第11話 生きるという事

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ヴォイドのその表情と心の底からの依頼を聞き、シルバとしても断れなかったのか、結局ヴォイドの依頼を聞き入れることとなった。
 その後はヴォイドはすぐにシルバ達と別れ、『本来やらなければならないことがある』と言い残して先に町へと戻っていった。
 シルバとしてはただヴォイドを救う報酬として、神に縁のある場所を教えてもらえれば十分救う理由になったのだが、肝心のヴォイドすらその場所を知らないため、町の人々に頼る他ない。
 チャミの流したシルバの物語のおかげでスムーズにここまで来ることは出来たものの、逆にシルバの旅にとって不必要な島の問題を解決する必要が出来てしまったのはシルバとしては想定外だ。
 そのためシルバはやれやれといった感じで一つ短く息を吐き、首を横に振った。



 第十一話 生きるという事



 町へと続く道はほぼただの剥き出しの岩ばかりで、とてもではないがまともに歩けるような道ではない。
 恐らくは島民が昇降機を利用して外へ出ないようにすることが目的で、普段利用するのも恐らくヴォイドだけであるため、念力を用いて空を飛べる彼にとってはあまり関係の無い事だ。
 シルバはいつも通り皆を髪束の中へ入れて岩場を移動していたが、この岩場での移動はシルバにしては珍しくかなり慎重に行っていた。
 というのも岩が見た目以上に脆く、更に何処もかなり尖っているため、この土地に慣れていないシルバでは足場の見極めが難しいからだ。
 シルバもヴォイドのように空を飛べれば楽だが、残念ながら実体の無い念力を幻影の力で再現することは出来ない。
 そうして岩場に四苦八苦しながら進んでゆくこと数十分、ようやく町の端の方に辿り着いた。
 町の中は今まで歩いていた岩場や地上の荒れ地とは打って変わり、街道も非常に整備された奇麗な道となっている。
 それどころか街道の路面は舗装されており、道の両端には植物が、道の真ん中には道全体を照らせるような照明装置が等間隔に並んでいるという正に現代文明の街道そのものが広がっていた。
 とはいえそんな光景に見覚えがあるのはシルバだけであり、他の皆は目に映る光景の全てに目を奪われ、一歩進んでは止まるといった調子でしか進むことが出来ない。

「あんた達何やってんの? ここらじゃ見ない顔だけど、何処の区画から来たの?」

 きょろきょろと周囲を見回す集団というものは当然ながら目を引く。
 ふと気が付くとシルバの足元辺りからそんな声が聞こえ、シルバがそこへ視線を落とすと一人のダンゴロが不思議そうにシルバの方を見上げているように思えた。
 無機物にほど近いダンゴロには表情は無いはずなのだが、そのダンゴロの声と仕草を見ていれば何となくそんな気がする、程度には感情を読み取ることが出来る。

「区画って? 僕達、あんまりこの辺りの事について詳しくないんだ」
「おっ、兄ちゃんも初めて見るポケモンだ」
「違うよ! 僕はアカラ、女の子!」
「え~。じゃあなんで僕なのさ。そういう規則のある区画から来たの?」
「え~っと……。説明が難しいなぁ」

 アカラとそのダンゴロが話し始めたが、お互いにお互いの常識で話しているため全くもって会話が通じない。
 念のためシルバ達は外の事については喋らないようにしていたこともあり、アカラはそれを守っていたため言葉を選びながら話していると案外何も話すことが出来なくなってしまう。

「実はその辺りもあまり覚えていないんだ。君はこの区画の住人なのか?」
「ありゃ? 記憶喪失? だとすると大変だなー。俺はアインっていうんだ。自分の名前とかは覚えてるか?」
「シルバだ。それ以外はあんまり詳しくは覚えていない」
「おー。名前を覚えてるならじいちゃんに聞けば何か分かるかもな。付いて来てくれ」

 困っている様子のアカラを少し後ろに下げ、シルバがアインと名乗ったそのダンゴロの間に割って入り、話すことにした。
 シルバ自身、かなり記憶は戻っている方だったが、初めの頃の記憶がほとんどない頃を思い出しながら、久し振りに記憶喪失のポケモンの扱いを受けて街道を進んでゆく。
 とてとてと小さな足で歩いてゆくアインに合わせて歩いてゆくと、町と呼ばれるだけはありそこら中にポケモン達が出歩いている。
 一つだけ違うことがあるとすれば、その行き交うポケモン達の中に鎧を着込んだポケモンはおらず、明らかに外からの攻撃を受けた事がないことが窺えることぐらいだろうか。
 ポケモン達もアインのように岩タイプや鋼タイプの無機物のようなポケモンだけかと思えば、サンドやイシズマイのようなポケモンも多く見受けられる。
 そして誰もが楽しそうに話したり遊んだりしており、大人と思われるポケモン達はごく普通に仕事をしている様子で、とてもチャミが聞いていたような様子ではない。
 寧ろヴォイドの言っていた通り、竜の島のポケモン達に襲われる心配も無く、ただ平和に生きているその様子は幸せそのものだった。

