第15話 指導者の器

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 初めの内はベンケやリュウドウの言葉を信じる者は少なかった。
 しかし何人かを無理矢理連れて行き、レインの姿を見せた事で外島の人々も信じたようだ。
 外島の人々も港を守る部隊と本島へと戻る部隊に別れ、バラバラだった島の人々はレインを中心にしてまた一つの存在に戻ろうとしていた。
 レインの影響力も凄まじいものだが、それ以上に本当はこの島に住む誰もがこの現状に嫌気が差していたのだろう。
 ベンケと他の戦える者が何人かここに残り、それ以外の者達は次々と水へと飛び込んでゆき本島を目指して進んでゆく。
 魚の島の内戦。
 その最終決戦の時は近い。



 第十五話 指導者の器



「シルバさん大丈夫ですか?」
「正直に言うと大分きつい。何より体の震えが止まらん」

 外島からの支援が到着するのを待っている間、シルバは"命の眠る水底"を照らすために点けられた松明で暖を取り続けていたが、体力の消耗は予想以上だった。
 ようやく少しは気を抜くことができる状況になったという事もあってか、冷え切った身体の震えが止まらず、体中がかじかんで上手く動かなくなっている事が分かった。
 このままでは戦闘になったとしてもシルバは通常の半分も実力が引き出せるか怪しい所だ。
 士気を上げなければならないこの状況でこの事実を伝えるわけにはいかず、シルバはただ必死に体が温まるのを待つしかなかった。

「シルバさん。よければこのスープを飲んでください」
「いいのか? お前達の食料は僅かなんだろう?」
「はい。この戦いが終わればまた今までのように生活ができる……。そうすればもうギリギリの生活を続ける必要もありません。勝手だとは分かっていますが、どうかこの島の未来を取り戻してください」
「分かった」

 震えるシルバに本島から移動する体力も残っていなかった老人達が、温かいスープを持ってシルバの元へやって来てくれた。
 そのスープには具はほとんど入っておらず、彼等の生活がどれほど限界が近かったのかが窺える。
 だからこそシルバは一度、そのスープを受け取ることを躊躇った。
 本当にそれが必要なのは彼等であり、今の自分ではない。
 そう思ったが島民達はシルバの勝利と平和を望んでいると知り、覚悟を決めるという意味でもそのスープを受け取り、ゆっくりと飲み干していった。

「お返しになるとは思えんが……俺が過去に食べたスープだ。皆もこれを食べてくれ」

 スープのお陰で身体の震えも幾分か治まった事を見て、シルバは虫の島で食べたあの大鍋のスープをその場に生成した。
 自分自身の身体の震えを抑えることも当然目的にはあったが、それ以上に彼等の衰えた身体を見ると何かをしてあげたくて仕方がなかったのだ。

「これは……一体どうやって?」
「俺の能力みたいなものだ。元は幻影を作り出す能力なんだが、これは本当に食べられるし腹も膨れる。お前達がスープを分けてくれたから俺も思い出すことができたんだ。貰ってくれ」

 そう言ってシルバは残っていた島民達に暖かい具沢山のスープを振る舞い、全員で暖を取った。
 涙を流しながら美味しそうにスープを食べてゆく島民達の姿を見ていると、シルバは思わず笑みが零れた。
 暫くするとランターンを先頭にして水棲のポケモン達がいの一番に駆け付け、シルバ達と合流した。

「駆け付けましたよシルバさん! ……ってなんでこんな時に食事を?」
「そりゃあみんなが腹を空かせてたからな。まだスキームの一派に動きは無い。今の内にお前達も英気を養っておけ」

 そう言ってシルバは満面の笑みで駆けつけてくれたポケモン達を出迎えた。
 想像していなかったであろう事態に駆け付けたポケモン達は少しばかり唖然としていたが、腹が空いているのも事実。
 彼等にも様々な食事を振る舞ったことで本島には久し振りに笑顔の光が灯っていた。
 その後も次々と外島のポケモン達が駆け付けてゆき、何故か皆で鍋を囲むことになり次第に本島の様子はさながら宴会場のようになってゆく。
 沢山の笑顔がその空間を満たしてゆく中、遂に水中に一つドシン! と大きな音と振動が響いた。
 賑やかだった本島は一瞬で緊迫した雰囲気になり、戦えない者を避難させて残りの者達で水中にも地上にも防衛線を張り巡らせる。
 響く音と振動は次第に数を増してゆき、そして遂に急ごしらえの壁にヒビが入った。

「来るぞ! 全員で奴等を取り押さえろ!」

 水中にいたポケモン達がそう言い放ち、その瞬間を待ち続ける。
 そして三度音が鳴り響き、遂に大きな水柱と共に壁が打ち破られ、戦いの火蓋が切って落とされた。

「てめぇら! 舐めた真似しやがって!!」
「迎え撃つぞ! 一人も逃すな!」

 水中から勢いよく飛び出したガマゲロゲが腕を振り下ろしながら叫ぶ。
 シルバの号令を聞いたポケモン達はすぐさま散開し、シルバ自身はその攻撃を受け流してそのままガマゲロゲの腕を掴み、しっかりと拘束した。

