*8*セカンドバトルと彼の理想

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Nとの2度目のバトル回。

*主人公の設定(生い立ちや容姿や立場)はゲームのものですが、それ以外の性格や個性などは完全にこちらで創作したオリジナルです。
*N主♀、チェレベル等のNLが含まれる傾向があります。
*手持ちのポケモンにはニックネームを付けていきます。
本来ニックネームは5文字までですが、5文字以上の名前をつける場合がありますので、ご了承ください。
*この長編で謳っている「ゲーム沿い」は、原作のストーリーの流れに沿って話を書くという意味ですので、その他の設定すべてがゲーム基準というわけではありません。
大体の世界観や細かい設定などは、ゲームとアニメを都合の良いように解釈して織り交ぜたオリジナルです。

※上記の事に同意できる方のみ閲覧お願いします。


シッポウシティへ到着したのは、もうじき夜を迎えようとする夕暮れの時間帯だった。


「……チェレン。」


シッポウシティに着いてすぐに幼なじみのチェレンに会った。

街の入り口付近で何をしているのかと思って、私が来るのを待っていたの?と問いかけてみると「……まあ、そんなところだよ。」なんて、歯切れの悪い返事。
その様子だけで、幼なじみだから すぐに私を待ってたんじゃないことくらい見抜けたわ。


「私じゃなくて、ベルが心配で待っていたのね。」

「べ、別に。」


内心で思うだけに留まらずに口に出して淡々と指摘すれば、チェレンは夕日に照らされただけでは説明のつかない顔を背けて「そんなんじゃないよ」なんてクールな素振り。
メガネを押し上げる仕草で顔を隠そうとしてもムダだったわ。

――――彼が同じ幼なじみのベルに対して好意を抱いていることは、ずいぶん前から知っているから今更なんだもの。

ベルが気付いている素振りは全くないけれど、脈がないわけじゃないとも思う。
……こればっかりは、私が決めることじゃないから強い言葉では言えない。

昼間のプラズマ団の一件もあって、ベルのことが純粋に心配でもあるのだろう。
ベルのことだから、きっとマイペースに寄り道をしながら遅くにこの街に着くはずね。
ともすれば、いっそこのまま迎えにでも赴きそうな彼に「どうするの?」とあえて主語は出さずに問いかけてみる。


「だから、別に何もしてないよ!」


ちょっとムキになって言い返してきた顔は、やっぱり夕日に照らされただけじゃなかった。



それから、話題の転換も兼ねてチェレンにポケモンセンターまで案内され、シッポウジムのジムリーダーがノーマルタイプを使うことを教えられた。

その対策としてかくとうタイプがいるとかなり有利になるとアドバイスをくれたチェレン。
口振りから察するに、彼はもうジムを攻略済みなのだろう。

私をポケモンセンターの前に置いて、そのまま行ってしまう彼の背中に向けて「がんばってね」と意味深な言葉を投げかける。
けれど、彼の意中の女の子みたいに特別耳が良いわけじゃないチェレンは私の言葉に気付くことなく、3番道路へのゲートの道を歩いていった。


彼が今ポケモンに道具を持たせることを学んでいるせいか、もらったカゴのみをバッグのきのみポケットに入れて、私はとりあえず案内してくれたポケモンセンターの中へ。
そこで、ポケモンの回復を待つ間に今晩ここへ泊るための手続きを受付けで済ませる。
回復を終えたポケモンたちのボールを受け取った後は、少しシッポウシティを見て回ることにして、一度ポケモンセンターを出たのだった。

脳裏には、青い月影を孕んで散る薔薇の花弁とライトグリーンの面影がうっすらと浮かんでいた。


そこかしこに見当たるレンガ調の景色が、やけにノスタルジック。
カノコタウンとは全然違う雰囲気や街景色なのに、どうしてこの街並みを懐古するような気持になるのかしら、不思議。
どこか古めかしくも見えるのは、夕日に照らされた街の雰囲気がそうさせるのか、本当にそうなのかは何だか判断がつき難い。

