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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 彼が【ジム】なるもので完勝した後にバシャーモに叩きのめされた数日後。
「バッジ六個目おめでとう!」
「ありがとう。そっちも八つ目おめでとう」
 当日中に治療を終えた彼を連れて次の目的地へと向けて出立したので、今居るのは彼が治療を受けたのとは場所違いの、人間共やそれに連れられた異形達が治療や宿泊をする施設である。
 その、食事の出来る場所の一角に彼らは居た。不服な事に。
 更に苦々しい事に、此処は彼ら三悪霊達が人間『カズヤ』を襲い、バシャーモの『ちゃちゃ』に討ち取られ最初に運ばれてきた所でもある。
 そして極めて不快な事に、机に置かれた物体から甲高く響く人間の雌ガキの声は、あの日に瀕死に陥った彼らを、同じく死にかけの人の雄に言われて【モンスターボール】なる物に収容した奴である。
 時折、こうやって連絡を取り合っている。【ポケギア】なるそれを通じて遠方の雌ガキと話しているようなので、それを通して呪いが飛んで行かないかと試した事があるが何度か試行錯誤が必要なようで失敗した。勿論彼は殴り殺されかけた。
「お待たせしました」
「ああ、ごめん頼んだ物が来たからちょっと待って。――ありがとうございます」
「はーい。またカレー?」
「ああ、うん。――えぇと、激甘モモンカレーはヨノワール、氷タイプ用シャーベットカレー甘口はユキメノコ、ヤドンのしっぽカレーの甘口はバシャーモ、しっぽカレーの激辛は僕とゲンガーです」
「はい、かしこまりました。あら、ありがとうねヨノワールちゃん」
 率先して食事を運んできた人の雌から皿を受け取り、配膳する弟分。その姿を見咎めて彼は声をかける。
「おい『坊』」
「すまない『兄者』。でも俺は早く食いたいんだ。ほれ、『お姫様』と……これは『怪物』お前か」
「あらありがとう『小兄様(しょうあにさま)』」
「ああ、ありがとう」
「礼なんぞ言えたんだな」
 弟分の大きな手から素直に皿を受け取り、礼まで口にした忌み嫌う化物に思わずそんな事を口走る。
「以前の様に皿ごと殴りかかって来たり、猛毒を仕込んだりしなければ、礼も言うよ」
 前者は最小限の攻撃で料理は皿から溢れる事無く殺されかけ、後者は何故か露呈して毒の効かない彼を除く二体が完食させられて死にかけた。
 どうにも食事中に襲うと他の時よりも苛烈に迎撃される上に、食べ物を没収されるので最近は控えている。癪だが、今まで彼らが食していた物よりも人間共の作った物の方が断然美味いので仕方ない。
 なので、人を襲って略奪しようとした事もあったが、『カズヤ』とバシャーモに呼ばれる人の雄を襲った時よりも速く鋭く重い一撃によって消滅しかけたのでこれも彼らは控えている。腹立たしい。
「では。ごゆっくりお過ごしください」
 持ってきた皿を配り終えると、そう言い残して食事を運んできた人の雌は踵を返す。
 人の雄は「ありがとうございます。『よの』もありがとう」と雌と弟分に礼を言い、
「それでは。いただきます――お待たせ『アヤカ』ちゃん」
 と食事を開始し会話も再開する。
「いえいえ。改めまして、おめでとう『カズヤ』くん。ジムに来たらどうだったか教えてって伝えておいたから、どんなバトルだったか知ってるけど暴れまくったみたいだねぇ!」
「ん? ああ、でも暴れていたのは大体相手のポケモン達だったような?」
 香辛料の香りの効いたカレーを頬張りつつ、人の雄は首を傾げ、そう返す。
「それはキッサキのバトルでしょ! ナギサのジムでも大暴れだったって聞いたよー! デンジさん居ないのに『ちゃちゃ』ちゃんが扉を蹴破って入ってきたって。デンジさんのやる気が無くてバッジはご自由にどうぞって入り口前に置いてあったにも関わらずに!」
「ああ、あれは『ちゃちゃ』の腕試しのつもりで行ったら閉まってて、でも何だか中に人は居るみたいだったから」
