第6話 “ふたつの決闘”

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 水平線の彼方から、朝焼けの空に日が昇り始める。朝を告げるドードリオの鳴き声が、けたたましく街中に響き渡った。
 チョロネコはぐぐぐっと全身を伸ばしながら、ビルの外に出てきた。夜番をしていたピチューとかわって、玄関の前に座り込んだ。
 清々しい朝だというのに、緊張の糸が張っていた。起きたら、もうルーナメアはいなくなっていた。元々彼女は余所者だ、頼るばかりでどうする、野良の誇りをちゃんと持て。チョロネコは頬を叩いて気合いを入れた。

「おーい」

 こっちじゃ、こっち。と、視界の端で影が動いた。見れば、曲がり角の向こうから少女の手がこっちへ来いと招いている。

(……ルナ姐?)

 チョロネコは不可思議に首を傾けて、立ち上がった。

 *

 高く昇った太陽がコンクリートジャングルをジリジリ焼いていく昼下がり。
 ヒウンシティの中枢から少し離れて郊外に出ると、工業地帯が海に沿って並んでいる。その一区画は、かつて好況時代に日夜煙を吐き続けていたものの、今や不況を経て倒産した工場や倉庫がいくつも廃墟と化していた。一時代を築いた名残である。そこへ人間が出ていったかわりに、野良ポケモンが棲みつくようになった。とりわけヤバい連中だ。彼らにとってここは廃墟ではなく、ヒウンシティを支配する王の居城なのだ。
 雑草の生い茂る駐車場を、ルーナメアは堂々と歩いて横切った。物陰から大勢の視線が刺さる。低く唸って威嚇する者もいる。さすがにルーナメアも緊張を隠しきれずに、深く息を吸っては、ゆっくりと吐いて気を鎮めた。
 人間に化ける『伝説』がいる。その噂は郊外まで流れていた。誰も手を出してこないのは、いくら少女の形をしていても、その正体を知られているからだろう。
 このまま戦わずに済めばよいのじゃが。ルーナメアは不安げに唇を結んで、開きかけたシャッターの下をくぐった。

「シャジャア……」

 よい、通せ。工場搬入口の奥から響く、蛇のように鋭い鳴き声が、幾重にも反響して聞こえた。
 入るなり立ち止まって正解だった。王の側近であろうシュバルゴが、その立派な槍をルーナメアの喉元に突きつけていた。槍は下がったものの、今度は歩けと言わんばかりに背中からせっついてきた。「言われんでも歩くわ」とぶしつけに返して、ルーナメアは奥へと進んだ。
 天窓から射し込む太陽の光が、宙を舞うおびただしい埃を白く輝かせ、まるで細かな雪があちこちで踊っているように見えた。寂れた工場はかくも幻想的だが、心躍る余裕もなく、ルーナメアの両目は、大量のスクラップでできた玉座に引き寄せられていた。ヒウンシティを支配する王、サザンドラが鎮座していた。

(お前か)威厳ある老いた竜が鳴いた。(ガキ共の群れに加担している余所者というのは)
(お初にお目にかかります、野良の王)ルーナメアは迷わず膝を折って、こうべを垂れた。(わしの名はルーナメア。ここより海を超えた辺境の小島アルトマーレより参りました)
(わざわざここへ乗り込んできたのは、我らと戦争を始めるつもりか?)

 威嚇どころではない。ただサザンドラが一瞥をくれただけで、全身から冷や汗が溢れてきた。

(そんな気は毛頭ございませぬ)ルーナメアは自然と語気を強くして言った。(僭越ながら、王にお願いがございます)
(続けろ)
(はっ)ルーナメアはさらに深く頭を下ろしたまま申し立てた。(どうかツタージャが彼の群れから抜けることを、王にも認めていただきたいのです)

 群れの頭首が行く末は、熾烈な生存競争を経て群れを大きく拡げていくか、負けて死ぬかの二択しかない。生きたまま群れを離れるのは最大の不名誉であり、代償は残された群れが払うことになる。その末路はどれも同じ、ナワバリを得た別の群れの下で壮絶な虐待を受けて、ヒウンの大河に浮かぶ運命だ。
 しかし離脱を王が認めるならば、不名誉はない。群れは別の群れに吸収され、他と同じように扱われる。残された者にとって屈辱的なのは変わらないだろうが。

(甘えこと抜かしてんじゃねえぞ)サザンドラは嘲り笑って大きな腹を揺らした。(どこのポニータの骨とも知れねえガキのために、どうしてこの俺が名誉を保証しなきゃならねえんだ)
(その代償はちゃんと用意してあります)
(いったい何を差し出すっつうんだ)
(……水の都アルトマーレの護神、その次期家長と謳われる、このわしの名誉じゃ!)