「あいててててて!! なんだお前!? この島のポケモンじゃないのか!?」
「残念ながらその通りだ。だが一人残らず俺が捕まえてやろう!」

 そう言うとガマゲロゲの周囲に電流が走り、その電流があっという間にワイヤーロープへと姿を変えてゆく。
 腕と脚にしっかりと巻き付いて縛り上げ、全身に絡みつくと一本のロープとして繋がってガッチリと拘束した。

「なんだこれ!? どうなってやがる!?」
「そりゃあ見たままロープだ。ワイヤーとかいう金属で編まれた物だからちょっとやそっとじゃ引きちぎれんがな。まあそのまま大人しくしてろ。きっちり全員縛り上げてやるから」

 そう言ってシルバはすぐさまそのガマゲロゲを無力化すると、次々と飛び出してくるスキーム一派のポケモン達と交戦している他のポケモン達に加勢しに行った。
 シルバが戦闘前に生成していたのは当然食事だけではない。
 それぞれの体格にあった鎧を元々あった物を元に生成し、戦う者達全員に行き届くようにしていた。
 そしてシルバ自身も新しい武器としてそのワイヤーロープを使用していた。
 機械の修理の際に様々な精密部品を修理したりしていたおかげでシルバ自身も生成する幻影の精度や作れるものの幅が大幅に広がっていたため、今回はその中から最も拘束に適していたワイヤーロープを選択したのだ。
 水棲ポケモン達には予め、作れないかと頼まれていた捕縛用のネットを生成して渡していたためシルバが心配するまでもなく上手い具合にスキーム一派を捕えてゆく。
 スキーム一派にとってこれは大きな誤算であり、最大の脅威だろう。
 無尽蔵に作り出せる武器や防具で強化されているだけではなく、不足していた筈の食料まで手に入った事で疲弊していた筈の兵士達が全員元気になっているのだから。
 その慢心と戦いに懸ける意気込みの差から次第にシルバ達の方がスキーム一派を圧倒してゆき、遂には一人の死者も出さずに全員の捕縛が完了した。

「よくやった! これで俺達の完全勝利だ!!」
「うおぉぉお!!」

 洞窟内に響き渡る鬨の声がシルバ達にもう一度笑顔を届けた。
 網やロープで縛り上げられたポケモン達を全員一か所に纏め、気絶させていただけのポケモン達も全員ロープで縛り上げ直す。
 そうして今一度全員を一か所に固めた事で、一人の兵士が違和感に気が付いた。

「スキームがいない! 誰かスキームを捕まえたか!?」
「そういえば見かけていないぞ? 一体何処に……?」
「外島へは抜けられていないはずだ。見張りのポケモン達は全員持ち場を離れていない」

 完全勝利の余韻に浸る間もなく、その勝利に陰りが見え始めた。
 誰もスキームと戦っていないどころかスキームの姿すら見ていないのである。
 一瞬で場は騒然とし、すぐさま周囲の様子を確認したが、間違いなくスキーム派のポケモンはそこに捉えられており、岩陰に隠れているようなポケモンもいない。
 外島へ抜けられることだけは避けなければならなかったため、各通路全てに最低でも二人の兵士が立っていた筈だったのだが、彼等は誰一人として戦闘もしていないという。

「仕方がない……。もしも外島に抜けられていたらレインが危ない。二手に分かれて探そう。スキームは戦闘能力は高いのか?」
「いえ、宰相をしていただけなのでそれほど高くは無いはずです。ただ頭はかなりキレます」
「だろうな。そうでなければここまで見事に島の内情を操作することは出来んだろう。リュウドウ達兵士を筆頭にして半分は王宮の方を調べてくれ。俺は外島の方へ向かう」

 シルバは全員にそう言い放つとすぐさま二手に分かれて本島を離れた。 
 この混乱の首謀者であり、非常に頭の切れるスキームは何としてでも取り押さえる必要があった。
 既に彼等にもレインが救出された後であることがバレている以上、今度はもう人質の命を保証するとは思えない。
 最悪の場合、レインの命を奪ってでも手に入れた偽りの玉座を守り続けるだろう。
 そうなってしまった場合、もうこの島が元通りの平和を取り戻すことは出来なくなる。
 それだけは避けるためにシルバは潜水具を一式装備し直し、他の水棲ポケモンに牽引されて急いで外島へと戻る事となった。
 だが、早く動いたのは間違いだった。
 兵士の一人が言っていた通り、スキームは非常に頭の切れる人物だった。
 その証拠とでも言わんばかりに、もぬけの殻となった本島にひょっこりとスキームは姿を現したのだ。