 「バッジはありがたく貰ったけどね。でもこれって本当に所持数にカウントしてもいいのかな」などと人の雄は続けながら、いつの間にか取り出した小瓶の中身をドバドバと自分の激辛カレーにかける。
 真っ赤なそれをかける様子を彼が眺めていると、「ああ、『がが』も使う?」とそれを渡してくる。
 眼にでもかけてやれば失明するような様々な使い方を彼ならば思いつくだろう素敵な液体だが、それを実行しようとすると小さな人の頭骨の飾りの付いた新品までも開封されて眼窩に流し込まれるので止めておく。それに、これは彼の好物のマトマの実よりも美味なので勿体無い。
 素直に受け取り、彼も自分のカレーにドポドポとかける。
「お前ら、かけ過ぎじゃないか……?」
「そこの雌と同じ意見なのはいけ好かないけど、それよりも『兄様』達の方がありえない。それは食べ物じゃない」
「『兄者』もうそれは味ではなく痛みがするのでは?」
「五月蝿え軟弱者共」
「ん、どうかした? ――ああ、美味しいね」
「なんか問題にはなってるみたいだけど、バッジ自体は本物だし大丈夫なはず――それにしても、なんだかんだであのゲンガー、ヨノワール、ユキメノコを手持ちに加えて平和にやってるんだねぇ」
 「ふむふむ」と機械の先の小娘が何やら感慨深く唸っていると。
「何をもって平和なのよ」
 ため息交じりにそう言って、会話に入ってきたのは人の雄よりも年上だろう雌。顔に手を当てて苦み走りきった顔で彼ら三悪霊を睥睨する。傍らには同じく悪霊達を汚物でも見るような眼で見てくるハピナス。彼の記憶にはその存在の何もかもが特に残っていないが、
「ああ、お久しぶりです」
「えー? 順調にジムバッジも手に入れてるし、特に怪我もしてないし平和じゃない?」
 人間達には知己らしい。
「ナギサの一件は『低姿勢な道場破り』とか言われてジムトレーナーのトラウマになってて、直近のキッサキでのバトルは内容が悪辣過ぎてセンターの方にまで噂になってんのよ」
「ああ、それは申し訳ない」
「ええー! でも『ちゃちゃ』ちゃんの調教のおかげで【ポケモンバトル】の範疇には収まってるんでしょ」
 「ナギサの方は相手が強すぎたからショックって感じでなんか論外」等と機械越しの雌ガキが続けるが、そんな事は彼にはどうでもいい。
 問題は【調教】と聞いたハピナスがくすりと嘲笑った事。
 だから。その眼球を潰してやる事にした。
 激辛ソースをかけた激辛カレーを食べながら、食卓下の影を操作し獣爪とする。更にそれに毒を付与。練り上げられた技巧によって予兆も遅れも無く、その影爪による毒突きは(まど)かな異形の(つぶら)な瞳を抉る。
 筈だった。
「『がが』。止めないとカレー没収だよ」
 人の雌達の会話に混ざりながら彼と同じく激辛のカレーを口にしていた雄が、ボソリと呟いた。彼の方を向いてもいない。
 代わりに。その零れ出たような小さな声を聞き取って『化物(バシャーモ)』が彼を見る。感情の感じられない瞳が彼を見据えている。
 機先を制された時点でこの奇襲は失敗している。このまま続行しても構わないが、ならば最大火力をハピナスではなくバシャーモとその相方の人の雄に叩き込みたい。
 そしてそうすると今食べているカレーが食べられなくなる。ならば、食べ終わった後にすればいい。そう彼は考える。
 いいが、そこまでして今攻撃する意味もない。何より、この程度の事に思考を割いている事が馬鹿馬鹿しい。
「はぁ。白けた」
 そこまで考えたところで彼は一気にどうでも良くなった。深く長く息を吐いて、影の爪を解く。
「ん、何かあった?」
「ああ、『がが』がハピナスを攻撃しようとしていたから」
「うへぇ、全然気が付かなかったわよ」
 人間の雌達が何やらざわつくのを気にせず、彼は食事を続行する。
「え、ちょ。私狙われてたんですか?!」
「その小せえ目ン玉が無事で良かったな」
「そうなったら、わたしが素敵で溶けない氷の瞳をあげる」
「数日後には全身凍って『お姫様』のコレクションの仲間入りか。砕いた時の破片は桃色で綺麗だろうなぁ」
 それぞれカレーを食べながら、今更に慌てふためくハピナスをゲラゲラクスクスクツクツと嘲謔(ちょうぎゃく)する彼ら三悪霊達。
