難破船

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「セキエイのリボンをつけてあげたかったのだけど」
 少し申し訳無さそうに赤のキャップをさわる。マスターの癖だった。何度も殿堂入りを果たし、生ける伝説と称されるマスターにとって、今回もあっさりとした勝利を飾るに留まった。
「どうやら、ホウエンリーグも一緒のチャンプリボンみたいだね……」
 ホウエン地方で手に入れたリボンを確認すると、確かに、ここカントーとチャンプリボンは同じものだ。
「リーグ協会も手抜きだなあ」
 そう言って笑うマスターは、悪の組織を壊滅させた英雄像とは程遠い、年相応の顔をしていた。
「……サナ?」
跳躍テレポートします』
 嫌な予感を察知し、咄嗟に私はマスターの手を掴んでテレポートする。空間を超える直前、耳慣れない音と共に何かがマスターの立っていた地面に穴を穿つ。
「おっと……!」
 私とマスターはポケモンリーグの建物の裏側の切り立った岸壁すれすれに着地し、危うく落下しそうになりながらも何とかバランスを取る。
「危ないじゃないか、サナ!」
 同時に、男たちの声がする。
「ガキはどこへ行った? くそ、もう少しで撃ち殺してやったものを」
 マスターと私はそのまま建物の影へ隠れる。
「拳銃か? 物騒なやつらだ……」
 影から覗き見る。黒の制服に、大きなRのイニシャル。手には拳銃を所持している。今まで見たロケット団と差異を感じる。
 いかな凄腕のトレーナーと言えど、飛び道具にはそう簡単には太刀打ちできない。マスターは危機一髪といった様子で、汗をぬぐう。
「だけど、ボクにはキミたちがいるからね」
 不意打ちでなければ話は異なる。マスターは次々と手持ちのポケモンを繰り出した。フシギバナ。リザードン。カメックス。いずれもこの世界において、マサラの戦士のみが持つことを許された御三家と呼ばれる存在だ。
「普通は人間相手にポケモンをぶつけちゃいけない。だけど、アウトロー相手に法は関係ない」
 そう言って、マスターは不敵に笑う。
 マサラの戦士は瞬く間に指示を出し、地から空から、あるいは遠距離で。私たちは阿吽の呼吸で黒服の男たちを叩きのめした。一切の描写も要らないくらい鮮やかに。
「さて。キミたちの狙いは何だ?」
「へっ。死んだって教えるものか」
 瞬く間に倒され、つるのムチで縛り上げられた男たちは、それでも笑っていた。なけなしのプライドからくる空元気だろう。
 マスターは嘆息し、私に視線を送る。
「サナ。しんどいかもしれないけど、頼める?」
「へっ。見ねえポケモンだが、何ができるってんだ。そのかわいい緑のお手手が汚れるぜ」
「サナはね、普通のポケモンとは違う。非常に優れた能力を持っているんだ。エスパーってわかる? 君たちはケーシィくらいしか知らないかもしれないけど、本当のエスパーってのは、単にテレポートをしたり、サイコキネシスを打つだけじゃないんだよ。それこそ、何でもできるんだ。たとえば、キミたちの頭の中を読み取ったりね……サイコメトリーというらしいよ。もちろん、読み取られた側にそれなりの副作用もある。脳に少し干渉するからね、廃人にならなきゃいいけど」
 その言葉に男たちは固唾を飲む。
 マスターの言葉は半分は本当で、もう半分は嘘だ。私の能力はそれほど強くはない。自由に読み取れることもなければ、相手を廃人にしてしまうようなこともない。
「しかし気になるね。ポケモンリーグ周辺にロケット団の残党の姿がちらほら。しかも、したっぱクラスじゃないね、キミたちは。トキワで倒したレインボーロケット団と関係があるのかな?」
「……な!?」
「やっぱりね、何か知っているね」
 マスターは口角をあげた。
 私は手を差し伸べ、リーダー格と目星をつけた男の頭の中を読み取るべく、意識を集中させた。電撃のような感覚が全身を駆け巡り、多すぎる情報量が私の中に入り込んでくる。それはすぐに溢れ出してしまい、僅かばかりの単語が私の記憶の中に残った。
『う、る……とらほーる? パラレル……』
「わ、わかった! やめてくれ、サカキ様が黒幕だ!」
「サカキが?」
 マスターが静かに問うと、男は焦ったように言葉をつづける。
「す、すべて話す! ここの世界じゃなくて、別の世界のサカキ様が……」
 一つの結論に辿り着く。似たようで異なる世界があるのだ。そして、それを渡る術を身に着けた男が居る。
「またサカキか」
 マスターはため息をこぼした。
 ふと、私は何やら様子がおかしいことに気づいた。私の手は緑だったか? サイコメトリーとは何だ。認識すると同時に、ぐにゃりと辺りの景色が歪んでいく。
「サナ……」
 この後マスターはどうなったのだろう。マスターの声が上手く聞き取れない。
「次は、ジョウト……キミの……予知によると、ボクはシロガネ山で再会……ようだ……また会える日……楽しみ……」

