第84話 赤い元仲間

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「ついて来い」

 修行が認められた4人はレシラムの後ろを歩いている。もう修行を始めるのかと思っているせいか、吐く息の方が多い。すでに疲れがピークに達している。
 眠気も少しずつ襲ってきている中、若干霞んだ視界に入ってきたのは、岩陰にひっそりと構えているログハウスだ。木の色が岩の色と似ているため、一見しただけではわかりにくい。

「この国にいる間は、あそこに住むといい。生活する分には困らないだろう」

 レシラムが言うには、このログハウスは元々避難用としてつくられたものであるため、中が広く、ヒトカゲ達の仲間が来ても全員で難なく寝泊まりできるのだとか。

「ありがとう。じゃあ遠慮なく使わせてもらうね」

 ヒトカゲを筆頭に、他の3人も頭を下げて礼を言った。レシラムはそれに対して何も返答することなく、ただじっと4人の姿を見下ろしている。
 特に嬉しさや清々(すがすが)しさというものを感じたりしていない。逆にこれくらいのことで何故礼を言うのかと、レシラムは問いたいと思っているようだ。

「おい、お前達」

 後方からやって来たゼクロムが4人を呼ぶ。彼のもとへと行こうと足を踏み出そうとするが、彼の方から近づいてきた。レシラムの横に並ぶと、早々に話を始める。

「街でも見に行くがいい。この国がどのようなものか、お前達の目で確かめろ」

 それもそうだな、と思う反面、半ば強制的にこの場から離れさせたいような言い方に聞こえたようだ。どのみち訓練は他の仲間が来ないことには始まらないので、それまで自由にしていようと考えていたところだ。

「じゃあそうすっかな。街ってどこだ?」
「ここから北西に向かえ。直に見えてくるはずだ」

 ゼクロムが指す方向へと、ルカリオを先頭にして歩き始める。ヒトカゲやラティアスを先頭にすれば道に迷わないことはないし、ジュプトルが先導してくれるはずもないことはすでに経験でわかっていた。


「で、私に話したいことでもあるのか?」

 ヒトカゲ達の姿が見えなくなったところで、レシラムがすべてを見透かしたかのような言い方でゼクロムに問いかける。特に驚く様子もなく、ゼクロムは淡々と話を持ちかける。

「やはり気になるんでな。あいつらがどうしてパルキアに目をつけられたのか」
「確かに。私も数日前に聞くまで、『詠唱』ができるとは知らなかった」

 とにかく、2人はヒトカゲとルカリオの存在が気になって仕方がないようだ。そして詠唱についても気になることがあり、疑問に思うことが多くて戸惑っている。
 少し間をおいて、ゼクロムがレシラムに背を向ける。どこかに行こうとしているのは明らかで、行き先までおおよそ検討がついているがあえて尋ねた。

「確かめに行くのか?」
「ああ。ルギアに聞けばわかるだろう。それに、別件についてもあるからな」

 直に、その場からゼクロムの姿はなくなった。去って行った方向をじっと見続けていたレシラムの表情は、小さくではあるが、曇りがかっていた。


 1時間もかからずに、ヒトカゲ達は街に到着した。木でできた看板に書かれた『テューダー』というのがこの街の名前なのだろう。そして街並みはというと、見た目上ポケラスにある田舎と何ら変わりない。
 違うものがあるとすれば、“空気”――ポケモン達が織りなす雰囲気だ。物々交換する者達、日光浴をしながら談笑する者達、それ以外の者達も全員が平和を象徴しているかの如く笑顔でいる。

「なんだか、落ち着けるような街だね」
「いいですよねー、和みます♪」

 ヒトカゲとラティアスはすぐにこの街が好きになったようだ。見慣れないポケモンが多いせいか、気分も高揚気味だ。一方のルカリオとジュプトルはというと、慎重になっている。

「おい、あそこのクイタラン、ずっとこっち見てんだけど」
「知るか……と言いたいが、確かに目線が気になる」

 2人からしても、クイタランからしても、見ている相手は外国からやってきた者。物珍しげな目線を送るのは何ら不思議なことではない。
 クイタランに気を取られていると、前方で立ち止まっていたヒトカゲ達にぶつかった。ちゃんと歩きやがれと怒鳴ろうと彼らの方を振り向くと、その先に人だかりができていた。

「ん、何だあれ?」
「よくわからないですが、行ってみましょうよ」

 遠くから見ても、お祭りのような楽しい活気であるようではなかった。何の騒ぎだろうと気になった4人が近づいてみると、集団の真ん中に1人、倒れているポケモンがいた。
 赤色で、羽がついた体。カニ、というより何かの頭のような形をした2本のツメには目のような模様がついている。ポケモニアにはいない種族であるそのポケモンは、ハッサムと呼ばれている。
 そのハッサムには特徴があり、ツメについている円い目のような模様が途中できれいに切れていて、まるで怒りの目つきのようになっている。