「馬鹿共が申し訳ない。次危害を加えようとしたら半殺しに、万が一危害を加えてしまったら責任を持って私が殺すので」
 傍らに立つ人の雌に隠れるようにしがみついたハピナスへ、バシャーモが虫酸が走る物言いで頭を下げる。
「あ? 舐めんのもいい加減にしろよ。返り討ちにしてやんよ」
「舐めるのはお前の専売だろう。その大きな口は飾りなのか? カレーがあまり減っていないぞ早くその長い舌で綺麗に舐めとれ」
 彼が噛み付くと、返す刀でバシャーモが言い返してくる。愉しそうに嘲笑っていた残りの二霊も静かになり、張り詰めた一触即発の空気が充満する。
「ちょっと、何か険呑な事になってるけど」
「ああ、いつもの事なので大丈夫です」
 そんな中を、全く意に介さずにさらりと返して食事を続ける人の雄。
 その様子に、得体の知れないモノを見るように顔を顔を顰める人の雌。
「順調に薄氷の上に埋め込まれた剃刀の刃の上を歩くような関係を築いているようで不安しかないわね」
「ああ、ご心配ありがとうございます……?」
「でも、自分から死のうとはしなさそうだよね今の『カズヤ』くん」
 「安心安心ッ」と機械越しの雌ガキがケラケラ笑う。
「弱りきった人間にとどめを刺しに現れた害霊達は相変わらずみたいだけどね。気を付けなさいよ? あれからその仔らの縄張りの調査があったんだけど、貴方以外に襲われた痕跡が何一つ見つからなかったんだから」
「実は僕が一人目だったとかではなく?」
「詳しく調べてみたら、結構な数のトレーナーがその周辺で消息不明になってる。ただ、目撃者も遺留品も何もかもが無いからその内のどれくらいがその被害にあったのかは不明」
 軽く肩をすくめて首を振る人の雌。
「いやぁほんと『ちゃちゃ』ちゃんが間に合って良かったわぁ。……あ、そうだ。なんか最近、トレーナーを襲ってポケモンを奪い取る山賊みたいなのが出るらしいから気を付けてね『カズヤ』くん」
「ああ、それは凄く困るから気を付けるよ。ありがとう。『アヤカ』ちゃんも気を付けてね」
「そっちはそこそこ目撃者も居るんだけどまだ捕まってないのよねぇ。ジムバッチ七個所有のトレーナーも襲われて手持ちのポケモン奪われたりしてるから、人の心配してないで貴女も気を付けなさいよ『天才少女』さん」
 「というか一〇近く歳の離れた女の子に心配されるんじゃない」と白衣を着た人の雌に呆れられるが、「物騒だねぇ」とどこか他人事のように返しカレーを食べる雄に嘆息する人の雌。
 人間達の会話を聞いて、
「そいつと囲んじまえば、こいつら殺れるか……?」
「そんなに使えない可能性もあるぞ『兄者』」
「そんときゃ盾にでもすればいい」
「どちらにしても全員蹴散らしてやるよ」
「言ってろ。まあ、んな何処に居るかも知れねえの探すより俺らで囲んだ方が手っ取り早いか」
「まとめて土を舐める事になるがな」
「死ね。でも、あの人間って回避能力は極まってしまったけども、ぼんやりしてるから明日にでもそれに出会いそう。わたし達の領域にもふらふら這入(はい)ってきたことだし」
「あー」
「確かに」
「それは、否定できないな……」
 彼ら三悪霊達と抑止力の化身(バシャーモ)が取り留めのない会話をしていると。
「『ちゃちゃ』? どうしたの頭痛?」
 話題の矛先になった雄が、鋭い爪の生えた三本指の左手を頭にやって唸るバシャーモに気が付き声をかけてくる。
 心配してくる人の雄に、何でも無いと素振りで返すバシャーモ。
 その様子を彼が眺めていると、人の雌がその視線に気が付いた。
「ちょっと、なんかその仔達貴方のことを凄い哀れんだ眼で見てるけど本当に大丈夫?」
 全然大丈夫ではない。心の底から彼はそう思う。
 何故、こんな奴らを未だに殺せていないのか。
「ああ、はい。いつもの事なので」
 感情の薄い声で人の雄が返す。機器の向こう側の雌ガキが、それ越しでもわかる程に楽しそうにケラケラ笑う。
 嗚呼、何なんだこの人間共は。苛つきと、微かな悍ましさを感じながら、彼はそう思った。

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