第三章【三鳥天司】8

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あまりの寒さにリーザは重たい瞼を持ち上げた。そこは雨乞いをしていた丘の上の質素な祭壇の中で、未だに土砂降りの雨が降り続いていた。あれ、おかしいな。迎えはまだ来ないのか。横になったままぼんやりとそんな事を考える。その時の彼女には分からなかったが、既に雨が降り始めて一日が経過していた。その間中ずっと強い雨に打たれていた彼女は、夏とは思えない程の寒さを感じていた。がくがくと震える腕で体を抱くが、完全に水を吸いきった着物がより冷たく感じる。そしてそれとは別にもう一つ冷たくなった存在に気づく。彼女は自身の腕の中を見て固まった。
 緑の丸かった体は雨に濡れて萎んでしまっており、その節々に骨が浮き出ている。いつも無表情だった顔は目をきつく閉じ、逆に口は開ききってとても苦しそうだ。しかし呼吸は全く荒れていない──否、全くしていないのだ。その事実を認識したリーザはぶわりと全身の毛が逆立った。

 そんな、ラパ、ラパ……まさか──死んでしまったの?
 私のせいだ。私が雨を降らすのが遅かったから。ごめんね、ごめんね、私のせいで。私が巫女だったせいで。ラパにまでそれを強いてしまった。可哀想なラパ。こんな私に添い遂げるしかなかったなんて。こんな事になるなら最初から逃がしてあげれば良かった。そんな事も思いつかなかったから、ラパは死んだ。全部、全部私のせいだ……本当に、本当にごめんなさい。許して、ラパ…………。

 リーザは後悔の念で押し潰されそうになりながら、重たい体をなんとか持ち上げようとする。力が上手く入らず震える腕で体を支え、どうにか座る事はできたがそれ以上動く事は叶わなかった。リーザは無防備に亡くなってしまったネイティを野ざらしにしておく訳にはいかず、せめて埋葬してやろうと弱々しい手つきでその場に穴を掘ろうとする。しかしいくら丸一日の雨で地面がぬかるんでいようとも、鉛のようにのしかかる疲労感が彼女の動きを拒む。リーザの細い指は黒い地面に線を引く事すらできずに、表面を引っ掻くだけに終わった。あまりの体の重さにそれ以上動く事も辛く、彼女は震える手の、爪の間に詰まる少しの泥を呆然と見つめていた。リーザは自分でも気付かぬうちに、静かに、それでも顔面に叩きつける雨の中でも分かるくらいに大粒の涙を流していた。
 ────あぁ、長年お供をしてくれたポケモンを弔う事すらできない。そんな力も残っていない。こんな私にこれ以上何ができるというの。何を求めるの。どうして誰も助けに来てくれないの。どうしてこんな辛い思いをしなければならないの。どうして、どうしてこんな事になってしまったのか。私が巫女としての務めを果たせなかったから? 私が干魃を予見できなかったから? 私が雨を降らすのが遅かったから? 私が何もできなかったから? 本当に、本当に──全部私が悪いの? 私はやれる事は全てやった。言われた事は全てこなした。皆に求められる以上に頑張った。遅くはなってしまったけれど、それでもこの通り雨だって降らせた。それなのにこの仕打ちは何? ラパを奪われた。迎えだってまだ来ない。このままだと私も死んでしまう。
 その時、黒髪の少女ははっと気づく。今置かれている状況の違和感に。えも言えぬ恐怖に早まる鼓動を抑えて、強い雨足で悪くなった視界を見渡す。自身を囲うように等間隔に大地に突き刺さる八本の杭とそれらを繋ぐしめ縄。村長はそれを『簡易的ではあるが、掟に則って作ったれっきとした祭壇』と呼んだ。雨を予知したリーザはそれが『雨乞いをする為の』祭壇だと思った。しかし彼女は今のこの違和感の正体を確かめようと、あの時の事を懸命に思い返す。村人達が祭壇を作り始めたのは、自分が雨を予知したのは。その前後関係を考えれば、実にその違和感はあっさりと浮かび上がった。

 どうして雨を予知する前から祭壇は作られていたのか。

 そしてその答えをリーザは直感的に理解した。そのくらい今の状況がそれを物語っていたのだ。それが分からない程彼女は子供ではなかったし、何より彼女は勤勉な巫女だった。だから嫌でも分かってしまった。

 この祭壇が作られた本当の理由を。

 自分だけがこの中に入れられた意味を。

 ──────自分は生贄にされたのだ。

 最初から巫女の務めを果たせなかった役立たずとしてリーザの処遇は決まっていたのだ。彼女が雨を予見しようがしまいが関係なかった。雨乞いなどただ彼女を祭壇に縛りつける理由付けに過ぎなかったのだ。
 ここに来て初めてリーザの心中に怒りが沸いた。巫女になってから自分の感情をコントロールし、常に心を平穏に保てと教えてこられた彼女にとって、それはとてつもない激情だった。抑えきれない感情を吐き出すように、彼女は灰色の空に向かって声にならない咆哮をあげた。

 私は村の為にこんなにも苦しんだというのに! 友達を失い、ラパまで亡くしたというのに! それでも貴方達の為に、ここまで祈り続けたというのに! 雨が降る事だってちゃんと予言した! 巫女の務めは果たした! それなのに、それなのに!

 その見返りが『死』なの?

 許せない。許せない許せない許せない許せない。私は一体何の為に巫女をやっていたの? 何の為に辛い修行に耐えさせられたの? もしもの時に切り捨てられる役だったの? 所謂ただの生贄だった? 私を殺して村は何を得られたの? 私は、私は──────一体今まで何の為に頑張ってたの?
 
 ぷつん、とリーザの咆哮が途切れた。怒りに任せて動かした体はとうとう電池が切れたように地面に倒れ伏した。強い雨に打たれながら顔を起こす事もままならない彼女は見えもしない村を血走った目で睨みつけた。荒い息を繰り返し、掠れた声で呪詛を吐く。
「……滅……び、ろ……滅、びろ……」
 あんな村、滅びてしまえと。本気で彼女は願っていた。願わくばこの手で滅ぼしたい、とまで思った。リーザは最後の力を振り絞り、自身の凍える両手を合わせる。そして二度と開かない覚悟で目を閉じ祈った。

 これが貴方達の望んだ結果というのなら。

 こんなに冷たくて暗い世界を望むのならば。

 お望み通り叶えましょう。

 だから神様、どうか私に力を下さい。



































 ──────汝、我の力を求めるか──────






































 その声を最後にリーザの意識は途絶えた。
 動かなくなった白い手に握られるは──────氷の如く冷たい刃だった。

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