 ルーナメアは顔を上げて、真剣な眼差しを王に送った。
 覚悟ありか。サザンドラが口角を歪めて笑う。その覚悟、本物だと良いがな。

(力なき者に野良の名誉はない)サザンドラはシュバルゴに目で合図をした。(貴様の望みを叶えたくば、力を示せ。それがすべてだ)

 ギリギリギリ。シュバルゴの両槍が擦れて耳障りな高音を立てる。幾百もの野良を葬ってきた死の槍の音だ。周りの野良たちがことごとく恐怖に呑まれ、恐れおののいた。
 上等。ルーナメアは興奮気味に拳を握り締めて、少女の皮を脱ぎ捨てた。

 *

 クイタラン。分類、アリクイポケモン。タイプ、炎。街の東部沿岸を支配する群れの頭目。ツタージャとの相性、最悪。
 路地をぐるりと大きく囲んで、たくさんの野良ポケモンが固唾を呑んで見守っていた。群れと群れの決闘が、両者のボスに委ねられた。にもかかわらず、一方の群れには緊張感がない。むしろあちこちで嘲笑が漏れる。

(今日は『伝説』とやらが見当たらねえな)
(だったらあいつ瞬殺だな、可哀想に)
(ここらは野良に餌をくれる人間が多いんだってさ)
(やりぃ! 絶好の餌場ゲットじゃん)

 かたや小さな野良ポケモンたちは怯えていた。ツタージャが「タジャ!」と吠えて、心配するなと告げても効果がなかった。見かねたピチューが、子供たちに目配せした。彼らは不安そうに見合わせたが、無理に顔を引き締めて、ツタージャに声援を送った。

(これが失敗したら、俺たちみんな死んじゃうのかな)コマタナが呟いた。
(余計なこと言わない)チョロネコがピシャリと言った。(ルナ姐を信じて待つの。あたいたちだって野良なんだ、いつまでもボスに頼りっぱなしじゃないんだから!)
(分かってるよ。けど、その前にボスが殺されたら……)

 言い返せなかった。
 クイタランの細長い口から火の粉が漏れる。陽炎に揺らぐ輪郭。熱気のせいで目が乾いてきた。ツタージャが耐えきれずに瞬きをした、刹那。

(燃え尽きろ!)

 細長いレーザーのような『火炎放射』が襲いかかる。とっさに翻って避けなければ、身体を焼き切られていたであろう。ツタージャは反撃とばかりに尻尾の『リーフブレード』で斬りかかった。
 ガキン!
 尻尾と爪がせめぎ合う。クイタランの『切り裂く』爪が、『リーフブレード』に食い込んでヒビを入れた。
 すかさずツタージャは蛇らしくヌルリと懐に滑り込んで、しなる尻尾で華麗な剣捌きを披露した。鋭い斬撃の連続に、相性が悪いとはいえ、クイタランは思わず一歩、二歩と下がった。
 このまま押し切る!
 たたみかける『リーフブレード』の乱舞。クイタランが闇雲に『切り裂く』攻撃を繰り出しても、刃にすら当たらない。
 ひょっとしたら、このまま勝てるかも!?
 コマタナが希望を抱いた、そのとき。チリッ……火の粉が宙を舞った。

(調子に乗んじゃねえ!!)

 クイタランの怒号が、ツタージャの連撃を止めた。
 ツタージャはまだ子供と呼べる年齢である。たとえ過酷な環境に長く晒されて、今や立派な群れの主にまで成長を遂げていようとも、ただの一瞬とはいえ、泣き虫メッソンのように目尻に涙を浮かべて竦んでしまったことは誰にも責められない。
 単に怒号が止めたのではない。虫けらを見るような目と、激しく燃え盛る殺意と、悪意に満ち溢れた業火が、クイタランの足下から湧いてきた。
 技の名は『煉獄』。悲鳴をあげて野良たちが逃げ惑う中、灼熱の炎が恐怖を啜って大きく花開いた。

 *

 シュバルゴ。分類、騎兵ポケモン。タイプ、虫・鋼。街の西部沿岸を支配する野良王サザンドラの側近。ルーナメアとの相性、最悪。
 駐車場に激しい戦いの爪痕を残した後、彼らは仕切り直すように向かい合う。
 かたやほとんど無傷のシュバルゴ。先端が赤く染まった槍を携え、その構えは気高い騎士そのものであった。
 かたやルーナメアは、すっかり息を切らしていた。身体はボロボロ、槍を浴びた傷は急所こそ避けているものの、見た目よりも底が深い。白い首筋を赤く染めて、なおシュバルゴを睨みつけていた。
 誤算じゃった。ルーナメアは霞む視界に騎士を捕らえながら、再び『ドラゴンクロー』を構える。格の違う相手だとは思ったが、これほどの差とは。さりとて退けぬ。口を結んで、ルーナメアは目にも留まらぬ高速飛行を披露した。

(ムダだ!)シュバルゴは高らかに吠えた。(俺に速さは通じない。たとえどれほどお前が速く飛ぼうが、その向かう先は手に取るように分かるぞ。何度でも分からせてやろう!)
(ほざけ、マグレ当たりじゃろうが!)

 強がってはみたが、確かにその通りだった。シュバルゴは勝負開始から一歩たりとも動いていない。ルーナメアが突っ込んでくる位地に、ピンポイントで『つつく』攻撃をしただけだ。
 ならば技の組み合わせよ!
 ルーナメアはシュバルゴの背後から飛びかかった。

(読めていると言った!)

 振り向いて、槍を突き出し『つつく』攻撃を……一瞬、できなかった。なんだ!? 理由はすぐに察しがついた、『サイコキネシス』に縛られたのだ。シュバルゴはすぐに振りほどいたが、槍は宙を切って、一陣の風とともに『ドラゴンクロー』で切り裂かれた。
 初めて一歩、動かされた。

(読めたからなんじゃ。わしは変幻自在の夢幻ポケモン、おぬしを倒す策など百を超えるわ!)

 もちろん、ハッタリじゃがの。

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