港町バウタウン

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 降り立った瞬間、潮の香りが鼻腔をついた。海と隣合わせのバウタウンは、波の音の聴こえる暖かな町だ。
 キャモメが鳴きながら空を飛ぶ。その姿を目で追いかけると、スタジアムが目についた。バウタウンスタジアム――モデルのルリナがジムリーダーを務める場所だ。
「あたし、海を一望できるところ知ってるんだ」
 そう言って、マスターは私の手を引き、坂道を歩いていく。坂の上にはガラル鉄道のステーションが見える。
 向かう道の途中、男性が風景を眺めている。私たちもその隣に立った。町を見下ろすことができ、その向こうには海が広がっている。あの先にはどこの地方があるのだろうか。
「よう、チャンプ。やっぱり、ここからの眺めは良いよな」
 男性はマスターに気さくに話しかけてきた。やはり顔が売れているのだと思う。マスターは笑顔で返した。
「あたしは、灯台と海がいっしょに見えるここからの風景が好きなんです」
「ガラルだと灯台があるのはここくらいだもんな。飛行機ができる前は、外界との行き来といやぁ、ここの港くらいしかなかった。まあ、灯台は今でも船乗りたちの道しるべだけどよ」
 私は灯台に目線を移し、灯台の下に2体の石像が並んでいることに気づいた。ストリンダーのようにも見える。
「おお、サーナイトの嬢ちゃん。あの石像が気になるか。昔、この海の向こうから強力な外敵が押し寄せてきて、灯台が壊されそうになったときに、でっかくなって、灯台とこの町を守った守護神だよ。俺にはただのストリンダーには思えねえな」
 そうよね、と背後から声がかかる。振り向くと散歩中の近所の人なのだろう。妙齢の女性が立っている。
「こんにちは、チャンプとお供のサーナイトさん」
 マスターも私も会釈する。
「私はこの町で生まれ育ったの。あのストリンダーの言い伝えも子どもの頃から何度も聞かされたわ……子供心におとぎ話だって思ってたわ。でも、マグノリア博士があるとき、ダイマックスを発見し、その理論を詳細なデータに基づいてガラルに公表したときに……私の中で、言い伝えは真実なんだってわかったわ」
 ――マグノリア博士。
 マスターが作った孤児院“ホーム”のある洋館を提供した博士だ。博士の生家だという洋館には数々の資料が保管されており、私もそれに少し目を通したが、一晩では到底読みきれない量であった。
 その中でも覚えているのは、ダイマックスはガラル粒子というものを基礎とし、そのエネルギーがポケモンの持つ生体エネルギーに干渉して一時的に激的な変化を及ぼす、ある種の進化ともいえるものだということである。これはポケモンではない生き物……人間も含めて、今のところ影響はしないと言われている。本来であれば自然界の中では特定の場所(パワースポット)でしか発生しないものである。
 マグノリア博士の研究と、それを補佐した“マクロコスモス社”により、擬似的にその環境下に等しいエネルギーをポケモンに与えることのできるダイマックスバンドが開発された。ダイマックスバンドには、“ねがいぼし”と呼ばれる石の欠片が必要ということであるが、これは隕石の破片だと言われている。
「あたしは、次があるのでまた」
「ああ、チャンプと話せて良かったぜ」
 しばらく雑談を交わした後、マスターと私は灯台へ向かった。もっと近くで見てみようということになったのだ。
 灯台も目につくが、近づくと石像もなかなか目立っており、長年そこに立ち続けているためか、少し潮風に劣化したストリンダー像だ。
 横に、騒がしいポケモンのバンドが居るのが目につく。何のバンドだろう。私の知識は、ワイルドエリアで会ったコウタローの好きなバンド“ワンオクロック”しか無い。目の前の4体はそれとは構成が異なっている。ストリンダーが2体(ハイな姿ギターとローな姿ベース)、ドラムにはゴリランダー、そしてボーカルはタチフサグマだ。
「彼らは、マキシマイザズ。ポケモン四匹によるパンクバンドよ。バウタウンには今度のシングルのジャケット撮影に来たらしいの。どうも、久しぶりね。ガラルチャンピオン」
 声がかけられ、振り返る。そこに居たのは、褐色の肌に抜群のプロポーションを惜しげもなくさらす一流モデル――ルリナその人であった。
「やっほー、おひさしぶり! あたしは準備万端だよ」
「その恰好、泳ぎってことね? 船はいつでも出せるわ。行く?」
「さすがはルリナさん。話が早い!」
 マスターはスマホロトムで予め来訪の旨を伝えており、ルリナも準備万端のようだ。ルリナの格好も、競泳水着のようなジムのコスチュームである。
「船はこっちよ。ついてきて」
 ルリナが微笑むと、褐色の肌に白い歯が綺麗に映えた。それはまるで、海に垣間見える波しぶきのようである。
 先導され海沿いを歩いていくと小さな漁船がいくつも停泊しているのが見える。その中に真新しいクルーザーが混じっており、ルリナはそれに乗り込んだ。先に船上に乗り込んだルリナはが手を伸ばし、マスターを船にエスコートする。続けて、私を。
「いらっしゃい!」
 スタンバイしてくれていた操舵手の女性もまた、ルリナと同じ格好をしている。
 私たちが乗り込み、甲板に設置されてある席についたところで、操舵手の女性は元気に声をあげた。
「出発するでー! 主舵いっぱーい!」
 エンジンがかかり、その振動が座った席越しに伝わってくる。電気仕掛けの小型クルーザーのスピードは早く、みるみるうちに港が小さくなっていく。
 しかし遠く海原へ出ても、灯台はよく見ることができた。海に出る者たちはいつも、この灯台に命を預け、帰るべき道しるべとして生きてきたのだ。 

