71話 燃える港

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 街を襲っているDPの対処をシャドーとアセビに任せたアイトとヒビキは敵の狙いである可能性が高い敵の本拠地である島――トリスイルへと向かうために建造している船を守るため、急いで港へと向かっていた。

「ハァ、ハァ。 あの、船が壊されたらどうなるんでしょう?」
「ハァ、ハァ。 ……そりゃあ、ダークマターを倒すための時期が遅れるんだろ」
「で、でも、時期が遅れると何か問題なんです?」

 言われてみればそうだ。
シュテルン島でキョウから話を聞いて、レベルグに戻ってきた時にカリム団長から敵を倒すための話が出たもんだから、それが普通の流れだと思っていたが、落ち着いて考えてみれば、船が壊されたとしても、また造ればいいだけの話である。
シャドーにせかされるまま船の防衛へ向かってはいるが、街のポケモン達を守る方が重要度が高いのではないだろうか?
それともシャドーは何かを知っていて、急がなきゃいけない別の理由でもあるという事なのだろうか?
 アイトはヒビキの言葉に色々と考えてはみたが、明確な答えは見つからなかった。

「……わからない。 けど、何となく遅れるとまずい気がする。 こう、言い表せないけど嫌な予感がする」
「嫌な予感、ですか。 ……わたしも同じです。 理由はわからないですが、急がなきゃいけない。 そんな気がするんです」
「どのみち、港に向かって走り出しちまってるんだ。 今更、引き返す選択肢はねぇな」
「そうですね。 ……って、あれ? アイト君、あそこにいるポケモンって」

 走りながらヒビキの視線が向いている方向を見ると、建物の影に隠れてうずくまっているミジュマルの姿があった。
よく見ると、そのミジュマルは額に赤い鉢巻を巻いている。
赤い鉢巻を巻いているミジュマルがアセビの弟であるシンの外見的特徴である、とアイトは覚えていたので、蹲っているミジュマルに声をかけた。

「おい! そこにいるのはシンか?」
「ひっぐ。 ……え? その声、アイトさん、ですん?」

 アイトの声に反応したミジュマルが顔を上げると、アイトの顔を見るなり泣きついてきた。

「うえーん! 怖かったですん」
「おいおい、どうした」
「僕、兄ちゃんと街ではぐれて、そしたら、よくわからないポケモン達が、街を壊し始めて、それで……」
「ああ、なんとなくわかった。 もう大丈夫だから落ち着け」
「ひっぐ、ひっぐ」

 アイトは自分の胸を借りて泣きじゃくるシンの頭をよしよしと優しく撫でた。
シュテルン島でアセビさんが「弟はまだ泣き虫」と言ってはいたが、その後に聞いた年齢が9歳という事と兄とはぐれて心細い時にDPの襲撃に巻き込まれた事を考えれば、ここまで泣いてしまうのもまあ仕方ないなと思える。

「……なんかアイト君って、そういう役回り多いですよね」
「そうか?」

 ヒビキからジトッとした視線を向けられ、アイトは思い出すような素振りを見せるが、何も思い当たる記憶はなく、困ったように肩をすくめて見せた。
その反応にヒビキは「もういいです」と言って、頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまった。
 2匹ふたりがそんなやり取りをしている間に泣き止んだシンは、泣き腫らした顔を上げるとヒビキの存在に気づき、ニッコリと笑顔を見せた。

「あ! ヒビキさんもいたですん!」
「お前、今、気づいたのかよ」
「ですん!」

 ヒビキもいるという事に安心したのか、落ち着きを取り戻し、泣き止んだシンに今の状況を簡単に説明した。
ダンジョンのポケモンが街を襲っている事、船が壊される可能性があるから、急いで港に向かわなくてはいけない事。
そこまで説明して、ここに1匹でいるのは危険だから、救助隊のギルドに先に戻るように言うと、ギルドまでの道がわからないし、アイト達と一緒にいたいと言い出した。
 アイトは少し悩んだが、道がわからないのでは仕方ないし、下手に1匹でいられるよりも自分達と一緒にいたほうが、かえって安全かと思い、シンも港に連れていく事にした。

「だけど、もし戦闘になったらなるべく隠れてろよ? お前に何かあったらアセビさんに怒られちまうからな」
「わかったですん!」
「よし! じゃあ、港に急ぐぞ」

 こうして、シンを加えた3匹は港へ向けて走り出したのであった。

――――――――――――――――――――

 港に着いたアイト達は周囲を警戒するが、港は閑散としており、街での騒ぎが嘘のように静かだった。

「誰もいないんですかね?」
「街であんな騒ぎがあったんだ。 連絡が来てからすぐに避難したのかもしれないが……」

 アイトは何か違和感を持った。
確かに港の明かりはついたままで、つい先ほどまでポケモンがいた形跡がある。
仮に、DPが襲撃したという情報を港のポケモン達がいち早くキャッチしていたとしても、全員の避難が完了するにはあまりにも早すぎるのだが、アイト達のいる港はポケモンの姿は確認できず、閑散とした景色が広がっているのが実際の光景である。

