17.剥がれ落ちた自分の欠片

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 私立探偵である、レスター・レヴィングストンは一人考えていた。国際警察の“ロザリオ”というコードネームを持つ彼女。話し合いという名の情報のすり合わせをしても尚、彼は不可思議でならなかったのだ。
「貴族層だった私以外に、国際警察がこんなに何も知らないなんて……」
 フラダリとカロス王族の関係。カロス王族と古より続く、商人の一族の因縁。カロス王族の末裔に当たる、“アンドールフィ”というファミリーネームを持つ二人の人間が、嘗て存在していた。一人はクロード、もう一人はその息子に当たるキース。
 “嘗て”というのは、その父子は揃って蒸発してしまったからであった。フラダリが最終兵器という名のカロスを討ち滅ぼす古代の力に、手を伸ばしたあの事件。プラターヌ博士の送り出したトレーナーにより、カロス滅亡は免れたが、数十人の死者と行方不明者は出してしまった。
 ほぼ同時期に、王族直系のフラダリと宗家である父子。カロス王族の末裔が、実に綺麗に消えてしまったことになるのだ。先代の因縁に巻き込まれた青年には、誰かによる陰謀めいていて、仕方なかった。
 そして、今回の挑戦状。彼は独断であの男に真相と覚悟を問う気でいたが。今まで彼の貴族らしくない振る舞いには、いい気がしていなかったはずの保守的な父親が。何と、手を貸してきた。「盟友の頼みを断るのは、ガラルの血が廃る」あの父親がそう言っていた。『エイクスュルニルの福音書』をレスターの父に出させた、そのような人物がいるのはまず間違いない。

 それだけに留まらず。レスターの気に掛るのは、もう一人。
「ハイド……彼は何を企んでいるんだ?」
 先祖代々、犬猿よりも深い亀裂がある、イーストンの一族の青年。そして、彼が探している人間。イーラ・イーストンの実兄であるはずだ。
 朧気な記憶で、ハイドを思い出してみるレスター。妹であるイーラは何とも幸薄く、あの長兄に怯えているように見えた。兄と姉、どちらに対しても他人行儀だったあの末の妹。子供心に不気味な一族であったのはよく覚えている。
「やはり、私はキースに会わなければいけない。そして、彼女にも」
 金髪の青年は、独り言ちる。彼の助手であるゴチルゼルは、何処か未来を憂いた目で見つめるも。資料に張り付いてばかりだった、主を思いやる。暖かい紅茶は彼女の優しさの味だった。
「……ありがとう。君は未来が見えるというが、そんなに私が心配かな」
 悩ましげに見る、伏せがちな瞳。そっと笑みを咲かせたことが、反対に気遣いを覗かせるというもの。レスターは表情一つで、長年の付き合いになる、相棒の意見を察してみせた。
「私だけではなく、彼女やカロス地方が心配……と言いたいんだね?」
 薄く頷く、ゴシック少女めいたポケモン。ゴチルゼルは、残り三日へと迫る直接対決の結果すらも、既に知っているのかもしれない。それでも、毅然と前を向く青年の答えは変わらない。
「大丈夫だ。私はキースと戦い、どうなろうと……自分の中に、答えは決まっているから」
 夕闇に沈んでいく、城壁に囲まれた街並み。ガラルが王国であり、近隣国カロスと争った、その歴史の残滓。
 二人の末裔、そして、立場を変えたトレーナーによる代理戦争の火蓋は。間もなく、切って落とされる。





「“キース”か。いい名をもらったな」
 それは、初めて聞いた言葉。
「今まで済まなかった」
 それは、理不尽な憤りを覚えた謝罪。父という存在を認識した、人間らしい青さ。子供らしい我儘な怒り。
「私もお前も、もはや二度と会うことは叶わないだろう。せめて、私が。お前の身代わりになれるなら……それが父親として出来ることだろう」
「さよならだ、キースよ」
 さよなら。唐突であり最後の言葉。全てを悟り、僕を投げ出した無責任な優しさ。理不尽極まりない、思春期を自立へと駆り立てた大人の烙印。

「ごめん。僕は……もうトレーナーとして生きていけない」
 これまで培った年月を恨ましく見る者、悲しく啜り泣く者。そして、僕を真っ直ぐに捉える者。その期待にも私怨にも。僕はもう、応えることが出来ない。
「さよなら、皆」
 さよなら。それは再会の前提がある、身勝手な言葉。一方的な、約束の取り付け。二回の“さよなら”は、それぞれ僕の心に深い影を落とした。こんな形で別れるならば。僕は、僕は……。