「ねぇシルバ。ヴォイドさんはあんな風に言ってたけど、この町の人達は本当に今そんなに鬼気迫った状態なの?」
「実感は湧き難いかもしれないが、彼等にとってはこの景色、この情勢が普通だ。つまり、外で今何が起きているのかを知らない。そんな状態で外を知りたいという者が現れてみろ。一瞬でこの平和は崩壊するぞ」
「えー! じゃあ尚更この人達はそのままの方がいいじゃん!」
「ヴォイドが言った言葉の通りだな。だが同時にヴォイドが言っていた通り、限界を迎えた時が終わりだ。外に世界があると知れば必ず外を目指す者が現れる。そしてヴォイドの話していた感じからして、既に漏れた後だろう。もう隠すことは出来ない段階に近づいている」
「そ、それじゃあ……」
「真実は常に残酷だ。知らない者は自分の理想を真実だと思い描き行動し、そして何故真実が隠されていたのかを知り、絶望する。知識を奪うことは一つの安寧でもある。だがその安寧は虚偽で作られたものである以上、いつか誰かに暴かれる。その時、真実を直視できるような強い者が全員であるとは限らない……ということだ。だからこそヴォイドはあそこまで疲れ果てていたのだろう」

 アカラとシルバはそんな会話を周りに聞こえないように小声で話す。
 シルバは既にヴォイドの思いや考えを理解していたが、かと言って彼の望む答えを導き出せるような自信も無いため、敢えて口にしていなかった。
 アインの後をついてゆくこと数分、これまでにシルバ達が見てきた町や村の建物とは明らかに違う奇麗な長方形の建物の一つへと入ってゆく。
 石造りでも土壁でもないその見事な建物にチャミ達は思わず感嘆の声を漏らしていたが、あまり見とれていれば記憶喪失だと言っても怪しまれるため、すぐにアインの後に続いてエレベーターへと乗り込む。

「じーちゃんただいま! それとじーちゃんの力を貸してほしいんだ!」
「おやおやお帰り。儂の力なんぞたかが知れとるよ」

 アインに連れられて部屋の中へと入ってゆくと、そこにはアインとは相対的に巨体をのそのそと動かしながらアイン達を出迎えるギガイアスの姿があった。
 なんでもそのギガイアスはゲノセクトとヴォイドの戦いによる災害を生き延びた、数少ない実体験者だという。
 全員がギガイアスの待つ部屋へと通され、彼の前に横並びに座ると様々な話を聞かせてもらった。
 この島の昔のことであったり、彼等の住む第三区画のことであったり、指導者であるヴォイドのことであったり……。
 彼の知る限りのこの島は、緑も豊かな土地で、沢山の鉱石資源とそれらの有効な使い方を思い付く事の出来る科学者に恵まれた国だったのだという。
 初めは都市開発から行われ、どんなポケモンであっても不自由なく暮らすことのできる真の平等を目指して開発が進んでいった。
 多くのポケモンが住んでいた岩の島は自然とポケモン達の住む場所を切り分け、どちらも生きやすい世界を作るために高くより多くのポケモンが一か所に住むことが出来る高く複数の部屋で構成された塔のような家を作り上げた。
 そうして一つの場所に多くのポケモンが住むことで生まれた食糧問題などを解決するべく、彼も身を置いていた初の科学研究機関が生まれたのだという。

「というかさらっと言ってるけど、アインのおじいちゃんってお幾つなの?」
「さあ。めっちゃ長生きしてるってことしか知らない」

 話している内容が既に数十年近く前であったため、思わずチャミが質問したが、当の本人もあまりよく覚えていないぐらいは生きているらしい。
 話を戻すとその研究機関では、主に生物に関する研究が行われ、今でこそこの島では当たり前となっている科学による培養施設と栽培施設などの施設や技術を作り上げ、食糧問題の解決策を導き出したのだという。
 次に病気や怪我に対する対策を強くするため、薬剤の研究が進められてゆく中、並行して行われていたのが生物の教科培養実験だった。
 病気や怪我に対するアプローチとして試みていたのは薬品の性能向上だけではなく、そもそも怪我をしにくい、病気になりにくい身体を作るという方向からも行われていた。
 所謂遺伝子の改良、その一環として生まれたのがミュウツーであり、まだその当時のミュウツーはヴォイド本人ではなかった。
 最初に生み出されたミュウツーはその後の科学の発展のためにより多くの知識を与えられ、肉体が朽ちる前に次世代へそのミュウツーが得た知識を持ち越すことが出来るのかという研究を行ったらしく、その結果生まれたヴォイドは正しく研究の成功を意味していた。
 より優れた指導者として生まれたヴォイドは、更なる科学の発展のためにより多くの知識を与えられつつ、当時の科学研究の跳躍とも呼べる進歩を目指して研究主任を任されるほどの立場にあった。
 勿論他の科学者達自身も、次世代へ科学力や技術力を引き継ぎ続けていたのだが、ここで一つ大きな食い違いが生まれた。
 次の世代へ託す思想と、自身を永遠に繰り返し、研鑽するという思想だ。