夕闇に滲んだ道の先に燈り始めた街灯の影が浮かぶ。
街道の一角にアートチックに建てられている時計が秒針を刻む音が、やけに鮮明に耳を打つ。
小さな時計台の表面には、白と黒のレリーフ。
そのモチーフである、見たことのない二匹のポケモン。
互いに背を向け合うようにして彫られているそれが、妙に視界に焼き付こうとしているのも街の雰囲気にあてられたからね、きっと。


「……?」


けれど、どうしてどこもかしこも倉庫ばかりなのかしら。
民家というには、いささか風変わり。
疑問に思って端末式のタウンマップで検索してみると、この特徴的な街並みこそが「芸術の街」と呼ばれる、この街の最大の魅力なのだと書かれていた。
曰く、倉庫を住宅として使っているんだって。
それは、ヒウンシティのジムリーダーがアトリエとして倉庫を利用しているのも理由の一つだとか。

シッポウシティのジムリーダーではなくて、ヒウンシティのジムリーダーなのね。どんな人なのかしら。

街の片隅に敷かれた路線の名残をぼんやりと遠目に眺めていると、どこからともなく流れてきたアコーディオンが奏でる音楽に足を止める。


「……あ、素敵なカフェ。」


見つけたのは、『カフェ ソーコ』というオシャレなカフェ。
もう少しこの街へ来るのがはやかったら、あそこでミルフィーユたちとのんびり昼下がりを楽しめたかもしれない。
このレトロな街の中で、アコーディオンの音色に包まれてお茶をするなんて素敵ね。

そう思って隣へ視線を移すと、今度は大きな博物館が目に入った。

カフェよりも目立つだろうに、一番最後に見つけたその建物が「博物館」だと認識した途端、心臓が大きな音を立てて跳ねる。
また、脳裏で薔薇が舞い散った。

ゆるゆると視線を流すと、側に立ってあるオブジェに『シッポウシティ ポケモンジムリーダー アロエ』と刻まれているのに気が付いた。
サンヨウジムと同じね、外観やおそらく中も博物館だけれど、ここは立派なポケモンジム。
さすがに今日は遅いから、ジム戦は明日にするつもり。

――――だけど、もしも。

青白さを湛えた、淡い緑色の髪が風に吹かれる様が幻みたいにきれいで。
それなのに、現実味を与えてやまないのは緑色の彼がここへ――シッポウシティの博物館へおいでといざなった言葉を鮮明に覚えているからで。

本当に、彼がここにいるのかしら。
私を誘っておいて、忘れているなんてことは……?

あの夜の言葉に現実味はあっても、真実味があるかはまた別の話。
それなのに、博物館の入り口を目の前にするまで、足は彼の言葉を信じようと自然と動く。

そのときだった。


「!」


彼が、――――Nが、博物館の中から出てきたのは。

中へ入ろうとした私、中から出てきた彼。
ぶつかりそうになった寸前、お互い立ち止まる。

距離にしてみればお互いの顔面約20センチほどの至近距離に、ときめきとは異なって心臓が飛び跳ねた。

彼は私に気付いていながら、それっきり動く気配は見せないから、こんなところまで不思議な人。
私のことは眼中にあって意識はしていないのか、意識はしていても本当は眼中にないのか、どちらもあり得ると思えてしまう要素が彼にはある。

彼が動かないから私がゆっくりと後ずさると、少し距離を開けて彼が一歩、二歩とまた近付いてきて、それからピタリと立ち止まる。
彼が止まったのを見て、私ももう数歩ほど後ろへ下がってから足を止めた。
さっきよりもだいぶ距離が取れて、内心ほっと息を吐く。


「ボクは……ダレにもみえないものがみたいんだ。」

「……?」


突然の出会いとあれだけの至近距離に彼はかけらも動揺や驚く素振りを見せることなく、ハイライトのない暗い目で私を見ながらも、どこか遠くを見て言った。


「ボールの中のポケモンたちの、理想。トレーナーという在り方の、真実。――――そして、ポケモンが完全となった未来……キミもみたいだろう?」


ゆっくり沈んでいく夕日を見ながら、Nは相変わらずの早口で言う。
夕日の輝きさえ、その目には燈らない。
言葉の終わりに私を見るけれど、暗い瞳に私は映っていなかった。

