1-3 忘れられない呪い

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




「育てるのにお金が足りなくなった主は悩んでいた。人から引き取ったポケモンを逃がすわけにもいかない。主にも今まで築き上げた体裁があるからね。そこであたし達に依頼が入ったんだよ」
「盗まれたのならば、責任問題はあるが、今まで主のしてきた行為という結果は残るからか?」

 俺の問いに赤毛の少女は頷き、あっけらかんとした態度で続きを言う。

「そう。といっても盗まれたこと自体を責める人は少なかったと思うよ。だって、もとはといえば、トレーナーから手放されたポケモンだもん……あいたっ!」

 ジュウモンジから、頭部に拳骨をもらう赤毛の少女。ジュウモンジが短く少女に吐き捨てた。

「しゃべり過ぎだ」
「ゴメンなさい……」

 頭をさすりながらしゅん、と落ち込む赤毛の少女を横に置いて、ジュウモンジは話を締めくくる。

「とにかくだ、こいつらには帰る場所がねえ。だから、俺ら<シザークロス>が責任をもって新しいおやに届ける。だからいいか、手を出すんじゃねえぞ配達屋」

 だから、を二度言われても、手を出すな、と言われても俺が引き下がらないのは、ジュウモンジも承知の上だったのだろう。だからあいつは腰のモンスターボールに手をかけていたのだと、思う。
 俺もモンスターボールに手をかける。
 バトルになる前に、もう一言だけ反論を言おうと思った。
 けれども、ジュウモンジに食い下がったのは、俺ではなくヨアケだった。

「でも、たとえ帰る場所がない……かもしれなくても、みんながみんな、新しいパートナーを望んでいるわけじゃあないと思うんだ。あのポケモン屋敷に残りたい子だって、いると思う」
「……だったら、試してみるか」

 そんなことを言ってから、ボールから手を放し、トラックの方へ歩み寄るジュウモンジ。

「お、親分……?!」
「流石にそれは……!」

 制止しようとしたメンバーに構わずにジュウモンジは次々とトラックの後ろ扉を開けていった。何事か、とトラックの外を眺めるポケモン達にジュウモンジは言い放つ。

「おい、帰りたい奴は帰っていいぞ」

 <シザークロス>の面々は冷や汗を流していた。ヨアケが息をのむ音が聞こえる。俺もつられて生唾をのみ込んだ。
 互いに顔を見合わせるポケモン達。しかし、一匹としてトラックを降りようとするポケモンはいなかった。
 ジュウモンジがこちらを振り向いて冷たく言い放つ。

「……帰りたくないってさ」
「本当にそれでいいの?」

 ヨアケがポケモン達に尋ねる。ポケモン達は互いを見合った後、うつむき、静かに頷いた。

 俺達はそれ以上、何も言えなかった。

 そうして俺は、初めてあいつらから背を向けることになる。
 屈辱、とは違う、得体のしれない感情が俺の中で渦巻いていた。


*******************


 <シザークロス>の小屋を後にした俺とヨアケは、とりあえずポケモン屋敷に向かうことにした。気が付いたら日が傾き始めていた。
 渦巻いている感情の正体が分からずに、悶々としたまま俺はバイクを走らせる。デリバードに乗ったヨアケも、黙ったまま俺の隣を飛んでいた。

「なあ、ヨアケ」
「なあに、ビー君」

 ヨアケがこちらに振り向く。俺は、バラバラになった言の葉をかき集めて、ヨアケに伝える。

「……あいつら、あれで本当に幸せになれると思うか?」

 考えて考えて、ようやく出たのが、この疑問だった。
 こんなことを、ヨアケに聞いても仕方がないというのに、俺は彼女に答えを求めていた。それが情けなくて、仕方がない。
 ヨアケは前を向いて、俺の顔を見ないで返答した。

「分からない。けど難しいんじゃないかな」
「難しい、か……」
「確かに愛してくれるパートナーに巡り会えたら、幸せにはなれると思うよ。でも……」
「でも、なんだ?」
「でも、どんなに仲が悪くたっても、一瞬だけだったとしても、相棒だった存在を忘れることなんて、出来ないんじゃないかな」
「…………」