「寿命の短いポケモンほど、自身が生き続けることに強いこだわりを見せた。長く生き過ぎている儂からすれば、一人のポケモンが生き続けた所でいずれは限界が訪れる事など目に見えていたのだがねぇ」

 ここで遺伝子研究は組織を二分するほどの激論を繰り広げることとなり、そして大災厄の引き金となる事件の切欠を生み出してしまうこととなる。
 それは遺伝子研究による情報の引継ぎを、"永遠の命"として町中に噂を広めるといった方法だった。
 その程度のことでは何も起きないと考えていたが、既に色濃く現れ始めていた貧富の差がこの噂に尾ひれを付けてしまった事が最大の原因だろう。
 その尾ひれは言うまでもなく、『富裕層だけが不老不死の技術を独占している』というものだった。
 勿論そんな都合の良い技術はない。
 あくまで知識を引き継ぐことが出来るだけであり、次の世代は次の世代でしかなく、個と言う観点から見ても別の人物である。
 だがそれを説明しても既に噂は一人歩きしており、とてもではないが話し合いでは解決しないようになり、遂には真の平等を目指した島は真っ二つに分かれた戦争を繰り広げ、全滅することとなった。
 何とか生き延びた少数のポケモンと、貧困層で生きていたこともあり、都会から離れた場所で生きていたポケモン達とが集まって、その崩壊した世界の地下にひっそりと新しい世界を作り出して暮らしだしたのが既に十年近く前の事となる。
 ヴォイドはその時から地下世界の指導者として君臨し、技術の隠蔽と知識の封印により、ある意味での理想郷を作り上げることに成功した。

「だが、どんな時代でも天才と呼ばれる者が生まれるように、科学者を志す者も生まれる。その者達がこの世界の違和感に気付き始めてしまった」
「あなたはその全てを知っていて、それで何も言わなかったのよね? それは何故なの?」
「儂もヴォイドと同じじゃ。ただあの悲劇を誰にも体験してもらいたくないだけ。技術を知り得なければ不平も不満も生まれぬ。変わらぬ明日が訪れるだけじゃよ」
「ならもう一つ質問。何故ヴォイドさんと同じ考えを持っていてそれを私達に話したの?」
「それは勿論、ヴォイドに頼まれたからだ。孫はそのことを知らんので君達を連れてきた事は本当に偶然だが、孫もどちらかと言えば真実を知りたがっている方……、つまり、儂ももうこの世界の終わりが訪れているのをひしひしと感じている。だからこそ次の世代に伝えなければならんと感じたまでだ」
「ヴォイドさんと知り合いって、俺のじーちゃんってそんなに凄い人だったんだ」

 チャミが質問したことへの返答ついでにそのギガイアスは言葉を続けて言ったが、聞いている限りヴォイドの知りうる科学者はアインの祖父以外では数人しかいないらしく、全員が同じ考えの元この地下世界を作り上げていったのだという。
 既にヴォイド以外は高齢の為にあまり話すことも外出することも無くなってはいたが、もし訪れたなら全てを教えてほしいと話していたのだという。
 つまりはヴォイドの変えたくないという想いと同じかそれ以上に、変わらなければならないとも本気で考えていたようだ。
 しかしこの地下世界は全てで六区画あり、それらの全てが同じような思想教育の元生きているため、大半の者が無知そのものである。
 故に今すぐにこの地下世界の封印を解き、何も無くなった地上で生きてゆくというのはあまりにも残酷であり、同時に生きて行く事さえままならないだろう。

「多くは語らなかったが、ヴォイドも儂と同じ考えなのだろう」
「同じ……とは?」
「自らの意思で動き、自らの知恵で世界を探り、自らの足で生きて欲しい……。遺伝子技術が完全に失われてしまった今、老人である我々も、年老いたとしても知識を引き継ぐことの出来ぬヴォイドも同じ危機感を感じているのじゃろう。指導者亡き後の世界の危うさを……」

 ヴォイドをよく知るであろうギガイアスはそう語り、静かに窓から外の景色を眺めた。
 そこに移る景色は確かにとても奇麗だが、そこに移る空が本当の空ではないと知っているからなのか、ギガイアスの表情は何処か寂しげに見える。

「ヴォイドも知っている。知識を奪う事の危うさを。そしてその危うさは今正に危機となった。ヴォイドももうこの島のこと以外を知らない。今頼れるのは君達、島の外からやって来た者達だけなのじゃよ」

 ギガイアスとの会話はその言葉を最後にし、伝えることは全て伝えたと言われて家を出ることとなった。
 この島が抱えていた問題はシルバ達が思っていたよりも重く、とてもではないがシルバ一人の力でどうこうできるような問題でもない。
 だからこそシルバは再び頭を抱えることとなる。