「誰にも出会いたくなんて、なかったのに」

 目が覚めたキースは、自分の口走った台詞に寒気がしていた。彼を取り巻くのは、父親の幻想でも、恨まれ、別れた嘗てのパートナーでもない。小さなシャンデリアの並ぶ、ガラル地方の綺麗なホテルの一室。 
 気に掛り、汗だくの自分の顔を見つめる。鏡に映ったのは、若かったキースではなく。怪盗として仮面を付けていた彼。決して、身じろいではいけないと自戒した、“怪盗レイス”である自分自身。
「……何やってんだ、俺」
 ずっと底に沈めてきた、仄暗い半身。あの脆くて危ない彼女には見せられない、醜い自分の一部。彼が嫌いなキースという人間を、久しぶりに垣間見てしまったのである。
 幼稚で浅薄な自己嫌悪に浸っている。自覚したところで、であった。二回。軽やかなノックの音。
「……あの。どうか致しましたか?」
 蒼白して、見るからに疲労した様子の主。様子を見に来た、助手である彼女は問いかけていた。当たり前である。犯行まで数日というにも関わらず、彼女から見た彼のコンディションは過去最悪に近かった。
 彼女の補佐の、サーナイトが軽くキースに触れた。健康状態の把握のつもりが、その生態をよく知る青年は手を跳ね除ける。感情を受信されては、困るからだろう。
「何でもないよ。飲み過ぎたらしい。ああしかし、ワインはカロスの方が美味いな」
「昨晩は、早めに就寝なさったはずですが。アルコール類も、召し上がってないでしょう」
 彼女の指摘は、最もだった。フロントサービスを利用した形跡も無く、判るのは、キースが無意味に嘘を吐いたということのみ。一度彼女を見てから、目を逸らす怪盗の男。
「……何でもいいだろう。君はどうなんだ。あの白餅とミロカロス。そして、ドンカラスは?」
 そして、綺麗に話題を逸らされてしまった。助手は、出かけた言葉を飲み込み。彼から頼まれた三体のポケモンの世話と育成について、話す。
「ミロカロスとドンカラスは、比較的順調かと。ユキハミは……まだ進化出来ていません。私の実力不足です。申し訳ありません」
 八つ当たりに近い態度を受けても、頭を丁寧に下げる彼女。その姿には、キースにも罪悪感があったらしい。サーナイトが、ややギクシャクとする彼らを心配そうに見つめる中、彼女の顔を上げさせる。
「まあいい。僕も少し機嫌が悪かった。それは詫びよう。君は引き続き、ドンカラスを預かりながら、作戦の練習をしてくれ」
「……心得ました」
 助手である彼女は、物憂げに以前同様に振る舞う彼を、ひたすらに見ていた。明らかに何かを隠していようと、自分に対する疑心を感じようとも。それを問い詰める権利はないと、判っていたからだ。
「ごめんなさい、ミスター。私のせいで……」
 そこから続く言葉を、彼女が紡ぐことはなかった。





 あれから、三日三晩。月が翳るよりも。星が瞬くよりも。今宵の主役はさめざめと、しかし燦然と夜に降り立つ。
 遂に、怪盗レイスが予告状を出した予定時刻に、残り数十分も経つばかり。嘗て“ローズタワー”と呼ばれた摩天楼にて、スタジアムの輝きが褪せぬ、ガラル地方を見下ろす男が一人。
「……結局、あまりパフォーマンスが向上しないままの本番か」
 決して夜の帳に紛れぬ、琥珀の煌びやかな瞳。然してその苦々しい口ぶりは、今回の彼の不安を、等身大に現していた。
『申し訳ありません。しかし、今回は国際警察らの介入はない、と見ていいかと』
 冷静に告げる、通信機越しの助手。ガラルの国際警察側の動きは、厳重ではなく。また、あの探偵側が“直接対決を望んだ”という理由も起因していそうな、それほどの緩慢さであった。
「まあいいさ。僕はその探偵とやらと会い。そしてこの怪盗レイスが、ガラルでも優雅に舞う姿を見せつけるのみ!」
 合図に、指を鳴らす怪盗の男。近くには、事前に待機したフーディン。『テレポート』にて、屋外に居たキースと自身を内部へと侵入させる。瞬間に、手早くフーディンを閉まったキース。
「では……しばらく見張りを頼むぜ。助手の君」
『かしこまりました。ご武運を、ミスター』
 言われるまでもない。そう彼は一笑すると、一騎打ちを望む男がいるという、ローズタワー15階へと急ぐのだった。