 押し黙る俺に対し、ヨアケは口元を歪めて、「いわゆる呪い、みたいなものだね」と、遠くの空を眺めながら言った。
 会話は、そこで途切れた。


*******************


 道路をひたすらまっすぐ走ると、荒野のはずれに、それなりに立派な屋敷が見えた。
 かつてはポケモン屋敷と呼ばれていた、屋敷。これから先、この屋敷がポケモン屋敷という愛称で呼ばれることはなくなるのだろう。
 屋敷の門に、一人の女性が暗い面持ちで佇んでいた。
 彼女はヨアケの姿を見つけると、ほんの少しだけ表情を明るくさせる。
 それから声を振り絞り、ヨアケの名前を呼んだ。

「アサヒさん!」
「あ、お嬢さーん!」
「ご無事だったのですね……良かった……!」

 胸をなでおろし、安堵する屋敷のお嬢様。ヨアケがポケモントレーナーとはいえ、あのごろつき連中にたった一人で追いかけていったのだから、心配したのだろう。
 パタパタと彼女は俺らに歩み寄った。

「アサヒさん。ドーブルは、取り戻せましたか?」
「はい、私のポケモンは返してもらえました。でも……屋敷のポケモンは……」
「そう、 ですか……追いかけて下さり、ありがとうございました」

 アサヒにお礼を言う彼女。その表情は、憂いを帯びていた。
 彼女と俺の視線が合う。戸惑いながらも見下ろす彼女が、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

「えっと、こちらの方は……」
「どうも、配達屋です。お届けに上がりました」
「え、配達屋さん……?」
「……配達屋です」

 外見の問題で、そう見られないことはよくある。そのことについては、いちいち気にしないことにしている。
 俺はサイドカーに積んでいた小包を持ち上げ、彼女に手渡す。
 それから受け取り表にサインを求めた。

「サインをこちらにお願いします」

 達筆な字でサインを描いた後、彼女は両手に持った小包をじっと見て、呆けたように沈黙した。

「どうしたんですか、お嬢さん?」

 ヨアケが彼女の顔を覗き込む。
 ヨアケと俺がじっと見つめているのにようやく気が付いた彼女は、「すみません」とこぼしてから、投げられた言葉に対し、躊躇いを見せた後、意を決して思っていたことを話してくれた。

「……この中身は、あの子達へのプレゼントだったんです」
「プレ、ゼント……?」

 疑問符を浮かべるヨアケに、彼女は寂しげに相槌を挟む。そして、嘆く。

「はい。あの子たちに何かしてあげたくて、私が注文したんです……もう、プレゼントしてあげることは、叶わないのですけれどね」

 そう言って、お嬢様が包のふたを開け、中身を俺らに見せる。
 それを見て、ヨアケが動きを止めた。俺も、思わず中身を凝視してしまった。
 そんな俺らの様子に気づいていないのか、彼女は話を切り上げ、別の話題へと移す。

「アサヒさんに謝らなければならないことと、お話ししなければならないことがあります。あのポケモン達についてですが……」

 動きを止めていたヨアケが口を開き、彼女の話に割って入った。

「ある程度のことは、あの人達<シザークロス>さんから聞きました。ポケモン達をこのお屋敷で育てることが難しくなったから、<シザークロス>さんに引き取ってもらったんですよね?」
「ええ……既に、存じ上げていたのですね。その通りです。実は私、そのことをつい先ほど祖父から聞かされました。いくら知らなかったとはいえ、アサヒさんのポケモンを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 頭を下げる彼女。
 彼女に対し、ヨアケは柔らかい面持ちで首を横に振る。

「気にしないでください。ドルくんは無事だったわけですし……それに」

 言葉を区切り、ヨアケは俺を見る。
 俺の目を、ヨアケは見た。

 ヨアケが考えていることは、ある程度だが察しがついていた。
 俺も例のプレゼントを見て、同じことを考えていたからだ。
 しかし、それをするということはどんな裏目に出るかわからないことである。
 だから俺は言い出せずに悩んでいた。
 それくらいのことは、ヨアケもおそらく解っているはずだ。と思う。
 だが、ヨアケは躊躇なく彼女に提案する。
 ヨアケは迷わず、踏み出す。

 そして俺にも、一歩前に歩みだすことを促した。

「今、私に謝ることよりも、もっと大事なことがあると思います。だよね、ビー君?」

 差しのべられたその手に
 引き寄せられるような誘いに、
 俺は腹をくくって、乗った。

「お嬢様」
「はい」
「その荷物、今すぐ梱包し直して、俺に預けてもらえませんか?」
「?」

 何を言われているのか分からずにいる依頼主に、俺は精一杯、言える限りの言葉を尽くして言い切った。

「その贈り物を、本当の受け取り相手に――俺が届けてきます」


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