料理長ラクール

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読了時間目安:2分
 ミュウツーと実存主義。
 がやがや賑わうバーラウンジ。カウンターテーブルに頬杖をついて、ルーナメアはひどく退屈そうな顔をして、隣席に座る男が読んでいる紙の本を眺める。いかにもつまらなさそうな題名だった。
「読んでて楽しいか?」
「楽しいよ」男は答えた。
 その下っ腹は加齢による体型の崩れを表し、モミアゲからアゴまで連なるヒゲから無骨さが拭えない。その小さな対の目だけが、知性と穏やかさを携えている。名はラクール。このバーラウンジを守る料理長である。
「実存的苦悩は、すべて死を意識することによってもたらされる。であるならば、かつて人類とポケモンに逆襲を仕掛けたミュウツーも、自己存在が生命の摂理から逸脱していると知りながら、生物的な死を意識していたのだろうか」
「……なるほど」
 続きをどうぞ、と言わんばかりに押し黙る彼女に、ラクールはフッと頬を緩めた。
「哲学だけじゃないよ。俺は科学雑誌も読むし、医学書や投資の本も読む。手に汗握る冒険小説や、もちろん熱いロマンスも」
「顔に似合わず繊細じゃの……料理本は読まんのか?」
「目は通すよ。でも最先端の知識は、今まさにこの船が集めているじゃないか。新しい食材を初めて調理するのは誰だと思う?」
「ごもっとも」
 青い人参のような煮物にフォークを突き立てて、ルーナメアは大きく開けた口に放り込んだ。
「よくもまあ初めての食材をうまく仕立てたものじゃな」
「料理も価値観と同じさ、常に新しいものを受け入れる姿勢が必要だ。それゆえ俺は本を読む。こうした昔の本もね。さて、ミュウツーと実存主義の話について、どこまで話したっけ?」
「根暗ポケモンがうじうじするところじゃ」ルーナメアは残りを一気にかき込んで、ご馳走様と手を合わせた。「陽キャのわしは武器でも磨いてこようかの!」
 そんな話はごめんとばかりに立ち去る彼女を見送って、ラクールは含み笑いを浮かべながらページをめくるのだった。
執筆時間:47分51秒

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