「やれやれ……手酷くやられたなお前達。今解放するぞ」
「スキームさん! 流石ですが、一体何処に隠れていたんですか?」
「そりゃあ一つあるだろう? 誰も入りたがらない絶好の隠れ場所が」

 そう言ってスキームは"命の眠る水底"の入り口を指差してみせる。
 乱戦の最中、スキームは他の隊員達が派手に飛び出してゆく中端の方から静かに島に上がり、そのまま"命の眠る水底"へ潜って静かになるのをずっと待っていた。
 スキームの作戦は初めから戦力が分散するのを待ってから動く事だった。
 故に元々彼等も大きな損害を与えるつもりは無く、寧ろ同じように怪我をさせない事で完全勝利に酔いしれ、同時にスキームがいない事に気付いて戦力を分散させるであろうことまで予想の範囲内だった。
 "命の眠る水底"の入り口からおおよそ十数メートルまでの深度であれば気を失う事はない。
 それはこれまでの調査の結果誰もが知っていた事だったが、既に『入れば死ぬ水路』という認識だったこの場所を調べる者はいなかった。
 全てはスキームの手の中でまだ動いており、戦局を読む力だけならばシルバよりも格段に上だろう。

「なんです? このロープ。いくらなんでも固すぎやしませんか?」
「ワイヤー何とかって呼んでました。なんでも金属のロープだとかで」
「厄介ですねぇ。流石にこれは予想外だ」

 スキームは捕まっていた兵士達を縛っているロープを外そうとしたが、そのロープのあまりの硬さに疑問を抱いた。
 ロープで縛り上げられるであろうことまではスキームも予想していたが、ここでシルバがワイヤーロープを使うことまでは予想することは出来なかった。
 おかげで彼の計画も狂うことになるが、それでもスキームは決して焦らない。
 長く島主の元に仕え、統治について日々思考を巡らせていたスキームはその経験からどんな状況でも焦らない事を覚えていた。
 最初に本島への道が塞がれていると兵士が気が付き、報告に戻った時もスキームはすぐに行動に移す事はなかった。
 通路途中の隠していたレインの状況の確認と、そのいきなり現れた壁についても自身の目で一度確認してから作戦を練ったほど彼は常に冷静沈着で抜かりが無い。

「金属ではあなた達の毒でもなかなか腐食しませんからね。胃液ならばと言いたいところですが、これほどしっかりと身体に縛り付けられているのであれば溶けるのはロープよりも先にあなた達の身体の方になってしまう……万事休すですかね」

 口では諦めたような事を言っているスキームだったが、実際は思考を可能な限り巡らせ、何とかしてロープを解く方法を考えていた。
 このまま一人で外島へ向かってゆき、レインの身柄を再度確保したところでスキームには勝機が無い事が分かりきっているため、なんとか元通りの作戦に戻れないかと考える。
 本来ならばここで全ての兵士のロープを解き、外島側へ全員で侵攻し、再度乱戦となっている間にレインを確保して戦局を元に戻すことが狙いだからだ。
 どちらにとっても切り札は前島主の子供であるレインだけだ。
 スキームがレインを殺さない理由は上手くレインの思考を誘導してゆき、最終的には自分の意志でレインから島主となる権利を正式に譲り受けるためにだ。
 そうすれば後から誰が文句を言おうとも揺らぐことは無くなる。
 そのために彼に賛同するよう欲に忠実な兵士達を扇動し、彼の手下となるようにしてきたため、スキーム一派の方もただの烏合の衆ではなくスキームの意志の元に統一された正に軍隊である。
 だからこそこのような囮作戦にも文句一つ言わずに従ってくれたのだ。
 スキームの一派はカエル系のポケモンが多い。
 水棲でありながら肺呼吸であるため、長く水を離れられない種族がほとんどだ。
 そんな中途半端な彼等は彼らなりに努力を続け、ようやくどちらにも負けない存在になったのだが、受けた評価は然程無い。
 今までの努力がそれぞれのポケモンにとっては普通だというその評価が納得ができなかった。
 だからこそスキームは同志を募って反旗を翻し、自分達の望む国へと作り替えようとしていた。

「お前の考えは実に興味深い……このままでは面白くないな。あいつのためにもならん」
「誰ですか!?」
「俺は誰でもない。だが誰かが俺の名を呼ぶ時、必ず俺を"影"と呼ぶ。まあ、そう不安そうな顔をするな。ちょいとお前達の協力をしてやるというだけだ」

 考え込んでいたスキームの後ろからカゲの声が聞こえてきた。
 いつから居たのか分からないほどいきなり現れ、スキームに協力を提案した。

「協力していただけるのはありがたいところですが……その見返りは何です?」
「見返りなど要らない。お前の思想と行動は必ず奴を揺れ動かさせる。そろそろ揺れる心もあるはずだ。ならフェアに行くのならば俺は奴の敵に回らなければつまらない。ただそれだけだ」
「あいつというのが誰を指しているかは分かりませんが、見返りを求めない者は基本的に信用しない質ですのでお引き取り願えますか?」
「お前がどう思おうと俺は知らん。それにもう手は貸した。じゃあな、せいぜい頑張れ」

