海のしるべ

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 難破船が消えて、私たちはしばらく海に浮いたまま呆然としていた。
「泳ぎ、練習しといて良かったね、サナたん」
 マスターとルリナは元より泳ぎが得意だ。唯一、私だけがそうじゃなかった。よもや昨日の練習がこんなにも早く役立つことになろうとは。
 何事も経験しておくものだ。水の冷たさに驚いたものの、泳ぎの練習をしていたおかげで溺れずに済んだのだから。
「世界一泳ぎの上手いサーナイトね」
 ルリナがネットニュースの見出しのようなことを言ってのけた。私たちは顔を見合わせて笑い、すぐに置かれた状況を思い出して、改めて辺りを見回した。
「なんか、近づいてきたよ?」
 マスターが少し離れた場所にポツンと浮かぶ船影を見つけた。その大きさで、あの難破船では無いことはすぐにわかった。
 見たことのない小さな帆船だ。穂先には可愛いメリープが彫刻されている。しかし、帆にはそれとは不釣り合いにドクロの旗を掲げている。黒一面に白の骨の対比が印象的ではあるが、ドクロがかなりデフォルメされたデザインであるため、特に怖いという印象は無い。
 マスターはそれを見て、「海賊だ」と少し怯えた目をしている。だが対照的にルリナは少し頭を抱えた様子で、「また来た……」と嘆息している。
 その船の少し離れた場所にもう1隻見つける。こちらは見覚えのあるクルーザーだ。
「ノエル!」
 近づくにつれ、船の形がはっきりとわかり、大きく手を降っているノエルが見えた。2隻の船は近くまで来るとスピードを落とし、停止する。明るい元気な声が聞こえてくる。
「ルリナさん、無事でよかった! 急に海原が光ったか思うたら、あの幽霊船が消えたんで心配して様子見に来たんです。どうゆうことです? 何が起こったんですか?」
 ノエルは幽霊船と表現していたが、あの有様では無理もないだろう。突如現れた幽霊船が突如消えた、小島に残って留守番をしていたノエルから見た目線では、そういうことになっていたらしい。
「ちょっと色々あったの……ところでノエル。まだこの子たちとつるんでるの?」
 この子たち、と言われた方を見やる。
「なあナミ、船に戻らねえのか?」
 声は甲板の上だ。見上げると、そこには麦わら帽子を被り、赤色の服を着た男と、船に場違いな黒スーツを着た男、そして腹巻をして三本の剣を脇に差した男が立っている。
「お前は世界一の航海士で、俺たちの最高の仲間なんだ。陸に飽きたらいつでも帰ってきていいぞ!」
 麦わら帽の男が軽快に語りかける。ナミと呼ばれたのはノエルであるらしく、ノエルは肩をすくめてみせた。
「ありがと、ルヒィ。でも、ウチにはバウタウンが性に合ってるから――」
「ナミさん! そんなこと言わないで一緒に行こうぜー! 俺の鍛えた蹴り技で絶対に守ってみせますから! あと、一流のコックとして世界一の料理を食わせてみせますよ!!」
「ヨンジもありがと。あんたの料理はまた食べたいな」
「だったら行きましょうよ、ナミさん! 俺、ナミさんが居ないとダメなん――」
「ゴリゴリのピストル!!」
「ひでぶっ!」
 しつこくすがり付くヨンジに、なぜかルヒィがパンチをかました。“ゴリゴリのピストル”の意味がよくわからないが、ただのパンチだった。
おとこだろ、ヨンジ!? ナミはおかに帰る家を見つけたんだ。それに……離れても、“仲間”だろ!!」
 麦わらのルヒィが堂々と言うと、何故か背景に、「ドン!」という音が聞こえた気がした。それ程までに堂々とした貫禄が醸し出されている。
「……ああ。お前の言うとおりだ、ルヒィ。なら、そちらのかわい子ちゃんはどうだ、あんたガラルチャンピオンだよな?」
 ガラルチャンピオンと聞き、ルヒィが「すげー!」と歓声をあげる。
「仲間になろう! 世界を駆け巡り、“ 偉大なる航路グランドライン”を目指そう! お前、俺の仲間になれ!」
 ドン!
 やたらと会話の端々に「仲間」というフレーズが入っており、勧誘したがり、馴れ馴れしいのでマスターはたじたじの様子だった。海賊らしからぬフレンドリーな様子に少し面食らっていると、ルリナが叱りつけてくれた。
「誰かれ構わず仲間にしないの。困ってるでしょう。それに、貴方たち、海賊なんだからあまりバウタウンに近づかないで。みんな怖がるから」
「そうだよな、俺たちは海賊だ……大人しく去るぜ。それに、今からちょっと一仕事あるんだ。仲間に頼まれたから!」
 ドン!
「ナミ! あの島のキャンプありがたく借りさせてもらうぜ!」
 ドン!
「あと、この海賊旗は信念だ、忘れんな!」
 ドン!
「離れても俺とヨンジ、そしてソロはお前の仲間だ!」
 ドン!
「あと、俺には生き別れの兄貴がいる!」
 ドン!
「海賊王に俺はなる!」
 ドン!
 ルヒィは一方的に話しており、話す度に効果音のようなものがやたらと鳴っていた。ドサクサに紛れて、何か物語の伏線のようなものもセリフに混ざっているが、ひとまず無視をすることに決めた。
 視線を逸らし、ふと海賊旗を見ると、海賊旗は自分たちで塗ったのか、ドクロが黒地にはみ出していたり、ひどい有様であるし、海賊といった略奪を生業にする連中にしては、所持するポケモンはさほど鍛えては無さそうである。