 やがて、完全に見えなくなった頃、小さな島にたどり着いた。
 簡易の桟橋がかけられており、バウタウンのジムのマークだろう。マスターやルリナが着込んでいるコスチュームにも描かれているマークが、桟橋に建てられた柱に刻まれている。
「プライベートビーチなのよ、ここ」
 そう言って、ルリナは島へと案内した。かなり小さな島である。
「遠浅ではないけれど、泳ぎに自信があれば問題ないし、いざとなれば、ポケモンたちに助けてもらえばいい。泳ぐ?」
 ルリナが尋ねると、マスターは笑顔を見せ、そのまま、海へと飛び込んだ。そして、綺麗なフォームで泳ぐ。まるで、ミロカロスのようだった。
「貴方のマスターには聞くまでもなかったわね……あの子、私よりずっと泳ぐの上手よ」
 そして、ルリナも海へと飛び込む。
「ルリナさん! キャンプの用意しときますわー!」
 操舵手の女性が独特のイントネーションで大声を出すが、マスターもルリナももう見えなくなるほど遠くへ行っており、聞こえている様子は無かった。
 どうせなら、と私も泳いで見ようと思った。何となくできる気がしたのだ。そして、海へと飛び込む。身体の力を抜き、水面に浮かぶ。たとえるなら、メノクラゲになりきれば、受けるような気がした。全く問題なく私は泳ぐことができた。
「へえ、サーナイトも泳げるんやね」
 ルリナの助手が感心したように声をあげる。ジョウトの訛りのようにも聞こえる。
 私は試しに、両手で水をかいてみた。いけそうな気がして、足も動かす。あまり慣れていないので、少し不安はあるが、ぎこちない動きで私は島の周囲を泳ぎ始めた。
「あ、サナたん、泳げるの?」
 すぐ近くにマスターとルリナが来ていたことに気づかず、浮くことと泳ぐことに真剣だった私はびっくりしてしまい、うっかり海水を飲み込んでしまう。塩辛さが口の中に広がる。
 そんな私を両脇から慌てて、ルリナとマスターが抱きかかえる。ふたりの柔らかな肌を感じる。世の人間の男性が見たら羨むだろう。
「あんまり泳ぎなれてないようね。でも、筋が良さそだから、今日頑張ればそこそこ泳げるようになるわ」
 水のジムリーダーの太鼓判をもらい、その日、私はひたすら泳ぎの特訓をつけてもらい、恐らく、サーナイト一番の水泳選手になれたと自負できるほどには泳げるようになった。

 *

 夜は、みんなでキャンプをすることにした。火を炊き、カレーを作り、ポケモンも人間もみんな同じ釜の飯を食べた。
 ゆらゆらと揺れる炎を見ていると不思議な気分になる。どこか、心が落ち着く。
「この子、ジョウトの生まれなの」
 ルリナが操舵手の女性を紹介する。
「うち、ノエルいいます。よろしう」
 やはりジョウトの訛りだったらしい。
 お互い自己紹介する。私が話せると知ったルリナとノエルは何やら感動していた。ポケモンが話すことは何だかんだ珍しいとされている。
「チャンピオンは、ホウエン地方から来たんですか?」
 ノエルが尋ねると、マスターは頷いた。
「あんまり本土の方は知らないんだけどね。生まれた島から出たことなくてさ。ガラル地方のほうがよく知ってるくらいだよ」
「じゃあ、ホウエン地方のことあまり知らないのね。私も他の地方を知らないから、いろいろ聞きたかったな」
 ルリナが残念そうに言う。
「あはは、ごめんね。うーん、ロケットが打ち上がったりしてたのはたまに海の向こうに見えてたなぁ」
「ロケット? テレビでしか見たことないから、うらやましい!」
 女子だけで楽しく会話に華を咲かせる。
 一方、私は炎を見ていると急激に眠くなってきた。身長差のせいで、ちょうどよい高さにあるマスターの頭の上を借りる。心地よい。
「サナたん眠いの?」
「慣れてないのに、たくさん泳いだからね。きっとぐっすり眠れると思うわ」
 返事をする余裕ももはや無い。マスターはそっと、私のあごの下から自身の頭を抜いたのだろう。そのままスッと、私の頭を柔らかな太ももに乗せてくれる。
 なんだか身体が陸上にいるのに、まだ泳いでいるような余韻を感じながら、私は優しい眠りについた。

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