第三節 16ポンドの会食

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「………………………………どうして四天王が!」

「んぁ、起きたか」

 床に転がしていた少年がいきなり目を見開くと、ガバリとその身を起き上がらせる。
 暇すぎて半分意識が夢の世界に旅立ってたため、こっくりこっくり船を漕いでいた机からノロノロと顔を上げる。するとそこには、ポカンとアタシを見つめる間抜け面。
 二人揃って顔を突き合わせていると、少年の方が二、三回ほっぺたを叩く。
 じんじんと赤く腫れる頬で、ようやく夢ではないと分かったようだ。その途端ツカツカとこちら近づいてきて、肩をヒシっと掴むと何度も揺さぶってくる。

「いやどうして僕を路地裏で助けてくれなかったんですか!あれのせいでパソコン壊れるし、実験のデータが入ったUSB無くすし、今日散々だったんですよ!」

「やー悪かった悪かったって。少しばかりアタシも罪悪感感じてるからさ」

「全っ然わかってません!今日の学会に僕人生賭けてきてたんですよ!それがあんなことで失敗に終わるなんて…」

 勢いよく食ってかかって来た彼だったが、段々どんよりとした空気を伴い語気が尻すぼみに弱まっていく。
 終いにはヘナヘナと倒れ込み、這いつくばってしまっていた。ともすれば、フワライドに攫われそうなほどの落ち込み具合である。

「そこまで大切なもんだったのか、それ」

「そりゃそうですよ!何だったらここで聞かせてあげましょうか!僕の『ポケモン構成論』の内容をみっちり30分!…うぅ…実際に発表は5分で終わりましたけど」

「おう、萎びたハリーセンみたいな顔しやがって。そうだ、ここは一つ美味いもんでも食って気分でも変えたらどうだ?」

「…んです」

「あ?声小さくて聞こえねえぞ」
 そこそこ耳の良さに自信はある。それでも分からないほどボソボソと小さい声で話されると、流石に何言っているかまでは聞き取れない。

「無いんです!財布も!証明書も!全部丸っと身ぐるみ全部ほとんどむしり取られたんです!」

 そう吠えると同時、彼から「グギュルルグルグゴゴォ…!」と大きな音が聞こえた。およそ人が出してはいけなさそうな、腹の虫の怒りである。
 心なし目尻に光を浮かべる少年に、やはりリリーが飼っていたワンパチが重なって見えた。

「ったく、見捨てたアタシも決まりが悪いし、晩飯くらいは奢ってやるよ。アタシはまあ知ってるだろうが、フキってんだ。お前は?」

「…オレアですよ、四天王のフキさん」

 這っている彼に手を差し出してやれば、弱々しい力で握り返してきた。





 ドン、と空になったグリル皿を机に置き、思わずオレアの言葉を聞き返した。

「財布がねえのは知ってるけどよ。お前本当に自分を証明するもん、何から何まで取られたのか?」

「ええ、学生証からパスポートまで、挙句の果てには財布のガワすら持ってかれたんですよ!?」

 深夜でも煌びやかなヌクレアシティ場末の、どこにでもある安いステーキハウス。
 和服を汚すとリリーがうるさいので、また適当な服に着替えて夜の繁華街へと繰り出していた。
 そこで唾を飛ばしながら力説するオレアは、今までの鬱憤を晴らすようにパンへとかぶりついた。

「権利闘争だの都市が作られるときになんか色々あったらしいが、それですり潰されたのが南部なんだぜ。そりゃ骨の髄までしゃぶられるってもんよ」

 何度も厨房とアタシの前のテーブルを往復する給仕を尻目に頬杖をつく。

「そもそも、観光案内にも近づくなって書いてなかったっけ?」

「タクシーに乗って気づいたらあの路地に連れてこられてたんですよ」

「どうせ安いって文言に騙されたクチだろ?」

 少し頭を巡らせて空港回りの治安を思い出す。そういえば使い古された手口でそんなものがあったなぁ、と思った時には口をついて出ていた。
 どうやら図星だったみたいで、彼は言葉に詰まると無言でパンを咀嚼し始める。

