第六節 四天の王、来たれり

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:21分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 窓から空中に投げ出され、徐々に重力に引かれていくフキ。刹那が何十倍にも引き伸ばされていく時間の中で、彼女は素早く思考する。
 −ヒヒダルマだと、空中じゃあろくに攻撃も与えられねえ。居ねえキュウコンのこと考えても意味はねえしな…。しゃあねえ、ヒヒダルマにアタシ担がせてからもう一度登るしかねえか。
 フキがそう思考を纏め、ヒヒダルマへ顔を向ける

「ヒヒダルマ!アタシを抱えて着地しっ…!」

 そう指示を飛ばそうとしたその瞬間。地面に落ちゆく最中で見た4階の光景を認識して、すぐにその考えを改める。
 彼女が見たのは廊下に並んだトレーナーと、彼らが場に出していたポケモン達。
 赤錆びた鉄材を担いだ筋骨隆々のポケモンはドテッコツ。彼らが一様にフキを見つめているとわかった瞬間、彼女の背中にゾクリと冷えた総毛立った。
 何かは分からないが、確かに良くないことだという予感めいた確信。
 彼女は頭で考えるより早くヒヒダルマの方を見ると、彼女は後先考えずに叫んだ。

「やめだヒヒダルマ!アタシを踏み台にして、お前だけでも建物に張り付くように着地しろ!」

 その言葉を聞いてヒヒダルマは少し心配げな表情を向ける。しかしフキの肝の座った瞳を見て、ヒヒダルマも表情を引き締めた。
 フキは手にした鞘付きの太刀を体の前に添えると、そこを足場にヒヒダルマは跳躍。一方はビル側に、もう一方はビルとは反対側に向かって地面に落ちる。
 ヒヒダルマはビルの突起部分に手をかけて安全に着地。対してフキは全身を使ってで地面を転がりながら、どうにか落下の衝撃を分散させた。

 そうして彼女が顔を上げたとき瞳に映ったのは、4階のドテッコツ達。昔見た槍投げの選手のように鉄骨を持つ姿は、直後に何が起こるかを容易に想像させる。
 瞬間、甲高い破砕音。
 窓ガラスが割れ細かい光を撒き散らす中、直後何本もの鉄骨がフキ目掛けて飛んでくる。
 彼女が太刀を構える間もなく何本もの鉄骨が地面に突き刺さり、衝撃で砂塵が巻き上がった。
 視界が遮られフキの姿が見えなくなり、鉄骨がぶつかる爆音の反響が収まった頃。だるそうなフキの声が聞こえてくる。

「…ったく、アタシも真っ当なリーグばっかで忘れてたぜ。そりゃトレーナーぶっ潰したほうが早えわな」

 砂埃が貼れると、そこには頭から血を流したフキの姿。着地した姿のまま首を傾け、顔があった場所に鉄骨が刺さった状態でそこに居た。
 鉄骨が掠った衝撃で髪留めが解けた状態で、口に溜まった血を吐き捨てる。そこで地面を見た際にチラリと見える、千切れ飛んだ髪留め。
 大分昔にリリーに貰った紐の残骸を眺めながら、それを懐に仕舞い込む。

「…ま、おかげで頭に昇った血も抜けて冷静になったってもんだよ。クソが」

 荒々しく口元を手で拭うと、鉄骨を投げてきた先を真っ直ぐ見つめた。そこには部屋から鉄骨を取り出し第二射の準備を進めるドテッコツ達。
 その様子を見ながら首を左右に回して、コキコキと鳴らす。

「おいヒヒダルマ、行儀良く階段使うなんてやめだ!アタシに合わせろ!」

「だるらぁ!!」

 彼女は激昂して、どう鉄骨を投げてきた奴らにお礼をしに参るかを考えていた訳ではない。
 ただ冷静にどうやって自分をこの立地で追い込むか、もしあの男が合理的に自分を再起不能にするならどうするか。それについて考えていた。
 そして結論への帰結。
 だが彼女の思考などいざ知らず、再び鉄骨を投擲する体勢に移行したドテッコツ達。赤錆びた建材が鋭く放たれたその瞬間、フキは数歩さがって走り出す。