 カゲを警戒して視線を全く逸らさないようにしていたスキームだったが、そんなことは意に介さないとばかりにカゲも好きなように話し、行動する。
 スキームの後ろからバチバチッと音が聞こえ、思わず視線をそちらに向けると、いつの間にか彼等を縛っていたワイヤーがきれいさっぱり消えてなくなっている。
 『何をした』そう言おうと振り返ったが、既にそこにカゲの姿はなく、初めからなにもいなかったかのように立ち消えていた。

「スキームさん! 何したんすか!? 全員これで戦えますよ!」
「え、ええ……。ちょっとしたトリックですよ」

 拘束が解かれたことでスキームの部下達は元気に立ち上がったが、スキームは動揺が隠せなかった。
 カゲの存在を知らない彼にとって目の前で起きた事が全く理解できない上、どうにも先程の存在は自分にしか見えていないようだったため理解が追いつかなくなったのだろう。
 とはいえ部下にその動揺を悟られるわけにはいかず、すぐにいつもの調子で話し始めた。

「予定より少々遅れてしまいました。ですが彼等は私達が追撃するとは夢にも思っていません。叩くなら今です。そして今度こそレイン王子から直々に島主の譲渡をさせましょう。もう回りくどいやり方ではなく脅してでも直接譲り受けるのです。そして私が島主となった暁には、貴方方の地位を保証しますよ」
「うおー!! 流石スキームさん! 格が違うぜ!」

 レインの奪取により島民達の士気が上がったようにスキームも彼等の報酬である地位を常にちらつかせることでその従順さと士気を保ち続けていた。
 当然建前ではなく、形は変われど彼等を取り立てる気ではあったのがスキームの少々違う所だろう。
 手駒として使うために少々欲に忠実な者達を集めはしたものの、彼も決してその日陰者達を利用して切り捨てるつもりは無かったからだ。
 自分自身が同じ陰鬱とした感情を持っていたからこそ、切り捨てる事だけは出来なかったのだろう。
 そしてスキーム達はシルバ達の後を追うように途中に空間のある通路を通ってシルバ達の後を追った。


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 その頃、シルバ達は外島と本島を繋げる水中洞窟から丁度出てきたところだった。
 いくら普通より早く移動できるとはいえ、シルバは水棲ポケモンではないため必要以上の速度で泳ぐことは出来ない。
 同時に例え牽かれていたとしてもシルバがその速度には耐えられないため、想定していたよりも到着するのが遅れたのである。

「どうしたんだ? もしかして終わったのか?」
「いや、まだだ。スキームの部下は全員拘束したがスキーム自身がまだ見つかっていない。こちらに誰かが抜けては来なかったか?」
「誰も来てないぞ。見張り始めてからならシルバさん達が初だ」
「そうか……ならいい……」
「シルバさん、大丈夫ですか? えらく辛そうですけど」
「大丈夫だ。問題無い。ただチョイとなれない事をして疲れているだけだ」

 水から上がったシルバはいくら水で身体が濡れたとはいえ恐ろしい疲れ方だった。
 明らかにそれは不慣れが故に起きたような疲弊ではなく、立ち上がれなくなるほどの病的な疲れ方だ。

「まさか、潜水病か? シルバさん、今きついのはどんな風にですか? 可能な限り教えてください」
「潜水病……? 分からんが、身体の節々が痛む。それに少し息苦しい」
「間違いない、潜水病だ。シルバさん、もしも出来るのであれば酸素吸入器を生成できますか?」
「酸素吸入器? 少し前に聞いた気がする。それがあれば治るのか?」
「応急処置的には緩和できますが、後できちんと処置する必要があります」

 潜水の知識があるわけではないシルバは当然減圧などしていなかった。
 その結果潜水病を発症し、とてもではないが今すぐに戦えるような状況ではなくなっていた。
 しかしその治療に必要な酸素吸入器も既に無くなっているため、シルバがダイビングの基礎知識として教えてもらった知識から生成するしかない。
 聞いただけの酸素吸入器を生成し、それを使ってすぐに酸素の吸入を開始したが、当分の間は動く事さえままならないだろう。

「まずいぞ、シルバさんが動けないのならベンケさんにも手伝ってもらわないと」
「だがそれなら誰がレイン王子を守るんだ? 他にも強い人はいくらかいるが、あの二人ほどの強さとなると……」

 シルバの不調により折角高まっていた士気が下がり始めていた。
 仕方のない事ではあるが、このまま不安だけが募ってゆけばもしもの際にどうしようもなくなってしまう。

「俺をベンケの所へ連れて行け。もしもが起きる時までには動けるようになっておく。だから指揮をベンケに仰げ」

 シルバは不安そうな兵士達の一人に手を伸ばしてそう言った。
 肩を借りてシルバはベンケの元まで移動し、ベンケに事情を説明した。

「潜水病? ちょっとやそっとで治るようなものではないぞ!」
「分かっている。だからこそ今この戦況を乱すわけにはいかない。あんたにしか頼れないんだ」
「仕った。ベンケ、此処で今一度漢を見せようぞ!」

