第7話 “ひとつの決着”

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 激しく交わる竜の爪と殻の槍が、真昼の天下に火花を散らす。
 そう言えば互角のように聞こえるだろうか。現実はシュバルゴによる一方的な『つつく』攻撃の連打である。おそらく『メガホーン』といった強烈な刺突技を隠している。その技を使わざるを得ないほど追い詰めてみろ。そんな余裕が、彼の目から見て取れた。
 上から舐めくさりよって。ルーナメアの眉間にシワが寄る。このまま『ドラゴンクロー』で受け流しても勝機はない、どうしたものか……。

(いつまで考えているつもりだ)爪と槍を交わしながら、シュバルゴは攻撃の手を休めずに問うた。(これはお前の名誉を示す戦いではなかったのか? 姑息な策を練ろうとも、この俺には通じんぞ)
(やかましゃあ!)

 迫る槍の先端を、噛みついて受け止める。そのまま歯を食いしばって、『サイコキネシス』でシュバルゴを浮かせた。ほんのわずかに。重すぎて持ち上げきれないのだ。
 もう片方の槍が背中を抉った。刺さりはしなかったものの、皮膚を裂いた。焼けるような痛みが走るが、ルーナメアはお構いなしで力業に走った。

(んがあぁぁああ!!)

 さらにシュバルゴが地面から離れていく。

(これは!)駐車場を囲んでいた野良のひとり、ダゲキが目を見張る。(人間の柔術!?)

 その所作は背負い投げに近い。『サイコキネシス』に掴まれたシュバルゴは、きれいに弧を描いて、頭から地面に叩き落とされた。
 鎧に守られた身体が、初めて無防備に晒されていた。剥き出しになった腹を見逃すルーナメアではない。すかさず『ドラゴンクロー』で切り抜けた。

(どんな、もんじゃ!)

 息を切らしながらも、ルーナメアは「ざまあみろ!」と言わんばかりに吠えた。
 さて、一撃叩き込んだは良いが。ゆっくりと起き上がるシュバルゴを見据えて、『ドラゴンクロー』を構え直す。

(今の機転、確かに見事)シュバルゴの槍がうっすらと輝きを帯びる。(お前の友を想う信念の一撃、しかと見たぞ)
(友って言うな、恥ずかしい)

 戦いの最中だというのに思わず頬が上気する。それも束の間、シュバルゴが深い翡翠の色に輝く槍を最大限まで引いた。
 忘れてはならないが、これは名誉を示す戦いだ。しかるに、シュバルゴの最強攻撃を「避ける」という選択肢はない。真正面から受け止めてなお、生き延びなければならない。『つつく』攻撃でさえ『ドラゴンクロー』と互角だったのに。
 ふぅー。ルーナメアはめいっぱい息を吐いて、スッと短く吸った。

「……くぅあぁあー!!」

 真昼の太陽に劣らず、その身体がまばゆい輝きを放つ。そして吹きすさぶ烈風と共に、シュバルゴへと猛進した。
 赤い閃光。翡翠の一閃。両者交わり、衝撃が無数の星となって瞬いた。重すぎる。刺突された『メガホーン』に渾身の『ドラゴンクロー』で抗いながら、ルーナメアは恐れを抱く。まるで冷たい鋼鉄の扉に立ち向かっているようだ。
 爪をまとう赤いオーラに亀裂が走る。『メガホーン』が一段、また一段と迫る。破られる。
 死。
 冒険。
 仲間。
 栄光。
 死。
 加速する思考が、ついに光の領域に達したとき。赤い子竜は戦略と計算を捨てて、長い喉が張り裂けんばかりの咆哮を放った。
 ルーナメアは、『ドラゴンクロー』を振りきった。

 *

 熱い。全身が焼ける。
 このまま灰になって何もかも消えてしまうのか。俺は。俺は。まだ遣り残したことがたくさんあるっていうのに。
 分かっているさ。一度でも野良に墜ちたら、それは星のように遠く、決して届かない贅沢な望みだってこと。だけと、しょうがねえだろ。世界を旅する楽しさを知っちまったんだから!
 俺がヒウンシティに置き去りにされるその日まで、たった数日だけ味わえた淡い夢だとしても。
 すべては弱い、俺の罪だ。

(ボス、立って!)チョロネコの泣きそうな声が聞こえる。
(まだ終わりじゃない!)コマタナが喚き散らしている。
(もうちょっとだから、お願いだよ!)ピチューが懸命に叫んだ。

 ……もうちょっと? 何を言ってやがる。
 そもそもどうして耳元で奴らの声が聞こえるんだ?
 うっすらと目を開けると、霞む視界に、自分を覗き込んでいる3匹の顔が見えた。どれも一斉に安堵が浮かんた。

(てめえら!)ツタージャは慌てて飛び起きた。(何してんだ、近づくんじゃねえ! これは群れを懸けた決闘だぞ!)
(すんません、ボス)ピチューは悪びれる様子もなく言った。(でも俺ら全員、死ぬときはボスと一緒だと決めたんです)
(見知らぬ街に捨てられて、独りで生きる術のなかった俺たちを、ボスは助けてくれました)コマタナも清々しく微笑んで。
(だからあたいら、その恩を返したくて……)ぐらりとチョロネコが崩れる。