Nの言う、ポケモンが完全となった未来……それはきっと、カラクサタウンでも彼やゲーチスが言っていたモンスターボール、そして、トレーナーから「解放」された未来。
人間とポケモンが完全に切り離された世界。

そんな世界が見たいのかと彼は早口に問いかける。


「…………い。」

「?」


呟くように言った言葉はNの耳に届かなかったようで、きょとんと瞬きを返された。
無表情の彼に向けて、私はもう一度さっきの答えをはっきりと口にする。


「……わからない。ポケモンが本当にそれを望んでいるのなら、私はそんな世界だって構わない。でも…………、」


そっとバッグ越しにモンスターボールに触れて、その中にいる存在を頭の中に思い浮かべた。


「私は、ミルフィーユと……みんなと一緒にいたいと思うわ。」

「……ふうん。期待はずれだな。それよりもボクとボクのトモダチで未来をみることができるか、」

「…………。」


ふうん、なんて。期待はずれ、だなんて。
それより、だなんて……まったくもって失礼な人。
聞いてきたのはそっちじゃない。
そうは思っても口には出さないし、表情にも上手に表せないけれど。

Nがモンスターボールを取り出したのを見て、これからバトルが始まることを悟った。

取り出され、投げ込まれたNのモンスターボールから放たれた白い光がグレーに色付いて、小さな翼が夕闇を裂いた。


「キミで確かめさせてもらうよ。――――マメパト!」

「クルッポ!」


小さいながらに立派な鳩胸や翼を持ったマメパトは、ひこうタイプ。
だったら、こちらが繰り出せるのはあのコしかいない。


「ワッフル、おねがい。」


3番道路でゲットを果たし、新たな仲間として加わったでんきタイプのシママ――ワッフルで勝負に挑む。
シッポウシティまでの道のりでのトレーナーや野生のポケモンとのバトルのおかげで、ワッフルが使える技や威力は大体わかっている。
やんちゃな性格のワッフルは、バトルに出るのが楽しみで仕方ないらしく、シマー!と楽しげないななきが飛んでいるマメパトを越して夕焼け空に吸い込まれていった。


「マメパト、でんこうせっかだ。」

「ワッフル、こっちもでんこうせっかよ。」

「クルッ。」

「シマっ!」


マメパトは空中を旋回してからワッフルへ高速で向かう。
ワッフルも前足を上げて勇み立てると向かってくるマメパトへと駆け出した。

瞬間、Nが右翼にパワーを溜めるんだとマメパトに指示を飛ばす。
Nの助言を受けたマメパトの鳩胸がワッフルの胴体に、そして右翼が首筋を的確に打ち、それは鋭い一撃としてワッフルに刻み込まれた。
けれど、負けじと立ち向かうワッフルのパワフルな体当たりがマメパトを弾き飛ばす。

両方共にスピードもダメージも同じくらいで、パワーは五分五分。
体格差はあれど、レベル差はそうとはいかない。
……彼が、Nがマメパトにワッフルのスキを的確に見抜いて教えているからかもしれない。


「マメパト、にらみつける攻撃。」

「クルッ!」


マメパトの黄色い目が鋭くつり上がった。
ワッフルは受けて立とうとでもいうような挑戦的な笑みを広げて、空中のマメパトを見返す。
にらみつける攻撃が持つ効果は発揮されているだろうけれど、とてもそうには見えない様子は頼もしさを覚えるには十分ね。


「ワッフル、でんげきは!」

「マメパト、でんこうせっかで彼の集中を解くんだ。」


明滅していた白い鬣に電光が集中する前に、高速で急接近したマメパトの体当たりがワッフルの顔面に強打する。
溜め込みかけの電気が鬣から漏れ出し、ワッフルのよろめきに合わせて小さな音を立てながら宙を舞う。
Nの目論見通りなら、ここでワッフルの攻撃は完全に途絶えられていたのだろう。

けれど。


「……シマァ!」

「!」

「シマ!シマーマ!」

「ええ、ワッフル。今度は決められるわね、でんげきは!」


カッと見開いたワッフルの目。
つり上がったその目が弧を描くようにして細められ、私に指示を出してとせっかちにねだってくるのに頷いて、私は掌を前に突き出した。

ワッフルの高らかないななきと共に、今度こそ放出された電撃がマメパトを穿つ。
「でんげきは」は必ず相手に当たる技。
Nがワッフルの動きを読んだとしても、この至近距離。
避けることの出来ない一撃にマメパトの体力は一気にゼロへと導かれたのだった。