 苦しそうなシルバをベンケは子供達のいる小屋へと連れて行き、代わりにベンケが戦場へと戻った。

「シルバ大丈夫!?」
「ああ、一時的なものだ。こうしていれば治る」

 子供達は皆見た事も無いような状態のシルバを見て心配そうにしていたが、シルバも心配させまいと言葉を返していた。
 とはいえまだまともに動ける状況ではない。
 心配させまいと嘘を吐いたものの、この状況で攻め込まれればいくらシルバと言えどひとたまりもない。
 何も起きない事を願っていたが、状況はシルバ達にとって悪い方向へと進み続けていた。

「来たぞ! 迎え撃て!」

 ものの数分もしない内にベンケの号令の下、やってきたスキーム一派との戦闘が遂に始まっていた。
 ベンケが戻りはしたものの、既にシルバが兵士達に与えていた影響力は非常に大きいものになっていた。
 そんなシルバが動けないとなれば嫌でも最悪の状況を想定してしまう。

「狼狽えるな! 全てここで押し留めれば我らの勝利ぞ!」

 兵士達の士気が思うように回復していないのを見てベンケは皆に激を飛ばしたが、それでも明らかに劣勢になっていた。
 四方八方から次々に現れるスキーム一派は大きく動いて陽動し、少しでも本当の目的であるスキームの突撃がバレないようにするために纏まった動きができているのに対し、ベンケと外島の兵士達は誰か一人でも通らせれば負けだと考えているため、次第に数の利を失ってゆく。
 そして遂に指揮をしていたベンケにも複数の兵士が取りつき、指示よりも戦闘を優先せねばならなくなった時、大きく飛びあがるようにしてスキームが遂に戦場に姿を現した。

「お久し振りですねベンケ! そしてさようならです!」
「来たか! やれるものならやってみせよ!」

 飛び上がったスキームはベンケ目掛けて下りながらそう彼に言い放つ。
 それに気付いてベンケも周囲の兵士を薙ぎ払ってスキームの攻撃を警戒して攻撃を構え直した。
 だが薙ぎ倒されたスキーム一派の兵士もまだ諦めてはおらず、すぐさま横から飛び掛かり構えた腕へと掴みかかりベンケの集中力を乱した。

『まずい……! 防御を……』

 体勢が崩れたことでベンケは大きく構えていた腕を顔の前に構え直し、攻撃を防ごうとした。
 その腕にスキームの身体が触れたと思った瞬間、その重量は勢いを増して一瞬にして軽くなった。

「まさか……! 某を踏み台にしたぁ!?」

 防御をさせる事すらもスキームの狙い通りであり、構えられたベンケの屈強な腕を踏み台にしてそのままスキームは更に後方へと跳んで行く。

「行かせるな! 奴等の狙いはスキームをレイン王子殿のところへ行かせることだ!」

 ベンケがスキーム達の狙いに気が付いた時には時既に遅し。
 スキームは八艘跳びでもするかのように奇麗に兵士達の上を駆け抜けてゆき、遂に兵士が一人も居ない地上へ降り立った。
 大胆にして華麗なその作戦は見事スキーム達が勝利を収め、初めから戦闘を想定していたベンケ達は駆け抜けてゆくスキームの後を追う事すら間に合わなかった。
 洞窟を駆け抜けて橋へと差し掛かった時、バタン!という勢い良く扉を閉める音が響き渡った。
 外の様子が心配になったアカラが扉を開けて外を眺めていた時、丁度目の前をスキームが通るのを見てしまったのだ。
 だがこれがまずかった。
 スキームはこの場所に小屋があることを知らなかったため、寧ろこの音は彼をおびき寄せてしまうことになってしまう。

「まずいよシルバ! さっき敵が目の前を駆け抜けて行ってた! ベンケさん達がこのままじゃ!」
「彼等なら元気ですよ。それよりも案内ご苦労様ですお坊ちゃん」
「お坊ちゃんじゃない! ……ってさっきの!?」

 シルバに危機を伝えようとしていたアカラ達の背後、扉の前には既にスキームの姿があった。
 ほんの一瞬の気の緩み、ほんの一瞬の本能的な危機回避の行動をスキームは決して見逃さずにここまで辿り着いた。

「見つけましたよレイン王子。計画は変わってしまいましたが観念していただきましょう。これからは私の時代です」
「させないぞこんにゃろ!」

 にじり寄るようにスキームは一歩踏み出す。
 しかし扉の横に隠れていたコイズがその足に思いっきり噛み付いた。

「あいたたたた!? 何が!?」
「今だ! やれー!!」

 一瞬怯んだその隙に子供達は号令をかけて全員でスキームに突っ込んでいった。
 アカラの体当たりで体勢を崩し、倒れたところへツチカが砂をかけて目潰しをし、ヤブキが糸を吐いて拘束し、更にアインがギャリギャリと何処から出しているのか嫌な音を立てて鼓膜へ直接攻撃を行う。

