2-2 交わる目的地
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
幸せな夢を見た。
とても久しい気持ちになる、幸せな夢を。
それを夢と認識するまで、さほど時間はかからなかった。
何故なら、その草原にはラルトスが居たからだ。
(ラルトス)
俺の呼びかけに、角を暖かく光らせ、振り向くラルトス。
若緑色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を捕らえた瞬間、光り輝いた。
白い布を引きずりながら、こっちにラルトスは近づいてくる。
抱き上げてやると、光はいっそう強くなった。
ラルトスが嬉しそうな鳴き声で、俺の名前を何度も呼ぶ。
俺も、何度もラルトス、と名前を呼んだ。
強張っていた口元が次第に解けてゆくのが、わかった。
(ゴメン。あの時、手を放して……ひとりにして、ゴメン)
俺の言葉に、ラルトスは必死で首を横に振る。
それから、気にするなと言わんばかりにその細い手で俺の頬を撫でた。
感触がないはずなのに、その手は温かかった。
ああ、やはりこれは夢だ。
簡単に、許してくれるはず、ないもんな。
俺の願望をこのラルトスが叶えてくれているだけだ。
解放されたラルトスが、俺に向かって精一杯その白い手を振っていた。
俺も手を振り、挨拶を口にする。
(またな)
さよならやバイバイじゃないところが、俺らしいと感じた。
そうだ。必ず迎えに行く。だから、待っていてほしい。
そして、また会おう。
きっと、きっとまた、会おう。
それまで絶対、忘れないから。
目蓋を開けると目元が湿っている。
眠気からきたものだと、思うことにした。
*******************
翌朝、いつもより少しだけ遅く起きた俺は、お嬢様に朝食のもてなしを受けた。
その席にヨアケの姿が見えなかったので、まだ寝ているのだろうとたかをくくっていたらお嬢様から、「アサヒさんなら、もう旅立たれましたよ」と言われ、俺は困惑した。
「ビドーさんに一言お声掛けしたらどうでしょうかと提案したのですが、寝かせておいてあげてください、と……」
「あいつ……」
別に、何か言いたいことがあるわけでもなかったが、それでも別れの言葉くらいは言わせてもらいたかった。
そのまま悶々としたまま出発の支度をし終える。
そして、ここから発つ前に、泊めてくださった屋敷の主にお礼を言うため、かの御仁の元へお嬢様に案内をされながら赴いた。
憔悴している。
それが、その方を見た俺の第一印象だった。
こげ茶の洋服を着た、その初老の男性は、俺のことを見ているようで、見ていなかった。
お礼の言葉をいただくも、上っ面……というよりも上の空という感じで、上手く会話が噛み合わない。そんな錯覚に陥ってしまう。
下手に刺激しないほうが良さそうだ。と思い、失礼だが俺は、ただただ相槌を打ちながら会話の終りを待った。
そうして形式上のやり取りを済ませ、退室しようとした。
すると、聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声で、彼は呟いた。
「ビドーさん、貴方も私を言及しないのですね」
「……何を、でしょうか」
振り向くと、彼は俺をじっと見ていた。先程までの様子が嘘のようなしっかりとした眼差しで、俺を見据えていた。
「私のしていることが、私達が被害を受けたあの神隠し事件と、なんら変わらないことですよ」
皮肉な笑みを浮かべて、老人は続ける。
「神隠しに両親を奪われたあの子に私は……私の手で大切な存在を奪ってしまった。あの子だけではない、ポケモン達にも別れを与えてしまった……なのにあの子は私の事を責めなかったんです」
「考えすぎでは。出会いがあれば……別れもあります。彼女はそれ受け止めたからこそ、何も言わないのでは」
自分でも、言っている言葉がちぐはぐだと感じた。どうやら上っ面で話していたのは、俺の方だと分かり、恥ずかしさを感じる。
「ですが、<シザークロス>の方々に預けるまで私は、あの子にそのことを知らせずに、あまつさえ別れの挨拶をする機会さえも与えなかったのですよ」
はっとなる俺に、彼は矛先を向ける。
「ビドーさん。貴方は理不尽な別離に、二回も耐えられますか?」
彼の言葉は、俺にあの“闇”を、否が応でも思い出させた。
