8.余燼と交錯し始める思惑

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 一方、こちらは国際警察のカロス支部、特殊犯罪対策班。かつてはフレア団の対処に追われていたが、今となっては物好きな怪盗の男くらいの相手しかいない。国際警察の中では比較的暇な部類だ。
 市民への情報統制に、地元・ミアレ市警とのやり取り。そして、リーグ委員会からのクレーム対応。見慣れた煩雑さに、現場指揮官・レミントンが眠たそうに通信機を持っていると。
「久しいね、レミントン君」
「お、おやっさんじゃん。珍し、元気してる?」
 話しかけてきたのは、ブラウンのロングコートを着た、凛々しい眉が特徴的な男。レミントンの元上司であり、現在は遠くアローラ地方にてUB対策支部という場所にいる、コードネーム:ハンサムだった。
 ハンサムは、苦笑いにて片腕を庇う様子を見せている。残念ながら、万全の健康体とはいかないようだ。
「彼に面会しに行ったからね。マチエールも元気そうだったよ。たまには、君も顔を出したらどうかな」
「あー、本当はしたいんですけどね。私はまだいいかなって。チーフは元気そうでした?」
「うむ、彼はきちんと刑務作業も……」
「あーー! 先輩、レミー先輩! あたしが冷蔵庫に入れていた、なめらかペロッパフプリン食べたでしょ!?」
 二人を取り巻いていたシリアスな空気は、空のプラスチックケースを持った後輩補佐官・ロザリオによって、優にぶち壊されてしまった。
「えー、だって名前書いてなかったもん」
「普通許可取りますよ! このひとでなし! わるいてぐせ! 頭ビックリヘッド!!」
 わざとらしく唇を尖らせるレミントンに対し、ロザリオは、ようやく客人の存在に気がつく。それも、自分もお世話になった先輩であり、上司のハンサムに。
「は、ハンサムさん。すみませんこれは、その……うわーん!」
 土下座する勢いで頭を下げるロザリオに、ハンサムは「まあまあ」と顔を上げさせる。真面目だなあ、と元凶の女上司は他人事に考えて見ていた。
「はは……元気で何よりだが。君は確か、リラさんのところの、えーと」
「コードネームはロザリオです。今年から本採用されて、カロスの特殊犯罪対策班に」
「そうか、君が。レミントン君はこう見えて頼りになるから、良かったな」
「その言葉、信じていいんですよね……?」
 散々な言われように、緋色の髪を指で弄るレミントン。見慣れたやる気のなさだった。ロザリオからすれば、ベテランのハンサムにここまで言わせる評価が気になって仕方ない。
「ああ。彼女は私達の中でも“特殊な捜査官”だからね。それはもちろん、実績あってのことさ」
 ハンサムとロザリオの視線は、レミントンの腰元に一致していた。三つあるボールのうちの、特に目立つ装飾のウルトラボール。
「ウルトラビーストを試験的に連れているのは、彼女を含め、まだ五本の指に満たない」
 ハンサムが今本来いる、アローラ地方のUB対策支部は。ウルトラホールにて、非日常的に発生する異質なポケモン達の対処に追われていた。UB:BURSTと呼ばれるズガドーンもその一匹であり、本来ならば危険生物であり、トレーナーの手には渡らないポケモンなのだが。
「でもギミー先輩……あのズガドーンって、先輩のポケモンじゃないですよね?」
「確かに、貸し出し物だけどさ。でもいーじゃん、私に適正があったんだから」
「レミントン君は、昔からほのおタイプに詳しく、扱いも慣れている。何よりズガドーン自身が、彼女を選んだからね」
 上司二人に、やや疑いの目を向けるロザリオ。常にニコニコと笑っては、頭ごと周囲を爆発させたがるあのズガドーンが脳裏に霞む。同時にこの女上司のコードネームを思い出し、ため息を吐いた。
「だから、“レミントン”なんてコードネームなんですね……」
「あ、いや。それは違うんだよな」
 一風変わって、真面目な顔をしたレミントン。左目の眼帯を触ってから、思い詰めた息を吐き出す。実に、彼女らしからぬ一面だった。
「私は、フレアの残り火だから」
 彼女が指でそっと指した眼帯には、確かに見覚えのある『F』を模した炎のマークが、とある一団を呼び起こすのだった。