「こんにゃろ! こんにゃろ!!」
「参ったか! 僕達を甘く見るな!」

 もがくスキームをアカラ達はぽこぽこと叩いて攻撃し、なんともシュールな光景を生み出す。

「えぇい!! 鬱陶しい! あなた達に用はないんですよ! 噛むのは本当に痛いんで止めなさい!」

 子供達を必死に振り払おうとしながらスキームはそう叫んでいたが、元々それほど力のないスキームでは一人引き剥がす間に他の子供がまた取り付いての堂々巡りとなっていた。
 何とも滑稽な姿だが、当の本人達は至って真面目な攻防戦を行っている。
 だからこそ、今までの全てが思わず笑えてしまった。

「プッ……。アッハハハハ!! なんだこれ? 島の命運を賭けた一戦じゃなかったのか?」
「えっ!? シルバが……笑った?」

 これまでの島民達の苦しみが、スキーム達の想いが籠った最後の攻防戦の決着が付こうというその直前。
 まるでおふざけのようなその光景がどうしても耐え切れずにシルバは肩を震わせて笑った。
 そう……シルバが心の底から笑ったのだ。

「何がおかしいんです!! こっちは必死なんですよ!!」
「だろうな。だからこそ悪いが恨み恨まれの戦いはこれで終いだ」

 スキームが少々切れ気味にシルバに言い放つと、シルバもスッと手を前に出してそう答えた。
 次の瞬間スキームの身体の周りに一瞬電流が走り、その跡がワイヤーロープへと変わってゆく。
 あっという間にそれはスキームの身体を縛り上げると一本のガッチリと結ばれたロープに変わり、遂にスキームを捕らえた。

「なっ!? これはまさか!!」
「覚えがあるだろ? あんたの部下を拘束したロープだ。自力で解くことは出来ない。降参しな。大将のあんたが捕らえられたんだ。この戦いもこれで終わり。後は全員で腹を割って話す段階だ。当然、あんたがうんと言えば、だがな」
「あなたのような部外者に……っ!! 私達の何が分かるというのですか!?」
「部外者だからこそ分かることもある。とにかくお前達はしっかりと話し合え。そうすりゃ納得のいく結果が得られるはずだ」

 スキームは歯軋りして恨めしそうにシルバを見つめたが、シルバもそう長くは離せそうになかったため、すぐに酸素吸入器を口に押し当てていた。
 どちらにしろもうスキームに抵抗する力はなく、もう敗北を認めるしかなかったため彼が何と言おうと勝敗は決している。
 こうして魚の島の激戦は終結した。


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 スキーム一派とベンケ達の交戦もスキームが捕らえられたことを宣言したことで諦めたのか、全員武器を置いた。
 その後はスキーム一派を念のためシルバが作り出した檻に拘束し、シルバとベンケの立会いの下、スキームとレインでの話し合いの場が設けられることとなった。

「私達の目的は変わりませんよ。レイン王子には島主の座を正式に私に譲渡してもらう。これ以外に私達が折れる条件はありません」
「負けたくせにえらく強気だな。まあ言わんとすることは分かるがな」
「その事についてなのですが……。スキームさん。私はまだ島主として、王としては力不足だと感じています。なのであなたに島主となる権利を、次の祭りの時にお譲りします」

 スキームとレインの話し合いは意外にも早く進んでいった。
 スキーム側の言い分は一つで、虐げられてきた者達に正当な権利を与えることを要求した。
 対してレインはその事について謝罪し、ほぼ全てスキームの要求を呑む形で承諾。
 大戦の結果とその条件の交渉はまるで正反対だった。

「何をお考えですか? レイン王子。憐みのつもりならばあなたは必ず後悔しますよ」
「……既に僕は後悔しています。昔からずっとスキームさんは僕の事を大切にしてくれていたのに、僕はスキームさんや他の人達の想いに気付いてあげられませんでした。父上のような立派な島主には程遠いです」
「その立派な父上に、私が無碍に扱われていたのですよ……。全く、レイン王子はお優し過ぎる……」
「良いのか? レイン王子殿。 彼奴の言う通り、全ての意見を呑めばこの島の者達が全力で守ろうとしたものが全て水泡に帰す。其方もそれが分からんわけではないだろう」
「分かっています。でも……スキームさんは僕よりも頭が良いですし、弱い人達の事を真剣に考えていたんです。それに、僕の事も本当ならいくらでもどうにでもできたはずなのに、戦いまでしてでも最後には話し合いを望んでいました。出来る事ならばスキームさんだって戦いたくなかったのは……何となく分かりますから」

