伝説の傭兵

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 マスターはスマホロトムのアプリで、素早く文字を打ち込み始めた。どうやら助けを求めたらしい。相手は一言、「承知した。インカムの準備を」とだけ返信を送ってきた。愛想のない、粗暴な文面である。
 マスターはすぐにカバンの中からペンを取り出す。何をするつもりかと訝しんでいると、それをバラバラにすると、小型ワイヤレスイヤホン、小型マイクになった。マスターはそれを慣れた手付きで装着する。
 小声で私に向かって話す。
「これ、ワイルドエリアを中心に周波数が組まれてるの。ここなら距離的に入るみたい」
 何のことかわからない。何者かの技術であり、マスターはそれを渡されているようだが、先程の連絡相手と関係があるのだろうか。
 いずれにせよ、ここは走る列車の中であり、相手がどんな凄腕のトレーナーであってもそんな都合よくすぐに来れるはずがない……と思っていると、連絡が入った。マスターはすぐにインカムに反応する。私はテレパシーでその会話を横から聞かせてもらう。
【こちら“スネーク”。大佐、聞こえるか?】
「良好だ、スネーク。こちらの現在地は……」
【電波が傍受されているかもしれない。場所はこちらで拾う】
 声は女性だった。うっすら聞き覚えがあるような気はする。
【“怪盗”が既に乗り込んでいる。FOXHOUND時代の近距離戦闘術を始め、潜入のイロハなど様々なテクニックを叩き込んでおいた。奴は役に立つだろう。……よし、間もなく突入する】
 その後、トイレの外で何やら音がする。
「誰だ! ……うっ!」
 男の怒声が聞こえたかと思うと、くぐもった声とともに床に倒れる音がする。
 マスターは恐る恐るトイレの扉を開けると、そこには、迷彩服に身を包み、額にはバンダナを巻いた勇猛な女性が佇んでいた。
「……待たせたな」
 それは、伝説の傭兵というフレーズがピッタリ似合いそうな出で立ちをしていたが、その顔に見覚えがあった。
 マスターが創設した孤児院のメイドの、オリである。確かに特殊部隊の出身だと言っていた。
 ブランクはあるのだろうが、既にその気配、口調、身のこなしに至るまで、プロのそれへと戻っている。往年の姿がそこにあった。迷彩の軍服のようなものに身を包んでおり、その太腿には拳銃も装備されている。
「……スネーク、銃は禁止だ」
「承知している、大佐。アサルトライフルや、手榴弾の類も置いてきた。これはいざというときのお守り代わりだ。使わないにこしたことはない」
 うむ、とマスターは小難しい顔で頷く。なぜ、大佐と呼ばれているのか。本当に何らかそういった役職がどこかの組織から付与されている可能性も完全には否定できないが、雰囲気から察するに単に成り切っているだけのような気がした。サオリが大佐ごっこに合わせてくれているのか、サオリが逆に当時の勘を取り戻すためにそうしているのかはわからないが、二人の息が完璧に合っていたので、私は黙っておくことにする。
「む……怪盗から通信だ」
【こちら怪盗。スネーク、聞こえるか?】
 エスパーの私には聴くことができたが、マスターには聞こえていないようだ。マンツーマンの通信システムであるらしい。
 声とコードネームに聞き覚えがある。巨大ピカチュウのレイドをやった時のメンバーだ。悪夢の中ではエヴァに乗っていたように記憶している。
「無事潜入できたか?」
【ああ。スネークから教わったとおり、今はダンボールに入り身を隠しながら車両を進んでいる。今より2車両目に入――】
 そこから、何やら誰かの声が混入してくる。
【《ダンボールなんかに入って何してんだ?》 え、いや、これは……、 《ふざけんな、早くダンボールから出ろ!》 ちょ、え、見つからないはずじゃ……ぎゃあ!】
 そこで、プツン、と通信が途絶える。
 通信で聴こえたことを総合すると、怪盗カイトは潜入後、敵の目を掻い潜るためダンボール箱に入り、のこのこと車両に乗り込んでいき、案の定バレて捕まった……と、そんなところだろうか?