 一歩、二歩、三歩と大きく助走をつけたその直後、フキの目の前に鉄骨が突き刺さる。それでもフキは臆することなく突き刺さった鉄骨に足を掛け、さらに上へと跳躍。
 次々と飛んでくる鉄骨を足場にさらに上へと、さらにビルへと跳んでいく。
 その最中、彼女はモンスターボールを地面に向け、ヒヒダルマに向かって赤い光を伸ばす。
 ボールの中に吸い込まれていくヒヒダルマを見もせずに、フキは最後の鉄骨足を掛けて大きく跳躍した。
 4階の割れた窓へ向かって飛び込むと、その勢いを利用して構成員の頭にドロップキック。
 ポケモンを巻き込みながら吹き飛んだ男を尻目に、フキは着地した。

「おい、テメエら全員!許されるなんざ思ってねえよなぁ、あぁ!?」

 フキは一度そう咆えると、一歩身体を後ろに下げる。すんでのところで、拳を握り締め襲いかかってきたドテッコツの殴打が頬を掠めた。
 その最中コツン、と硬いものが廊下に落ちる音が響く。廊下を跳ねたのは、モンスターボール。それがパカりと開かれると、中から飛び出したヒヒダルマが、正確にドテッコツの顎を拳で抉り抜いた。
 そうしてドテッコツの一匹が昏倒。
 しかし他のドテッコツも怯みはしない。急いで鉄骨を部屋の奥から取り出すと、ヒヒダルマ目掛けて突き出した。

 しかしヒヒダルマは慌てず体を半身で後に捻ると、迫り来る鈍器の流れに逆らわず、逆にその鉄骨に手をかける。
 そのまま強大な膂力でもって鉄骨を奪い取ると、お返しとばかりにドテッコツを殴打。
 フキはその振り抜かれた鉄骨を見た瞬間、大きく跳躍し鉄骨へ着地。そこを足場にもう一度跳ぶと、左右二人のトレーナー目掛けてダブルラリアット。
 マフィアからクンと意識を奪われ、体から力が抜けたのを確認するフキ。体を低くしたまま、残っている構成員達を鋭く睨む。

「お前らは見逃さねえ。テメエらはここで潰す、逃げても追って潰す、降伏しても構わず潰す。必ず、必ずだ」

 フキは獰猛に口角を引き上げると、喉を重く鳴らして笑った。





「おいレヴォ!下の奴らから連絡はあったのか!?」

「ボス、まだ下で戦闘中の可能性が高いです…ですが」

 泡を飛ばして部下へとフキ討伐の可否を問う、ビシャープ・ファミリー頭目の男。それにも動じないレヴォは、落ち着いたまま彼女が落ちていった地面を眺めている。
 向かいくる鉄骨を足場に4階まで駆け上ってきた、野生の真夜中に生きるルガルガンのような女。
 彼が階段に配置したドテッコツの投擲兵も獣の勘か、はたまた彼の思考を読んでのことなのか。
 もし後者だとすれば?その考えに至り、彼の背筋に冷たい汗が垂れる。まさにその瞬間だった。

「『つららおとし』を押し込め、ヒヒダルマ!」

 フキの叫びが聞こえたその時、異変は起こる。彼らが今いる部屋の、ボスが座っている席の真下。そこにヒビが入ると、次の瞬間には分厚いコンクリートが粉々に砕かれた。
 ついで浅い傷を多くつけたヒヒダルマが、大きな氷の釘と金槌を持ってその穴から飛び出してくる。
 その背中にフキは捕まって、ともに5階へと突貫してきた。
 和服の袖を引きちぎり髪を留めた彼女は、ヒヒダルマの背中からレヴォだけを真っ直ぐに見やる。