「それにしてもお前、一応トレーナーだろ?なんであの場面で戦わねえんだ?」

「トレーナーだって、わかりますか?」

「よくよく姿を見りゃモンスターボール隠してんのは分かんだよ。四天王舐めんな」

「ハハ、凄いですね…理由、言っても怒りません?」

「さあな、約束なんて出来ねえよ」

 そう言いながら、次の肉を二、三口で咀嚼。
 オレアはそのタイミングでモンスターボールを取り出すと、自身の隣にそっとポケモンを呼び出した。

「べるあ?」

 小首を傾げて自身の主人を見上げるポケモンはベイリーフ。彼に撫でられて嬉しそうに目を細める姿は、確かに無防備に見えた。

「ほら、僕は見た通り運動神経ありませんし。この子もトレーナーズスクールでしか戦った事ないんですよ」

 アタシがベイリーフに手を伸ばせば、なんの疑いもなく掌に頭を擦り付けてくる。なるほど確かに人懐っこく、疑うことを知らなさそうだ。
 そのまま軽く撫でてやれば、ふわふわと嬉しそうに頭を振る。

「なるほどな。ま、それでも良いんじゃねえの…って何をそんなにビクついてんだテメエ」

「いやてっきり『舐めたこと言ってんじゃねえぶっ殺すぞ』くらいフキさんなら言いそうで」

「アタシのことなんだと思ってんだぶっ殺すぞ」

 途端に縮み上がるオレアとベイリーフ。二人ともすぐに涙を溜め始めるあたり、どうやら似たもの同士のようだ。

「いや狂犬って言われてますし、てっきり話の通じない血に飢えた人かと」

「んな訳ねえだろ、バトルしねえ人だって世の中にはごまんと居るんだ。ま、力があるに越した事はねえけどな」

 そのまま追加でやってきた肉を一口で放り込むと、向かいでベイリーフにパンを千切って与えている二人を眺める。

「お前も萎縮しないで、別に好きなだけ食って良いんだぞ」

「いや、僕は一人分でお腹いっぱいですよ…というかフキさん、何人前食べる気なんですか?」

 そう言いながら向こう二人が見ているのは、アタシの右手側に重ねられたグリルの山。

「まだ5人前くらいしか食ってねえだろ。ほら、遠慮すんな」

「遠慮というか僕のお腹の限界ですよ。人前でも十分なくらいですし…うぷ」

 話す間に皿の山へもう一段追加。
 気づけば周りの席の奴らもこっちを見ていた。だが、人に注目され流なんてことは今更慣れっこ。箸を止めるようなヤワな神経は持ち合わせていない。

「そう言えばよ、証明書もないってんならお前、今日どこ泊まるんだ?野宿?」

「あーっ!いいい今からホテルに電話すれば…!」

「パスポートもねえってんなら厳しいんじゃねえか?本人か確かめる術がねえって事だし。事前にチェックインしてるんなら別だろうけど」

「…して、無いです」

 がっくしと肩を起こしたオレアの姿に、思わず手を額に当てるとグシャグシャと髪を掻きむしった。
 そのままチラリと正面を見れば、どこか期待するような視線が二つ。

「はぁ…わーったよ、ここまで来たら乗りかかった船だよ。あそこの部屋使って一日寝てけ」

「やった!」「べりぃ!」

「ただし!その次の日はねえぞ。大学の教授だろうが何だろうが、誰でも良いから知り合いに助けを求めるんだな」

 喜色満面の二人に釘を刺す事は忘れない。袖振り合うも多生の縁とは言えど、いつまでも面倒を見る気なんてさらさら無い。
 そもそも、昔からどうにも純粋なやつにオドオドしたやつ、それにお姉ちゃんぶるやつと一緒にいると調子が崩れるのだ。こちとらリリー一人で手一杯である。