 その後も、あーだこーだ騒ぎながら去っていった。
 遠ざかる船の上で、ルヒィとヨンジ、ソロが背を向けて、右手を空に突き上げているような、何だかよくわからないポーズをしていたのがやけに印象的だった。何か思想的な意味があるのかもしれない。
「ねえ、ノエル……」
「あはは、ルリナさん……」
「また勝手に島のキャンプ貸したわね?」
「いや、そのー、何かルヒィが仲間が困ってるから匿いたいとか言ってて。その、ルヒィたち悪い奴らやないですか? せやからその……仲間も良い奴できっと何か事情があるんちゃうやろかー、なんて?」
 ルリナは、もういいわ、と肩を大きく落とした。
「そういうことなら、ひとまず、キャンプは片付けに戻らなくていいのね?」
「はい」
 少しうなだれた様子で、ノエルが言う。
「なら、バウタウンに戻りましょう」
「アイアイサー!」
 すぐに立ち直るノエルなのであった。
 疲れた私たちはとりあえず、陸地を目指すことに決め、その道中、彼女に説明することにした。説明を聞いても、ノエルはあまり深くは気にしない様子で、船を操縦しながら一通りききおわったところで、「そうゆうことかー」と納得していた。
「なんか見覚えある船やな思ってまして……さっき思い出したんですよ。ちょっと前にニュースでも出た、うちの母国の船です。ジョウトのアサギシティとカントーのクチバシティを結ぶ連絡船で、昔、乗ったことあるんですけど……リニアが開通したことで陸路ができて、お客さんも少なくなってたんです。最近なんや遊覧船みたいにしてから、観光客が増えて大盛況やって、この前のニュースでも言うてました」
 ノエルはジョウトの生まれであり、錆びついたあの船を遠目にどこか見覚えがあると言っていた。また、ニュースは最近のことであるようで、これらを勘案すると、まだ現役で運行されているのだろう。
 ――少なくともこの世界では。
「急に光ったか思ったら、水平線に浮かんでたはずの船が消えて……こりゃ大変やって思って、たまたまあの島を貸す予定にしてたルヒィ達にもお願いして、万が一に備えて向かったんですよ。結果的になんも無くてホンマ良かったですわ」
 ノエルの話を二つ返事で聞き入れ、何があるかわからない海へ繰り出したのだという。そう考えると、ルヒィたちは本当に良い人なのかもしれなかった。
「幽霊船の中での話とか聞いてると、ウチらの知ってるアクア号とはちゃうみたいですね。未来から来たんか、別の世界から来たんですかね? まあ知らんけど。しかし、消えてしもた船ごとよく連れて行かれませんでしたね、ほんま良かったです」
 確かにそのとおりだと思う。
 気づけば私たちは海に残されていた。私がテレポートを使ったわけでもない。そうとなれば、ロトムの意思では無いだろうか。いや、そうだ。そう、思いたかった。幽霊船と化したアクア号、その壊れたエンジンに取り憑いていたロトムが私たちを送り届けてくれたのだと。
 ロトムは元来、様々なものに入り込む性質を有している。あのロトムは強すぎる念から、普通は入れない大きなものでも入り込めたのかもしれなかった。
「結局あの船は、どこから来たんだろうね。やっぱりジョウトかな?」
 マスターが疑問を口にする。誰も答えなかったが、私の記憶には断片が少しばかり残っている。
『あれは……ここではない別の世界から来たものだと思います。もしかしたら時間軸さえ違うかもしれない……、言わば、“時間と空間をこえて”やって来たものです』
 だから、あの船には違和感があったのだ。
 私の脳裏に刻まれたあの船の……ロトムの記憶はほとんどが流れ出てしまっており、わかっていることは少ない。
 断片的に覚えているのは、かつてあのアクア号があった世界に、巨大な隕石が落ちたこと。人類は一丸となり科学の髄を結集して立ち向かったが、結局は破壊するに及ばなかったこと。私が色々な地方を跨ぐ旅で出会った歴代マスターのような、“世界を救うトレーナー”が存在しなかったこと。
 隕石が落下し、世界が大洪水に見舞われた後、元々あの船に住み着いていたロトムは長くひとりで漂流し、いつしか亡くなってしまったこと。どれほど孤独だっただろうか。
 あの子が成仏できたのか、元の世界に戻ったのかはわからない。どちらでも良いが、ゴールのない船旅がどうか終わり、安らかに眠れていることを願う。
『……あのロトムは滅んだ世界の暗い海を漂って。時間と空間すら超えてこの世界へ漂ってきた。この海で感じたのは、懐かしい人間たちの気配。だから、ガラルの方に、バウタウンに向かっていたのだと私は思います』
 クルーザーの甲板から、バウタウンの灯台が見えた。
 あれは、船乗りたちの帰るべき道しるべ。暗闇にあっては、それはどれだけの希望の光に見えたことだろう。
「バウタウンの灯台は世界一だからね」
 ルリナは明るく笑ってみせた。
 彼女の勇気がなければ、私とマスターは怖くて真実までたどり着けなかったと思う。そうなったとき、このバウタウンにあの船は衝突していたかもしれない。巨大ロトムの憑依した船である。何が起こるか想像がつかない。
 その危機を未然に回避した褐色のジムリーダーは、潮風にその艶やかな髪をなびかせた。それは、どのモデルよりも美しく見えた。