「スゲーだろ!?」
「スゲー!! お前達皆島の外から来たのか! スッゲー!!」

 勿論目の前の問題にもだったが、同時に何故か当然のようにシルバ達に付いて来ていたアインの方にも頭を悩ませていた。
 今でこそもうシルバの同行者がいることが当たり前のようになってしまっているが、本来はシルバは一人で旅をするつもりだった。
 そこから考えてみればこれほどの大所帯になること自体意外だったが、もっと意外なのはシルバとチャミ以外は全員が子供だということである。
 アカラやツチカは比較的落ち着きがある方なのであまり問題はないが、問題はこのいつの間にか付いて来ていたようなレベルで行動力はあるが落ち着きの無いヤブキとアインの二人だ。
 当然のように二人は意気投合しており、勝手に何処かへと歩き出そうとしていたため仕方なく二人とも捕まえて髪束の中へと押し込んだが、はっきり言って不安要素以外の何物でもない。

「アイン、ヤブキ。すまないがこの旅は遊びじゃないんだ。はしゃぎたいだけなら自分の家に帰った方がいい」
「んなわけねーじゃん! オレはシルバからものづくりを教えてもらうためについて行くって決めたんだからな! 勿論その代わりにオレの糸で色々な物作るぜ!」
「俺だってこの島以外の技術も知りたいんだ! 今の俺じゃものづくりなんて器用なことできないけど、絶対にじーちゃんを越えるような科学者になってみせるんだ!」
「息巻くのは構わんが連れて行ってほしいなら大人しくすることだ。それが守れないと流石に俺も敵から守りきれない」
「敵? 敵ってなんだ? なんか邪魔してくる奴等がいるのか?」
「ん? ああ、そういえばこっちの事情は話してなかったな。そうだな……それを聞いてから決めても遅くはないだろう」

 シルバとしてはやんちゃなヤブキとアインに諦めてもらうために、少し話を盛って脅し半分で話してみせた。
 しかし特に効果はないどころか、寧ろ二人に決心させてしまったようだ。
 大抵の場合物事は自分が思っているように上手くはいかないものだが、同時に自分の思ってもいない所で幸運が舞い降りることもある。

「つまりシルバ達はその昔神様がいたっぽい場所を探してるってことだよな? それって多分、この島なら『フォトンセルリアクター』って呼ばれてた場所の事じゃないかな?」
「心当たりがあるのか!?」
「うん。昔じーちゃんが話してたことがあるんだけど、エネルギー問題がまだ解決してなかった時、当時"大地の眠る炉"って呼ばれてた場所から大地のエネルギーを熱エネルギーや電気エネルギーに変換して借りてたんだって。エネルギー問題が解決するまではその場所で神様に感謝しつつエネルギーを変換して莫大なエネルギーを得てたから、いつしか『フォトンセルリアクター』って呼び変えるようになってて、戦争が起きる前までは必ず何かの恩恵を受ける時はそこに祈るように習慣が残ってたって言ってた」
「あの爺さん何でそんな重要な事を伝え忘れてるんだ!」
「最近全くその話をしなくなったから忘れちゃったんじゃないかなぁ」
「……まあいい、アインが覚えていてくれたおかげで糸口は見えた。つまりその"大地の眠る炉"に向かえばいいんだな」
「でもちょっと待ってよ! 名前が分かっただけで何処にあるのかも分からないのよ? どうやって探すのよ」
「そこについては心配するな。今回は俺がその場所を知ってる。名前さえ分かればそこまで辿り着くこともできるさ」

 アインが昔祖父から聞かされていたエネルギー問題の話を覚えていてくれたおかげで、思いがけない所で神の居るであろう場所の名前が分かった。
 まだこの島の地上が都市として発展していた時は、その場所は『フォトンセルリアクター』と呼ばれており、既に利用する者は居なくなりはしたものの場所自体は感謝の意味も込めて残っていた。
 それは同時にシルバの中にある滅びる前の岩の島の記憶から探ることが出来るため、楽にとはいかないが辿り着くことも可能だろう。
 ようやくこの島での目的地も分かり、まだ片付けねばならない問題は残しつつも第一目的である石板の欠片の入手を優先することにした。
 地下都市の出入り口から記憶を辿るために瓦礫の山まで戻り、そこから記憶を頼りに『フォトンセルリアクター』があった場所を目指す。
 剥がれた路面を乗り越え、崩れたビルを飛び越し、遮る物の無い陽射しと砂嵐のような風を受けながら歩いてゆくこと数時間。

「ここだ。記憶が間違っていないならここにその入り口を囲っていた建物があったはずだ」
「入り口を囲っていた建物? どういうこと?」
「『フォトンセルリアクター』はその建物自体の名前だ。記憶の中では既に利用されてはいなかったが元々は多くの電力を賄っていた施設だったらしい。大地の神からその力の源を分けてもらっていた際の祈祷の名残で、多くのポケモンがなにかしらの祈願でよくここを訪れていた。まあ大抵は賭博の願掛けだがな。で、そこで祀られていた御神体ともいえる代物が当時の"大地の眠る炉"からエネルギーを変換・抽出する装置であった『ガイアエキストラクター』。確か説明では地下数十メートルまで伸びているとか書かれていたと思う」
「なんだかもうよく分からないけど、要するに滅茶苦茶深いところまで下りないといけないってこと?」
「そうだな。付いてくるなら髪束の中に入っておいた方がいい」

