第四節 開幕

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「それで、今どんな状況なんだい!?」

 ウラヌシティ北部に位置するコドニック市警本部、そこの署長室にリリーは焦った様子で担ぎ込まれた。
 登場の仕方がフキの小脇に抱えられての登場だったことには、いまさら誰も疑問に感じる者は居ない。彼女の体の弱さからよく担がれているのは周知の事実だった。
 部屋奥の窓際に設られた大きな机に座った、壮年の警察署長もその一人。リリーの声を聞くなり、その重い顔をゆるゆると持ち上げた。
 豪華な机から腰を上げた彼は深く腰を曲げると、背伸びした少女と儀礼的で短い握手。

「すまないねリリー君、前市長の祖父君が残した街での暴動をここまで大きな形にしてしまうとは」

「いえ、祖父も一代で街を大きくするには様々な無理を行なってきました。その分の精算が今やってきただけです」

「はは、その言い分は亡きお爺さまそっくりだよ」

 椅子に重く腰を落として乾いた笑みを浮かべた彼は、デスクに置かれたモニターを二人の方へ向けると、今まで何があったかを緩々と喋り始めた。

「今朝未明、南部を拠点とするギャング集団『ビシャープ・ファミリー』の面々が首都高速道路を封鎖。その場に居た一般市民のポケモンを強奪した後、現在も道路を塞いだままだ」

「ふむ…何か声明のようなものは?」

 フキが近くの部屋から椅子を引っ張ってくると、リリーはそこに腰を落ち着ける。真剣な表情で画面を見続ける彼女を尻目に、フキは署長の机へ粗野に腰掛けた。

「私がいうよりも、この中継を見てもらった方が早いかな。とはいえ、想像はついているだろうけどね」

 どこか不可解な表情を隠せない彼は、卓上のキーボードへ手を伸ばす。軽くエンターキーを押すと、一つの映像を再生させた。
 そこでは背中にキリキザンの刺繍を刻んだ男たちが、高速道路の上でダイオウドウを並べている映像。
 街の基幹道路を封鎖した彼らは、声高くたった一つのことを叫んでいた。

『我々は南部土地権利闘争の象徴である!現在ウラヌシティの繁栄があるのは我々の土地を不当な価格で買い占め、現在栄華を極めている!これに対し南部住民総意として現在の価格を我々に支払う義務があり–』

「あー、つまりどういう事だ?」

「はぁ…フキくん、一緒にお勉強したの忘れたのかい?ったく、たしか教科書ならスマホロトムに入ってたはず…ほら、これ見て」

「うげ…勉強は苦手なんだよなぁ」

 そう言いながらも、フキは渋々リリーの画面を覗き込む。
 そこに書かれているのはこうだ。

 −元来、ウラヌシティが建てられた場所はほとんど何もない田舎の荒野だった。
 そこに目をつけたアストルム・バーバトス、つまりはリリーの祖父。彼がその才覚をもって発展させる。
 現在北部と呼ばれる部分にカジノや高級ホテル街、それに新たなポケモンリーグのドームを建設。
 巧みな広報戦術で人を呼び込み、観光都市はそれは見事に繁盛した。

「爺さんいい人だったよなぁ…そういえば黒服の人たち、爺さんの周りにいたっけ」

「お爺ちゃんと普通に接してたの、むしろフキちゃんくらいなんじゃ…?おじいちゃん凄い人なんだよ?」

「おう、もちろん分かってるぜ」

「まったく分かってなさそう…まあいいや、それより次だよ次!」

 そう言って、リリーは電子書籍の次のページをめくる。
 −それを元手に今度は都市で働く人々たちの為のベッドエリア、つまりは居住地域となる中部を今度は生み出す。
 現在では病院や教育機関も、シティで得られた利益をふんだんに注ぎ込み設置。結果として大学は豊富な実験設備が整う新進気鋭の大学として一躍名を馳せる。
 こうしてウラヌシティは単なる歓楽都市から、一躍居住地としての価値も跳ね上がった。

「あー、なんかここらは覚えてる。よく行くハンバーガーの旦那もそんなこと言ってたからな」

「君の脳みそは胃袋と直結してるのかい?」

「それでも覚えてたから褒めて欲しいもんだな」

 得意げな顔になったフキ。彼女は意気揚々と次のページをめくり、その文字量に顔を顰めた
 −しかしその発展のために犠牲になったのが、もともと荒野に住んでいた人々。彼らは元来ミルタンクの放牧・酪農ができれば御の字、殆どの男衆は近場のコドニック高山へ危険な採掘を行う彼らに学はない。
 故に、アストルム・バーバトスは自ら彼らの家へと赴き、自ら雇った不動産売買の資格を持つ宅建士に土地の代金と引越しの補助を約束し、彼らを現在の南部と呼ばれる場所へ移動させた。