 限界だった。頭がぐわんぐわんと揺れる。言葉がもはや完全に聞き取れなかった。
「またね」
 かろうじて聞き取ったその言葉を最後に、私は意識を手放した。


 *

「バウタウンの港では見たことない型の船舶ね、ノエル」
「はい、難破船……なんかなぁ。相当、塩気にやられてますね。どっかで見たことあるような気もします」
 夢うつつにルリナとノエルの声がした。
「あたしには幽霊船に見えるよ……」
 マスターの声で、私は完全に覚醒した。
 やはり、夢だったらしい。
 意識が戻り、テントの中に寝かされていることに気づく。いつの間にか寝ていた私を運んでくれていたらしい。みんなの声は外からしていたので、私も外を覗く。マスターの視線の先を追うと、遠く離れた水面に、赤錆た船舶が浮かんでいるのが見えた。距離はわからないが、おそらくかなり大きな船舶だ。
 西の方角を向いており、ガラルに向かっているのか、もしくは停泊しているのか。遠すぎてそれさえもわからない。
「レーダーにはなんも反応ないです。救難信号みたいなもんも無いし……でも見る限り、停まっとるみたいやなあ、あの船」
 ノエルがクルーザーの盤面を操作し報告する。
「ノエルはここで待機してくれる? チャンプは私と来て。何か普通じゃないような気がするの」
 マスターも真剣な表情で頷く。
「空から行こうか?」
 マスターはそう言って、アーマーガアを呼び出す。
「あなた、無免許なんじゃ?」
「ここは海の上。治外法権でしょ? 固いこと言わないで」
 悪戯っぽい顔でウインクすると、ルリナも観念し頷いた。この地方では、ポケモンの“空を飛ぶ”による移動は免許制ということを初めて知りつつも、私はいったんボールに入り、マスターとルリナはアーマーガアの背に乗り、難破船に向かった。

 *

 甲板に降り立つと、マスターはすぐに私をボールから出してくれた。
「サナたん。何か感じる?」
 まずは視覚で周囲を観察する。もとは白だったのか、銀だったのか判断がつかない船体だ。相当な歳月を海の上に晒されてきたのか、潮風で赤錆び、甲板の床はところどころ抜け落ちて穴があいている。人の気配はおろか生物の存在も無さそうだ。
 甲板の上は何もない。雨風で全て風化したか、波にさらわれたのだろう。
 耳に意識を集中する。聞こえる物音は、私たちの立てる音と、波で揺れる度に軋む船体の音だけである。
「救命ボートが置いたまま……何があったんだろう」
 ルリナは怪訝な様子で、船横に括りつけられた元はボートだったであろう残骸を見つめた。
「昨日はこんな船なかったよね?」
「ずっとここにあったわけじゃなくて、風で少しずつ流されてきたのかしら。さすがにこれで動力が生きていると思えないし」
 この風化具合だ。長年放置されていたことは間違いないと思う。
「うーん。不気味だね……」
「何かあったのかもしれない。後でガラル警察には届けるとして、少し調査してみましょ。さすがに誰かいるということはないだろうけど、念の為にね」
 ルリナは度胸が座っている。扉が壊れ、ポッカリとあいた船の入り口に足を進めた。あたりは不気味な静けさで、ポケモンの鳴き声すら聴こえない。このままここに残されるのも怖く、私とマスターは腕をお互いに組んで身を寄せ合いながら、恐る恐るルリナの背中を追いかけた。
 当然、中は電気は通っていない。スイッチを押してみたが無反応だった。
 元は客船だったのだろう。外の景色を見せるために大きく作られた窓のお陰で、薄暗い部分もあるが、まだ船内を見渡すことができた。
 ただ、窓はことごとく割れており、その破片が至るところに散乱しているほか、崩れ落ちた天井や、床にも穴が空いていて、私たちは慎重に歩みを進める。
「豪華客船……とまではいかないけど、かなりの大きさね」
 いくつか船室があるのを見つけた。中を覗いてみると、窓が割れていたせいで、外から雨風が入ったのだろう。客室の床は抜け落ちており、室内に入ることはできない。このフロアの部屋は全て窓が設置されており、ことごとく割れているため、そこから入った雨風に侵食された内装は見るに堪えない有様である。
 朽ちた客室は諦め、廊下へと全員が視線を移した後、何者かの気配を感じ、客室内を振り返る。
「どうしたのサナたん――」
 マスターの言葉も途切れた。
 それもそのはずだ。客室内の奥にあるボロボロのテレビが勝手に明るく灯っているのだ。埃や木片に埋もれているが間違いない。テレビがついている。
「どうしたの?」
 ルリナが室内を覗き込むと同時にテレビは消えた。
「なに、何もないじゃない」
 ルリナは、怖がりすぎよ、とマスターの頭をポンッと叩く。
「ち、ちがうの。何かが……」
「サレ……」
 何かが聞こえた。
 何者かの声が。
「ルリナさん、変な声出さないで……」
「出してないわよ」
 そう言って浅黒く焼けた肌をなでる。
「ちょっと冷えるわね」
 客室内に気配はもう無かった。
「下に降りてみるしかないか……」
 廊下を進んだ先に、ポッカリと暗闇が待ち構えている。まるで何か見えない何かが手招きをしているような、踏み込んだら帰って来ることのできないような威圧感がある。
 ルリナはこの場面を想定していたのだろう。マスターにペンライトを渡し、自身も明かりをつけ、階段の底を照らした。階段は一段も抜けておらず、倒壊の心配は無さそうだ。

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