「シマっ!」


どうだ見たか!とワッフルが得意げな顔で前脚を振り上げ、Nに向かって鼻を鳴らす。
「今のは……。」というNの声が聞こえたけれど、私がワッフルから視線をNにやったときには、彼はマメパトを抱き上げてボールに戻しながら労わりの言葉を掛けていた。

そうして、次のモンスターボールを投げ込めば、


「マロー。」


中から出てきたのは、なんとも表現し難い顔のポケモン。
困っているような、馬鹿にしているような、どっちつかずな表情。
特徴的な丸みのある太い眉が下がっていることと憎らしいほどきれいな弧を描く口元の笑みがアンバランスで、ひどくコミカル。
一周まわっていっそ愛らしいと思えるようなそのポケモンの名前は、オタマロというらしい。

図鑑曰く、みずタイプらしいから、ここは交代しないでワッフルのままでいくことにした。


「オタマロ、バブルこうせん。」

「マロ~~!」


ピョンっと軽やかに跳ねたオタマロは、口から大量の泡の束を噴き出す。
螺旋状に絡み合った泡の束がワッフルの身体を押し出して、過激に弾けた。

強烈な衝撃にダメージを受けたワッフルが悲鳴を押し殺し、四肢を踏ん張ってよろめきをこらえ抜く。
衝撃に耐えようと瞑っていた目を攻撃の終わりの後に開き、真っ先にこちらを見てきたワッフルに「素敵」と頷いて紡げば、彼の尻尾がしきりに宙を泳いだ。

――――背後に忍び寄ったオタマロの存在に気付くのが遅れたのは、その油断が大きなスキを招いたからだった。


「ちょうおんぱ。」

「!」

「シマ?シマッ……シマーー!?」


振り返ったワッフルの顔面目掛けて放たれた、ちょうおんぱ。

特殊な波長を持ったそれは、ポケモンを混乱状態にしてしまうもので、音波を真正面から浴びたワッフルの目の焦点が次第にずれていく。
正面を向いているワッフルの視界から目の前にいるはずのオタマロの姿が消えるのと、ワッフルの息が荒くなり、鬣の明滅が不安定な強弱を繰り返すのは同時だった。
きょろきょろと辺りを忙しなく見回すたびに動かす身体の動きは覚束なくて、千鳥足。

大変……。これじゃあ、まともに技が出せないわ……。

ワッフル、と強めに名前を呼んで指示を出そうとしたけれど、ワッフルは私の声に気付かない。


「ワッフル!」

「シマァアーーッ!」


もう一度、ワッフルの名前を呼んだ声はワッフルの激しい いななきにかき消されてしまう。
そうしてワッフルがいつもよりも高く前脚を振り上げると、身体中が金色の電光に包まれた。
球体状に膨らんだそれは、攻撃も何も目的を持たずに空中に四散した。
迸った電気が空気を焼け焦がす匂いが鼻につく。


「キミの声は、彼には届いていないようだね。」


早口に紡がれる言葉に、たった一瞬だけ胸が熱くなる。

この状況をシンプルに伝えてきた、淡々とした言葉。
同時に私とワッフルの関係をはっきりと区分したような、冷たい響き。

火の粉で心臓を炙られたような、かすかな怒りが胸の奥で息衝いた。


「ワッフル、ワッフルしっかりして、でんげきは!」

「オタマロ、バブルこうせん。」

「マローーー!」


ぶるんぶるんと頭を振り回すワッフル。
私の指示の後もその仕草はやめなかったけれど、バチバチと弾けながら電気がワッフルの縞模様に宿った。

……いける、かもしれない。
オタマロがバブルこうせんを放つ前に攻撃できれば、きっと勝てる。
ワッフル、おねがい……っ。


「シマ……シマァマァア!」

「!え……!?」


再び球体状に膨らんだ電気が一気に鬣に集中し、それをでんげきはとして放とうとしたのだろうワッフルが、突然走り出す。
白い石造りの床に荒々しく打ち鳴らされる蹄の音。
まっすぐというには程遠い歪な方向性で向かった先は、ポケモンジムを象徴するモンスターボールのオブジェだった。
特殊なコーティングが施され、磨き上げられた底に頭から突っ込んだワッフルが甲高い悲鳴を上げると、鬣に集まった電気が無茶苦茶に弾け飛んだ。
こんな形で動きを止めたワッフルに襲い掛かるバブルこうせん。