 サオリ――否、スネークを見ると、辛そうに目頭を抑えている。無茶しやがって、などと呟いている。
「……大佐。怪盗は落ちた。敵はなかなかの手練だ」
「そうか……」
 マスターも哀しそうに俯く。そして、足元に倒れている敵を観察する。サオリが倒した敵の一人である。何やら囚人服のような、小汚い縞模様の服を着ている。手にはナイフを持ったままで涎を垂らし気絶していた。
 サオリはそのナイフを拾い上げ、素手でへし折った。ついでに倒れている男をロープで縛り付け、トイレに放り込む。
「私の教えた技術でも出し抜けなかったヤツがいる。今回の任務は困難を極めるかもしれない……」
「スネーク……」
 マスターは絶望したような表情をしていた。作戦が始まると同時に、その一つが失敗しているのだ。落ち込むのも仕方ないことだろう。
 ただし、先程の通信を聞いてしまうと、失敗して当たり前ではないかという言葉が喉元まで出かかるが、私は水をささないでおこうと黙ることにした。
「――最後まで決して諦めない。いかなる窮地でも成功をイメージする。大佐、あんたの言葉だ」
 マスターが本当にそんな凄いことを言ったかどうかはさておき、いい感じのシーンになっていたので、私はまた黙っておくことにした。
 マスターも力強く頷いた。
「その通りだ。若い蛇よ……戦場で目を閉じたら最後、永遠の眠りがやってくる。だから、わたしも戦場ここでは眠らぬのだ」
 マスターはわかったようなわからないような、ともかくそれっぽいことを言い放ち、握りこぶしを作る。どうやら、前線に立つつもりらしい。それならば、私も覚悟を決めよう。
 どこからともなく、『ガラルチャンピオン&サーナイト参戦!!』というフレーズが聴こえて来た気がしたが、多分気のせいだろう。私たちがやるのは大乱闘ではない。
「大佐たちが参戦すれば、勝率は百パーセントだ。敵は怪盗を捉えたことで些か油断している。私はここから後ろの5車両を制圧し、その後そちらに向かう。大佐はこれより前の車両の制圧を任せたい」
 うむ、とマスターは難しい顔で頷いた。
 サオリは、思い出したように、ポケットから何やら取り出し、私の額に巻いてくれた。
「君は何も持っていないようだから、これを渡しておく。“ムゲンバンダナ”だ」
 どこからどうみても、“きあいのタスキ”である。最大体力のときに瀕死になりそうな大ダメージを受けても必ず、体力を1残して耐えられるという優れた戦闘アイテムだ。
「いや? ムゲンバンダナだ」
 私の脳裏を見透かして、再度念を押すように言い、私の額にそれを結んでくれた。
 もういいや、ムゲンバンダナということにしておこうと思い、私はとりあえず頷いた。
「では、これよりミッションを開始する。命令はひとつ。生きて戻れ。以上だ!」
 マスターがカッコよく言い放ち、サオリは頷くと、そのまま後部の車両へ向かっていった。
 その背中は戦場を生き抜いてきた伝説の傭兵のそれへと戻っていた。

――――――――――
【補足】サオリについて
 サオリは、コードネーム“スネーク”を持つ。数多の戦場を潜り抜け、母国の危機を影で救ってきた彼女は、『伝説の傭兵』あるいは『伝説の英雄』、『不可能を可能にする女』、『霊長類最強』などと呼ばれる。
 元はオーレ地方のグリーンベレーに所属し、その後、同国の国防総省陸軍において設立されたFOXHOUNDへ移籍する。
 同組織では、単独潜入による諜報および破壊活動を行っていたが、オーレ地方の悪の組織シャドーが壊滅した際に、同じく解散することとなった。
 解散後は、自身の闘いの傷を癒やすべく、来日し、カントー地方に住んでいたが、紆余曲折の結果アイドルグループに所属することとなった。(過去話参照)
 オーディションに出たきっかけは、「オーディションを受けたいけど一人じゃ不安だから一緒に来てと友達に誘われたから」である。
 なお、得意とするのはダンボール箱に入っての潜入工作であるが、FOXHOUND時代、他の隊員はこれを一切やっておらず、オリジナルの潜入方法だと考えられる。
 また、「無限バンダナ」とは、装備すると弾薬が減らなくなるという原理のよくわからないアイテムであるが、このガラル地方には「ムゲンダイナ」がいるため、勝手に名前を「ムゲンバンダナ」に変えた。実際には、サナたんに渡したのはもちろん、ただの「きあいのタスキ」である。
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