 通信機から連絡が途絶えた。ここからは、助手である彼女の仕事の始まりだ。今回はロトムを預かり、共に捜索撹乱を狙う……はずだったが。
『ロ! 助手、目の前に人間がいるロト!』
「ご武運を……ね。よく言えたもんだぜ。アイツを利用してる癖によ」
 助手とロトム、二人に立ちはだかる一人の男。やたらと背が高く、横暴な口ぶり。キースが度々戦う、あの緋色の戦闘官に何処か面影を感じていた。イーラは、事前に調べた知識を思い出す。
「……お互いに、相方の一騎打ちの邪魔立てはさせない。という目論見ですね? ラッセル・エインズワース」
「まあ、そういうこったな。しかし」
 ボールを握る助手。この男は、レスターのいる事務所の所長。にして、元は国際警察という異例の経歴の持ち主。確かに、この男が出向くならば、ガラル支部の国際警察は不要かもしれない。助手は静かに考えを深めていくが、ラッセルはそうではない。
「全くひでぇ奴らだぜ、お前さんも。兄貴や親父によく似ている」
「……妄言は大概にして頂きたいものです。私は、暇ではありませんので」
 否、それは痛ましいほどの事実であった。何故、この男が自分に関する情報を、これほどまでに知っているのか。動揺する暇もないが、揺らがずには居られない。
 反面、彼は豪快に笑い始めた。男の手持ちのボールに注視していた彼女らは、気づかなかった。その狂気的なまでの笑みに。

 一瞬の静寂。キリキリと痛む空気は、やがて違う旋律へと変わっていく。
「てめぇらが勝手に起こした戦争で……俺の祖国は、レイミーの家族は。皆、皆! 焼け死んじまったんだからよ!」
 殺意に彩られた、本物の怒り。紛い物でない慟哭。男の勢いに、本意気に。助手である彼女は嘗ての“自分”を思い出してしまう。忘れかけていた十字架で、いきなり殴られたのである。
『や、助手! 何してるロトか、ボールを投げるロ!!』
 ロトムの声で、ようやっと一つのボールを解放する。動揺する心に、警鐘を打ち鳴らす心臓。胸をぎゅっと抑え、彼女はそれでも、与えられた使命に向き合おうとする。
「精々、遊ぼうや。イーラ・イーストン」
 本性を現したラッセルと、助手であるイーラ。二人の相方のフォローなど、とうに置き去りにして。互いに自分の過去を賭けた戦いが、今始まろうとしていた。





 旧ローズタワー、バトルタワーと名称を変えた15階。怪盗は手持ちを常に携えたまま、侵入に成功する。普通ならば、管理セキュリティや警備員らが、万全を期し待ち構えているはずだが。そこには誰一人いない。いや、正確にはただ一つ。
 『エイクスュルニルの福音書』という歴史書が、奥の部屋に鎮座していた。
「本当に時刻通りに来るとは。カロスの怪盗は、意外と“気が利く”らしい」
 柱の影から現れたのは、金髪に背の高い青年。青い瞳は、実にガラル人らしい。ゴチルゼルが隣に佇む姿は、確かに探偵らしいだろう。
「単刀直入に言おう! ここから先に行きたければ、私と勝負してもらう」
 清廉潔白とも言える、高らかな宣言。怪盗である彼を、わざわざ招き入れたとは、到底思えぬほどだった。若干、目の前の男を訝しむキースだが。彼の作戦も台詞も微笑みも。何一つ、変わりはしない。
「レスター・レヴィングストン。何のために僕を呼んだかは知らない……が。若い探偵君よ。この僕の引き立て役になるがいいさ」
 モンスターボールを取り出し、予告状と共に叩き付けてやる気でいた、そんな怪盗であったが。
「……貴様には、山ほど聞きたいことがある。だが、勝負する以上は、お互いに何かを“賭ける”のが、フェアってものじゃないか?」
「はあ? 怪盗に対して、何を馬鹿馬鹿しいことを。それに賭けるって、何をさ」
 奥に鎮座する、褪せた青に、世界樹の表紙の本。目線を遣るレスターは、あの『福音書』を賭けると言いたいのだろう。再び、目の前のキースを射抜く眼光は鋭く。覚悟を感じさせる。
「私が勝った場合には……君の助手である、彼女を。私の幼なじみを! 返してもらおうか!」
「……え?」
 動揺をしたキース。幼なじみであるなど、初耳である。彼女とこの男に、一体何の関係があったと云うのか。この青年は、何を問い詰める気なのか。考える間もなく、レスターとゴチルゼルのコンビが、先手を打ってきた。
 怪盗と探偵、カロス王族の末裔とガラル王家に仕えた一族。悪戯なまでに運命的な二人による、一騎打ちがほぼ同時に始まったのである――。

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