 辿り着いた小さな瓦礫の山をどかしながら、シルバは記憶の中のその施設に関しての内容を語ってゆく。
 シルバの記憶の中にも既にそれが動いていた時の記憶は無かったが、シルバの記憶から見ても視線よりも高く、直径もシルバよりも幅のあるその『ガイアエキストラクター』はある意味壮観であり、何処かしら神秘性を感じるものでもある。
 一般人はその外景をガラス越しに眺める事しかできないが、使われなくなってから数年以上経っているはずのその装置は威圧感を放っていたことを覚えている。
 そして一枚ずつ持ちやすそうな瓦礫からどかしてゆき、地面が顕わになると、当時の大きさを物語るかのようなとにかく太い鋼鉄製の錆びたパイプが姿を現し、その横に地下へ降りるための階段があったであろう砂が堆積した一角も見つけた。
 ある程度の範囲を確保してから次にその砂を掻き出してゆくが、流石に数年分堆積した砂の量は凄まじく、手で掻いていたのでは何日あっても終わらないと思えるほどだ。

「ねえシルバ。ここだけならシルバのパワーで吹っ飛ばしちゃダメなの?」
「無茶言うな。鋼鉄を引っぺがした所で周囲の砂が流れてくるだけだし、結局は砂の下に降らなきゃならない以上掘り出すしかないんだよ」
「なら掘り出すための道具とか使ったら? 俺は使えないけどスコップとかあるじゃん」
「スコップ?」
「オレ知ってるよ! こんなの!」

 アカラの突拍子も無い思い付きに対してシルバが苦言を呈していると、以外にもアインとヤブキの二人が良い事を思い付いてくれた。
 砂を掻き出すのであればスコップは非常に使い勝手が良く、ヤブキが糸と葉っぱで作った模型を元にシルバが創造し、それを使って更に掘り進めて行く。
 最初こそ掻き出す程度で良かったが、多少深くなると砂というよりは土になり、スコップでなければ辛い硬さとなる。
 掘り進めてゆく内に土を外へ投げ出すようになったため、シルバ以外の皆は瓦礫が作り出している日陰で休憩することにしたが、土を掘り進めてから数時間、まだゴールは見えていないもののそれ以上は暗くて手元が見えないため、その日は久し振りにその穴の傍で野宿をすることとなった。
 だがそれはシルバがいなければの話。
 シルバの幻影を実体化させる能力があれば、全員が快適に過ごすことのできる小さな宿泊施設を生成することなど造作も無く、食料も十分に揃っているその野宿は到底野宿とは呼べないほど快適なものとなった。
 全員で食事を済ませ、奇麗に体まで洗ってから子供達は眠りに就き、シルバとチャミは二人今後の事について話し合った。

「で、結局のところどうするの?」
「何がだ?」
「とぼけなくても分かってるでしょ? 子供達の事。とてもじゃないけれどこれ以上増えればただ島を渡るだけでも一苦労よ?」
「だがついて行きたいと言った。それはアカラもツチカもヤブキもアインも……そして君だってそうだ」
「わ、私は本来はあなた達を利用するつもりだったから……」
「"本来は"と言っている時点でお前も分かっているだろう。皆この旅には色々な思いがある。諦めるまでは俺はただあいつらを守ってやりたいし、決めるのなら自分の意思で決めて欲しい」
「そんな無責任な……」
「無責任じゃないさ。子供は右も左も分からない。だからこそどんなことでも知りたいと思うし、何処まででも行けると思う。実際に何処まででもあいつらは付いて来れている。ならあいつらが道を間違わないように、度を越えた危険を冒さないようにしてやることが俺の責任で、危険が迫れば身を挺して護るのが俺の覚悟だ。……まあ、逆に言えば俺は未だあいつらを笑わせてやれているのか分からない。それができるのはやはりチャミ、お前だけなんだ」
「子供達は笑顔よ。でも子供達も私も思っているのは、自分達が笑顔でいたいということじゃないの。あなたに笑っていて欲しいの。今はまだできないかもしれない。でも、この旅を終えるまでの間には必ずそれができるようになっているはず。だからあなたが心の底から笑ってくれるのを見るのが今の私の目標で、それが見れたら……今度はみんなであなたの旅の終わりを見届けたい。多分、みんなそうやってあなたに惹かれて集まったのよ」
「なんだ、説教じゃないのか?」
「確認したかっただけ。あなたも子供達も少しずつ良くなっていってるって……」

