1-4 条件付きの申し込み

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読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




 開け放たれた窓から入る、黄昏のオレンジ色の明かりだけが、その一室を照らしていた。
 部屋の両脇には大きな本棚が設置されている。本棚にはポケモンに関する本が隙間なく入れられていた。
 中央にはブラウンの絨毯が敷かれ、その真ん中にはシックなローテーブルが鎮座している。
 二人の男が、テーブルを挟んで置かれた黒のソファに各々座り、向き合っていた。

 男の一人、グレーのスーツを身に纏った初老の、このポケモン屋敷と呼ばれていた屋敷の主は、いまいち焦点の定まってない目で虚空を見つめ、懺悔する。

「私はね、本当はあのポケモン達を見ているのが、辛かったんですよ」

 どこかかすれた、だが声量のある声で主は言う。

「私が引き取ったポケモン達は皆、必ずといっても良いぐらい待っていたんです。待ち続けたんですよ。もう来るはずのないおやが、自分を迎えに来ることを」

 主は両手で目を覆う。

「私は彼らのそういう感情に気づきながら、目を反らし続けていました。彼らがだんだんと自分達が置かれている現状を飲み込んでいく過程を、いつものことだと、時間が経てば慣れるだろうと流していました――そして、私は彼らと最後まで向き合いませんでした」

 主はそう、嗚咽にも聞こえるような声で、吐き出した。
 懺悔を黙って聞いていた黒スーツを着こなした男が、口を開く。

「どうして貴方は、トレーナーからポケモンを引き取ろうとし始めたのですか」

 黒スーツの男の言葉に、主は反射的に答える。

「孫娘のためです」

 主は目を抑えていた手を離し、その手の平を見つめる。手は主の意図しない方向に、震えていた。

「孫娘は今でこそ違いますが、幼い頃は人見知りの激しい子でした。ですが、ポケモンにだけは心を開いたのです。だから私はポケモンを集めました。両親のいないあの子に、寂しい思いをさせないためにも。ですが、私は親が帰ってこないというあの子と同じ苦しみを、ポケモン達にも与えさせてしまっていたのでしょう」

 震える手を固く固く握りしめた主は、黒スーツの男の方を見る。

「もし私にお金があったにしろ、私はあのポケモン達を幸せにはしてやるおやにはなれない。たとえポケモン達と仲良くしていたあの子にも、それは難しい。それに、このまま貧しい思いを一緒にさせるわけにもいかない……貴方達の助言があってこそ、ようやく踏み切ることが出来ました。改めてありがとうございます――<ダスク>さん」

 黒スーツの男は短く「礼には及びません」と言い、ソファから立ち上がる。
 そして腰につけたモンスターボールの一つを取り外し、ポケモンを出した。
 ボールから出てきたのは白いドレスを身にまとった女性のような姿のポケモン、サーナイト。
 黒スーツの男が『テレポート』を使って、この場から離れることを察した主は、咄嗟に男の袖を掴んでいた。

「行かれるのですね……最後に一つだけ、いいでしょうか?」
「……どうぞ」

 主は尋ねた。がくがくと、恐れるように唇と腕を震わせながら。

「私は、間違っていませんよね……?」

 黒スーツの男は、無表情のまま、主の懇願に応えた。

「貴方は賢明な判断をした。それは私達が保証します」

 主の手から震えが消え、袖から手を放す。
 次の瞬間には、立ち尽くす主だけが、宵闇迫る部屋の中にただ一人取り残されていた。
 黄昏の光に誘われるように、ふと主は窓の外を見る。
 窓の外にはポケモン達が暮らしていた庭が広がっていた。
 静かになった庭を眺めて主は思う。

 この庭は、こんなにも広かったのか。と。



*****************


 俺のポケモンが奪われたのは奴らで二度目だった。
 繰り返すがつまり、<シザークロス>が初めてではないということになる。
 その前に一度、俺は手持ちポケモンを失っている。
 失ってしまったのは、俺の大切な相棒――ラルトス。内気だが、心優しい奴だった。
 俺から相棒を、ラルトスを奪ったのは、“闇”だった。
 いきなり“闇”などと言われても、何を言っているのかよくわからないと思うかもしれない。だがそうとしかいいようがない抽象的な存在であった。

