隠れイーブイの里

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 黄、赤。鮮やかな花々が緑の葉に混ざり、咲いていた。アローラの南国さのような、華やかさだった。
 私はここから、新たな一歩を踏み出すのだ。
「今までと同じでいいじゃない」
 マスターが言う。アローラの気候によく合う服だった。ああ。ここまで無理に付き合わせてしまった。申し訳なく思う。
「私はこれでいいの」
 今までずっと一緒だった。だったら、離れても近くにいるし、私たちは一心同体だ。
 でも、お別れだ。これから、私と貴方と、別れて生きていく。そうさせたのも貴方。
 遠く離れた土地からホウエンへ来たときですら感じたことのない感情が私を襲う。
 青い光が身体を包み込む。

 その日から、私のマスターは変わった。
 その日から、私も変わってしまった。

 ※

 ふわふわ。もこもこ。もふもふ。柔らかな感触を肌に覚え、心地よさが全身を包む。気持ちいい。
「ぶい?」
 何か鳴き声のようなものが聴こえ、私は自分がどこかに寝かされていることに気づく。私を取り囲むように居たのは、イーブイ、シャワーズ、ブースター、サンダース。ブラッキーにエーフィ、ニンフィア。大多数がイーブイであったが、進化後のものも一体ずつというわけでもなく、総勢100を超えているかもしれない。
 大量のイーブイたちを布団にして、私は寝ていたのだ。
「ブイ」
 一番近くにいたイーブイを見て、既視感デジャヴを覚える。着ぐるみコスプレだ。イーブイの着ぐるみを着込んだ、見たことのない女の子だった。
 イーブイのコスプレを見て、ふとマッシュを思い出す。この界隈ではポケモンの真似が流行っているのかもしれない。
 夢現にこの子が私の看病をしてくれていたことを思い出した。
「目が覚めたか、サーナイトの娘よ。よく眠っておったぞ……お前が一声でもうめき声をあげれば噛み殺してやったものを。惜しいことをした」
 地鳴りと共に現れたのは巨大なイーブイであった。首回りが半端なくモフモフしている。無性に顔を埋もれさせたくなる気持ちが湧いてくる。
「ハル……あの男を呼んでおいで」
 ハルと呼ばれたイーブイ少女は、ブイっと声をあげると、どこかへ走り去っていった。
「哀れで醜い、我が娘よ……」
 その背中を愛おしげに見つめる。今、この巨大イーブイは娘と言ったか。
「ふん、わからないといった顔をしているな? まずは紹介しておこう。我が名はモロ。そして、あの子はハル。春に拾ったからそう名付けた。人の手で育てられておらぬが故、人語をまだ十分に解せぬし、発しようともせぬ」
 周囲を見渡すと、切り立った崖に囲まれた森のようであった。ここはどこだろうか。まだ、ワイルドエリアに居るのだろうか。
「ここは巣穴だよ、我々ブイズのな……ワイルドエリアに隠れた、捨てブイズの住む最後の楽園だ」
 目の前の巨大イーブイ――モロは人間の言葉で話しかけてきた。通常のポケモンとこうして語ることは今までほとんど無かった。知能指数の高いポケモンなどごく一部の例外の他にほぼ経験がなく、私は焦った。同じサーナイトという種族でさえ、私のように人語を理解し意思疎通のできる者には会ったことがないのだ。
「怖がらなくていい。なぜ私が人間の言葉をしゃべるのか気にかかっている様子だな、サーナイトの娘よ。簡単なことだ。無駄に長い年月を生き、その気になれば喋れるようになるだろうよ」
 ふわふわの体毛が愛らしさを強調している。別に怖くはなく、むしろ可愛かった。
 モロは遠くを見つめると、「来たか」と呟いた。視線の先を追うと、先ほどのハルとマッシュがこちらへ向かって来ていた。
「もう傷は癒えただろう? 我が一族に伝わる、木の実を利用した秘伝の回復薬だ。体力も状態異常もPPすら全快する。今まで以上に動けることだろうよ」
「モロ一族……すまない、また貸しが出来てしまった」
 エースバーンの格好をしたマッシュがモロに頭を下げる。
「構わぬ。だが、もう我らが楽園に近づくな。人間とは関わりたくはないが故」
「預かり屋でただ好き勝手に産んだ挙げ句、必要が無ければ捨てられた悔しさ、怒り、哀しみ……お前たちポケモンの気持ちは理解できる……だが、ハルはどうだ? この子は人間ともっと関わるべきでは無いのか? ずっとここに閉じ込めておくつもりか?」
 この瞬間、私はマッシュのハルに対する感情が読めた。同時になぜマッシュがポケモンの格好をしているのかも。
「いかにも人間らしい手前勝手な考えだな。ハルは我が一族の娘だ。森と生き、森が死ぬ時は共に滅びる」
「あの子を解き放て! あの子は人間だぞ!」
「黙れ小僧!」
 巨大イーブイのモロが牙を向く。しかし全く迫力がなく、ただただ愛くるしい。それに怒声を浴びせられているのがポケモンのコスプレ姿である。シュールなことこの上ない。
 今の会話も別のシチュエーション、別の二人ならもっと緊迫感のあるシーンになっているかもしれなかった。
「お前にあの娘の不幸が癒せるのか。森を侵した人間が我が牙を逃れるために投げてよこした赤子がハルだ。人間にもなれず、イーブイにもなりきれぬ、哀れで醜い可愛い我が娘だ……お前にハルを救えるか!」
 必死の形相であるが、語っているのが巨大なイーブイである。何の迫力もない。
「……解らぬ。だが共に生きることはできる」
 マッシュは唇を噛み締めながら答えた。
「フォァッファッハッ。どうやって共に生きるのだ……小僧。もうよい。そのサーナイトとともにここを立ち去れ……」
 マッシュはこれ以上は得策ではないと考えたのか、私の手を引き、行くぞとその場を後にした。
 振り返ると、名残惜しそうなハルと、そのつぶらな瞳の中に迷いを抱えたモロの姿があった。時間はかかるかもしれないが、マッシュの想いは届く気がした。モロがあえて人間の言葉をこの巣穴で使用しているのも、きっと……そのためだと思う。

