろ。 俺はこいつらの出所を探ってくる」
「あ、待つでござる! 1匹だけでは危険でござる!」

 アセビの言葉を無視して、シャドーは影に潜ると街の外へ向かって行ってしまった。

「まったく。 なにゆえ、あの者はああも素直じゃないでござるか……」
「あんたはあいつの、シャドーの事をよく知っているのか?」
「いや、さっき初めて会ったばかりでござる。 だが、あの者の目はよく知っているでござる」
「目?」
「……ザント殿は知らないほうがいい話でござる。 さて、拙者もあの者を追いかけたいのだが、ここを任せても大丈夫でござろうか?」
「あ、ああ。 救助隊はダンジョンポケモンとの戦闘には慣れているし、土地勘もある。 そう簡単に遅れはとらないだろうさ」
「それを聞いて安心したでござる。 それとすまぬが、1つ、頼まれごとを聞いてはくれぬでござるか?」
「なんだ?」
「シンという名のミジュマルを見かけたら助けてあげてほしいでござる。 あやつは泣き虫な子供でまだ未熟な身でござるが、それでも拙者にとってこの世でたった1匹の弟でござるゆえ」
「ああ、わかった。 だが、なんで弟の捜索を差し置いてまでシャドーを気にかけるんだ? 俺からしたらあんな野郎の事より、弟のが大事だぞ」
「あの者は拙者によく似て、どこか危なっかしく、それでそそっかしくもあるでござる。 ……それに、DPの出所に拙者の探し続けているポケモンがいるやもしれぬでござるからな」
「……よくわかんねぇが、無茶はするなよ。 弟さんのためにもな」
「無論でござる」

 ザントとの会話を終えると、アセビは急ぎ足でシャドーの後を追って街の外へと走って行った。
その姿を見送ったザントからしてみれば、何が何やらと言った感じだが、今はレベルグの街を守る事を第一に考えるべきだと、頭を切り替え、遅れてやってきた他の救助隊に現状を簡潔に伝えて自分も街を守るために行動を開始した。

――――――――――――――――――――

レベルグの街から北に向けて進むと、街から少し離れた位置に鬱蒼とした森がある。
イーブイの里やそよかぜ村とは方角が違うため、ハルキ達はこの森に入った事はないがシャドーは違った。
 シャドーは救助隊の同行を探るため、この鬱蒼とした大きな森に身をひそめながら情報を集めていたので、少なくともレベルグよりは土地勘がある自信があった。
さすがに、この森の全てを把握しているわけではないが、ダンジョンらしき入り口にいくつか思い当たる場所があるので、それらを片っ端からあたって行った。

「……ここもハズレか」

3ヵ所目となる小さな洞穴から出てきたシャドーはさらに森の奥へと進んだ。
ダンジョンと言っても入り口の種類は多岐にわたり、先ほど調べた洞穴や洞窟といったオーソドックスな入り口から、森の入り口からすでにダンジョンとなっている場合や水中に入り口がある特殊な場合など、挙げていけばきりがないほどである。
 仮に入り口だと思って突入しても、実はただの洞窟だったり、たまたま自然に出来た大きな穴がそう見えただけだった。 なんて場合もあるので、そこが本当にダンジョンなのかは誰かが実際に行って、確認しなければわからないのである。
 この知識はシャドーがこの世界に復活してから、自身の特性を活かして集めた情報の1つである。
救助隊を襲った一件の後、ポピー達の仇であるキラー達の情報を探そうと俺はあらゆる場所を転々とした。
だが、これといった有力な手掛かりは得られなかった。
そんな時だ。 あのファロアとかいう女狐のポケモンと出会ったのは。
あの狐は、いとも簡単にシャドーの居場所を発見し、接触してきただけでなく、自分が知らないような知識も多く持ち合わせていた。 正直、自分より情報を集めるのに長けていると認めざるを得なかった。
だからこそ、有益な情報を貰える条件と引き換えにそよかぜ村に向かう事を承諾し、あの夜、ハルキと共闘する事にも同意した。
全ては、ポピーが叶えられなかった救世主になる夢を俺が代わりに叶えるための行動だ。