 ※

 バウタウンに戻り、身支度を整える。
「色々あったけど、息抜きできた?」
 旅立とうとする私たちにルリナは尋ねた。ノエルも少し名残惜しそうに隣に立っていた。
「うん、とってもリフレッシュ! 今度会うときはリーグかな?」
「そうね。望むところよ。ところで、これからは何処行くの?」
 マスターは、そうだなあ、と考え、顔をあげる。
「ハロンタウン。あと、ブラッシータウンも。なんか、帰りたくなっちゃってさ。久しぶりにお母さんの顔でも見に行こうと思うよ」
「それがいいわ」
 帰るべき場所を失った船を見て思うところがあったのかもしれない。マスターの今の実家は、ガラルのハロンタウンにある。顔を見せに帰るのも良いかもしれない。
「ブラッシータウン行くなら、ソニアによろしく言っておいてくれる? いいカフェ見つけたって伝えといて」
「わかった、伝えとくね」
 そして、マスターは歩き始め、高台のステーションを目指す。私もその隣を歩く。たまには電車に乗ってみよう、そう言い出したのはマスターだ。
 風情があって良いかもしれない。高台の町並みを歩いていると、港町の香りを感じられた。振り返ると、海が広がっており、灯台も見える。
「ねえ、サナたん」
 マスターは呟く。
「他の世界ってどんなところなのかな?」
 それは、私にもわからない。ただ多分、何かの変化から無数に枝分かれしている世界なのだろう。
 ひとつのボタンの掛け違えが大きく歴史を変えてしまった世界。あるいは、ほんの些細な違いで気づかないくらいの変化しかない世界。
 もしかしたら。
 隣のマスターの顔を覗く。
「ん? どうしたの、サナたん?」
『いいえ、何も。それより電車が楽しみですね』
「ガラル鉄道はいいよ〜。景色が飽きない! 期待しててだいじょうぶ」
 もしかしたら、私とマスターが出会わなかった世界もあるかもしれない。
 そのとき、その世界の私は、あるいはマスターは今この時間どのような道を歩んでいるのだろう。
 それはわからなかった。
 ただ、この世界の私の前には道が続いている。今はそれをこのマスターと共に歩いていこうと思った。

――――――――――
【補足】海賊王とは?
 ルヒィの目指す夢である。
 そのために、麦わら海賊団を結成し、仲間を集めている。思いのほか仲間が集まらないので、最近は、街中でのナンパのように下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言わんばかりに、だれかれ構わず声をかけている。
 ノエルが、ルヒィに「ナミ」と呼ばれていたが、彼女の本名が「波・ノエル」だからである。ノエルはジョウト地方の出身であるが、その一族のルーツはホウエン地方にあるアマミシティにある。アマミシティでは、苗字を漢字一文字で表す「一文字姓」がある。有名な人物では「ハギ老人」というのがおり、彼もまたアマミ出身だとされている。
 ノエルがジョウトを手漕ぎボートで家出して遭難していたところを、ルヒィが見つけ、仲間にした。ルヒィの生まれは実はバウタウンであり、行き場のないノエルをルリナに預け、今に至るという今話に描ききれないエピソードが実は存在していた。
 ノエルは航海図を読む知識と天候を詠む能力があったが、おかに居ることを望んだため、今は同じ船に居ない。しかし、気心が知れており、今でも連絡を取っては遊ぶ悪友のような感じになっている。

 本作品はサナの目線から描かれる物語であるため、ここに出てきた海賊たちの物語は描かれない。グランドライン、ワンピース、受け継がれる遺志、時代のうねり、人の夢。人々が自由の答えを求める限り、それらは決して留まることは無い。きっと、彼らには彼らの物語があるに違いない。それぞれの描かれない物語が交差し、時に重なり、サナの物語は進んでいく。
 ……と見せかけて、単に筆者の思い付きとノリだけで描かれているという説が濃厚である。
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special thanks,
ONEPIECE

【Season3】海のしるべ――完。

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