「4階では随分な歓待してくれたじゃあねえか!分かりかけてきたぜ、ここがどういう所か!」

 そう言いながらフキは己が相棒の背中を叩くと、ヒヒダルマは頷き、氷の杭を金槌で打ち出す。
 狙いは頭目などではなく、レヴォと呼ばれた彼のポケモン、キリキザン。
 フキが地面に飛ばされている間に回復された赤い甲冑めがけて、一直線に飛んで行く。

「っ!まずいキリキザン!全力の『メタルクロー』で迎え撃て!」

 風を裂きキリキザンの頭を貫かんとする一撃を、とうじんポケモンの硬化した腕で気合の一閃。
 氷塊を砕くと、ヒヒダルマの方を鋭く睨む。気合十分、鋭い気迫がこもっていた。
 対するヒヒダルマも金槌を捨て、大きく右腕を振る。するとその軌跡に沿って氷の太刀が形作られた。それは奇しくも、最初と同じようにキリキザンと相対する形となる。

「テメエんとこのボス、昔はどうだか知らねえが、今はとんだ腑抜けじゃねえか」

 フキが作った大穴の横、腰を抜かしたガマガエル面の男を着地ついでに蹴り飛ばすフキ。もはや彼には目もくれず、ただ見据えるのはレヴォだけだった。

「それに比べてテメエはどうだ。さっきのコマタナ、階下のドテッコツ。どれも下に好かれてなきゃ、ああは咄嗟に動けねえ」

 ヒヒダルマは氷柱の刀を平に構え、突き込む構えを見せる。
 その姿を見たレヴォはたった一つ、低い声でフキへと問いかけた。

「お前、下の階の奴ら、どうしやがった」

「ちっとは骨のある奴らだったが、全員のしてきたよ」

 彼女の脳裏によぎるのは、氷柱の杭を天井に打ち込む直前の状況。窓枠に、地面に、時には扉を突き破って。
 人もポケモンも無く、相棒と共に等しく廊下に気絶させてきた光景を思い出した。

「…そうかい。お前を無鉄砲なバカとは思わねえ。全員で挑ませてもらうよ、化け物め」

「そいつは光栄だね」

 ぞろ大勢で回復したコマタナがキリキザンの後ろに控えるのに対し、ヒヒダルマは連戦に次ぐ連戦で浅い傷が多く刻まれている。
 それでもなお威圧感は顕在。ヒヒダルマは深く踏み込むと、キリキザン目掛けて氷の刀を突き込んだ。
 
「キリキザン!弾くんじゃねえ、横にそらすんだ!」

 背後から声を上げたレヴォに従って、キリキザンは腕を立てる。鋼タイプの硬質な腕で、向かってくる氷の刃に横から強く叩きつけた。
 一瞬空いたヒヒダルマの胴体に、キリキザンは素早く『不意打ち』を仕掛ける。しかし先程窓に叩き出されたヒヒダルマはもう油断しない。
 伸ばされた腕を掴むとキリキザンを引っ張り、懐まで近づけた上で短い膝を腹部へ叩き込む。
 たまらず吹き飛ばされたキリキザンへ追撃を仕掛けるヒヒダルマ。だがその瞬間、キリキザンを守るように決死の表情を見せたコマタナが、氷柱の太刀に割って入った。
 たとえ一撃で倒れる定めであろうとも、キリキザンの1秒を、その身をもって削り出す。

「やっぱりお前がここの支柱か!レヴォさんよォ!」

 ヒヒダルマは頷くと、キリキザン目掛けて再び突貫。一直線の迷いない動きに、エヴォはキリキザンを一歩下がらせる。

「馬鹿の一つ覚えかァ!?お前ら、守りは頼んだぞ!」

 その動きを見てコマタナが数匹、キリキザンの背後から飛び出す。一匹では止められずとも、数匹がかりでヒヒダルマを止めようとする算段。
 フキはその健気で涙ぐましい団結を目の当たりにして、なおボルテージが上がっていく。