「クセロシキって男、覚えてるか」
 助手席にて、煙草を蒸かすレミントンが運転席のロザリオに尋ねる。真面目な後輩は頷き、会話しながらも安全かつ正確な運転を続けている。
「フレア団の上位幹部だった科学者でしょう? 資料で見たことがあります。その人と先輩に関係が?」
 そうそう、と懐かしげに寂しく頷く彼女。緋色の髪も、ほのおタイプばかりの手持ちも。思えばその象徴でしかない。
「私さ、昔はあの人の用心棒だったんだ。雇われて、だったが。だから……あー、なんてーの? 正式なフレア団ではないけど、半分はそうだった。みたいなね」
「それで、解散後にハンサムさんに誘われて……?」
「メガシンカを使えるトレーナーだったし、戦闘は得意だったからな。チーフ……クセロシキは、あの幹部陣の中では、唯一罪を認めて今は更生しようとしている」
 運転席の彼女が伺うと、隣には珍しい真剣さを噛み締めた女上司がいた。苦々しくもあり、逼迫もした笑顔だった。
 ロザリオは、左目の眼帯の理由も気にはなったが、深入りはやめておくのが吉と判断する。
「で、まあ、さ。私も償いをしなきゃいけないってワケよ。後は個人的に調べたいこともあるしで……それが、この怪盗レイスを相手したくない理由でもある訳でだな」
「でも先輩。フレア団って当初から、言ってはなんですが、変わった迷惑集団として有名でしたよ。そんな組織の幹部に、わざわざ雇われたんですか?」
 後輩の懐疑的な目も介さず、「おう」と短く答えるレミントン。内心では、今は元・赤サングラス集団として見られているのかと、何だかぎこちない羞恥を感じている。
「答えはズバリ、レミーちゃんにはお金がなかったから!」
「ええっ、学生のアルバイトみたいな考えですね」
「そうだな。ワケあって、私は親族が叔父以外いないから。その叔父もまあ……あんま頼り切りたくはない苦労人だしで。その点、クセロシキは変な喋り方だが、心根は普通のおっちゃんだったしラッキー!」
 いやに明るい調子のレミントンとは裏腹に、ロザリオは軽率な発言を後悔した、そのような青い顔をしていた。こんな唐突に話していい話題なんだろうかと、彼女の神経を疑ってすらいた。
「……そうだったんですか」
 上司の話に十二分に聞き入ったロザリオが、自分が普段から持ち歩いてる胃薬を、添えるように勧めた。「いらねーよ」と叩き落とされると、今度は手持ちのハピナスの『アロマセラピー』も勧めてきた。
 話をした張本人、レミントンは心配性を発症した後輩に、軽く嫌気が差していた。同胞や親族を亡くした国際警察官も、特段珍しくはない。しかし、カロス支部に在籍していれば、そのうち嫌でも知ることになるので、仕方ないと割り切る。
「それで、なんで怪盗の話と繋がってくるんですか」
「怪盗っていうか、バイモ社の方」
 ロザリオの、何とも間延びした力ない声が出た。納得と後悔を含んだ、そんなニュアンスである。
「『フレースヴェルグの禁書』をいきなり貸し出すのもヤベーなと思うし、私はどうもこの間の『アルペジオ』と10年前のフレア・ショックも絡んでる気がしてさあ……」
「フレア団と反社のアルペジオが?」
 高速道路を駆け抜けるロザリオの脳裏に、カロス地方を震撼させた炎の集団と、お隣の地方に最近まであった歴史あるギャング組織『アルペジオ』が交互に浮かぶ。時系列もちぐはぐで、特に関連性も知る限りはない二つの組織。
 このことはオフレコで、と隣の女上司はサーモンピンクのルージュに指を当てた後に、また話し始める。
「あの『アルペジオ』って内部抗争で壊滅したんだ。だけど、さ……これはそこの担当だった同僚に聞いたんだが、普通では有り得ないくらいの機銃が揃ってたらしい。それも軍事国家クラスのな」
「それを、とある男に横流ししたらしい。イッシュ地方の非公式オークションを経由してね。それに、50年も歴史ある組織が、いきなり一人企てて反逆したところでさ、潰れるか?」
 沈黙し、納得と共に何度か目を瞬かせたロザリオ。そして、「これは私の妄想で、何も関係ない話だけど」とわざとらしく付け足したレミントンが続ける。
「フレア団って、一般企業だったギンガ団とは訳が違う。本当に天才科学者・フラダリと一部の天才によって成り立っていたんだ。フラダリラボの発明、“ホロキャスター”はあまりに有名だが、それを最初に作るのだって、莫大な資金が必要だったはず」
「え、あ、つまり二つの黒幕って」
 深いため息にて、ロザリオの言葉を肯定するレミントン。運転手の彼女は、いつもカバンに忍ばせている、辞表を直ぐにでも叩きつけて帰りたかった。しかし、それをする勇気も強引さも持ち合わせてはいなかったので、悲鳴じみた声を出すに留める。
「だからさー、これも多分何か絡んでんだよ……ヤダなー。適度にサボらないと死ぬんだよな」
「レミー先輩、一緒に生きて帰りましょうね……」
 虚ろな目をした後輩補佐官は、既にカロス配属当初の安堵感を忌々しく思っていた。面倒なのは、このトンデモ上司と爆発魔のコンビ程度で、あとは世界的な犯罪都市・イッシュ地方には比肩するまでもない。そう本気で考えていたのだ。
「おう、終わったらアレ行こうぜ。ズミがシェフしてる高級フレンチの店」
「切り替えがしんそく……」
 この時ばかりは、この上司の強さに憧れるばかりであり、同時に国際警察とは、これくらいでないと続かないのだなと思い知らされるのだった。