「おい、2匹ふたりとも気をつけろ。 何かおかしい」

 アイトの言葉にヒビキとシンは無言で頷き、気を引き締める。
明かりはついているのに、不気味なほどに静まり返った港をゆっくり、ゆっくりと奥に進んで行く。
普段なら港のポケモンや他の大陸から来たポケモン達で大いに賑わっている場所なのだろうが、今は敷地内に誰の姿も確認できなければ、物音の1つもしない異様な空間となっている。
緊張感からか、冷や汗が頬を流れていくのを感じ、雑に右腕で拭いながら進んでいると、不意にヒビキの長い耳が何かをとらえたのか、ピクっと動いた。

「どうした?」
「何か、向こうの方からパチパチ音がするです」
「向こう?」

ヒビキが示した方向は港の倉庫がいくつか並んでいる区画であった。
とりあえず、物音がするという倉庫が密集する区画に向けて進んでいくと、周囲の気温が上がっている事に気づいた。

「一足遅かったかもな……」

 アイトは辿りついた倉庫を見上げながらボソッと呟いた。
倉庫は完全に締め切られた状態で煙こそ上がってはいないが、近くにいるだけでもかなりの熱を感じる。
パチパチという物音とその音がする周辺の気温が上がっている事、そして敵の狙いが船である事を考えれば倉庫の内部状況は容易に想像できた。

「どうしましょう?」
「中の様子を確認したいが、下手に素手で扉を触ったら火傷じゃ済まなさそうだよな」
「ですね……」
「あっ! あそこに窓があるですん」

 シンが示した方向を見ると、倉庫の側面に小さなポケモンなら通れそうな窓があった。
窓から内部の様子を見ると、やはりと言うべきか、船らしきものから小さな炎が点々と燃え上がっていた。

「あれぐらいの火なら、僕の『みずでっぽう』で消火できるですん!」
「そうですね。 なら、わたしが『スピードスター』で窓ガラスを壊します!」
「え、ちょっ、2匹ふたりともま――」

 アイトが慌てて制止しようと声をかけようとするが、ヒビキはすでに技を放ってしまっており、アイトの声が届いた時には締め切られていた倉庫の窓が完全に壊された後であった。

「よーし! それじゃあ、消化するですん!」
「馬鹿野郎! 急いでここから離れるぞ!」
「ふえっ!?」

 意気揚々と倉庫内に入ろうとするシンを担ぎ上げ、その行動にぽかんとするヒビキの腕を無理矢理引っ張り、走り出すアイト。

「ど、ど、どうしたんです? アイト君!?」
「火が弱いうちに消さないと燃え広がるですん!」
「んなこと言ってる場合か! あんな密閉されてた空間に急に酸素なんか送り込んだら――」

 アイトがそう言った瞬間、背後の倉庫から大きな爆発音と共に炎が舞い上がった。

「……あっぶねぇー。 何とか巻き込まれずに済んだか」
「な、何があったんですか?」
「バックドラフトってやつさ。 密閉された空間で火災が起きた時に、空間内の酸素が少なくなっている状態で部屋の扉を開けたりすると起きる現象の1つだ」
「さん、そ?」
「よくわからないですん……」

 アイトの説明にヒビキとシンは理解できていない様子で首を傾げた。
そもそも、バックドラフト現象の説明以前に、この世界のポケモン達は火が燃えるためには酸素が必要という事を知らないのだろう。
自分の体内から火や水、雷を生成するなど、人間では到底、真似できないような事象をポケモンは技という形でごく自然に行っており、それが当たり前の世界となっている。
そんな当たり前の事象を、1つ1つ紐解いて仕組みを理解しようと思い立ったポケモンもいるにはいるのだろうが、その知識までは広く知られていないだろう。

「へぇー。 まさか、こんな子供が俺達の狙いに気づくとはな」

 突然、聞こえたその言葉にアイト達は咄嗟に振り返り、声が聞こえた空に視線を向けると、上空には先ほどの声の主と思われる、リザードンが鋭い視線でアイト達を見下ろしていた。

「船を燃やしたのはお前か?」
「ああ、そうだ。 俺達のボスにとって、その船は目障りらしいからな」
「つまりダークマターの指示ってわけか」
「なんでそれを知っ……ああ、なるほど。 お前、救助隊か」