 かつて王国を襲った、王国を壊滅状態にまで追い込んだ巨大な規模の神隠し。
 その神隠しが起こった瞬間、ヒンメル地方全体が闇に覆われていたことから“闇隠し”という呼び名がつけられている。それに、俺のラルトスは巻き込まれた。
 何年経っても彼らの消息は分からない。生存している可能性は絶望的と言われている。
 それでも俺は、信じている。
 ラルトスが無事だと、今も信じ続けている。


 再び<シザークロス>の小屋についた頃には、もう日は暮れていた。
 俺は臆さずに正面から堂々と小屋に乗り込もうとする。だが、入口にジュウモンジ率いる<シザークロス>達が立ち塞がった。
 ジュウモンジが俺に対し、門前払いの構えをとる。

「何しに来た、配達屋」
「“何しに”って、決まってるだろ」

 俺はミラーシェードを外して、ジュウモンジの三白眼を睨む。
 そして頭を垂れて定型句を口にした。

「お届けに、上がりました」
「……届け物、だとぉ?」

 疑問符を掲げたジュウモンジに赤毛の少女が、「惑わされないように」と言葉を添える。

「きっとまた、取り返しに来たんだよ親分! あのポケモン達にもうおやはいないのに……」
「それはどうかな」

 咄嗟に低い声で、俺は彼女の言葉を否定してしまう。赤毛の少女が俺の声に強張ってしまったので、言葉を選び直した。

「……今回は本当に届け物だけだ」
「そう言われても、怪しいよ」

 俺の言葉に訝しげな反応をする赤毛の少女。ジュウモンジも警戒を怠らない。

「今まで何度もてめえには邪魔されてるからな。届け物なら今ここで受け取って開けさせてもらう。だから中には入れさせねえ」

 ジュウモンジは断固としてポケモン達に俺を近づけさせないつもりのようだ。
 ……本来ならば、ポケモン達の預かり主である奴らにこの届け物を渡してもいいのだろう。
 しかし万が一の事を考えると、ここで引くわけにはいかない。

「この贈り物はお前らじゃなくてあのポケモン達に向けてのものだ。依頼主にもそう注文されている。だから直接手渡したい」
「依頼主ってーと、あの屋敷の関係者か? 手放したポケモンに今更何をしようってんだか、ダメだダメだ」

 手の甲をひらひらと見せながらあくまでも門前払いをしようとするジュウモンジ。
 俺がじわりと奴らに滲み寄ろうとすると、背後から声がした。

「待って!」

 声の主はヨアケだった。俺は彼女の姿を認識すると、軽く憤りを覚え、怒鳴る。

「ヨアケ……? なんでついてきた! お嬢様と一緒に待っていろと言っただろ!」

 俺が憤っているのに対し、ヨアケは不機嫌そうに言った。仁王立ちをして、言った。

「それをポケモン達に渡すのを提案したのは私なんだよ? 言った言葉の責任くらい、取らせてよ」
「しかしなあ……!」

 ヨアケに反論をしようと身構える俺にジュウモンジは、奴特有の三白眼から冷めた視線を俺たちに送り、つっこむ。

「おい、痴話げんかすんなら帰れよてめえら」
「「痴話げんかじゃない!」」

 俺とヨアケの声がダブる。変な気まずさが俺の中に残る。なんだこの状況は。
 俺に比べ、ヨアケの立ち直りは早かった。ヨアケは咳払いを一つして、気を取り直してジュウモンジに提案する。
 それは、かなり突拍子もないことだった。

「こほん、話は聞きましたジュウモンジさん。それじゃあ、私を、私達を人質に取ってください」

「………………は?」

 誰かがそう言った。
 誰が言ったのかまでは把握しきれなかったが、その一言がこの場にいるほぼすべての奴らの総意だったに違いないと俺は思った。
 俺らの間に沈黙が流れる。<シザークロス>の面々がポカンとしている。ジュウモンジにいたっては苦笑いを浮かべフリーズしている。
 そんな中でもヨアケは、どこから湧いてくるのか分からない自信に満ちた表情をしていたので、俺はヨアケに耳打ちをした。