 それを聞いて溜め息を吐いたのは意外にもスキームだった。
 頭を抱えるように手で覆い、何度か自分の頭を指でトントンと叩いた後、まっすぐレインの方を向き直した。

「卑怯ですよレイン王子。これでは貴方の方が寛大で聡明な人だと言っているようなものだ。貴方はその齢で前王よりも既に思慮深く他者を重んじる考えを持っている。私は&ruby(はかりごと){謀};には頭は切れますが、貴方のように無私の考えを持つことは出来ない。結局のところ、今のままの方が全てが丸く収まる。私がただ、貴方様に進言していれば済んだ話だ」
「ん? 結局どうするんだ?」
「どうもこうもありませんよ。許してもらえるとは思いませんが、これからも不肖スキームはレイン王子、いえレイン王に尽くしましょう」
「でもそれではスキームさん達の……」
「貴方は人を裁けない人だ。だからこそ私達は自らの過ちを行動で償いますよ。奇麗事だけを語っていてください。その無茶に答えるのが宰相というものです」
「結局元の鞘に収まる、ってことか」

 レインとスキームの話し合いはそうして呆気ない終幕を迎えた。
 島民全員への通達はレイン自身とベンケから行い、何故スキーム達がこのような蛮行に及んだのかを角が立たないように伝えた。
 当然スキーム達が何の処罰も無く無罪放免となることに異を唱える者も多かったが、案外これを容認してくれたのは本島に居た者達だった。
 同じような境遇を味わい、シルバから叱られたこともあってスキーム達の言い分が分かったのだろう。
 完全に納得できる結果とはなってはいないものの、ベンケやシルバ、レインの言葉もあってなんとか行動次第と全員の意見を一致させることができた。
 誤った情報の誤解を解き、島民全員がようやく元の一つの島民に戻ったのは、数日後。
 奇しくも次の島主を決める祭事の当日だった。
 こうして正式にレインが島主として王位を継ぎ、皆を導く立場として島民達に久し振りの安らぎと笑顔を与えただろう。
 なんだかんだ祭りも終わり、今まで外島と本島で滞っていた物流の見直しも進み、中継地点のある水中洞窟を地上がある部分を繋げて行き、誰でも楽に本島まで行けるようにしようと決まった。
 この計画の実動隊は大半が元スキーム派の者達で構成されており、二度とこのような事が起こらないようにするためにも尽力したいと心を入れ替えたようだ。
 大規模な工事が行われることも決まって、島内が慌ただしくなることも確定したため、シルバ達はようやく島を発つことにした。

「シルバさん。僕達の島の事を本気で考えて、救ってくれてありがとうございました」
「気にするな。どうせ最終的には世界救おうって旅なんだ。島の一つや二つ救う事なんざわけない」
「今はまだ慌ただしいですが、本島までの道が開通した折には是非いらして下さい。今度は戦争ではなく観光案内でもして差し上げましょう」

 そうしてシルバはレインとスキームに見送られて港へと戻ってきた。
 何処となく港にも活気が戻っており、空気が軽くなっているような気がする。

「ねえねえシルバ。笑ってみせて!」
「ん? どうしたんだいきなり」
「いいから! にって笑って! にって」

 ニコニコと微笑んでいるアカラがシルバにそう言った。
 言葉の意味がよく分からなかったもののシルバは言われた通り、にっこりと微笑んで見せる。
 そうするとアカラも更に嬉しそうに笑ってみせた。

「やっぱり笑ってる方がシルバ様らしいよ」
「ああ、そうだったな。アカラは昔の俺を知っているんだったな」

 今のシルバはとても表情が豊かになった。
 相手を思いやっての表情だけだったものが、今では確かに心の底から笑ったり怒ったりしている。
 今回の事件もシルバが心の底から怒ったからこそ、皆の心に響いたという部分もあるだろう。
 そしてあからにとって一番嬉しかったのは、シルバがようやく心の底から笑うようになってくれた事だった。
 アカラの知るシルバは常に笑顔を絶やさない人物だった。
 シルバの笑顔が周囲にいる人達をも幸せにする。
 そんな人だったのだとアカラは嬉しそうに語っていた。

「今だってそう。皆あんなに荒んだ眼をしていたのに、今ではみんなすごく生き生きしてるし楽しそう」
「本当はずっとこんな島だったんだって。とーちゃんとかーちゃんが言ってた」
「コイズか。よかったな。両親と本島に戻れるんだろ?」

 アカラの言葉に同調するようにシルバの足元からコイズの声が聞こえてきた。
 コイズは嬉しそうにシルバの言葉に頷いて答えたが、そのまま言葉を続けた。

「とーちゃんとかーちゃんのところには戻れるけど、俺はシルバとアカラ達について行きたい」
「そう言うだろうと思ったよ」

 分かっていたとでも言わんばかりにシルバが苦笑いを見せるが、その答えはシルバではなく他の子供達の表情からすぐに察せた。
 示しでも合わせてたのかという程皆嬉しそうに喜び、すぐにアカラ達の一団に加わっていた。