「……あれ? えっ、えっ!?」

 彼を見て1人とてつもなく驚いているのは、ヒトカゲだ。動揺が激しく、あちこち見回してあたふたしている。ルカリオ達がどうしたと尋ねてもただただ慌てふためくばかりだ。
 その時だ。気を失っていたハッサムの目がうっすら開いた。ぼやけていた視界がはっきりすると、ヒトカゲの姿が彼の目に映り、次の瞬間、彼はヒトカゲに飛びついた。

「……ヒ、ヒトカゲ――!!」
「わっ、ちょっ!?」

 迷子になった子供がわんわん泣くように、ハッサムは声を荒げてヒトカゲに泣きついていた。抱きつかれた側はもちろん、周りにいるみんなもこの状況が理解できずに戸惑うばかり。
 落ち着かせようと何回か彼に呼びかけようとするが、声をかけるのもためらってしまうほど手におえない状況だ。いつまでもこうしているわけにもいかないので、少々強引に場所を移動することに。


「で、そのハッサム、お前の知り合いなのか?」
「そう。そうなんだけど……」

 せっかく街に繰り出したのに、何も見学できぬままラゼングロードへと戻るはめになったヒトカゲ達。ジュプトルが問いただすが、ヒトカゲの様子がどうもおかしい。その理由はすぐに語られた。

「僕よくわからないんだけど……このハッサム、前にいた世界の仲間なんだ」
『前にいた世界、だって!?』

 そう、このハッサムは、かつてヒトカゲがいた世界にいるトレーナー・リサの手持ちの1匹。つまり彼の昔の仲間ということになる。久々の再会に喜びたいところだが、そうは言っていられない事態だ。

「じゃ、じゃあお前、どうやってここへ?」

 ルカリオの質問が全てを語っている。どのようにしてこの世界へやって来たのか――ヒトカゲ達が1番気になっている謎について尋ねるが、ハッサムは黙って首を横に振る。

「わからない。気がついたら全然見覚えのないところにいて……」

 詳しく話を聞くと、元にいた世界でトレーナー同士のバトルをしていた際、突然「ゆがみ」が目の前に発生し、それに飲み込まれたという。そして我に返った時には、この世界にいたらしい。
 右も左もわからず、目的を持つこともできずにたださ迷い歩くこと数日、力尽きて倒れたところにヒトカゲに会えたのはまさに奇跡だと涙ながらに感謝していた。

「ゆがみ……まさか、パルキアが言ってた異変って、このこと?」

 ハッサムの話を聞いてヒトカゲはあることを思い出した。彼が初めてパルキアと会った時に聞かされた“異変”だ。このことに関係していないとは言い切れないと推測する。

「おかしくないかもですね。世界間を移動できるなんて、普通あり得ないことですしね」

 珍しくラティアスがまじめなことを言う。明日は絶対に嵐か吹雪か地割れか、世界が崩壊するだろうとルカリオとジュプトルは2人で同じことを思っていた。


「……というわけなんだけど」

 しばらくして、ログハウス近くに現れたレシラムに事情を説明した。ハッサムはレシラムを一目見ると畏れ多くなったのか、自分より小さいヒトカゲの後ろに隠れる。

「事情は承知した。それで、お前達はどうしたいのだ?」

 事情を話せば、何かしらの対処法を教えてくれる、そう考えていたヒトカゲ達にとっては少し返答に困る言葉だった。レシラムから何かしようという動きはみられない。

「と、とりあえず、一緒に住ませてほしいな、と思って」
「構わん。好きにするがいい」

 それだけ言い残し、すぐにレシラムは背を向けてどこかに行ってしまった。特にハッサムのことを気遣うわけでもなく、優しく受け入れようとするわけでもなく、ただ淡々と返事をしただけだ。
 レシラムに初めて会ってから、彼が自分の心を見せようとしたことは1度もない。喜怒哀楽どころか、思ったことを口にしたこともない。「心」が伝わってこないのだ。

「なんか、感じ悪いよな。ジュプトルみてーだな」
「民に好かれるような王の様では、あまりないかもな」

 何気ないルカリオの言葉をしっかと聞いたジュプトルは、話しながらも彼の足をぎゅっと踏み潰していた。ジュプトルの方が感情を出しているのかもしれない。

「家の中はいろ、ハッサム」
「あ、あぁ。あいつら、大丈夫なのか?」
「いつものじゃれあいですから」

 当たり前の光景になってしまった、ルカリオとジュプトルの「じゃれあい」。これに慣れてないハッサムだけが、彼らに対してかなり心配をしていた。

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