 そう言ってチャミとシルバは微笑む。
 問答のように見せかけたただの思いの再確認は、決してシルバのためのものではなかった。
 チャミ自身、虫の島での一件を経てこの旅に賭ける想いが変わっていることを思い知っていたからだ。
 初めは命令の為に、今は恩返しのつもりでいたが、既にチャミの中にはシルバへの恋心が芽生えていた。
 子供達や世界の命運のような複雑な事情が無ければすぐにでも打ち明けたかったが、今チャミがそれを打ち明けてもただ迷惑になるだけだと彼女は判断していた。
 チャミにとってのシルバは恋心を抱く相手であっても、シルバにとってのチャミは良き旅の同行者でしかない。
 それに記憶も感情もまだ曖昧なシルバに対してチャミの心情を打ち明けるのは些か卑怯なようにも感じていた所もある。
 だからこそその会話を最後に二人も眠りに就いたが、チャミは心の中で誓った。
 『この旅を終えたら想いを伝えよう』と……。


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 翌朝、朝食を済ませてからシルバは皆を残して一人"大地の眠る炉"への入り口に戻った。
 かなりの重労働であるこの作業は子供達では手伝うことは出来ないため、ただ一人黙々と作業を続ける。
 数年分の堆積を切り崩してゆくのは如何にシルバでも骨の折れる作業だったが、その日の昼にはようやく埋めていた土の終わりが見えた。
 大きな瓦礫が階段を塞ぐように落ちており、その上に砂が乗り、雨で固まった事でそれ以降はあまり深く堆積してはいないようだった、がそれでもシルバが掘っただけで十メートルには届きそうなほどの深い穴となっている。
 残りの大きな土の塊を全てスコップで外へ放り出し、最後にその塞いでいる瓦礫を取り除くことでようやくこの島の神の座す場所への道が開通した。
 開通の知らせをチャミ達に伝え、建てていた家を消滅させてから今度は全員シルバの髪束の中へと納まり、"大地の眠る炉"へと下ってゆく。
 十メートルを超えた辺りで既に周囲の視界は非常に悪かったが、折り返し式の階段が続くその道はほぼ一定の道となっているためあまり問題自体はない。
 そう思っていた次の瞬間、踏んだ先の段がバキンッと大きな音を上げて砕け、思わず足を踏み外しそうになった。

「腐食しているのか。まあ当たり前か」
「シルバ! 今凄い音がしたけど大丈夫なの?」
「ああ、とりあえず問題はない。だがこのまま視界が悪い中、いつ抜けるかも分からない階段を下りていくのは危険だな」

 手摺に掴まり、事無きを得たものの、髪の中からアカラの心配そうな声が聞こえてきた。
 視界は既にほぼ暗闇となっており、狭い空間であるため酸素も希薄となってきている。
 やはりかなりの危険を伴うため、一度引き返してチャミや子供達を地上に置いてこようかと引き返そうとした時に別の声が紙の中から聞こえてきた。

「ならライトを使えばいいんじゃないか? それに滅茶苦茶深いんだろ? 多分酸素ボンベも無いとキツイと思うぞ」
「ライトに酸素ボンベか。確かにその通りだな。ありがとうアイン」
「すみません。先程からさらっと言ってますが、そのライトとか酸素ボンベってどういう物なんですか?」

 アインの言葉で、シルバは全員分の酸素ボンベと頭に装着することのできるバンド式のライトを生成した。
 勿論ツチカがシルバやアインに聞いたように他の者達はその名称が何を指しているのかを知らない。
 しかし普段の生活で使っているアインと、記憶の中でそれを知っているシルバは納得したように言葉を交わす。
 どんな暗い場所や物によっては水中でも一定の光を灯すことが出来る照明装置と説明すると、以外にもツチカとヤブキが少々興奮気味にその言葉に食いついてきた。
 同様に酸素をボンベ内に蓄えておき、酸素の薄い場所や水中でも活動することが可能になる装置だと説明しても非常に興味を持ったようだ。
 しっかりとした明かりも手に入れ、心配事が無くなったこともあり、シルバ達は少しだけ楽しそうに雑談をしながら階段を下っていく。
 既に光すら届かないほどの暗闇の中、その恐怖を少しでも紛らわすために話していたが、皆が何故シルバの旅に同行したいと言っていたのかの真意を聞くことが出来た。
 アカラは最初こそシルバの補助役として旅に付いて来ていたが、今ではチャミと同じく単純にこの旅の行く末を見てみたいという気持ちが大きくなっていた。
 そもそも既にシルバから危うさが失われつつあるため、彼女の懸念はもう無いようなものだ。
 ツチカは前も今も変わらず、世界を巡るシルバに同行することで見聞を広めることが目的だと語る。
 今は同様に沢山世界を巡っているチャミにも憧れを抱いており、既にジャーナリストとしてのいろはを学ばせてもらっているらしい。
 ヤブキは相変わらずシルバにものづくりの極意を教えてほしくてたまらないらしい。
 種族柄というよりはヤブキの性格によるものが大きいが、彼の夢はいつかこの島での話として聞いた天まで聳え立つような建物を作り、ゆりかご園のみんなと一緒に暮らすことだと嬉しそうに語る。
 子供らしくもあり、そして彼の生い立ちや一緒に暮らした家族達を思うヤブキの優しさが垣間見える。
 アインはまだ出会って間もないが、元々祖父から時折聞かされていた研究や過去の機械都市の話、そしてそれが原因で起きた悲劇を聞いていたため、目指すのは今度こそ崩壊の無い平等な世界を作るための技術を取り戻したいとのことだった。
 その点では既にものづくりに興味のあるヤブキや、博識なツチカと共感しあうものがあるのか仲良くなりつつあった。
 既に皆旅の中で大なり小なり目的を見つけており、そのための機会としてシルバの旅を利用してくれるならそれはそれで嬉しく、思わず彼の頬も緩んだ。
 そうしている内に光も届かないはずの暗闇の底からかシルバの明かりとは違う、緩やかな速度で明滅を繰り返す明かりが見えてきた。