「そう言えばフキさんはどこで寝るんですか?僕が部屋使ったらもしかして野宿?」

「バーカ、テメエの心配をまずしとけ。それに、持つべきものは無駄に大きいベッドを持つ幼馴染なんだぜ?」

 脳裏に浮かぶのはリリーの顔。どうやって彼女の寝床に潜り込むかの算段をつけながら、最後のステーキを平らげる。

「うっし、腹も満たされたしそろそろ帰るか」

「16人前…どこに消えてったんだ…」

 鼻歌混じりで会計に向かう最中(さなか)、オレアの声は聞こえないフリをした。





「って言うのがいつの間にか人が寝てる間にベッドへ潜り込んで、あまつさえ私を抱き枕にした理由って訳かい?」

「良い感じの大きさだったからつい。それに風呂は勝手に使ったから綺麗だぞ?」

「ついじゃない!私の方がお姉さんなんだぞまったく!君がいると冷房代も無駄にかかるんだから」

 着のみ着のままで忍び込んだのは、リリーが爺さんから受け継いだ、街でもいっとう高いマンションの最上階。
 もはや顔パスと化したマンションの守衛に軽く手を振り、何言うリリー本人からもらった合鍵を使ってあいつの部屋へ。
 今日日絵本の中でしか見たことがないような天蓋付きのベッドに迷わず飛び込み、気付けばもうお日様が昇っていた。
 それを正直に言ったっていうのに、どうやらこの部屋の小さな主人はご不満らしい。

「昔からいつも突然なんだから全く…それでポケモン誘拐については何かつかめたのかい?」

「いんや、全くこれっぽちも。ただ前より確実に、治安が悪くなってんな」

 思い出すのはやはりカツアゲされたオレアの姿。確かにああいう半グレの輩はいるにはいるが、あんなに街の浅いところで派手にはやっていなかったはず。
 それに、昔からの明け透いた手口でのタクシーカツアゲなど、普通は使う手ではない。何か言い知れない違和感が、どうにも胸を拭えずにいる。

「頼むからバレないでくれよ。四天王がスキャンダルで失脚とか私の評判にも関わるんだから」

「だったらアタシに危ない橋を渡るの頼むなっての」

「まだまだ私も立場が弱くて、信頼できるのは本当に一握りなんだ。それにフキちゃんのパンクな姿は治安悪すぎておんなじ人だと思えないしね」

「やっぱり喧嘩売ってるだろお前」

 思わずほっぺを摘んで伸ばしてやれば、ふにょんと柔らかく自由自在に形を変える。
 ひとしきり横に縦にと揉み込むと、だんだん頬が赤くなってくる。そこで、ぱっと手を離した。
 すかさず頬を押さえるリリーはじろりとアタシを睨んでくる。頬を膨らませたところで可愛いものだが。

「何するんだ私のプリティーが伸びたら責任取ってもらうぞ!」

「はいはい分かった分かった。そんときは責任でも何でも取ってやるから、好きなだけ伸ばされろ」

「全くフキちゃんは!!」

 ついぞ手当たり枕や水差し、次第に周囲のものを投げ始めてきたが、別に早くもないため大切そうなものだけ掴んで、それ以外は甘んじてぶつかってやる。

「ったく大切なものまで投げるなっていうの。ほれ、薬無くしたらどうするんだ。それに判子まで投げやがって」

「フン、まったく運動神経だけは一人前なんだから」

「あーはいはい悪かったって、この通り!」

 いまだ頬を膨らませて、引ったくるように差し出した貴重品を奪うリリー。
 流石にこのまま怒らせたままにするのも悪いので、両手を合わせて平謝りする。
 その様子にため息をついた彼女は、肩を落としてちょいちょいと手招きした。それに逆らわず近づけば、頭をポカリと叩かれる。

「これで不問にしてあげるよ。お姉ちゃんの優しさに感謝するんだね」

「へいへい、分かってますよリリーちゃん委員長」

 リリーをもってして全く力を込めていない可愛らしい暴力に、思わず頬が緩みそうになる。
 そうしたらまた面倒なので、くるりと背中を向けるこれまた大きい風呂場へと歩を進めた。

「分かってないだろ!こら待て!」

「待てと言われて待つ奴がいるか。薬飲んで着替えてからアタシを追いかけな!」

「ちょと優しくした途端すぐこれなんだから…ったく、どこでこんなに生意気になっちゃったんだろう」

 そんな言葉を背に受けながら、私物の少ないリリーの部屋を後にしようとしたその時。
 チリリリン、と部屋に備え付けられた回転式の電話が鳴り出した。
 気の抜けた古めかしく軽い音に反して、リリーの表情は俄かに硬くなる。普段はスマホロトムへの通信が主だった現代において、それがわざわざ鳴る意味は一つ。
 パジャマ姿でもなりふり構わず受話器を取ったリリーは素早く話を聞くと、素早く振り返って、苦虫を噛み潰したような顔で告げた。

「…面倒ごとだ。南部のマフィアが、暴動だって」

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