 アイトの言葉に一瞬、動揺を見せたリザードンだがアイトの首元にしているスカーフに気が付くと納得したようにそう呟いた。

「つくづく救助隊とは非情な組織だな」
「何?」
「街の危機にすかさず動く。 それは結構。 だが、その実態は力ない者を渦中に飛び込ませてまで、他者を救おうとするイカれた組織だ」
「そんなことないです! 救助隊はポケモンを助けようと一生懸命頑張っている立派な組織です!」
「どうだかな。 現にお前らのような子供でもこうして危険な場所に駆り出されているじゃないか?」
「そ、それは……」
「危険だとわかっている場所に、躊躇ためらいなく子供を送り込む指示を出すなんて、正気の沙汰じゃねぇと俺は思うがな」
「確かにそうかもな」

 言葉に詰まるヒビキを庇うようにアイトが1歩前に出て、リザードンを睨み付けながら言った。

「だけどな。 危険だとわかっていても俺達を行かせるって事は、それだけ俺達を信頼してくれている証拠でもあるんだ。 お前に救助隊がどう見えていようが、俺はそこに情が無いなんて思わないね!」
「……今に後悔する事になるぞ」
「ヘッ、言われなくても生きてりゃ後悔なんて山ほどするんだよ。 だから、俺はその時、その時の選択に納得したものを選ぶのさ」
「そうか。 だが、お前らの頼みの綱だった船には1つ残らず火をつけ、港にいた連中は適当な倉庫にぶち込んでおいた。 お前ら3匹だけで、火を消し、倉庫に閉じ込めたポケモンを全員救うのは無理だ。 おとなしく諦めて、さっさと逃げるこったな」

 そう言いきると、リザードンはアイト達に背を向け、街の方角へと飛び去って行った。

「……おあいにくさま、俺達は諦めが悪いんだよ」
「その通りです。 わたし達を侮っていられるのも今のうちです」

 アイトの言葉に勇気を貰ったのか、先ほど言葉に詰まっていたヒビキの表情は明るい自信に満ちたものとなっていた。

「でも、大事な船が燃やされちゃったですん。 どうして、諦めないなんて簡単に言えるですん?」
「そりゃあ、俺達も信じてるからさ。 救助隊の団長であるカリムさんがこういう状況を見越していないはずがないってな」
「で、でも、見越していない可能性もゼロじゃないですん。 その時はどうするつもりですん?」
「その時は、みんなで何か方法を考えます。 思いつく事は何も悪い事ばかりじゃないはずですから」
「どうして――」

 なんの迷いもなく言いきる2匹ふたりに対して、シンは「どうしてそんなに信じられるのか」と言いかけたが、きっと、理由を聞いたところで今の自分じゃ理解できないと思い、浮かんだ疑問を胸の内にしまった。

「さて、と。 確かにあいつの言った通り、これだけ燃えちまってる倉庫の消火を俺達だけでやるのは現実的じゃない。 だから、船の消火は諦めて、倉庫のどっかに閉じ込められているかもしれない、港のポケモン達を救助する事を優先しよう。 幸いな事に火をつけられた倉庫はそれぞれ独立した位置にあるから、倉庫以上に燃え広がる事もないだろうしな」
「了解です! シン君も手伝ってくださいね?」
「わ、わかったですん」

 こうして、3匹は港にある倉庫を片っ端から調べていった。
窓の外から中の様子を伺い、中が燃えている場合は外からポケモンの姿が確認できないかぎり、下手に手出しせず、次の倉庫へと移動する。 火災の危険がなさそうなら、窓ガラスを破壊し、中を調べる。
この作業を繰り返していった結果、港の1番端に位置する12番倉庫内に眠らされているポケモン、数十匹を発見した。
シンの『みずでっぽう』を顔面に軽く当てて、眠っているポケモンを無理やり起こして事情を聞いてみると、どうやら事件当時に港にいたポケモンはこの倉庫内にいるポケモンで全員のようだ。
眠らされていたポケモンはそれぞれ港にはいたが、1つの所に密集していたわけではなく、別の場所にバラバラにいたらしいが、全員共通して、意識を失う直前に何かが光ったのを目撃し、そこからの記憶がないのだと言う。
当然、12番倉庫内に寝かされている理由もわからず、何がなんだかな状態であった。
 アイト達は港のポケモン達に船が燃やされ、現在進行形で火事が起きているので急いで避難する必要があると説明した。
避難場所として、街から離れた位置にある救助隊ギルドが立地的にも設備的にも最適であるということになり、アイト達は港にいるポケモン達と共にひとまず救助隊ギルドに向かう事となった。
港は燃えていません。燃えていたのは港の倉庫でした!!
(サブタイが思いつかなかったので妥協しました(^_^;))

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