「……チッ、こんな時に俺は何を考えているんだ」

 思い返せば、人間だった時の思い出などろくなものが無かった。
両親は控えめに言ってクソ以外の何者でもなく、恵まれた家庭環境とは言いがたかった。
父親は自分のエゴを教育という言葉に置き換えて、無理矢理子供に押し付けるだけ押し付けて、思い通りにいかなければすぐにキレる人間のクズだった。
母親はいき過ぎた父親の暴走を毎回止められず、暴力でねじ伏せられることを恐れて、自分の子供が虐げられていても見て見ぬ振りをし、陰でただ泣くことしかしなかった。
父親がいないところで顔を合わせればひたすら謝ってくる母親が俺は嫌いだった。 まるで自分が悪い事をしているような気分にさせられるからだ。
しばらくして、俺の存在だけでは自分の理想を実現できないかもしれないと懸念した父親は母親との間にもう1人の子供をもうけた。 ありていに言えば、俺がダメだった時ようのスペアとなる存在だ。 こうして、俺には年齢の離れた弟ができ、俺はせめて、弟だけでも父親のエゴに巻き込まれないよう、自分にできる限りのことを必死に頑張った。
だが無駄だった。
弟には俺とは違う才能があり、そこに目をつけた父親は俺とは違う方向のエゴを弟に押し付けたのだ。 それでも、俺はできるだけの反抗を続け、なんとか暴力から弟を守っていたが高校を卒業する時期に母親が発した言葉で俺の気持ちの糸はプッツリと切れた。

「蓮、いつも私達を守ってくれてありがとうね」

 母親は何気なく言ったであろうこの言葉が俺を大いに苦しめる事となった。
俺は弟を守っていただけで、母親あんたを守っていたわけではない。
だが、知らずのうちに、俺は俺に何もしてくれなかった大嫌いな母親を守ってしまっていた。
その事実に気づいた瞬間、強烈な嫌悪の感情が押し寄せ、俺は高校を卒業したと同時に弟を見捨てて、家を出た。
しかし、事実上の親と縁切りをし、これと言った経歴を持つわけでもない、最終学歴が高卒止まりの俺を雇ってくれるまともな会社など存在せず、結局、アットホームな職場とは名ばかりのブラック企業で日銭を稼ぐしか生きていく道は無かった。
 そんな腐りきっていた時、この世界に迷い込んでポピー達と出会った。
たった一ヶ月ほどの短い時間ではあったが、あの時間ほど心が満ち足りていたと感じた時間は無かった。
あいつらは俺の心を救ってくれたんだ。
だからこそ、俺はポピー達を殺したキラー達を倒して、仇を取らなきゃいけない。
じゃないと前に進むことが出来ない。
 そんな事を考えている間にシャドーは4か所目となる洞窟付近に辿りつき、前方から何かの気配を感じて、木の影に身を潜めて様子を窺った。
しばらく様子を伺っていると、洞窟からDPと思われるポケモンが5匹、列をなして出てくると、示し合わせたかのように何も言わず、無言で街の方へ向かって行った。

「どうやら今度は当たりのようだな」

 シャドーは近くにある洞窟が街を襲っているDPの発生源であるダンジョンの入り口だと確信し、洞窟内に少し入ったところで派手に天井や壁を技で攻撃して、崩落を引き起こし、洞窟の入り口を完全に潰した。

「あとはさっきで出てきた奴らか」

 シャドーが先ほど街に向かったDPの後を追うと、森の中で5匹のDPと戦闘しているアセビを見つけた。

「おお、やっと見つけたでござる。 お主は影に潜るので探すのが大変だったでござる」
「お前、街の方はいいのか?」
「ザント殿達、救助隊の者が守ってくれるゆえ、問題ないでござる。 それより、発生源は見つかったでござるか?」
「ああ。 入り口を崩落させて潰しておいた」
「ほう。 単純でござるが、わかりやすい解決方法でござる。 ならば、あとはここにいる者共を倒せばひとまず終わりでござるな」
「そいつはどうかな?」