 鉱山が健在だった頃は住み分けが可能だったが、しかし金属資源は湯源でありついには閉山。その頃には北部中部の根幹は完成しており、南部の彼らがいまさら歓楽街やベッドタウンで就くことが出来る職業は限られていた。
 そこからは格差が再生産され、職自体が少なく資産の低い南部での治安は悪化。
 そのうち彼らの中から「アストルム・バーバトスは将来の発展性を知っていながら、自らお抱えの不動産会社を用いて我々の土地を不当な価格で買収した」と」主張するものが現れ始めている。

「これが、あいつらが言ってる『不当な価格で買い占め』ってところか」

「そ、でもぶっちゃけウラヌシティって今めっちゃ栄えててさ、土地代がぶち上がりなんだよ。ってわけで実際に払うのは無理って感じ。でも相手としてはお金が欲しいわけだから意見が対立。時々こういう強硬手段に出る人たちが生まれるって寸法よ」

「でもおかしくねえか?やってる事と言ってることがチグハグじゃねえか」

 その言葉に少し目を見開いたリリーの様子を伺った署長は、目頭を揉み込むと重々しく頷いた。
 署長はフキの言葉に深く頷くと、困ったように机をトントンと叩く。

「そうなんだ。相手の目的が一貫しない以上、我々は下手に手を出せば相手の思惑通りになりかねないんだ。警察を誘い出すこと自体が目的かもしれん…」

「そのために、リーグ委員長である僕を呼んだってことか。なるほど得心がいったよ」

 彼女はそう言うと、フキの方に顔をチラリと向ける。
 例え若くとも、リリーはリーグ委員長。トレーナーとして最高峰に位する四天王、彼らは委員長によって任命される。
 そしてその位に就き様々な恩恵が得られるが、その対価も勿論ある。彼らは有事の際に関しては、委員長の指揮に従わねばならないのだ。
 そしてリリーの部屋に電話が来たというのは、今まさに四天王の力が必要とされていることに他ならない。

「ってことでフキくん、お願いできるかい?」

「流石にこれで断るって言うやつも居な…いや、ちょっと待て」

 フキが見ていたのは、先ほどから署長の卓上に設置されたパソコンモニタ。大きく高速道路の映像が映されているが、その周囲にも様々な地区の監視カメラの映像が映されている。
 そんな画面の隅の方で映っているのは、南部の込み入った街並みの一角。
 そこを一瞬過ぎ去った人影を、フキは決して見逃さなかった。

「…悪ィ、ごめんリリー。他の3人の誰かに頼んでくれねえか?」

「ちょっと待ってよフキちゃん!」

「すまねえ!迷惑かけたやつに一つ貸しといてくれ!」

 彼女は立てかけた太刀を手にすると、振り返ってリリーに目を向ける。その目は真剣そのものだった。

「ったく、本当にヤバい時じゃないからいいけど…でも命令違反分は後でこってり絞らせてもらうからね!」

 フキはその言葉を背中に受けると、風をまとって署長の隣を通り過ぎた。そのまま窓を大きく開くと、迷わずそこから飛び降りる。
 彼女がいたのは地上5階。それでもエネコのように危なげなくコンクリートの地面に着地すると、そのまま近くのタクシーを捕まえていた。





 先程の映像を場所を目指して素早く進むフキ。南部スラム街に広がるトタン屋根の上を、何度も跳び伝って進んでいた。
 南部に設置された監視カメラの個数は、他の地区と比べて極めて少ない。タクシーの中で送ってもらった地図を頼りに、彼女はただひた走る。

「−−して−−−−さ−―」

 そしてしばらくした後。フキの聡い耳は、果たして彼女はその手掛かりを見つけ出した。
 すぐさま声のした所に体を向けると、そのまま素早く駆け抜けていく。
 だんだん届く声の音量が大きくなったところで大きく跳躍し、砂埃を巻き上げながら着地。
 多くの人が居並ぶ、その中心でゆらりと立ち上がる。そして太刀の鞘尻を地面に荒々しく叩きつければ、辺りは水を打ったように静かになる。

「おい、こんな場所でなにバカ晒してやがんだ、オレア」

 いつもより目が細く引き絞られたフキ。それもそのはず、彼の姿は奇しくも初めて会った時と同じ。傷だらけで倒れ伏したオレアに向かって、2回目はないと言わんばかりに吐き捨てた。

「べ、べるりぃ…」

「いつぞやの姉ちゃん、今度もまた現れるたぁ奇遇じゃねえか、あぁ?」

 隣で倒れたベイリーフにも、周囲を囲むキリキザンを背負った者達にも目を向けていない。
 ただ真っ直ぐに、オレアの瞳を見据えていた。
 その刺すような視線にも射竦められずに、彼はよろよろと体を重たく持ち上げる。足元もおぼつかないままフキへ近づくと、どうにか肺腑の奥から言葉を絞り出した。

