第63話 花の街

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 翌朝の目覚めは最悪だった。朝を迎えて真っ先に頭に浮かんだのがパルキアの顔だったからだと口を揃えて言う3人はげっそりした表情だ。

「い、生きてるよね? ここ夢の中じゃないよね?」

 よほど不安らしく、ヒトカゲが何回もルカリオとラティアスに確認している。2人も他の者の目や周囲の様子を見渡し、ここが現実であることを確認した。ほっと胸を撫で下ろす。

「夢でなかったのは確かだな。けど、今は忘れようぜ。ホウオウ先に捜さねーといけねーし、恐ぇし」

 最後の一言が本音であるのに間違いない。そしてそこに対して激しく頷く2人。これから1日の始まりを迎えようというのに、すっかり気分を悪くしてしまった。

「じゃあ、もう朝食とって行きましょう。次の街までもうそんなにないんですよね?」

 ルカリオのカバンから勝手に取り出した地図を見ながらラティアスが尋ねる。それを見ると、今から歩けば昼には到着するほど近い位置にあった。久々の聞き込みができるとヒトカゲは嬉しそうだ。
 あれだけ恐い思いをしたが、とりあえずパルキアの約束を無視し、当初の予定通りホウオウ捜しを先にすることにした。だが、この時点で大事なことを忘れていたのだ。

「私はもう帰っていいのかな?」
『……あっ!』

 いつの間にか、ヒトカゲ達のいる部屋の窓辺にピジョット警部がいたのだ。しかも首からお金が入った袋を提げている。そう、少し前にバンギラスに頼んだお金を持ってきてくれたのだ。
 それなのに、3人は話をしていて完全無視。ピジョット警部が怒っているわけではないのだが、焦りと不安が3人の心の中に芽生え始める。

「私が帰れば、お前達はしばらくこの店で働かされるはめになるのだろうなぁ」
『ピ、ピジョット様!』

 少々意地悪な口調でピジョット警部がからかう。それを本気で3人は許しを請うようにひざまずく。今バンギラスが貸してくれたお金を受け取らないと店主に監禁されてしまう、それしか頭になかった。


 散々ピジョット警部にからかわれた後、ようやくお金を受け取ることができた3人の表情は満面の笑みだった。3人をからかったピジョット警部もご満悦の様子。

「それでは、私は戻るが、十分気をつけるんだぞ」

 そういい残して、ピジョット警部は窓から飛び去っていった。姿が見えなくなると、3人はどっと疲れが出たようで、その場にへたり込む。

「……もっかい寝るか」

 ルカリオの提案にヒトカゲとラティアスは黙って頷いて返事をし、再度眠りにつくことにした。お金を近くに放ったらかしにしていたのは言うまでもない。


 昼過ぎには店員に支払いを終え、ヒトカゲ達は次の街へ向けて歩いていた。地図でいえば、あと数kmのところだ。この日は天気もよく、程よい風が気持ちいい。

「いい天気だね~。こんな天気ならお昼寝したいくらいだな」
「さっきまで十分寝たばっかだろーが」
「えっ、何言ってるんですか、3時間くらいは寝たじゃないですか」

 平和な時間を過ごしながら3人は話しながら歩く。ふとヒトカゲが前方に目をやると、誰かが道の真ん中に立っているのが見えた。だがあまりに遠くてはっきりわからないようだ。

「見て、あれ。何してるんだろ?」

 ヒトカゲに声をかけられルカリオとラティアスもその方向を見ると、確かに誰かがいる。何かを配っているように見えたが、誰かまでは見えていない。

「ちょっと行ってみようぜ」

 3人は駆け足でそのポケモンの所に近づいていった。進むにつれて見えてきたのは、テディベアを思わせるようなかわいらしい熊のようなポケモン、ヒメグマだ。
 さらに近づくと、ヒメグマはチラシのようなものを近くにいるポケモン達に配っていた。何気ないふりをして3人はチラシを受け取る。

「ぜひいらしてくださいね~♪」

 ヒメグマがかわいい声で宣伝する。ヒトカゲ達はもらったチラシに目を通すと、どうやら3人が行こうとしている街でお祭りがあるようだ。そこにはこう書かれてあった。

“花の街――ドラグサムの花祭り開催!”