「上だ!んな雑兵に構うな!要らねえもんは捨てちまえ!」

 フキはそう叫ぶと、ヒヒダルマは腕を後ろに引き、迷わず氷の刀を投擲。
 面食らったレヴォ達だが、咄嗟にコマタナ達が投げられる刀の進路のその身を投げ出す。コマタナたちを引き換えに太刀が進むことをやめた頃には、ヒヒダルマの姿はもう地面にはいない。
 もうすでに、コマタナ達の上を飛び越していた。

「はっ、素手で殴り合おうってのか!キリキザンと!?」

「んなわけねえだろ!」

 空中のヒヒダルマが己の影に隠していたのは、氷の金槌。太刀を作った際に投げ捨てたはずのそれを、先程すでに拾っていたのだ。
 そのまま素早く「つららばり」で氷の杭を複数生み出し、金槌でキリキザン目掛けて打ち出す。
 鋭い遠距離攻撃にキリキザンやコマタナが対応する中、キリキザンはまんまと懐に入り込んだ。

「全部まとめて叩き切れ!ヒヒダルマ!」

 着地したヒヒダルマは素早く握り拳の上に手のひらを重ね、抜拳。
 伸ばした拳の軌跡が刃となり、コマタナもろともキリキザンを薙ぎ払う。
 本来ならば再びキリキザンが吹き飛ぶ一撃。しかし今回は同じ轍を踏んではいない。
 キリキザンの背中をコマタナ達が支え、キリキザンはダメージ覚悟でヒヒダルマの刀を体で受け止めていた。
 氷の太刀を両手で掴んだキリキザンはそれを引っ張り、ヒヒダルマを自身の近くに引き寄せる。

「よくやったぞキリキザン!太刀じゃあ相手の間合いだ、そのまま近接線に持ち込め!」

 その言葉にキリキザンは行動を持って応える。ヒヒダルマを掴んだキリキザンは、足の刃で「きりさく」攻撃。
 ヒヒダルマの足めがけて強かに攻撃。ヒヒダルマは無理矢理引っ張られていたのも相まって、体のバランスを一瞬崩した。
 そこを見逃さないキリキザンは、コマタナ達を伴って一気に真正面から押し倒そうとする。
 しかしヒヒダルマも剛力が自慢のポケモン。真っ向からその衝撃にぶつかり合った。
 一瞬の力の拮抗。しかしフキは焦ったように叫んだ。

「…っ!ヒヒダルマ!」

「…ギリギリで間に合って良かったぜ。だが、勘がいいな姉ちゃん」

 その言葉とともに、先程ヒヒダルマが突入する際に開けた穴から、飛び出してくる影が一つ。
 それは、一匹のコマタナだった。
 彼女達を窓から突き落とした時と同じコマタナでの奇襲。しかしヒヒダルマの正面にキリキザンとコマタナ、彼らの戦力を集中させることで“全員がそこに居る”と思い込ませていた。
 しかし真実は、一匹のコマタナが遠く階段を下って、背後を撮ったのである。

「まずい!キリキザンどもを振り払え!」

「させねえよ!死んでも離すなキリキザン!根性見せろや!」

 ヒヒダルマは腕を振ってキリキザンを振り払おうとする。それでもキリキザンは振られた上肢を、体から伸びた刃で突き刺して動きを止めた。
 そうして身動きが取れないヒヒダルマの膝裏目掛けて、背後から迫ったコマタナが腕を一閃。
 たまらず体勢を崩したヒヒダルマに馬乗りになったキリキザンは、腕を高く掲げた。