 だんだん視界がハッキリしてきた。
 地獄が広がっていた。死屍累々と横たわるチビたち。まだ死んではいない、かすかに呻き声が聞こえる。だがみんな瀕死の重傷だ。
 敵の群れは誰ひとり路地を囲んだまま動いていなかった。チビたちをやったのは、足蹴にして悦に浸っているクイタランひとりに違いない。

(まさか、戦ったのか、みんな)ツタージャの声が震える。

 いったい何のために。
 茫然と打ち震えるツタージャに、チョロネコは弱々しく語った。

(あたいら、ボスの夢を叶えたくて……そしたらルナ姐が、任せろって……言ってくれたから……!)
(とか何とか意味分かんねえこと言って、こいつら必死に向かってくるんだよ)ズン、とクイタランはチョロネコの頭を踏みつけて、ツタージャを見下した。(笑えるだろ。粋がいいのは嫌いじゃねえ。けれど頭がイッちゃってる連中は俺の群れにいらねえな。何匹か焼いて食っちまうか?)

 そうか、ルーナメアの奴が何か小細工でも仕掛けてやがんのか。ツタージャは堪えきれず、不意に笑いが漏れてくる。

(ほんと笑える。こいつらときたら、俺の知らねえところで勝手に余所者と組みやがって、コソコソ何を企んでやがるんだか……)

 あまりにも無防備に笑っているものだから、クイタランは神妙そうに眺めていた。とうとうこいつも頭がおかしくなったのか。
 否。ツタージャは瞬時に豹変して、クイタランを睨み上げた。『蛇睨み』だ。四肢の硬直したクイタランは、ばっさりと『リーフブレード』に切り裂かれた。

「グァダラァァアア!!」クイタランは狂ったように叫んで、地面を転げ回った。

 腹が立つ。腹が立つ!
 ツタージャは怒っていた。群れの仲間に、ルーナメアに、そして目の前のクイタランに。俺は群れのボスとして覚悟を決めていたのに、気づけばあちこちから余計な横槍が入っていた。
 だが、何よりも許せないのは、俺の群れをなぶろうとしたこのクソッタレ野郎だ!

(いっでぇな……!)クイタランは目尻に涙を浮かべながら、しかし底知れず燃え盛る怒りを燃やして立ち上がった。(もう群れなんざ要らねえ、ナワバリも関係ねえ、てめえら全員ぶっ殺してやる! 一匹残らずドロドロに溶かし尽くして喰ってやるから覚悟しろ!)

 再び火の粉が宙を舞う。炎系最強技のひとつ、『煉獄』の前兆だ。
 来いよ、クソ野郎。ツタージャは不敵に笑って、『リーフブレード』を構えた。今度こそ俺は消し飛ぶだろうが、その前に一矢報いてやる。

「タッ、ジャアアアー!!」
「グイダァアア!!」

 せめぎ合う紅蓮と深緑の闘気。
 ツタージャが地を蹴り、クイタランがめいっぱい息を吸い込んだ。
 ……そこで時が止まったように、お互い動かなくなった。動けなくなった。たった一度、コンクリートを穿つ槍の音が響き渡っただけで。路地を囲むビルの上から、野良王の遣いである騎兵ポケモンが高らかに吠えた。

(そこまでだ!!)

 クイタランの群れにどよめきが広がった。嘘だろ。あいつサザンドラの側近だぞ。どうしてこんなところに。
 湧き起こる疑念がもうひとつ。シュバルゴの鎧に、深々と、しかし新しい大きな傷跡が刻まれていた。

(この時をもって、そこのツタージャを街から追放する! お前の群れは、今や俺の統治下にある!)シュバルゴはツタージャに目もくれず、かわりに冷や汗ダラダラのクイタランに一瞥をくれた。(したがって、ここらのナワバリは俺の物となった。どうする、クイタラン。今ここで俺とナワバリを懸けて決闘するか?)

 相性だけで言えば有利だが……欲をかきそうになった自分を、クイタランは慌てて諫めた。長生きしたければ、決して奴には近寄らないことだ。
 しかし。

(な、納得いかねえな)クイタランはおそるおそる言った。(ちょうど今、俺はこのツタージャからナワバリと群れを勝ち取るところだったのに、どうしてあんたみたいな大物がしゃしゃり出てくるんだ?)
(お前の言うとおりだ)シュバルゴはあっさりと答えた。(本当にそれで良いのなら、言い分を認めよう)

 嘘だろ? 通った!?
 クイタランは心の中で小躍りした。が、そんな熱はすぐに引いた。
 振り向こうとしただけなのに、身体が痺れて動けない。おまけにツタージャが携えている尻尾の『リーフブレード』、異様な輝きを放っている。
 もしも俺が一瞬でも動けなくなって、あの剣に斬られたら……考えずにはいられない。しばらく押し黙った後、クイタランは舌を打って翻った。

(要らん要らん、こんなシケたナワバリなんかで命を落としてたまるか!)

 クイタランを筆頭に、彼の群れもぞろぞろと引き返していく。
 終わった、のか……ツタージャは緊張の糸が切れて、ふらりと倒れた。命拾いしちまったなあ。その口は三日月のように、うっすらと曲がっていた。

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