「シマーー!?シ、マ……ァ!」


当たり所が悪かったらしい、ガクンと力を失った前脚を折って顔を床に着けたワッフルは、痛みと混乱に息も絶え絶えになりながら悶えていた。


「ワッフルっ!」

「どうする?そのままキミのポケモンを酷使させるか、それとも違うポケモンに交代させるか。」

「!そんなの……。」


Nが蔑むような目と厳しい声色で、しかし抑揚のない口調で問いかける。
私のワッフルに対する行動に注目をしているようだった。

私は、ワッフルの入ったモンスターボールを取り出す。
Nに言われたからじゃない。どちらにせよワッフルの体力は混乱状態も相まってかなり減っているはず。
どちらにしてもここで後退せざるを得ないわ。


「ワッフル。」

「シ、マ……?」


全身で息をするワッフルに私の呼び声がかすかながらに届いたことに安堵する。
「戻って」と口にしながらモンスターボールを向けた私が、オタマロの次の相手にと思っているミルフィーユでのバトルに思考を移した――瞬間。


「痛ッ……!」


手元に飛んできた微弱な電気に痛みと痺れを覚えて、持っていたボールを零してしまった。
赤い光が放たれる寸前で落としたボールは、コロコロと空っぽの音を立てて私の足元を転がる。

私は呆然としながら、視線をゆっくりとワッフルに向けた。
この中で電気を操るのは、あのコしかいない。

あのコが、ワッフルが今……私に対して拒絶を見せたのだ。


「わ、ワッフル……。」

「……、……!シマァ……シィ……ッ。」


フーッフーッと荒い鼻息が小さな砂埃を立てる中、混乱で瞳孔が開き霞んだ目をつり上げて私を睨むように見てくるワッフルの表情は必死。
並々ならない様子に戸惑って、それでもボールを拾おうとした私の手元にまた電気が飛んでくる。
今度は直撃しなかったけれど、ギリギリのところで弾けた電流に小さな悲鳴を上げて、出した手はすぐに引っ込まざるを得なかった。


「シマァマ!シーマー!」


目をギュッと瞑ったワッフルがフラフラと立ち上がる。
頭を振り回しながらいななき、前脚で地団太をめちゃくちゃに踏む様子は、さながら小さなコの駄々のようで。

ワッフル、もしかして……。


「アナタ……このまま戦いたいの?」

「…………シマ!」

「!ワッフル……、…………。……わかったわ。」


ワッフルはオタマロに向き合い、託されたバトルへの信頼にうれしそうに身体に電気を帯びた。
一見もう混乱はしていないように見えるけれど、強弱が不安定な鬣の光り方やカクカクと揺れる首の動きを見る限り、残念ながらまだ完全に治ってはいないようだ。

一撃で決めないと……!


「……決めたようだね。キミのポケモンの声には驚いたけれど、結局キミはキミのポケモンを酷使する道を選んだ。
残念だよ――――オタマロ、バブルこうせん。」

「私とワッフルで決めたことだもの。……大丈夫。ね?ワッフル。――――でんげきは!」

「シマ!!」


オタマロのバブルこうせんが口から放たれるのと同時にワッフルが駆け出した。
やはり、その軌道はオタマロに向かっているはずなのに途中で見失ってあらぬ方向に駆け出した。
混乱が続いた状態ではやはりバトルの続行はきつい……。
……でも、そんなつらい状態に陥ってもワッフルは「まだ」って、私に必死に訴えかけてくれた。

