Tips5 欠けたタマゴが重なる時

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 学園祭前の生徒会室は、いつも慌ただしい。
 学園祭の運営に必要な事項を、副会長のエイコが明確化する。その情報をシイナがまとめ、金銭面においての見通しをビイコが立てる。まとめられた情報に沿って、生徒会が一丸となって学園祭をスムーズに動かせるよう、準備を行うのだ。
 この組織のリーダーが、生徒会長のコウジ。この学園祭を以て任期満了で退任することが決まっているのか、やけに学園祭運営に向けて力が入っているように見える。
 その理由を、エイコ、ビイコ、シイナのABCトリオはよく知っていた。
 ポケモン演劇部の廃部騒動があってからだ。それまでのコウジは、「これを言ったらどうなるか」「こう動いたらどうなるか」というリスクを優先して物事を考えていたように感じる。

「コウジ会長。2年B組が教室の内装をクラブハウス風にしたいって言ってるんですけど、大丈夫ですか?」
「そうだな。暗闇になりすぎるのは小さい子や年配の人が出入りすることも考えると、足元が見えなくて危険だ。辺りが見渡せるように、スポットライトとかミラーボールとかで工夫するならいいよ」
「ありがとうございます!」

 今のコウジは何かが違う。できるだけ生徒の希望に沿うように工夫している。
 あの時、校長相手にポケモン演劇部の廃部を見送るよう頭を下げた生徒会長の姿。それこそ、中等部の生徒達が憧れる、漫画やアニメに出てくるヒーローのような生徒会長そのものだった。
 それからか、コウジの肩の荷が下りたのは、生徒会の誰が見ても分かった。ABCトリオとしても、生徒達のために頑張ろうと生き生きしているコウジの元の方が、仕事がやりやすい。

(よかったですわ。コウジ様、すっかり張り切っていらっしゃいますわね)

 そんなコウジの葛藤を一番間近で見てきたのは、1匹のピカチュウの女の子。
 赤ちゃんの時からコウジのことを知るスダチは、まるで我が子の成長を見ているかのような気分に浸っていた。パートナーが元気がなければ心配になるし、逆に元気にしている姿を見れば安心する。
 だからこそ、コウジのために自分も手伝えることをやろう。現に今、コウジが「ホチキスの芯が切れた」と肘をつきながらぼやいている。確か文房具が入っているのは、本棚の引き出しの中だったハズ。
 ぴょん、すたっ。床へと華麗に着地を決めたスダチは、今度は本棚に備え付けられている引き出しに向かってジャンプする。引き出しの持ち手を思い切り掴んだはいいものの、肝心の“引き”“出す”ことができず、ただ持ち手にぶら下がるのみ。

「どうした、スダチ。引き出し開けたかったのか?」

 すぐにパートナーが何かしようとしているのに気づいたコウジは、席を立ちスダチの腰回りを抱えながら持ち手を引いた。使いかけのペンやメモ用紙なんかでごちゃごちゃになっている箱の中を、スダチは身を乗り出して見定める。
 そして、ようやく見つけた。お目当てのホチキスの芯を。コウジの腕の中で、スダチは懸命にお目当ての品に手を伸ばす。

「もしかして、あれ取ろうとしてくれたのか?」
「ピカ!」

 元気よくうなずくスダチは、本当に気が利く。その時欲しいと思ったものを取って来てくれたり、しんどいなと思った時はそばに寄り添ってくれる。
 コウジがさらに箱に近づけてくれたおかげで、スダチはホチキスの芯を手に取り、渡すことができた。
 かと思われたが。

(あら? これは何ですの?)

 引き出しの奥底では、1冊の本が眠っていた。埃をかぶってところどころ色あせているそれは、本棚の中にある本達に並ぶ歴史書のように見えた。しかし、歴史書にしては、どうも薄い。どう見積もっても、子どもが読む絵本ぐらいの長さしかないだろう。

「どうした、スダチ? まだ欲しいものがあるのか?」

 本を取ってみたい。その好奇心で、スダチは指先をバタバタ泳がせる。パートナーの意図を汲み取ったコウジは、今度は代わりにその古い本を手に取った。
 コウジとスダチは一緒になって、本の表紙から順番にめくっていく。そこにつづられていたものは、まるでちょっとかしこまったおとぎ話のようだった。



『つながるタマゴ・リンクスエッグについて』

 強い絆で結ばれた人間とポケモンから生まれるタマゴのこと。
 普段はタマゴは二分割されており、人間側を『ハンプティ』、ポケモン側を『ダンプティ』とする。
 人間とポケモンの心とタマゴを重ね合わせることで、絆が大いなる力へと変化する。
 その力は、夢や希望、愛などの輝きを失った者の心を救済する作用がある。

 この力は、カロス地方で目撃された『メガシンカ』、アローラ地方から古くから伝わる『Zワザ』、ガラル地方で度々発見される『ねがいぼし』と似たようなメカニズムや効果があるとされている。
 しかし、リンクスエッグは人間やポケモンから生まれた、いわば心そのもの。これらの現象と比較すると、非常に不安定だ。
 もし、リンクスエッグを悪用する者がいるのであれば。
 この力のことは、なかったことにしておいた方がいいのかもしれない。



(知らなかった。イッシュにこんな話が隠されていたなんて)

 サブカルチャーを嗜むコウジにとっては、好奇心がくすぐられる内容だ。
 心から生まれる不思議な力。心を救済なんて、まるでマドカと一緒に見ていた魔法少女アニメのようだ。
 それにしても、最後の一文が気になる。心の力を悪用するヤツがいるから、この筆者はこんなことを書いていたんだろう。
 もし、現代にリンクスエッグが存在していたら。あるいは、プラズマ団が猛威を振るっていた時だったら。
 間違いなくイッシュは、あの時以上に大変なことになっていたかもしれない。想像するだけで、コウジもスダチも身震いした。

「会長ー、吹奏楽部のホール申請の話、どうなってますか?」
「衛星管理表のコピー、できましたよ!」
「シイナが勢い余ってパソコン1台壊しちゃいました!」

 いけない。今はうつつを抜かしている場合じゃなかった。学園祭の準備でバタバタしているんだから、自分が指揮をとらなければ。
 生徒会長モードに切り替えたコウジは、歴史書を引き出しの中に戻すと、準備へと戻っていった。

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