 実は、次の目的地である『ドラグサム』は別名“花の街”と呼ばれるほど多くの種類の花が咲き乱れる街なのだ。そんな知識がなくとも、花びらがついているチラシから容易に想像できた。

「へぇ~、早く行ってみたいですね!」
「そうだね~……ん?」

 ヒトカゲがチラシに目を通していた、その時だった。右下に小さく書いてある主催者の欄に書いてあった名前に、彼は酷く驚いた。

(えっ、うそ……)

 記載されていたのは、ヒトカゲがかなり心配している者の名前だった。できればすぐに逢いたいという想いが強くなり、導かれるように街に向けて走り出した。

「あ、おい!」

 勝手に走りだすヒトカゲに気づいたルカリオとラティアスが後を追いかける。そんなに花祭りが楽しみなのか、しょうがないなと思っている2人だが、彼らも花祭りを少し楽しみにしているのだ。


 ドラグサムの中心から少し離れたところにある、花が咲き乱れる草原。遮るものがないため、常に風が穏やかに吹いている。だが、ここは花祭りの会場ではない。
 その草原の中心には、ぽつりと1つ、墓がある。その墓の前に1匹のポケモンが立っていた。そのポケモンは墓前に、自分で摘んできたであろう花を手向ける。

「とうとう僕が主催で開くことできたんだよ。君が好きだった、花いっぱいの祭り」

 合掌しながら墓に語りかけるそのポケモンの表情は穏やかだ。そこに別の存在がいるかのように、自分が主催したという花祭りについて話をしていった。
 話の途中何者かの気配を感じ、そのポケモンは目つきを変え、素早く後ろを振り向いて戦闘態勢に入る。が、そこにいたのは予想だにしなかった存在だ。

「えっ、ヒトカゲ?」
「やっぱり……カイリューだったんだね」

 そのポケモン――カイリューの目の前にいたのは、チラシを片手に息を切らしていたヒトカゲだった。それからすぐに彼を追ってきたルカリオとラティアスも到着した。

「君、僕の居場所を突き止めにきたの?」

 やはり元殺し屋なだけあり疑い深く、報復なのかと疑っている。もちろんヒトカゲにそんな気持ちはなく、偶然チラシをもらって会おうと思ったと説明すると、カイリューは少し落ち着きを取り戻した。

「何でカイリューが花祭りを?」

 ヒトカゲは手に持っていたチラシを見せながら、花祭りを主催している理由を尋ねる。ひと息おいて再び墓前の方を振り返り、カイリューが語り始めた。

「ここ、ドラグサムは僕の故郷。そして、ずっと好きだった幼馴染のリユの故郷でもあるんだ」

 そう、この街はカイリューの故郷――半生を過ごした場所であり、幼馴染を亡くした場所でもある街だ。半年前に戻ってきて、真っ先にこの祭りを計画したという。
 その理由は、自分の気持ちを表現するため。生前リユが好きだった花を街いっぱいに咲かせ、見せてあげたかったのだ。彼女が喜ぶ顔を思い浮かべることができると信じて。

「だから、命日に合わせて祭りを開くことにしたんだ。今の僕にできることは、これくらいだからさ」

 それが、彼のせめてもの罪滅ぼし。1年前とは相当変わっており、以前のように精神異常をきたすこともないと本人は言う。故郷へ帰ってきたことが回復に繋がったと考えている。
 ヒトカゲとカイリューの関係を未だに理解できないまま、ルカリオとラティアスは彼らのやりとりをただ見ていた。ちょうどその時、彼らの背後に聞き覚えのある声がいくつも聞こえてきた。

「あらーかなり素敵な花ばかりね!」
「そうですなぁ。あとで飾ってあげましょう」
「何だなんだ、俺様より花の方に見とれるなんて、どういうことだ?」
「誰が好き好んで軍鶏なんか見るか。自重しろ」

 会話がルカリオの耳に入ると、一瞬にして誰かわかったようだ。振り向くべきか、それとも黙っているか迷っている間に、向こう側から声を掛けられてしまった。

「ん? 俺様の弟子共じゃないか! どうしたこんなところで」

 こう言われてしまっては無視するわけにはいかない。たった今気づいたふりをしてルカリオは振り返ると、予想通り、チーム・グロックスのメンバー全員がいた。
 それにしても、別行動を取ったはずのグロックスが何故ここにいるのか、それが気がかりであった。

「なぁ、何でここに?」
「花祭りに参加するためだ」
「……えっ?」

 まさか花祭りに来たわけではないだろうとルカリオは考えていたが、そのまさかだった。何故花祭りなんかに参加する理由があるのだろうか、自分達のことは一旦棚に上げそう思っていると、話を終えたヒトカゲとカイリューがこちらに向かってきた。
 ヒトカゲはガブリアス達の存在に気づき、手を振っている。そしてカイリューはというと、口を半開きにして驚きの表情を見せている。彼の目線の先には、チーム・グロックス全員の姿が。
 互いに見つめ合っている。彼らが何らかの形で知り合いなのは傍から見ていたヒトカゲ達にもすぐにわかった。しばしの沈黙の後、先にそれを破ったのはガブリアスだった。

「生きていたか、カイリュー……」

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