 静かな喫煙所に居座る、レミントン。煙に塗れた個室内では、やはり笑顔のズガドーン。彼女の手に持つスマートフォンには、通話先の名前と現在地『ガラル地方 ナックルシティ』と表示されている。やがて、ぶっきらぼうな男の声が応答する。
「おっす、おっさん元気してる?」
『誰かと思ったらお前か、レイミー。何だよ、急に連絡寄越して』
「いやさ、“ラッセル”のおっさんに幾つか聞きたいことがね」
 通話先の男、ラッセルはげんなりとした態度を吐息で示す。そして、「誰にも聞かれていないか」「発信機や“でんきタイプ”によるハッキングは確かめたのか」という、最早、国際警察経験者の中では、お決まりのやり取りをした。
『まあいいや……んだよ』
「質問は主に二つ。“レヴィングストン”というガラルの財閥とイーストンの関係、あとは“カロス三大神話学書”ってあるじゃん? あれについてかな」
『切るわ』
 喚くような女の声に対し、通話先の男の「うっせーぞ馬鹿!」という言葉がさらに遮る。お互いにかしましいが、幸い見張り兼聞いていた、ギミーことズガドーンが、目をバッテンにして耳を塞ぐ素振りをしたくらいか。
『何で、よりによって俺なんだよ。そういう厄介事はクチナシにでも聞いとけ』
「えー、だって。因縁あるし、絶対一度は調べただろうからさ」
『うっわ、お前最悪だわ。姉貴に似やがってよ』
 実際、レミントンの根拠は当たっており、だからこそ通話先の男・ラッセルは気が進まないのだった。唯一の親類になってしまった彼女を、さらに死地へと追いやる羽目は、どう足掻いてもごめんだった。しかし、それは今回も諦めることになりそうである。
『レヴィングストンは、アレだ。ゼルネアス……じゃなくて、『エイクスュルニルの福音書』を持っている医療財閥でだな。ポケモンセンターでの医療法を確立させたのは、その本からじゃねーか、と噂されている』
「ってことは、兵器の一族イーストンとは最悪の関係なのか」
『まあ、俺の知る限りじゃ先祖代々、敵対関係にあったわな……ガラルとカロスだし』
 ほーん、と力が抜けるような相槌を打つレミントン。しかしその実、頭の中では三つの神話学書を巡る両者の関係図が出来上がりつつある。
「あ、じゃあ残りのさ、閲覧規制掛かってるアレ。えーと……」
『『ヨルムンガンドの見聞録』だろ。あれも今じゃ“ジガルデ”なんて学名が付いたが、イーストンが欲しがる時点でロクなモンじゃない。あ、俺も中身は知らんからな』
「ちぇー、そうかい」
 国際警察が厳重管理する、三大神話学書の最後の一冊。兵器一族・イーストンが欲しがったという事実は、伝聞ながら初耳であり、レミントンは貴重な情報源をくれた叔父にはいたく感謝をしていた。
 彼の忙中を詫びた彼女が、通話を切ろうとすると、通話先のラッセルが一言、と割って入る。
『お前、マジで死ぬなよ』
 その言葉は短く、しかし何よりも重たくのしかかった。
『左目を火傷で失って……俺みたいになるなと死ぬほど説教しただろう。頼むから、自分の命を大事にしてくれ』
「わーってるよ。仕方ないんだ。まさか、冷酷な“四天王様”がクセロシキのさらに上にいたとは、知らなかったからね」
 彼女が姪っ子・レイミーから国際警察官・レミントンに戻った時。丁度、持っていたマルボロが燃え尽きていた。積もった灰塵は、少しばかりの底に眠る復讐心と、後苦い憧憬を表したように。燻っては焦げ落ちていった。





 ところ変わって、こちらはとある高層ビルの一角。壮観なネオン街を見下ろす男は、働く人々にも、雑多として入り乱れるポケモン達にも。何の感慨すら抱いていなかった。
「どうも、俺です」
 通話する声は、不思議と透き通った低い声だというのに、全くの抑揚を感じさせなかった。毎日の掃除と同じかのように、背の高い男は何の意思も込めぬまま、通話を続ける。
「……別にいいですがね。『アルペジオ』はどの道、ああなる予定でしたから。いい客寄せだったんで。して、パキラ氏。その代わりと言っちゃ、なんですが」
 男は、黒く纏め上げた髪を撫でる。白い肌は蝋を想起させ、切れ長な瞳は、暗いグリーンをしている。ひどく低血圧である男は、常々深いため息にて、気だるそうに対応する癖があった。
「俺の妹、イーラという不肖の末っ子がいるんですがね」
「アイツが生きて今は何をしてるか、風の噂程度に人伝に流して欲しいんですよ。彼に……ええ」
 カロス地方では有名なニュースキャスター。そして、燃え上がる怒りをまだ捨てきれぬ、焔の女。フレア団の一件を秘密裏にする代わりに、報道局にもポケモンリーグにも精通する彼女もまた、彼らに利用されていたのだ。
「“レスター・レヴィングストン”に。よろしくお願いします。実の兄、ハイド・イーストンがそう言っていた、とね」

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