「嬢ちゃん、確かに力はバケモンだな。だがよぉ、こっちは群体で動くんだ。一人で来るんじゃあなかったな」

 勝ちを確信したエヴォが、フキにゆっくりと、昼間の縁側でお茶を飲む老人のようにゆっくりと語りかける。

「キリキザン、『つじぎり』で楽にしてやれ」

 ヒヒダルマの上で冷たく射竦める視線のキリキザンは、腕にグッと力を込める。
 そして、袈裟斬りに腕を振り下ろした。
 ザンッ、と一際耳に残る斬撃の音と共に、ヒヒダルマの体から力が抜ける。瞳が白く染まり、ヒヒダルマは大地に倒れ伏したのだ。
 それを確認したキリキザンは下がり、コマタナ達がヒヒダルマを囲って見張り出す。

「さあ嬢ちゃん、アンタの性格なら使えるポケモンがいるならとっくに使ってるタマだろ?つまり、アンタにはもう手持ちのポケモンが居ないってことじゃあねえか?なあ?」

 エヴォは俯いたまま何も喋らないフキに対して、暗に投降するように促した。
 それでもなお言葉を発しないフキに、ビシャープ・ファミリーの構成員達は徐々に苛立ちを募らせる。
 そんな状況だからこそ彼らは、キリキザンを従えるエヴォでさえもが、どこか心に油断があった。
 
「あ、あれは…?」

 最初に気づいたのは、オレアだった。この場で最も無力な彼が、注意深くフキを観察している。だからこそ偶然にも、その変化に気づくことが出来た。
 ヒヒダルマのガラルの姿、その最も特徴的な頭の雪だるまが小さくなっていたのだ。
 彼がその変化に気がつくのとほぼ同時、フキは突然、肩を震わせて笑い始める。

「おい女ァ!何がおかしくて笑ってやがる!ついぞ置かれた状況に抜き差しならなくなって壊れちまったか!?」

 彼女は凄まれてもなお、揺れる肩の振り幅が大きくなる。ついぞ堪忍袋の尾が切れたレヴォが一歩、フキの方へ歩み寄ったその時。
 フキはようやく口を開いた。

「いやなに、『勝った』って確信してるやつの顔を見るのが、あんまりにもおっかしくってよ」

「なぁに笑ってやがる!お前のポケモンは白目剥いて倒れてるんだぜ!」

 彼がフキの胸ぐらを掴みあげ、唾を飛ばしながら怒鳴りつける。何度も彼女の体を揺らし顔が露わになったとき、浮かぶ表情は楽しげに嗤う笑顔。
 そのフキの顔が見えた瞬間、ゆらり、と部屋の中に陽炎が走った。

「まさか、いや、でも、そうとしか説明できない…!」

 その中でたった一人、オレアだけが何かに気づいたように言葉を漏らす。
 がラル地方のヒヒダルマの特性は、通常『ごりむちゅう』と呼ばれるもの。しかし非常に珍しいが、もう一つの隠された特性も有していた。
 部屋に吹き荒れる熱波は、後者であると何よりも雄弁に語るその証左。

「ヒヒダルマ、『フレアドライブ!』」

 部屋に、フキの大きな声が木霊した。
 瞬間、ヒヒダルマの手足が身体が体へと縮むように吸い込まれ、ついで体から炎が吹き出す。
 たった一瞬の爆発、そこに込められた莫大な熱量でコマタナ達は弾け飛んだ。
 大きな炸裂音にレヴォが振り返った瞬間、フキは得意そうな顔になる。

「アタシは待ってたんだぜ。人は勝てると思った瞬間、必ずそこに隙が生まれる」

 ヒヒダルマは部屋の中をバウンドすると、フキの背後に着地した。その姿はオレンジ色の表皮に溶けた雪、そして額から溢れる炎が特徴的。

「だからよぉ、アタシはこの“瞬間”をずっと待ってたんだ!なあレヴォさんよぉ!」

 瞳を白く染め上げながら躍動する姿は、ヒヒダルマの第二形態。おそらくこの場で最も博識なオレアが、思わずその名前を口から零す。

「あれは、ダルマモード…ッ!」

 それはヒヒダルマの、もう一つの隠された特性。
 寒冷地に適応する際に不活化したはずの内燃器官。それが生命の危機に呼応して激しく活動し始める、いわば理性ある暴走形態。
 珍しいがゆえ認知も甘いその特性を、初めてその目で見たオレアはいつの間にか声に出していた。