「ここか?」
「着いたの?」

 終点と思われる辺りは流れ込んだ土砂で埋まった階段や若干の崩落の跡はあるものの、かなり広い空間が広がっているらしくほぼ眼前だけを明るく照らしていた光は遠くの岩壁を輝かせている。
 土砂がシルバ達を支えられるだけしっかりしていることを確認してから空間の中央、光る物体へと進んでゆく。

『やあ、ここまで誰かがやって来たのは何時振りだろう』
「あんたがこの島の護り神か?」
『正確には違うよ。私は大地の監視者、この世界を散り散りに見守っている沢山の目のようなものだ。その本体がここにあるというだけ』

 何処からか響いてきた声はシルバの声に反応するように言葉を返し、そして暗かった周囲の岩壁がその明滅する明かりのように薄緑色に光り輝き始める。
 あちらこちらが輝いては消え、あっという間にその空間の全てを映し出すまでになっていた。

「改めてようこそ。地の底、私の元へ。シルバとその可愛らしい御一行の皆さん」

 明滅していた光は柔らかな光へと変わり、シルバ達に語り掛けてきた。
 その光は今までの伝説のポケモン達とは違い、非常に小さくヤブキと似た見た目をしているようにも感じる。

「あんたに一つ聞きたい。何故、お前達は俺の事を知っている? それと今の俺にあるこの知らない記憶達は一体何なんだ?」
「二つじゃないか。まあいいよ。一つ目は簡単。この旅を終えればその理由は分かる。裏を返せば今は言うことが出来ない。二つ目は心外だなぁ。どんな記憶なのかは知らないけど、間違いなく君の記憶のはずだよ? 自分の大切な記憶を『知らない』と一蹴するのは流石に記憶を失う前の自分に失礼だろう?」
「だが確かに俺は獣の島の指導者だったとアカラから聞いた。事実その記憶も思い出した。だがそうなるとこの岩の島の記憶や他の記憶が矛盾する。だから聞いているんだ」
「矛盾なんてしないよ。全部いっぺんに経験した、と考えるから訳が分からなくなる。ただ流れ流れて最後には獣の島で皆を率いていたというだけさ」
「……そうか」

 シルバはその光に対して質問をしたが、彼としては満足できる答えが返ってこなかったのかあまり納得したような表情はしていなかった。
 しかし質問への返答の仕方を聞く限りまともに返答する気が感じられなかったため、シルバはそこで質問することを止めた。
 というのももしもその光が言う通り、シルバの記憶の全てが本物であるのだとすればシルバは岩の島が崩壊する以前である十年以上前の記憶もあり、いつの記憶かも分からない記憶も辿るだけで数年分以上はある。
 大抵印象的ではない記憶を忘れたり、まだ失っているだけなのだと考えても既に三、四十年以上生きていなければいけない計算になるが、シルバの身体能力は非常に高く、間違いなくそれほどまでに高齢になっているとは思えない。
 記憶が戻ってきたこともあり、シルバは自分のその特異さにも気が付き始めていた。
 あまりにも周囲のポケモン達と違い過ぎる。
 島で見たゾロアークの中にシルバと同じ力を使える者はおらず、同様に風のように走るような身体能力を持つ者もいない。
 はっきりと答えてはくれない伝説のポケモン達に頼っても答えてもらえるとは思っていなかったが、案の定という感じで少しだけシルバは表情を曇らせた。

「まあとりあえず君がここへ来た目的は終えようか。石板とそれに封じられた記憶を受け取ってくれ」
「……ああ」

 軽い調子で光は話すが、シルバはその石板を目にして少しだけ胸が締め付けられるように痛むのを感じた。
 痛みの正体は理解できていないが、それは恐らく不安であることをシルバは何となく感じ取っていた。
 笑うことが出来る記憶であれば何の問題も無いが、未だシルバには怒りや悲しみ、憎しみといった記憶と感情が蘇っていない。