思わず右手を見つめる。
握りしめた拳が、そこにはあった。
その拳は、震えてはいなかった。ただ固く、そこにある。
「いいえ耐えられません。耐えられるものですか……でも、今回のは、理不尽な別離では、ないです」
「どう、違うのですか」
食いつく彼に俺は、握り拳を解いて、昨夜の出来事を思い返し、絞るように言葉を出した。
「彼女は自分の想いを、贈り物としてあのポケモン達に渡せました。それが、彼女にとっての別れの挨拶……いえ、旅立つ友への、餞別です。確かに貴方が作った別れは唐突で、理不尽だったかもしれません。でも、彼女が伝えたかったことは、あのポケモン達にはきっと、届いています。というより、俺が届けました。だから、彼女達にとって今回の別れはあの事件とは違う、そんな、悪いものではなかった、と俺は思います」
俺の言葉を受けて、黙り込む彼。気まずくなったので、咄嗟に謝ってしまう。
「何だか、偉そうにすみません」
「いえ、お気になさらず。少し、少しだけ心が晴れました。ありがとうございます」
「こちらこそ、一晩泊めてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ孫娘の手助けをしてくださり、本当にありがとうございました。引きとめて申し訳ありませんでした。道中どうかお気をつけてください」
「はい」
屋敷の主と別れ、客間から出たら、お嬢様が何やら申し訳なさそうにしていたが、そこまで俺らに気を遣わなくて結構だと俺は彼女に言ってやった。
出発する折に、彼女は俺にお弁当をくれた。そして再びお礼を言い、どこか吹っ切れた顔でこう言った。
「私は、あの子たちが私にくれた勇気を忘れません。あの子たちがいなくても、強く生きていきたいと思います」
深い意味は俺には分からないが、彼女自身に対する一つの決意表明なのだろう。そんな彼女に対し俺は、
「あまり気張らず、ほどほどに頑張ってください」
あまり気の利いた台詞を言ってやることは出来なかった。
それでも彼女は笑顔で「はい」と答える。
正直、彼女のそういう強さがほんのり羨ましいと感じる自分もいた。
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屋敷の門をくぐって、その姿を見つけた時点で、俺は何とも言えない気持ちになった。
何をしているんだあいつは。というのが彼女の姿を見た感想である。
彼女は少し離れた所に立っていて、右手を道路側に突き出し、親指だけを立てた握り拳をしていた。
その表情は遠目から見ても分かるほどの、晴れやかな笑顔である。
少しだけ声を張り上げ、サイドカーの付いたバイクを押して近づきつつ、彼女に問いかける。
現在、サイドカーの席は空いている。
「何してんだ、ヨアケ」
「おはようビー君。何って、ヒッチハイクだけど」
「おはよう……って、お前、ヒッチハイクする必要ないだろ。手持ちのデリバードで移動すればいいじゃないか」
「そうしたいのはやまやまだけど、リバくんは昨日散々飛んでもらったから、休ませてあげてるの」
「だったら、もう少し屋敷に居ればよかっただろ」
「もう出ちゃったよ。今更戻りにくいって」
わざとだろ。という言葉が喉まで出かかったが堪えた。
代わりにため息を一つ吐いて、質問を投げかける。
「これからどこに行くんだ」
「とりあえず、【ソウキュウシティ】で情報集め、かな」
「王都か。奇遇だな、俺も【ソウキュウ】に戻るつもりだ」
「そうなんだ……えーっと……」
「……そこまで乗ってくか?」
「うん! ありがとう!」
俺の誘いにヨアケは輝く表情で乗る。
その言葉を待ち望んでいたというような即答だった。
そう言えば、ヨアケに言いたいこと、あったな。
「ああそうそう、お前に二つ言い忘れていたことがあった」
「なあに?」
「スカートで空を飛ぶな」
「う……はい」
「それと、応援ありがとな」
「応援……?」
心当たりがない、という風なヨアケ。
覚えていないならそれでもいい。そう割り切って、俺はヨアケに促す。
「それじゃ、行くぞ。さっさと乗れヨアケ」
「え、あ、うん……道中よろしくお願いします、ビー君」
「あいよ、こちらこそ」
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