「お、おいヨアケ。何を言っている」
「何って、提案だけど」

 それは提案と言えるのか? と疑問符を浮かべていたら、ヨアケがジュウモンジに重ねるように言葉をかけていた。

「ビー……えっとビドー君は私達を見捨ててまで、ポケモン達を連れて行こうとするように思えますか? ……ちゃんと言えた」

 ヨアケ本人としては内心でガッツポーズを決めるくらい、上手い考えだと思っていたのだろう。
 その一方で、ジュウモンジは頭を抱えていた。俺も頭が痛い。初めて奴と意見が一致した瞬間だったのかもしれない。
 こめかみを抑えながらジュウモンジは怒りの混じった表情で俺達を叱責した。

「人質なんかいらねぇよ。女が人質とか、簡単に口にしてんじゃねぇし、配達屋も言わせてんじゃねぇぞコラ」
「ごもっとも……」
「……ごめんなさい」

 しょんぼりとへこむヨアケの隣で、俺は考えていた。このままでは埒が明かない、と。

「どうすればいい」
「カッ、てめえで考えろ。土下座でもなんでも、いくらでも手段があるだろ?」

 苦し紛れに場を繋ごうとする俺に、ジュウモンジは挑発を仕掛ける。
 ここで挑発に乗ってしまったら水泡に帰す。かといって下手に出続けたら、いいようにあしらわれるだけだ。
 俺の視線の先には、奴らの向こう側にはトラックが見える。その中にいるポケモン達の姿は見えないままだ。
 思い出せ。
 俺は何をしにここへ来たのか。
 思い出せ。
 俺が何のためにここに来たのか。
 思い出せ!

 外していたミラーシェードをかけ直し、俺はモンスターボールを手に取り、その腕をジュウモンジへと突き出して言った。

「じゃあ、俺とバトルしてくれ。シングルバトルの1対1でだ」

 ジュウモンジが一瞬だけ三白眼の眉を緩めて、それから口元に獰猛な笑みを浮かべる。

「てめえが勝った時と、俺が勝った時の条件は?」

 乗ってきた。
 いや、奴は待っていたのかもしれない。俺が賭けに出ざるを得ない状況を。

「こちらが勝利した場合、ポケモン達に届け物を贈らせてもらう。ポケモン達をそれ以上どうこうするつもりはない」
「ほう、それだけでいいのか配達屋?」
「ああ、構わない。そして、そちらが勝利した場合は、俺は今の仕事を止めて、<シザークロス>に入る。こき使ってくれ」

 <シザークロス>の面々がざわつく。しかしそれはジュウモンジの制止によってすぐに静まった。
 ジュウモンジが自らのモンスターボールを手にかけ、俺に向けてモンスターボールごと腕を突き出す。

「てめえなんかお断りだ。って言いてえところだけどよ……いいぜ、その条件でバトルしてやる」
「……感謝する」
「いらねぇよ、そんな上っ面の言葉。ただし、てめえのポケモンを指定させてもらうからな」
「どのポケモンだ」