「両親には伝えたか?」
「もちろん! シルバさんに迷惑掛けないようにだって!」
「そういう意味だと連れて行けないなぁ」
「ああ! 酷い! 俺だって活躍したのに!」
「分かってる分かってる。冗談だ。これからもよろしくな、コイズ」

 そう言ってシルバはコイズを少しだけ茶化してみせつつ、その小さな手をしっかりと取って握手した。

「おや、よく回避しましたね」
「それだけの殺気を放っていれば嫌でも気が付く」

 神速という言葉が相応しかっただろう。
 後ほんの数秒シルバの反応が遅れていればコイズがどうなっていたのかも予想ができない。
 シルバがコイズの手を取った次の瞬間、そこへ目掛けてベインの鋭い一撃が降り注いでいた。
 危機一髪のところでシルバはコイズを捕まえて腕の中に収め、攻撃を躱していたためなんとかなったが、その言葉通りベインから放たれていた殺気は尋常なものではない。
 既に子供達はその殺気に竦み上がっており、とてもではないが動けるような様子はない。

「残念ながらあなたの役目はここまでですよ。石板だけ寄越して後は私達にお任せください」
「え、誰あれ……もしかして竜の軍……?」
「近付くな!! こいつが用があるのは俺だけだ!!」

 単身飛び込んできたベインは初めてその姿を大勢の前に晒していた。
 小柄なフライゴンという容姿は魚の島ではシルバ達同様とても目立つためすぐに島民ではない事が分かり、周囲が騒然としたがそれで矛先が島民へ向きでもすれば流石にシルバでも全員を庇うことは難しい。

「良くお分かりではないですか。あなたが素直に従っていただければ私も疲れないで済みますので……。では、石板を」
「こいつだ」

 不敵に微笑むベインの差し出した手へシルバは手に入れた石板を投げ渡す。
 それをしっかりと受け取ってから確認するともう一度シルバの方を見直した。

「成程確かに受け取りました。ですがあと一枚持っているはずでしょう。それもお渡しください」
「いや、手に入れたのはその一枚だけだ。用が済んだのならさっさと帰りな」
「誰がこの島で、などと言いましたか? 獣の島で手に入れた一枚は恐らくずっとあなたが持ったままでしょう? まだ白を切るのなら……誰にしましょうかねぇ」
「クソッ……! 持っていきやがれ」

 ベインが品定めでもするように島中の騒動に気付いて出てきた人々を眺めだしたため、最後の切り札でもあった獣の島で手に入れた石板をベインに投げた。
 それを手に取り、しっかりと確認するとベインはにっこりと微笑んだ。

「素晴らしい。では最後に私が欲しいものも渡していただけますね?」
「何をだ? これ以上は何も持っていない」
「言ったでしょう? あなたはもう用無しだと。竜の島の石板は既に確保しています。物分かりの良い神がヒドウ様にお譲りくださったのです。残る一枚も不帰の島の塔の頂にあるとの情報を得ていますので……。つまりあなたはもうお払い箱という事です」

 そう言うとベインは嬉しそうに微笑む。

「さようなら」

 つい先程まで岩の上にいたベインはシルバの懐に飛び込んでおり、殺気に満ちた瞳でシルバを見つめながらその鋭い爪を槍のように突き出していた。
 しかしギャリン! という音と共にベインの攻撃は固いものに防がれて火花を散らすだけとなる。

「暫く見らん内に随分と出世したようだな。ベイン」
「おやおや、誰かと思えば裏切り者のベンケですか。よくこの攻撃を防ぎましたね」
「貴様の殺気は読みやすい。それに貴様がそんなふざけたことをぬかさなければシルバとて容易に防いでおるわ」
「御託は結構。防げなかったことが事実です。……とはいえ、流石にあなたまで出てくるのは私としても計算外ですね。面倒なのでここらで撤退します」
「逃がさん! 奪った物を置いていけい!」
「はやいはやい。老人にしてはかなり早いですよ。それではまたお会いいたしましょう」

 大口を叩くだけはあり、ベインはシルバとも対等に渡り合ったベインの追撃を難なく躱し、既に追撃しても間に合わない距離まで離れていた。
 結局石板二枚は奪い取られ、これでシルバの元に残った石板は一枚も無くなってしまった。
 石板という最大の切り札を奪い取られたことはシルバとしてもかなりの痛手だったが、それ以上に子供達や島民に被害が及ばなかったことが一番シルバとしては安心できることだった。

「すまないシルバ殿。某も気を抜き過ぎていた」
「いや。これは俺のミスだ。もっと早くからあいつの殺気に気が付いておけばこうはならなかった」

 二人は口々に謝っていたが、シルバの心境ははっきり言って焦っていた。
 残り二枚が実体化しているというベインの話が本当なのであれば猶予はない。
 良くも悪くも、旅の終わりの時が刻一刻と迫っていた。

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