第八十三話 最後の冒険

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読了時間目安:12分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 神殿の周囲は雑草の一本すら生えていなかった。まるで、そこだけが時間から隔絶されたように
典雅な造りが保持されている。かなりの年季が入った神殿である。しかしながら、神殿を構成する石には傷の一つもない。当然、草が生えてくるような隙間もないのだ。
 それはディアルガの力に依拠するものであろう。“時限の塔”に向かうべき道を永遠に保存するべく、神の力を振るったのだ。道理で、あれだけの戦いが近くであっても神殿は透き通るように綺麗なわけだ。

「ほら」

「うん」

 ライが手を差し出すと、シオンはそれを掴んでぴょんと神殿の台座に乗った。刹那、二匹が座った台座に刻まれている紋様が青く光った。
 わっ、とシオンは驚く。その体が落ちないようにライはしっかりと支えた。ライたちが座る台座が、円形に切り取られ、ぽっくりと浮き上がる。ここで、ようやくライは深々とため息をついた。

「先に行かれていたらどうしようかと思った」

「……ここまで来て、乗り遅れるのは笑えないよ」

 シオンは苦笑いを浮かべる。そんな間抜けな理由で“星の停止”が起こるのを防げなかったらどんな顔をすればいいのかわからない。そんなシオンの表情を見て、ライもふっと吹き出した。
 “虹の石船”は高く浮き上がり、地上はもう豆のように小さくなっている。すっとライは下の光景から目を背けてバッグの中を点検する。ああ、とシオンは忍び笑いをした。出会って間もないころ、ライの高所恐怖症がわかるという一幕があった。あのときは、ライに遠慮して何も聞くことができなかった。今も、別に問いただそうとは思わない。ただ、その理由が以前と変わっている。思い返せば、随分と長い道を歩んできたものだ。

「ここまで、長かったね」

「そう、だな」

 感慨深くライは頷く。自分がこの世界に来て、おそらく一年は経っただろうか。海岸で目覚めたあの日が昨日のことのように思い出せた。
 それは、シオンとて同じであった。生まれてから最も充実した一年であった。出会ってから探検隊を組んだはいいものの、最初はうまくいかなかった。ライは全く別の目標に向かって動いているようだったし、自分はその後塵を拝することしかできなかった。コミュニケーションをまともに取ることもできなかった。それでも、“英雄”であることには変わりがなかった。だから、一緒に歩み続けた。例え話が続かなかろうが、幼馴染に付き合いをやめた方がいいと言われようが、それは曲げなかった。エルドやヨハンとの出会い、フィーナたちとの再会が少しずつ自分を確固たるものにしていった。だから、遠征でライの歪みを知って肯定した。本音を知り、知られ、一緒に生きることを望んだ。
 それからは、少しずつ世界の色がカラフルになっていった。いろいろなダンジョンを冒険することで、未知との遭遇という喜びを知った。胸に抱えるこの想いが、暖かに体を包んでくれた。
 無論、楽しいことだけではない。“エーファ教団”の大虐殺や暗黒の未来は思い出したくもない記憶だ。決してあれらを美化することはできない。傷つき、傷つけられる世界の残酷さを知った。とても許容することはできないのに、そんな悲劇が簡単に起こることを知ってしまった。“幻影神官”という存在そのものが悪意の塊であるような存在に出会った。
 そして、今は世界の先行きを担ってここに立つ。かつて誰も挑戦したことのない、“伝説のポケモン”を討伐するという運命と立ち向かって。

「あの雲の先は、青いのかな」

 シオンは空にかかる雲を見上げ、ぽつりとつぶやいた。雲はまるで赤いカーテンのようであった。それが空の全面を覆っていて、青はどこにも見えない。

「青いさ」

 ライはきっぱりとシオンの呟きを肯定した。

「だから、ジュプトルも、セレビィも……」

 これより先は言葉にならなかった。彼らは自分の身を犠牲にして、この空を晴らそうとしている。自分たちは見ることができない夜明けのために。そんなライを見て、シオンは痛ましげな表情で口を真一文字に結んだ。

「ジュプトルは」

 シオンは胸を押さえる。それについて話すことの重みを背負っているかのように。

「ジュプトルは、ライと別れるのがすごく辛かったんだと思う。だから、あのとき『別れるのは辛い』って……」

 ここでシオンは言葉に詰まる。もしも、自分がライであったとすればそのような事態は耐え難い。心が折れてしまっても、おかしくはないだろう。

(違う)

 内心でライはそれを否定した。ジュプトルの言葉が示唆するのは自分とジュプトルとの関係ではない。いずれ来る自分とシオンの別れのことを指している。

「……そう、かもな」

 せめて優しい嘘を吐くのは赦してほしい。シオンが真実を知るまでの、わずかな時間稼ぎに過ぎないということはよくわかっている。それでも、顔を曇らせたくないのだ。

 ──シオンと一緒にいれるのも、この冒険が最後だ。

 真実を声に出さずに胸へ刻み、ライは一歩踏み出す。目指すは、時を司る神の御坐す塔の頂点へ。










 “時限の塔”の構造は極めてシンプルであった。これまでに探検したダンジョンのように罠が敷き詰められているということもなければ、道が入り組んでいると言うこともない。階段を登り、頂上を目指すということで、先もわかりやすい。
 しかし、ここにいるポケモンは強敵ばかりである。彼らはまるでディアルガの防壁にならんばかりに立ち塞がり、簡単には前への道を開けることはない。だが、ライたちもまともに戦おうとは思っていなかった。
 ぽい、とライは爆睡玉の残骸を放り投げる。そして、爆睡したドータクンの脇を抜けて前に進む。まともにやり合うのは、このダンジョンにおいて最善手でない。ディアルガと相対するまで、できるだけの体力を取っておくことは必須である。