 肩を竦める俺に、奴は即答した。

「リオル」

 ……やはり、そうきたか。
 俺が口をつぐむと、奴は勢いに乗って俺にまくしたてる。

「配達屋。お前がその仕事に覚悟……いんや、意地を持っているのは解った。だけどよ、お前は自分の力だけで仕事をこなしていると勘違いしているんじゃないか?」

 そんなつもりはない。

「お前が野生のポケモンや賊に襲われた時、助けてくれるのは誰だ? お前が一人では持てない荷物を運ぶのを、手伝ってくれるのは誰だ?」

 そんなの、ちゃんと認識している。

「俺は何度もお前と戦っているから知っている。てめえは、手持ちのポケモンにねぎらいの言葉を掛けない。その証拠が、そのリオルだ」

 そんなこと、言われなくても解っている。

 大きく息を吸って、吐き出す。頭を冷やして、ジュウモンジを睨みつける。

「言いたいことは、それだけか? さっさと勝負を始めよう」

 ジュウモンジは「余計なことを言ったな」と言ってから、今までで一番鋭い視線を俺に向けた。そして宣言する。

「ああ、そのてめえのねじ曲がった根性、叩き直してやるぜ」



*****************


 ビドーとヨアケがポケモン屋敷から<シザークロス>の拠点に向かっていた頃、荒野のど真ん中で伸びていた下っ端の男とクサイハナは意識を回復させていた。
 目覚めた男の瞳にまず映った光景は夜空だった。星に照らされた程よい暗闇の中、彼は自分がなぜ仰向けになっているのかを思い出していく。
 それから、自分とクサイハナが金髪の追跡者の攻撃によって気を失ってしまったことを思いだし、男は己の相棒の安否を確認するべく起き上がった。
 クサイハナは男のすぐ脇に立っており、心配そうに男を見守っていた。その姿を見つけて安堵した彼の涙腺は緩む。

「クサイハナ……大丈夫かっ!」

 涙目ながらも微笑み、思い切り首を縦に振り、男に応えるクサイハナ。トレーナーを慕うそのクサイハナの健気さに、彼は心を打たれ号泣した。

「うおおおクサイハナああああ……!!」

 そしてしばらく抱き合った後、下っ端である男は拠点へ向かうべくバイクを走らせる。

「お頭達、無事にアジトに帰れただろうか。いや、心配するまでもねぇよな」

 クサイハナも、大丈夫だと言わんとばかりに鳴き声を上げた。
 だがしかし、男の不安は、的中してしまうことになる。

「これは一体どういう状況だ……?」

 男の目に入ってきたのは明りだった。建物の外に目立つ光源があったので、男は疑問に思う。
 それに、拠点の前に人だかりができていた。
 人だかりは、ほとんどが見知った<シザークロス>の面々で、二人の人物を取り囲むように、集まっている。
 男の仲間の手持ちの、バルビードやモルフォンといったポケモン達が、『フラッシュ』で中心を照らしていた。
 中心にいる人物の片方は背の高い、顔に十字傷のある男。下っ端の男のよく知るお頭ジュウモンジ。
 もう一人の方を確認しようとすると、隣から聞き覚えがない声に呼ばれた。

「あっ、先程はどうもー」

 その間延びした声の主は、長い金髪の女性――昼間、男達<シザークロス>を追いかけていたヨアケ・アサヒのものだった。
 目を丸くするクサイハナに気付かず、男はヨアケの態度につられて返事をしてしまう。

「いやはや、こちらこそ先程は……って、何でここに居るんだよっ!」

 ノリツッコミを入れる男に対し、ヨアケは人だかりの中心を指さして、説明する。

「それはですね、彼の案内でここまでたどり着けたんですよ」

 指し示された方へ目をやると、ジュウモンジと向かい合っている相手に行き着く。その群青の髪の少年を視認して、男とクサイハナは口をあんぐりさせた。

「げ、配達屋……! あんた、奴の知り合いだったのか」
「知り合ったのはついさっきなんですけれどね」
「あ、そうなのか。つーか、俺が寝てる間に何が起こったんだ? 何でタイマン勝負をしようとしてんだよ?」

 状況を尋ねる男に対して、ヨアケは少し考える素振りを見せた後、

「うーん、と……私にもよくわからないです。はい」

 と言った。ガクッとうなだれる下っ端。そんな彼の様子を見てヨアケは補足した。

「ただ、お互いに妥協出来ない、譲れないモノがあるから、闘うんじゃないかなと思います」

 ヨアケの言葉に、男とクサイハナは首をひねる。

「……すまん、抽象的でよくわからん」
「あはは、ごめんなさい」

 以心伝心な彼らの様子に、ヨアケは口元を綻ばせて軽く謝った。
 そんな中、赤毛の少女が彼らを見つけて、声をかける。

「あ、戻ってたんだ」
「おう」
「あ……心配してたんだよっ!」
「あ……ってなんだよ。あと前半のくだりだけだと忘れ去られていたように聞こえるのは俺の気のせいか?」
「気のせい気のせい」
「ホントかあ~?」
「ほら、始まるから黙って!」

 少女は、疑る彼らを抑止し、注意をジュウモンジとビドーに向けさせた。
 すっかり日も暮れた中、心地よい夜風が彼らを包む。
 今、意地をぶつけ合う闘いが、始まろうとしている……。


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