酷使していると言われてもいい。
ひどいトレーナーかもしれない。
甘い考えだってわかってる……それでも、私もあのコと同じ「まだ」って思いを抱いていたい。


「ワッフルの気持ちを無下にするトレーナーになりたくない……だから……っ。ワッフル……!」

「シマっ……シマーーー!!」


「でんげきは」は、必中技。
駆け出したワッフルがたとえオタマロを見失っても、放たれた渾身の電気の波はバブルこうせんを叩き壊して、そのままオタマロに食らわされた。


「マロ、マロォ~……。」

「!オタマロ……。」


効果バツグンのでんき技に焦がされたオタマロは、一気にノックダウン。
目を回しても下がった眉や、口角の上がった口元は変わらず、戦闘不能になってもその独特を極めた愛嬌は少しも薄れていなかった。


「素敵、ワッフル……っ!」

「シマァ……!シィ、マ……!」


勝てたことがきっと誰より嬉しいだろうワッフルは笑顔を振り向かせたけれど、すぐに痛みに顔をしかめて崩れかかる。
当たり前だわ、こんなになるまで戦ったんだもの。


「もどってワッフル、ありがとう……本当によく頑張ったわね。」


ワッフルが駆け寄るんじゃなくて私が彼の元まで行き、拾い上げたモンスターボールを向けると、今度こそ大人しくボールの中へと収まってくれた。

その光景さえも彼の満ちた思いが伺えるようで……。
ワッフルのモンスターボールを一度胸に抱いてから、次のポケモンのボールを取り出すためにバッグに手をやりながら立ち上がる。
すると、Nが何かを早口に呟いた気がして、顔を上げた。


「……?」

「キミは変わっているな……。そんなトレーナーは、ハジメテだ。」

「……?そう……アナタもよっぽど変わった人。」

「…………。ドッコラー、頼んだよ。」


Nはボウシのつばをやや下にさげて顔を隠すようにすると、私よりも先に投げ込んだボールからドッコラーというポケモンを繰り出した。
このコがNの最後のポケモンらしい。

図鑑で調べれば、あのコはかくとうタイプのポケモンだった。
かくとうタイプなら、控えているシャルロットやミルフィーユのどちらでも相手が出来るわね。
相性の良し悪しは特にないのなら、このコでいきましょう。

私は、ドッコラーの相手にヒヤップのシャルロットを選んで、バトルに出した。


「ヒヤ~。」

「コラコラッ!コラっ。」


ボールから放たれる白い光が夕闇に映える。
光が色付く様子さえのんびりとしたシャルロットと対照的に、ドッコラーは持っている角材を軽々と宙に投げ上げて片手でキャッチする仕草でやる気を見せた。


「先手必勝よ、シャルロット。みずでっぽう。」

「ヤーーップゥーーッ。」


お腹か膨れるまで息を吸い込んだシャルロットの口から放たれる水流。


「ドッコラー、がまんだ。」

「コラ!」


持っている角材をダンッ!と勢い良く横に立てると、向かってくるみずでっぽうに対して防御の型を取り、受け止める姿勢を作ったドッコラー。

……まずい。がまんには、少々トラウマがある。
夢の跡地でプラズマ団と戦ったとき、ミネズミに同じ技を使われた苦い思い出。
あと一歩のところまで追い込んだところへ解き放たれたがまんの猛攻にミルフィーユは成す術なく倒されてしまったのだ。

今みずでっぽうを受けたドッコラーは、おそらく次の攻撃もがまんし、その次――もしくは次の次で一気にそれを爆発させる気だ。
その爆発が一番こわい。
あのときあった痛い目をそう簡単に忘れられるわけもなく、倍になってかえってくるであろうダメージを素直に恐れた。

ここは下手に攻撃をしないで、当たり障りのない技でその場を凌いだ方がいいわね……。


「シャルロット、にらみつける攻撃。」

「ヤーーップ、ヒヤッ。」

「……なるほどね、考えたようだね。」


ニッコリと弧を描いた目がデフォルトのシャルロットの目が、いささか鋭さを増してがまん状態のドッコラーを見やる。

当たり障りのない技の選択で、ドッコラーのがまんが解けるまでの時間稼ぎを選択した私に対して、Nが抑揚のない声で呟いた。
「なるほど」と感心した口振りとは裏腹に、無感動に感じてならない声色だった。

そのうち、がまんが解かれたドッコラーが横に置いた角材を手に取ると一気に駆け出す。
角材にさっきのダメージ分を込めると、シャルロットの頭上から思いきり空を切って振り下ろした。