「お願い、します…。助けて、くださいっ…!」

 彼女の肩を強く、強く掴み何度も揺する。しかしその言葉で額に青筋を立てた彼女は、思わずオレアの胸ぐらを掴み上げた。
 そのまま相手の顔に唾がかかるのも厭わずに、声を大きく怒鳴り上げる。

「テメエ、こんな所じゃ非力な奴がカモられるって言ったじゃねえか!ええ?耳の穴がザルか何かか!?」

「…っ」

「自分が弱いのは自分が1番分かってるんじゃなかったのか?それでもってまだテメエのケツもテメエで拭けずに、いつかまた人様巻き込んでやらかすのか!?」

 そう吐き捨てると、オレアの腕を振り払う。ついぞ立ち上がる気力を失ったのか、彼は地面に崩れ落ちた。
 そのままフキがくるりと振り返ろうとしたが、脚を何かが邪魔をする。這いつくばったオレアが、それでも腕をフキの足に絡めていたのだ。

「お願い、します…!僕は、どうなってもいい、だけど…!」

 ほぼ同時にベイリーフの下から、くぐもった啜り泣きが聞こえてくる。それは男の声とは似ても似つかない、小さい子供のものだった
 フキが二の句を告げ図にいる中、オレアは途切れ途切れに言葉を続けた。

「僕だって、こんなところに来たくなんかなかったよ…それでも、それでも!小さい子が迷い込んで、そんなの見過ごせないよ!」

 彼女の脳裏によぎるのは人懐っこいベイリーフ。およそ荒事に向いていないあのポケモンが、この場で戦おうとするのに果たしていかほどの勇気が必要か。
 フキは急速に、茹だった頭が冷えていく。

「ねえ、教えてくださいよ。この街は子供のポケモンが奪われるのを、見過ごすようなところなんですか…っ!?」

 それっきり、二人は重く口をつぐむ。しかし置いてきぼりのならず者達はそんなこと関係なく、突然の招かれざる客にご立腹だ。
 ぞろ皆で二人を取り囲むと、その中でも一際背の高い男がフキの肩に手を乗せる。

「おう、いつまでシカトきめてくれちゃってんの?俺たちをなめっ−?」

 しかしゴロツキが最後まで言葉を紡ぐことは叶わなかった。彼女の肩に手を当てた瞬間、ギラリと振り向いたフキが男の頭をアイアンクロー。
 ミシミシと頭蓋に指を食い込ませながら、深く腰を落として顔を地面にめり込ませた。
 その姿にゴロツキはおろか、オレアとベイリーフさえ口をあんぐりと開けてしまう。

「ったくゴチャゴチャうるせえんだよ!こちとら色々機嫌急降下だっていうの、に…」

 彼女の脳裏によぎるのは、リリーの「面倒事を起こさないでくれよ」と頼む笑顔の姿。
 口元をひくつかせながらすっくと立ち上がるフキ。どうにか笑顔を貼り付けると、愛想良く元気に挨拶。

「じゃ、今日はここら辺で!」

「で!で済むわけがないじゃないの!アンタら、囲んで袋にしちまいな!」

 ゴロツキの中にいた女が威勢よく指示を飛ばす。各々がモンスターボルを取り出そうとする素振りを見せたその瞬間。
 それを見て楽しげに口元を歪めたフキは、和服の裾に素早く手を伸ばすと素早くモンスターボールを繰り出す。

「やっぱコソコソやるのは性に合わねえんだよ!頼むぞキュウコン!」

 そうして現れたのは、青白く美しい毛並みを持つアローラキュウコン。穏やかそうな光を湛えた瞳が、糸のように優しく細められる。
 そしてブルリと体を震わせると、毛並みから細かい氷の粒が溢れ集っていく。

「さあ、いっちょ派手に頼むぜ!『フリーズドライ』!」

 技の名前が呼ばれた瞬間、キュウコンの周りに漂っていた雪塊が落下。するりと地面に溶けて見えなくなる。
 ゴロツキたちは意味のない行動を見て、下卑た笑みを浮かべたその瞬間。
 フキはパチン、と指を弾く。
 途端、足元から巨大な霜の柱が迫り出し、ゴロツキ達の体を飲み込む。素早く冷気が彼らを包むと、体の浅部を器用に凍結。

 オレアの瞬きすら許さない、刹那の妙技。ややあって、キュウコンの「ゆきふらし」によるあられが降り始めた。
 これがトレーナーの到達点。これが、四天王である。
説明というか、情報が多くて申し訳ない

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