 不意に聞こえた声に反応して、頭上を見上げると、木の高い位置に腰かけて、小さな笑みを浮かべながら、こちらの様子を窺う1匹のポケモンがいた。
そのポケモンは赤い鎧を纏ったような見た目で、両手には生き物を簡単に傷つけられるような鋭利な刃がついていた。
 シャドーは木の影を利用して一気にそのポケモンとの距離を詰めると、素早く『まわしげり』を放った。

「おっと!」

 だが、そのポケモンは危なげなくその攻撃を避けてみせると、そのまま地面に着地した。

「ずいぶんと短気なこった。 少しぐらい喋らせろよ」

不敵な表情を崩さないそのポケモンの姿にシャドーは今まで以上に目つきを鋭くした。
見間違えるはずがない。
10年前にポピーを殺し、人間であった蓮を殺した元凶のポケモン。
キリキザンのキラー、それが今、目の前に現れたのだ。

「黙れ!! お前だけは絶対に許さねぇ! キラー!!」
「へぇ、俺の名を知っているか」

 シャドーの叫びに怯みもせず、余裕の笑みを浮かべ、こちらを煽るように無言で手招きするキラーにシャドーが突撃しようと足を踏み出した瞬間、アセビがシャドーの右手を掴んで制止した。

「待つでござる!」
「離せッ! 邪魔するなッ!!」
「待てと言って――」
「――うるさい! あいつは俺の、ポピー達の仇なんだ! それを邪魔するなら、お前も一緒に――」
「――拙者の話を聞けェ!!」

 声を荒げたアセビの迫力に驚いたシャドーは抵抗するのを止めて、アセビを見た。

「お主の気持ちもわかる。 だが、状況をよく見るでござる! 拙者ら2匹に対し、敵は奴を含めて6匹。 迂闊に挑発に乗って、突っ込むのは馬鹿のすることでござる!」
「じゃあなんだ? 仇を前にこのまま何もしないでいろって言うのか!?」
「違う!! 優先すべき事を見誤るなと言っているのでござる! 敵の陣形をよく見て見るでござる! このまま、突っ込めばお主はキラーに辿りつく前に、DPに囲まれて、キラーに攻撃を当てるどころか、袋叩きにされていたやもしれぬ!」

 その言葉にシャドーはハッとしたようにDPの位置を確認すると、キラーが来る前と位置が変わっているDPが2匹いた。
キラーに向かってシャドーが単身で突っ込めば、シャドーの両側面から奇襲を仕掛けられる絶好のポジションと言える位置にDPが移動している、その事実にアセビから指摘されるまで全く気が付かなかったのである。

「命拾いしたなぁ? そいつの言葉がなけりゃ、俺の安い挑発でお陀仏だっただろうよ」
「貴様ッ……!!」
「さて、本当は俺もひと暴れしてぇところだったが、どうやら今日はお預けみてぇだ」

 キラーが空を見上げると、ちょうど街の方角からオレンジ色の体をしたリザードンが飛んできて、キラーの背後に降り立った。
 シャドーにはそのリザードンにも見覚えがあった。
あの夜、キラーと共にポピー達を襲った3匹の内の1匹、名はリカバー。

「よう。 思ったより遅かったじゃねぇか」
「ちょっと探すのに手間取ってな」
「それで? 船は破壊できたのか?」
「ああ。 港にある船は残らず燃やしておいた」
「ヘッ、そうかい。 それじゃあ、ここいらで帰るとするか」
「待てッ! 逃げるのか!?」

 シャドーが大声で2匹に向かって叫んだ。
その言葉に羽を広げて飛び立とうとするリカバーに近づいていたキラーが足を止めて、顔だけシャドー達の方に向けて、不遜な笑みを浮かべながら言った。