――――――――――
【補足】もののけ姫
 この邂逅の後、二人の馴れ初めを聞いた一人の脚本家がそれを元に、人間の青年とポケモンに育てられた少女の物語を映画化し世に生み出した。タイトルは数案あったが、最終的には『もののけ姫』に落ち着いた。興行収入193億円を記録し当時のガラル映画の興行記録を塗り替えた。
 映画のキャッチコピーは「生きろ。」である。
――――――――――

 ブイズの隠れ里を後にし、ワイルドエリア主要部へ向かうのかと思ったがそうではなかった。
 マッシュが用事だと言って、向かった場所は巨大な何かの施設跡のようなところである。蔦が絡まり、外壁の積み石は至るところが崩れ落ちており、一見して今は使用されていないことがわかった。
「すまねェ。付き合わせちまって。だが、早くやっときたかったんだ」
 マッシュは私に頭を下げた。
 そして、施設の中へ歩みを進める。石壁とは違い、施設の内部は金属で覆われており、外観と内部で様子が全く異なっていることがわかった。しかし、至るところが黒く焦げ、熱で溶けたような跡が至るところがあり、火災か爆発か、何かの災害に見舞われたのだろうと思った。
 焼け焦げ、煤で汚れた無機質な廊下をマッシュは迷うことなく進んでいく。
 最深部に到達したのだろう。そこには、巨大な穴が開いていた。遥か地底へと続いており、底は暗闇に覆われ見えなかった。
魔晄炉まこうろと俺は呼んでいる。遥か昔、この地に住んでいたガラルの古代人たちが作り廃棄した施設を、ある組織が再生した……」
『ある組織?』
「ん……お前、喋れんのか? まあモロも喋ってるし不思議なことじゃねぇか。他所から来たお前は多分わかんねえだろうけど、ここガラルにはマクロコスモスって巨大な企業があってよ。いろんなこと手広くやってんだけど、その一分野が星の命の源のエネルギー“ライフストリーム”を利用した研究だったんだ」
 あの光、か。赤い柱を思い出す。
「歴史は繰り返すんだよな……古代人がブラックナイトって失敗を引き起こしたのによォ。ま、今となっては終わっちまった話だ。表では“聖母”が世界を救い、裏では俺たち“アバランチ”がマクロコスモスの中枢部を潰した。関係者は全てこのエネルギー施設“魔晄炉まこうろ”の爆発に飲み込まれ、星と一緒になっちまった。俺の大切なアバランチの同士たちもな……残ったの俺だけだ」
 何かがあったことはわかった。“聖母”と呼ばれている、あの少女が世界を救ったことも。
「おっと、喋りすぎちまったな。ともかく……これは俺がやらなきゃいけない仕事なんだ」
 そう言って、巨大な魔晄炉の穴に、何かをいくつも放り込んだ。同時に巨大な柱が天へ向かってそびえ立つ。
「“ねがいのかたまり”っつーアイテムだ。宇宙の星々のエネルギーがこもっている。この星のライフストリームと共鳴し、融合し、一時的に巨大な力を生み出す。ここに……還る場所ができるんだ」
 そして、マッシュは、マスターボールをいくつか取り出した。あのヤマダとスズキから取り上げだものだと察する。
「こいつらに罪はねぇんだ。ただ、この世界の道理を外れて生み出され、意図せず周囲を構築する粒子、遺伝子ありとあらゆるものに悪影響を及ぼしちまう……。悪意は感染するンだ。あのヤマダのムゲンダイナは無理矢理作り出された命だ。俺たちは“改造チート”と呼んでいたがな。何も好んで生まれて来たわけじゃねぇのに、世界を滅ぼす原因になっちまった哀れな存在だぜ」
 哀しそうにマッシュは呟く。
「孵化も乱獲もそうだが……すべて、人間の身勝手だ……不要になったら捨てる。その受け皿として、このワイルドエリアは存在する。捨てられて野生に帰れるやつはいい。巣穴に棲みつけたやつもまだいい。モロ一族みたいに新たなコミュニティを作ったやつらもいる。……だがよ、どうしても馴染めねぇやつらもいるんだ。そういう奴らは、ただ逃がすだけじゃ駄目なんだ……」
 そして、マスターボールをいくつか魔晄炉まこうろへ放り込む。ムゲンダイナ達はボールに入ったままライフストリームの中へ溶けていった。マッシュはただそれを見つめていた。