「ヤプ……!!」

「シャルロット!」


あらかじめくるとわかっていたため、防御して受け止めたシャルロットだったけれど、それでも防御を筒抜けて与えられる衝撃の重たさに悲痛な声が滲み出た。
かくとうタイプは伊達じゃない。
ドッコラーの一撃一撃に込められたパワーは並のポケモンよりも強いことが傍目からも伝わってきて、手に汗を握る。

振り下ろした角材を新たに構え直すためにシャルロットからわずかに離した瞬間を巧みに縫い、シャルロットは後ろに転がるようにして距離を取った。
サンヨウでのジム戦もそうだったけれど、このコのとっさのカンによる反射神経は普段とのギャップもあって目を見張るものがある。
痛い、と鳴きながらもがんばって耐えて、次につなげてくれるタフさも同じ。


「頼りにしているわ、シャルロット。だから、もう少しだけがんばって。必ず勝ちましょう。」

「……ヒヤープゥっ。」


ドッコラーからすぐさま離れて距離をとるシャルロットの腕は、さっきの一撃を受け止めてあざを浮かべていて。
それに対して涙目になっていたシャルロットだけれど、私の言葉に振り返った彼の顔は嬉しそうに綻んでいた。

尻尾を振りながら、がんばる、と両手を拳にして意思表示をするシャルロット。
さっきの一撃で体力の半分を持っていかれて肩で息をしながらも、「負けない」という意気込みはバトルが始まったときよりもずっと感じられた。


「ドッコラー、きあいだめ。」

「コラッ!コラー……!」


まだ体力の余裕を伺わせるドッコラーはNの指示に目を閉じて、ぶんぶんと頭の上で振り回す角材に気を集中させる。

にらみつけるで何とか相手の防御力は下げたけれど、こちらの方が不利な状況……。
きあいだめは、相手の急所に攻撃を当たりやすくさせる効果を持っている。
いくらシャルロットが「まだまだ」と思っていても、今の体力で急所に技を食らったらひとたまりもないことは明白だった。
冷や汗が頬を伝う。


「けたぐりだ。」

「コラっ!」


気合いを十分にため終えたドッコラーが角材を片手に素早いスペードで距離を詰めてきた。

嫌な予感。シャルロットも感じたのだろう、普段ぽやぽやとのんきな彼からは想像できない素早い動きでドッコラーが跳び上がると同時に後ろへバックする。
直後、先程までそこにあったシャルロットの足元の空間が、鈍い音を立てて降り抜かれた角材によって叩き壊された。
直撃は免れたものの、きあいだめを経ての攻撃がもたらす風圧がシャルロットの顔面やお腹に重たい衝撃を与える。
ダメージは直接的に受けていないけれど、よろけるシャルロットの名前を呼んで、接近の指示を出した。


「シャルロット、みだれひっかき!」

「ヤップ!」

「コラ!」


接近するのは怖かったけれど、ドッコラーの攻撃をした後のスキを狙えるだけの素早さはこちらが勝っている。
事実、シャルロットの爪は着実にドッコラーの体力を減らしていく。


「そのままみずでっぽう!」

「ヤーープゥーーッ!」

「けたぐり。」

「コラコラ!」


至近距離でのみずでっぽう。それは相手も同じね。
またもや易々と自分の背丈よりも大きく、重たい角材を振り回すドッコラーのけたぐりが、シャルロットの足にヒットする寸前だった。
ぎりぎりのタイミングの差で、シャルロットのみずでっぽうがわずかに速くドッコラーのお腹に入り、それによって身体を後ろに押されたドッコラーの攻撃は空振りに終わる。

そうして、みずでっぽうで突き飛ばされたドッコラーは着地を決めるもすぐさま膝を着いた。
お腹を抑えながら立ち上がろうとしたけれど……。


「コ……コラ……。」


目を回して、無念というように仰向けて倒れ、力尽きた。

あ……危なかった。
勝敗の決め手は、素早さの差ね。

ぎりぎりの攻防戦にずっと脈打っていた胸に手を当てながら、シャルロットに「お疲れ様。」と労わりの言葉をかけて、ボールに戻す。
バンザーイと手を上げながら、赤い光に包まれるシャルロット。