「逃げる? ハハハハハッ! まだ、お前は自分の置かれている状況がわかってねぇみてぇだな?」
「何だと!?」
「俺は今すぐにでもやろうと思えば、お前の首を飛ばす事なんざ造作もねぇんだよ。 だがな、俺は雇い主様から目的達成後、即時帰還と命令を受けている。 残念なことにな」
「命令だと? そんなものは関係ない! 俺は今ここでお前を殺す……!!」
「んまぁ、お前が向かってくるってんなら俺は構わないぜ? そこの雑魚5匹を相手にしながら俺とやりあえるってんならな!」

 シャドーは今にも飛び出してキラーの顔面に一撃を喰らわせたかったが、先ほどアセビから言われた通り、感情に任せて飛び出しても、敵の思うつぼだという事は理解していた。
なので、今にも飛びかかりたいという感情を理性で必死に押さえつけ、苦々しい表情でキラーを睨み付けるしか出来なかった。

「ハッ! そこのフタチマルに言われて多少は学んだか。 お利口なこった」
「落ち着くでござる。 あれは奴の挑発、乗る必要はないでござる」
「……わかっているッ!!」
「おい、キラー。 いつまで話しているつもりだ。 さっさと帰るぞ」
「ヘイヘイ、わかってますよ」

膠着状態となったところで、リカバーがキラーを催促するとシャドー達に背を向けて飛び上がったリカバーの足に掴まり、自身も上空へと飛び上がった。

「次、会った時は相手してやるよ。 お前が生きていたらな! ハーハッハッハッ!!」

 高笑いをしながらはるか上空へと姿を消したキラーとリカバー。
その姿をただ見送ることしかできない事に歯噛みをするシャドーの肩をアセビはそっと叩いた。

「悔しい気持ちはよくわかる。 が、今はこやつらを街に行かぬよう倒す事に意識を切り替えるでござる」
「……うるせぇ。 お前なんかに! 俺の気持ちがわかっ――」

 肩に置かれた左手を無理やり払い、八つ当たり気味にアセビに食って掛かろうと振り向いたシャドーはアセビの右手から血が滴っているのを見て、言葉を詰まらせた。

「わかるでござる。 目の前で大切な者を失う辛さも、守れなかった辛さも、拙者はよくわかるでござる」
「なん、で……」
「同じでござるよ。 拙者も奴に、キラーに大切な者を奪われた者でござる」
「ッ! それじゃあ」
「おっと、これ以上はDPを倒した後にするでござる。 少し、長い話になるやも知れぬでござるからな」
「……わかった」

シャドーは頭に上っていた熱を冷ますように、深呼吸をすると、目の前にいるDPを確実に倒すべく意識を集中させた。

――――――――――――――――――――

「これで、最後でござるな」

 ダンジョンから出現した5匹目のDPに『シェルブレード』を突き立て、とどめを刺したアセビ。
 周囲に倒していない他のDPが残っていないか気配を探り、いないことを確認するとそっとホタチを左のもも付近に戻した。

「では、話の続きといくでござる」
「……本当にいいのか?」

 話をしようとしたアセビにシャドーが確認するように問いかけた。

「構わんでござる。 元より隠すほどの事ではござらん」

 アセビの口ぶりから、あまり思い出したくないような話ではある事は簡単に察せられたので、シャドーは確認する事で、話さなくてもいい選択肢を作ったが、アセビは話すことを選んだ。
 ならば、最低限その話をしっかり聞く事が自分のするべきことだろう。
そう思ったシャドーは無言でアセビの方に体を向けると、視線を合わせて、話を聞く体勢を整えた。

「……あれは、今から6年ほど前のことでござる。 拙者を含めたダイケンキ一族は、小さな集落で先祖代々、[我猟蒼刀流ガリョウソウトウリュウ]という流派を受け継ぐべく、修練に励む一族でござった」