「行くぞレヴォ。くたばるんじゃねえぞ、気合入れて耐えろ」

 フキはそう低くつぶやくと、彼が掴みかかっている腕を振り払った。
 瞬間、バウンドボールのように跳ねたヒヒダルマは壁、天井を次々に蹴り移動。炎を纏ってヒヒダルマに突貫する。
 自らの身体を燃やして発動する『フレアドアイブ』。ダメージ覚悟の攻撃は、熱波が離れているレヴォ達の皮膚を舐めるほど。

「マズイッ!あの攻撃を喰らったら決定的にマズイッ!」

 暑さからだけではない、明確な脂汗を流しながらレヴォは素早く頭を回転させる。
 −コマタナを犠牲に守らせる?否。『つららばり』ならいざ知らず、ほのおタイプの技は防ぎきれないだろう。
 −キリキザン自身で迎え撃つ?否。先程からキリキザンはダメージが蓄積している。得策とはいえないだろう。
 −攻撃される前に『ふいうち』で仕留める?それしかない。少なくとも今のヒヒダルマは白目を剥いている。残りの体力はそう多くはない、そのことに賭けるしかなかった。

「キリキザンッ!『ふいうち』だ!活路は攻撃の『前』にある!」

 その言葉に深く頷いたキリキザンは、深く深く息を吐く。ついで鋭く目線を尖らせ、腰を落として腕を構えた。
 空中から飛びかかるヒヒダルマに逃げる道は無し。キリキザンの素早く相手の攻撃の不意をつくような一撃は、どう足掻いても必中の状況。
 レヴォが必死に導き出した逆転の一手。それを目の当たりにしたフキは、凛と覚悟を決める。

「燃やせ!もっと炎を燃やして加速しろ!」

「無茶だフキさん!逃げ場がないヒヒダルマの、衝突の際のダメージが増えるだけだ!」

 オレアはその無謀な指示に驚愕し、思わず声を上げた。地面に踏ん張れるキリキザンならいざ知らず、ヒヒダルマは衝撃のエネルギーを逃す場所がない。
 しかしヒヒダルマは自らの主人の言葉を信じ、いっそう炎の出力を上げる。
 その瞬間だった。ヒヒダルマのその直下、地面がいきなり爆発する。
 そこは、先程投げられた太刀があった場所。ダルマモードの余波で溶けた太刀が、人知れず水溜りとなっていた場所だった。

「『活路は攻撃の前にある』だったか?正しくその通りだ。攻撃する前じゃなきゃ、こうは行かないからなぁ!」

 ヒヒダルマが火力を上げたことによる、水溜りの急激な沸騰。その水蒸気がヒヒダルマを天井へと押し上げた。
 そのまま天井を蹴り跳ねたヒヒダルマは、キリキザンの背後を取る。
 レヴォ達はヒヒダルマが直進してくるとばかり思っていたからこそ、フキの予想を裏切った行動に対応できない。

「何なんだ、何なんだよこのバケモン姉ちゃんはっ!」

「言い残すことはそれだけか?それじゃあ…っ」

 フキはレヴォに対して指をさすと、歯を剥き出しながら一言。

「その素っ首、貰い受けるぜ。『フレアドライブ』ッ!」

 直後、莫大な業火がキリキザンを丸呑みにした。
 目も開けていられない熱波が、その場全員を無差別に襲う。バタバタと髪や衣服が後方になびく中、フキはただ一人爆炎の中に立つ。
 キリキザンが目を瞑り倒れ伏す様を確認し、フキは満足そうに笑う。
 これこそが四天王、これこそが狂犬の戦い方だった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。