 魔晄炉まこうろを後にし、ワイルドエリアの主要部へと向かい、私はマッシュと歩いた。ブイズの住む場所は一見してわかりにくい場所にあると想像はしていたが、通常であればまず見つからないであろう場所にあった。
「止まってくれ、サーナイト。ハム、出番だ」
 急にマッシュが行き止まりを思わせる岸壁の前で歩みを止めた。投げられたゴージャスボールからは菱形の煌めきと共に一匹のピカチュウが姿を現した。色が通常の黄色よりも少し濃く、頬が特徴的であった。色違いだ。どうやらハムという名前であるらしい。
 そして、壁を指差し、「ハム、なみのりだ!」と指示を出す。波乗りピカチュウが私とマッシュの手を繋ぎサーフボードのようなものに乗ると巨大な波が背を押し……壁に向かって私たちは波乗りを始めた。ぶつかる!? そう思った瞬間、壁を抜け、周囲はまた、元のワイルドエリアに戻っていた。
 あのとき、ヤマダに襲われた場所の近くだった。
「今日のこと誰にも喋らないでくれ……“聖母”にもだ。あいつはアバランチも知らねェ。あいつは自分が世界を救ったことしか知らねぇんだ。裏で誰かの血が流れたことなんて、知るべきじゃねぇよ……」
『約束します。イーブイ……モロ一族のことも誰にも言いません』
魔晄炉まこうろが爆発し吹き飛ばされた瀕死の俺を拾って、秘薬を飲ませて怪我を治してくれたのがハルだ。モロはハルは人間を理解していないって言うが、そんなことはねェ。あいつも、外の世界を知りたがってんだ……」
『モロはいずれ理解してくれる。エスパータイプの私が予知しました』
 そう言うと、マッシュは、そいつは安心できる、と笑ってみせた。
 そして、ウルトラボールを投げ、青い犬のようなポケモンを呼び出し、その背にまたがった。
「乗れ、サーナイト。あいつのとこまで送ってやる」
 私はマッシュの後ろに乗ると、マッシュに手を回した。少し照れたようにマッシュは手を放すなよ、とはにかんだ。
「さあ、ベーコン。行くぜ!」
 ベーコンという名の青犬ポケモンが大地を蹴ると、その振動が伝わってくる。駆け巡るワイルドエリアには他では見られない多種多様なポケモンが生息しているのが見えた。彼らも昔からここに生きていたわけではないのだろう。それぞれが理由があって、ここに流れ着いたのだ。
 しかし、この大自然の中に悲しみはいらない。彼らは日々を精一杯生きているように思えた。私は今、ワイルドエリアの風を感じていた。

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【補足】マッシュのネーミングセンス
 マッシュの手持ちポケモンはころころ変わる。しかし、そのいずれも食べ物の名前がついている。大体なんとなく適当に食べ物っぽい名前をつける癖があり、モロに対して直感的に“トウモロコシ”と呼んだことがモロの逆鱗に触れ、以後避けられるようになった。それが無ければ、もう少し早くハルのことも解決できていたかもしれない。
 また、かつてマッシュがリーダーを務めていた反乱組織アバランチは、Avalancheアバランチ(英語で「雪崩」)が由来と思われているが、正しくは“ABランチ”と書く。これもマッシュが定食屋さんで、「Aランチにしようかな、Bランチにしような」と悩んでいたときに思いついたものである。
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Special thanks,
『もののけ姫』『Final Fantasy7』

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