――我猟蒼刀流ガリョウソウトウリュウ
それは、大戦時より伝わる剣術の1つであり、ミジュマル、フタチマル、ダイケンキの一族に代々継承されている流派であった。

「あの日も、拙者はいつものように父上から剣の指導を受けていたでござる。 だが、あやつが、……キラーが集落に訪れ、一変したでござる」

 シャドーにはこの話の辿りつく結末はわかっていた。
 キラーと対峙した時、アセビはシャドーと比べて一見、冷静さを保っているように思えたが、その表情は怒りに満ちており、とても冷静とは言い難いものであった。 その事からも、この物語の結末は容易に想像がつくだろう。

「……拙者達の一族は、拙者とシンを残して全員、奴に滅ぼされたでござる」

 アセビは苦々しい表情をしながら、それでも言葉を絞り出していった。

「無論、拙者も奴に立ち向かった。 だが、当時の拙者では力及ばず、奴にかすり傷1つ負わせるどころか、返り討ちにあい、深い傷をつけられ、父上の助けがなければ死んでいたでござる」

 頬の傷に手を当て、当時の記憶を思い起こすようにアセビは話を続ける。

「拙者も皆と共に戦いたかったでござる。 だが、幼い弟をあの戦いに巻き込むわけにはいかず、父上と母上から弟を連れて集落から逃げるよう諭され、断腸の思いで拙者は弟を連れて集落から逃げ延びたでござる。 それから、夜が明け、シンを安全な場所に隠して集落に戻ってみれば、すでに奴の姿はなく、変わりに仲間の屍が大量に転がっていたでござる」

――凄惨せいさんな光景。
そう一言でくくれないほど、アセビの見た光景はむごいものであった。
集落にいた者は皆、様々な方法で殺されており、急所を的確に刺し貫かれて、ほとんど即死に近い形で殺されている者もいれば、複数の裂傷を受けたうえでとどめを刺されている、まるでいたぶられた後に殺されたような者もいた。
中でもアセビと共に[我猟蒼刀流]の修練に励んでいた仲間達とアセビの両親の亡骸はひどい有様で、手足の骨が砕かれていたり、目を潰されていたりと過剰ともいえるほどに痛めつけられていた。
おそらく、腕を折られようが、足の骨を砕かれようが、命が尽きるその瞬間まで[我猟蒼刀流]の継承者として、キラーに立ち向かって行ったのだろう。
 アセビはその後、集落の者の亡骸を丁寧に埋葬し、シンを連れて、修行の旅に出た。
集落を攻めてきた敵、キラーの情報を集めつつ、きたるべき再戦の時にキラーを倒せるよう腕を磨き続けながら。

「――そして、雪辱を果たす機会が6年越しに巡ってきたというわけでござる。 ……少々、長くなってしまったでござるな」
「……構わない」
「あの時、お主があそこまで怒りをあらわにしなければ、拙者も冷静な判断はできなかったでござろう。 その証拠に、この通りでござる」

アセビは苦笑いをしながら、自分の右手の平をシャドーに見せた。
アセビの右手は深く爪が食い込んだ痕があり、そこから赤い血が滲んでいた。
シャドーがキラーに激高しているのをいさめる時、アセビもまた、自分の手を強く握りしめる事で自分自身をいさめていたのだ。

「奴を見て怒りが込み上げるのはお主だけではない。 だが、怒りにのまれてしまえば、それは明確な隙になってしまうでござる。 そのことだけは、覚えていてほしいでござる」
「……そうだな」
「さあ、とりあえず今は街に戻るでござる。 ここでジッとしていても何も始まらないでござる」

 シャドーは街に戻るアセビの後を無言でついて行った。
ポピー達の仇を取るためだけじゃなく、悲しみを生み出す権化であるキラーを絶対に倒すと改めて心に誓いながら。
ちょこっとでしたが、残酷な表現がありましたね(・・;)
シャドーやアセビがどういうキャラクターであるのか、少しでも掘り下げられたらなーっていう感じのお話でした。

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