息を吐いて、ちらりとNの方を見やった。
Nはドッコラーをやさしく抱き起こして「ありがとう、トモダチ。」そう言うとボールへ戻す。
そうして、そのまま。
片膝をついてかがんだ状態のままうつむいているため、表情が伺い知れない。
バトルに負けた悔しさや悲しさがその顔に浮かんでいるのか、それとも負けて晴れ晴れとした顔をしているのか、何も感じていないのか、全然想像がつかなかった。


「まだ、未来はみえない……世界は未確定……。
今のボクのトモダチとでは、すべてのポケモンを救いだせない……。」


"今のボクのトモダチとでは"……その言葉に、ふと私は違和感を覚えた。
そういえば、彼は最初に戦ったときのチョロネコを今回のバトルでは出さなかったのね。

……否、おそらく"連れていなかった"の方が正しいのかもしれない。

きっと最初に連れていたチョロネコは「解放」したのだろう。
きっと今バトルしたドッコラーたちも……。

ポケモンの「解放」を唱える彼だからこその行動なんだと、そう思うと私の方がやりきれない思いに駆られる。

咀嚼しきれない疑問と不安感。
そのコとだけの出会いを経て、一緒にバトルをする思いを抱いて、ボールの中に入ったそのコたちとの「これから」を望んで、ずっと一緒にいたいと思う気持ち。
それを私は、尊いと思う。
素敵だと心から信じられた。

そうして、実感する。
やっぱりポケモンの「解放」は、Nの気持ちは私には真似できない。
きっとそれはNの立場からしても同じことなのだと思うと、さっきよりも胸が締め付けられて、苦しかった。


沈みゆく夕日がNの姿を照らすのではなく滲ませる。
それは、あの夜……月影で浮かび上がっていた姿とは違う、底知れない異様な雰囲気を生んでいた。

Nは立ち上がり目を閉じたまま静かに呟く。


「世界を変えるための数式は解けない……。」


途方もなく壮大なことを口にしながら開いた彼の瞳には、やっぱり光はない。
夕日のオレンジに縁取られ、けれど逆光で影の出来た彼の顔が儚さと仄暗さを湛えている。


「ボクには力が必要だ……。だれもが納得する力……。」


私の横を通り過ぎて……シッポウシティを出るのか、3番道路へのゲートとは反対方向への道に出てピタリと足を止めた。
彼の言葉はあんまり浮世離れで独り善がりなのに、どうしてか私に言い聞かせている気にさせてならない。

彼が私の横を通り過ぎたとき、若草の匂いがした。


「……必要な力はわかっている。
……英雄とともにこのイッシュ地方を建国した伝説のポケモン――――ゼクロム!」


ザアッ……!風が強く吹いて、木々がざわめく。
それはまるで始まりを告げるようで。

ボウシが飛ばされてしまわないよう押さえながら、暗がりに佇む彼を見やる。


「伝説のポケモン……ゼクロム……?」


Nの言った言葉を復唱する。


ゼクロム――――?



「ボクは英雄になり、キミとトモダチになる!」



私は、はじめて感情的になったNの声を聞いた。

何か強い使命感とゼクロムという伝説のポケモンとトモダチになるという小さな希望。
まだ見ぬポケモンに対する雄大な期待を込めた、とても強い口調だった。


私はそのまま早足にシッポウシティを立ち去っていくNを静かに見つめていた――。

 
カラクサタウンでのNと主人公の出会いはあくまで出会いでしかなく、このシッポウシティでのバトル、そしてその後に盛大に語った「夢」を主人公に聞かせた――ここから、Nと主人公の関係って始まったのかなあとか。
伝説のドラゴンが眠る博物館のまでの宣言。
それを主人公に聞かせたことは、紛れもなくNにとって誰でもいい相手ではなく特別な思いを持つに値する相手と認識しての宣告でもあったのかなあとか。
といっても、ここでの出会いの前にすでにサンヨウシティで出会いの場を作り、そこで「シッポウシティの博物館へ来たまえ」ってNに言わせてしまったので、その前からNとトウカの関係は始まっていたのかもしれませんが。

次回は、シッポウジム戦です。

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