「ほら」

「ありがと」

 ライが手渡したピーピーマックスをシオンは一気に飲み干す。まだそこまで余裕がなくなっているわけではないが、万が一の事態があっては困る。一秒たりとも油断することができないのだ。
 そうしていると、道を塞ぐかのようにルナトーンが出てくる。“時限の塔”は狭いこともあって、迂回することもできやしない。仕方ない、とライがすっと前に出た。そして、そのまま十万ボルトでルナトーンの体を撃ち抜く。
 あれだけ苦労した十万ボルトの制御も、すっかり上手になったものだとぼんやり思う。すでに電撃を放つのが日常的な行為となっていたが、今はその感覚をしっかりと胸に焼き付けている自分がいる。啖呵は切った。しかし、この世に未練が残ることは否定することができない。
 だから、ライは懸命に頭を振った。考えてはいけない。この思いを尖らせる。不必要なことの一切を捨象する。生に実感を持たせず、ただ道を走り抜ける。

「どけよ」

 十万ボルトで、群がるドーミラやポリゴンを吹き飛ばしていく。相手は“時限の塔”を寝床にしているだけあって、決して弱くはなかった。それでも、ライは欠けらも負ける気がしなかった。今ある命を一秒でも長く存続させようとする存在が、覚悟を決めた“英雄”相手に何の障壁となろうか。絶対に邪魔はさせない。だって、自分の命はシオンのためにあるのだから。

「ライ?」

 そんなライを見て、思わずシオンは声をかける。まるで、自分が何かとんでもない間違いをしているかのような、妙な感覚だ。

「どうした?」

 ライは突如声をかけられたことに驚いたように首を捻った。その様子にいつもと変わっているところはない。

「……ううん。ごめんね、何でもないや」

 余計なことは言うまいとシオンは首を振る。今はそんな不安を見るべきでない。そんな余裕は残されていないのだから。
 どさっと道を塞ぐポケモンが倒れたかのような音がする。先が開いたと見るや、ライはそのまま一本道を走り抜ける。

 ──最後の冒険は、感慨に耽ることも寄り道することもなく終わっていった。







「見て、雲が渦巻いている!」

 シオンが指した先には、赤い雲がうねり、そこに円柱状の石柱が突き刺さっている。これより先に登るべく道はない。おそらく、ここが世界で最も天国へと近い場所なのだろう。にも関わらず、酸素は充溢している。神であるディアルガに酸素が必要であるとはとても思えないが、ヨノワールに出入りさせるために環境を整えていたのだろうか。

「今すぐにも崩れ落ちそうだな」

 時を司る空間とは思えないほど、この場所は荒涼としている。足場の石は所々に穴が空いているし、石柱も何本かは派手に折れている。
 そんな中で、無事に聖なる輝きを持つ物がある。それは舵のような円形状であり、五つの窪みが空いている。

「あそこに“時の歯車”を収めたら、時の破壊が止まる」

 シオンは“時の歯車”を持ち、一歩前に進み出す。そのとき、赤い雲が一段と強くうねり、ゴロゴロと音を鳴らした。ぞわ、とライの毛が逆立つ。
 刹那、シオンがさっきまでいた場所に向けて赤い雲より雷が落ちて地面を穿つ。雷が落ちたそこは、激しい音とともに岩が砕けて吹きさらしのようになる。塔のはるか下まで雷が落ちていったとしてもおかしくはない。そう思ってしまうような一撃であった。そして、雷による粉塵が晴れたあとに、重い足音が聞こえる。

「──お前たちか。この時限の塔を破壊しに来た者は」

 威圧感を纏いながら、現れた闇に覆われしポケモン──ディアルガは言い放つ。それだけで、体に痺れが走る。後光に影を落とし、時の聖域を統べる。全てのポケモンの頂点にして、世界の原点。その名はディアルガ。そのディアルガが、確かに自分たちを認識して敵意を放っていた。

「答えよ! 貴様らが、ここを壊しに来たのだな!?」

「ち、違う! 私たちは時の破壊を防ぎに……」

 シオンがそう口走った刹那、また無造作に雲より雷が落ちた。それは先ほどまでと違って、ライたちを狙った物ではない。単なる怒りの発露であろう。

「黙れ。時限の塔を壊す者は、この私が許さん!」

「……ダメだ。全然聞いちゃくれないよ」

「時が壊れかけている影響で暴走している、か」

 かつてジュプトルが唱えた仮説を、ライは苦々しい表情で繰り返した。“星の停止”現象が進行するにつれて、ディアルガは正気を失っていく。そのため、自分たちのことを認識せずに襲いかかってくる。欠片でも正気が残っていればという淡い期待も消え失せる。

「でも、未来世界の時のような威圧感はない」

 シオンが的確にディアルガの状況を分析する。あのときは言葉が通じる様子もまるでない荒神であった。しかし、先程は曲りなりとも会話が通じた。きっと、完全に闇に飲み込まれてはいないのだろう。神の力が多少削れていたところでたかが知れているが、いい情報であることには間違いない。つまり、やることはただ一つ。

「行こう」

「行こうか」

 どちらともなく、同じ言葉を呟いた。これしきのことで、諦められるわけがない。

「さあ、侵入者たちよ。覚悟しろっ!」

 高々とディアルガは空へ向けて吠える。それだけで、びりびりと肌が泡立つような感覚を覚える。
それでも、ここに至った英雄たちは屈することなくディアルガと向き合った。

 ──頼む、力を貸してくれ。セレビィ、ジュプトル!

 もし届くのなら、先に消えていった友の加護があらんことを。

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