『もしも怒りだったら? 怒りに我を忘れない自信があるのか?』

 大切な感情の一つであるはずなのに、自我がしっかりと呼び戻され始めてからはその感情を手にすることが恐ろしくもなりつつあった。
 だが迷っている暇はない。
 来た以上、石板を手に入れないという選択肢は無く、いずれは全ての感情を取り戻す必要がある。
 覚悟を決めるように一つ深く息を吐き、宙でうっすらと光を放つ石板に触れた。



――もう見慣れた白く何処までも続くような空間を少し歩いては右へ、少し歩いては左へと踵を返してその場を往復する。
 別に何処かへ向かっているわけでもなく、何かの儀式でもなく、ただただ沸き上がる感情のエネルギーを発散させているだけだ。

「何故なのですか!? 貴方方ほどの優れた者はおりません! 何故そんな貴方方がこの程度の事で不安を抱く必要があるのです!?」
「そう怒るな。我々はお前の言う通り優れているのかもしれぬ。だが、全ての者がそうではない。だからこそ綻びを恐れるのだ……」
「だからただ待てと言うのですか? そんなことの為に対等であることを受け入れたわけではありません。弱いからこそ、補い合うからこそ素晴らしいのだと評したではありませんか!?」

 響くその自分の声は明らかに走っており、それほどの声量を持つ必要がないこともよく分かっている。
 だが口に出さずにはいられなかった。
 完璧ではない世界を愛したからこそ、私は導き、導かれる者になったのだ。と……。



 白んでいた視界とも記憶ともいえる景色が消え、元の薄緑色の光に包まれた空間が広がっていることを確認し、シルバは天井を見上げるしかなかった。
 覚悟はしていたものの、恐らく今回取り戻した記憶と感情は間違いなくシルバが予想していた最悪の結果だろう。
 これまでの傾向から記憶の蘇り方には法則がある事に気が付いていた。
 他者の為に身を捧げる覚悟をする記憶を手に入れ、アカラ達を気遣うようになり、途方も無い苦しみを受け入れることで胸の痛みを思い出し、日々という変わる事のない些細な出来事に安らぎを見出すことでシルバの張り詰めていた表情は解けた。
 ならば今回の記憶は間違いなく『怒り』のそれであり、今まではしなかった思い出したであろうその白い記憶以外の記憶を呼び覚ましてゆく。
 そうして思い出した記憶の中にあったのは、獣の島での戦いの記憶や岩の島の崩壊の日の記憶……。
 つまり全ての記憶は取り戻した感情に付随するのだということを否応無しに理解した。

「何故……よりにもよって……」
「全ての物事に意味はある。怒りは不要な感情などではないよ。戒めを伴わない優しさは只の放任、甘やかしさ」
「だが"これ"だけを受け取って何の意味がある!? 俺は只の戦うための道具か!? 敵を討ち滅ぼす化物か!? 違う! 俺は……俺は少なくともアカラ達を導く指導者でなければならないんだ!」
「そう思えるのなら乗り越えてみせるべきだ。偉大なる指導者はその背中を見せるだけでも他者に影響を与えられる。必要なのはそういう存在だ。私は監視者だ。協力者ではない。その程度で"鍵"を手に入れられなくなるのならば、向かう世界の果ては君の望まない終焉だよ」

 シルバは胸の痛みを押さえながら叫ぶように光に言い放った。
 沸き上がる感情は怒りではない事はその痛みが教えてくれるが、思った感情は未だ持っていない。
 その光が言う言葉の意味もシルバには理解できるが、今はただシルバにはその真意に辿り着ける自身が無かった。

「泣いても笑っても旅はまだ続く……。ああ、まだどちらもできないんだったね。だが君には泣き言を言う暇はない。どれほどの時間を掛けても構わないこの旅は、それであっても君が挫折することだけは許さない。覚悟を決めるんだ」

 その光が最後にそう話したかと思うと、空間の壁で明滅していた薄緑の輝きが全て眩く光り輝き、次に目を開けた時には太陽の光が降り注ぐ入り口付近の地上に戻っていた。
 夢のような出来事が次々と起きたが、今回はシルバ以外の全員もその光景を目の当たりにしていた。
 そしてシルバが膝から崩れるようにその場に座り込んだところも……。

「シルバ……」
「大丈夫よ! 私達がいる。あなたが不安になった時は私達を頼りなさい! 力は無くてもあなたが笑い返してくれるまで幾らでもあなたのために笑って……あげ……」

 アカラが不安そうな表情を浮かべてシルバを見つめる中、チャミは真っ先にシルバの元へと近寄り、そう言葉を投げかけてあげた。
 だがその言葉が最後まで言い切られることは無かった。

「待ってタぜ……! この瞬間をナ……!」

 誰かの声が聞こえ、シルバも我に返る。
 その声はシルバにも聞き覚えがあった。
 だがその声の主よりも、美しい緑の身体を赤で染めながら目の前で地に倒れ伏すチャミの姿の方がシルバには鮮烈に映った。

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